森での再会
新年あけましておめでとうございます。
更新が止まりがちではありますが本年もVLOとカイの冒険をよろしくお願いします。
日が明けて日曜日、俺はマナウスの森を進んでいた。今回は1人なんだけど、昨日と変わらず周囲を探ると引っ掛かる奴がいる。もしもに備えて必要最低限のアイテムしか持ってきていないけど、これでリスクはかなりさげられているはずだ。
「しかし、せっかくの中層部だっていうのにこんなに後方ばかり気にしてたらあっという間に死に戻りしそうだな」
思わず弱気ともとれる言葉が漏れてしまった。でも、気になるものは仕方ない。とはいえ森は俺にとってのホームグラウンド、どこかで撒けるか試してみようか。
「この辺かな」
距離にして約30メートル。気配察知スキルの特性上距離が離れた方が精度が下がるはずで、それでも引っ掛かる以上は向こうには隠密系のスキルはないと踏んだ。それがない以上本来は特殊フィールドを想定したスキル構成じゃないはずだ。場所を選べばばれずに細工が出来る。
歩きながら黒壇の背負箱から片腕を抜き、2つのアイテムを取り出す。カメレオンベア相手に色々と試していた時の試作品だから性能はお察しだけど、ここなら効果的のはずだ。
≪劣勢音玉 レア度1 重量1≫
紙玉に発火装置をつけ、中に鳴鈴石を詰めた音玉。麻紐を引き抜いた熱で着火して使用するため、炸裂までのタイムラグがある。
鳴鈴石の量:4
製作者:カイ
≪石 レア度1 重量1≫
どこにでもある、何の変哲もないただの石。投げられると少し痛い。
背負箱を背負い直すと向こうからは見つけにくい手頃な木の枝に劣勢音玉を結ぶ。麻紐を長くつけておいたのが良かったな。これで準備は完了だ。スキルの準備を整えながら、その時を待つ。
見えない冒険者がトラップまで近づいたのを確認すると、すでにオンにしていた“隠密”だけではなく“気配察知”と“集中”もオンに切り替えた。周囲の景色が少しだけスロウになり、隠密と気配察知の精度が上がる。そのまますぐに石を“投擲”した。
飛んだ石は狙い通り音玉を直撃し、衝撃で麻紐が引き抜けた。2秒後に出来の悪い鈴のような音が周囲に響く。ほとんど入っていない火薬の炸裂音よりはこっちの方が遠くまで響く。あとは何が出るかのお楽しみだ、俺はその前に離脱するけどな。
周囲の様子に全力で気を使いながら最高速度で離脱を図った。運よくこっちのモンスターは反応しなかったようだ。…もしかして、これに反応するのってマナウスの森の入り口付近のモンスターだけじゃないよね?
不安を感じながらも森の中を黙々と、泉周辺に比べても緑が濃くなった道なき道を進むと、すぐに正体不明のマーカーは引っ掛からなくなった。なんらかの敵にでも見つかって戦闘になったのかもしれないな。できればキャプテングリズリーかフォレストホースであることを祈ろう。
併用していたスキルを切るとようやく今日の依頼が始まる。植物知識で周囲からリゼル古木を探して、そこからなるべく太い幹に近い枝を切り落としてリゼル古木の枝を採集していく。使用するのはこの為に借り受けているアイテムだ。
≪樵の斧 レア度2 重量2≫
樵が使用する一般的な斧。黒鉄を使用したことで、より太い木材の伐採を可能としている。
装備ボーナス:伐採L5
ウッディいわく、本来なら木を切り倒して原木自体が欲しいそうなんだけど、俺には伐採スキルがない。しかし、これを装備すれば、スキルに伐採をセットできるようになるのだ。
とはいえ現在の鉄心とウッディの最高傑作らしい樵の斧を装備しても幹を切り倒すことはできない。そこでぎりぎり採れる太さである、このリゼル古木の枝の納品となっている。
「よし、これで完了っと。次はアイラの方か…ん?」
リゼル古木の根元に何かがあるような気がして思わず立ち止まる。近づいてみてみると、それは何かの種のようだった。
≪エルラントの種 レア度1 重量1≫
エルラントの実の種。畑に植えることで育てることが出来る。生育には相当の工夫と年月がかかることで知られている。
それがなぜなのか、明確には思い出せないけど、なにか違和感のようなものをどうしても拭うことが出来なかった。そこまで重要ではないけど、これがここにあるはずはないと感じてしまう。
「あれ?カイさんじゃないですか?うわぁ、ひさしぶりですねぇ!」
突然背後から声をかけられ、思わず飛び退いて身構えてしまった。採取中は周囲への警戒が薄くなることから、かなり細かく数分に1度は3つのスキル併用して使っていたはずなんだけど、それに一切かかることなく、イベント振りのモフモフがそこにいた。俺の腰くらいまでしかないサイズの、相変わらずの長すぎて裾を捲ったオーバーオールと大きなショルダーバッグ姿。オーバーオールから飛び出している尻尾がものすごい勢いで揺れている。
「ウェンバー、もう少し驚かさないように登場してくれ。あと少しで撃つところだったぞ」
「え?カイさんは僕を撃つの?うぅ、せっかく友達が来てくれたから、ちょっと驚かそうとしただけなのに…」
さっきの違和感は、ここにないからこそわざわざ森の浅い位置まで取りに来たはずのウェンバーの存在か。納得がいって少しすっきりしたな。
勢いで発した言葉は予想以上のダメージとなってようで、見る間に尻尾は垂れ下がり、表情もしょんぼりとしてしまった。あれ、なんか凄い沈んでるな。ここまでわかりやすいとなんか申し訳なくなってくる。というかウェンバーの中では俺は友達認定されていたんだな。
「いや、久しぶりに会えたのは俺も凄い嬉しいよ。いつかは再会したいと思っていたし。ただ、スキルを使ってもまったく引っ掛からなかったからこっちも慌てたんだ。その、悪いな」
なんか勢いでこっちが謝ってしまった。まあおかげで尻尾はまた元気になった。うん、モフモフは元気であってほしいものだ。一応言っておくけど、俺はケモナーではない。動物は好きだけどな。
「良かった。嫌われたかと思ってドキドキしました。それで、突然こっちまでどうしたんですか?わざわざ僕に会いに?」
「いや、というかウェンバーの住んでる場所を教えてもらってないから探しようがなかったんだよ。図書館にも情報はなかったし。という事で今回は依頼の為だったんだけど」
「ああ!しまった。そっか、急いでたから伝え忘れてたんだっけ。うん?まだ友達かわからなかったからだっけ?まあでも、会えたからいいですよね!」
そうだ、そういえばこういう性格だった。あんな緊迫感溢れるクエストの最中に思いっきり緩んだ空気を作り出してくれていた面白種族の自称エリートだった。ウェンバーは表情豊かに、再会を喜んでくれていたけど、突然静かになって何かを警戒しだした。こっちは何も引っ掛からないんから、ウェンバーのほうがかなりスキルレベルが高いんだろうな。
「カイさん、向こうから真っ直ぐこっちに知らない人間が来る。友達?」
「…いや、もしかしたら敵かもしれないな。昨日からマナウスを出る度に付きまとってきてる奴かも知れない」
俺の言葉を聞くと大きく頷き、手招きをして走り出した。本来ならマナウスの森はウェンバーにとっての庭、あの時とは逆の立場で今度は俺が助けてもらえるようだ。出来るだけ静かにそして素早くウェンバーの後をついていく。
ウェンバーは先導して走りながらも何やら魔法を唱えていた。俺はそれを後ろから眺めながら走るだけで、ウェンバーが立ち止まったのはそれから30分以上経った後だった。
「ようやく撒けました。森は不慣れそうでしたけど、かくれんぼは上手でしたね」
「ん?隠密系持ってたか?」
「はい!でも僕の鼻には劣りますけど」
ということは俺が撒いたのとは別にいたってことなのだろうか。2人組だったとして、片方にはまったく気付けないってことは相手は相当格上かもしれない。
「それで、さっき言ってた依頼ってなんですか?楽しそうなら手伝わせてください!」
「切り替え早いな。風見鶏を10羽捕獲だけど楽しそうか?」
「なるほど、それならいい場所があります。僕も少し欲しいですから一緒にやりましょう!」
尻尾を千切れそうなくらい振りながらウェンバーはパーティー申請を送って来た。パーティーを住人と組めるのは知ってたけど、住人からパーティーの申請とかも出来るのか。チャットとかも出来るんだろうか。なんて考えながら申請を受けると、ウェンバーは小さくため息をつきながら呟いた。
「あ~ぁ、これで冒険者みたいに通信魔法が使えたらいつでも話せるんですけどね」
なるほど、チャット機能は魔法扱いで冒険者プレイヤーしか使えないのか。住人側にもその手の魔法ないと不便そうだし、開発されていてもおかしくないと思ってたんだけど。そこは運営の方針という事かもしれない。
「それで、風見鶏のいる場所ってどっちなんだ?」
「ふふふふ、任せてください!僕らにとっても大事なおやつ!風見鶏の事は良く知っているでのす!」
「そこで噛むから恰好がつかないんだな」
少しばかりしょんぼりしたウェンバーに連れられて向かったのは森の中においてぽっかりと木々のない、少し丘の様になっている広場だった。地形のせいか風がやたらと強く感じる。その丘の上に数十羽の風見鶏が集まっていた。風見鶏はその流線型の体を堂々と風に晒し、草をついばんでいる。
「問題はあれをどうやって捕まえるかだけど、さすがに一回では無理だよな」
「ええ、僕の魔法で1度に捕まえられるのは3羽くらいですね」
となると俺は逃げた風見鶏の捕獲担当という事になる。ウェンバーによればここは風見鶏のお気に入りの場所で、逃げても少ししたら戻ってくるみたいだし気楽でいい。ということで、今回は是非これを使ってみよう。
≪坂網 レア度1 重量2≫
Y字状の棒に網を張った狩猟用の道具。サイズが大きく、使用には熟練を要する。
「よし、それじゃあ逃げた風見鶏がこっちに向かって飛ぶようにできるか?」
「まかせてください!では、いきますよ」
ウェンバーが何やら唱えると丘の向こう側から蔓が伸び、あっという間に風見鶏を3羽捕獲していた。突然の出来事に慌てた残りがこっちに向かって勢いよく飛び立つ。思った以上の速度にこっちも慌てながらも、坂網を空中に投擲する。最初に狙っていた鳥は既に飛び去ってしまっていたけど、後に続いていた2羽が網にかかってくれた。ラッキーというか数のおかげというか。
落ちてきた網から這い出そうとする風見鶏に駆け寄ると、用意していた麻紐で足を括り、布の切れ端で目を覆う。…よし、これで処置は大丈夫のはずだ。その後は続けてウェンバーが拘束していた風見鶏も同じように捕獲が出来た。
そう、VLOでは必要なアイテムを揃えておきさえすれば、モンスターの捕獲が可能となっている。それに対応してか飼育というスキルもあり、プレイヤー人口の増加に伴い問題化してきた食料品の高騰に歯止めをかけるため、今はバイソンの畜産導入に向けて動いているらしい。で、アイラは是非ともこの風見鶏も導入してほしいとでも考えているんだろうな。明らかに戦闘に向かない風見鶏、飛んで逃げた時の対処さえ何とか出来れば普通に畜産展開ができると俺も思っている。鳥をいつでも自分たちの食卓へ。これは大事なことだ。
その後は1時間ほどその場に留まり、風見鶏を捕まえ続けた。戦果は24羽、そのうち俺が捕獲したのは6羽である。投網系は本当に難しい。かすみ網を使った方が良かったかもしれないと思った一時間だった。
「本当に俺が10羽貰っていいのか?」
「いいんですよ。僕は命を助けてもらってますからね!この後はどうしますか?」
尻尾が盛大に揺れている。これから遊ぶんでしょう?とでも言わんばかりの勢いで。でもごめん、そろそろ帰らないと日没までに森を抜けられなくなってしまう。それを伝えると今度は尻尾が真下にすとんと垂れ下がってしまった。なんだろう、この罪悪感は。前にあったときは良いだけ弄って楽しんでいたはずなんだけどな。
「悪いな。今回は時間がどうしてもないから帰らないといけないんだ。その代わり、今度はウェンバーに会いにここまで来るよ。さっきに会った辺りに行けばいいのか?」
「え、来てくれるんですか?それなら僕が村を案内するからそこまで来てください!えっと地図は、どうしよう…」
ごそごそと鞄の中を物色し、紙を取り出すとそこに何かを書き込んでいる。書き終えると二つ折りにして俺に渡してくれた。後で確認することにして背負箱にしまう。
「村に行っていいのは嬉しいんだが、そっちには忙しい時期ってないのか?あるなら外すよ」
「そうですねぇ、あえて言うなら春が忙しいですね。食べ物いっぱい探さないといけないので。秋もそうですけど、でも!来てくれたら沢山美味しい物あげられますから!秋にしましょう!」
口からよだれが垂れ流しになっているんだが。すでに会う時期はどうでもよくて、ただ食の秋に思い馳せてるだけになっているぞ。まあ俺も今はやることが多いし、秋の方が都合がいい。丁度良いのは10月頃だろうか。それを伝えるとウェンバーはまた何やら紙に書き込み、今度はそれを大事そうにしまった。なるほど、忘れないようにかもしれない。
「それじゃあ、今日は楽しかったよ。次は10月に来るからよろしくな」
「はい!楽しみにお待ちしています!」
手と尻尾がぶんぶんと振られるのを尻目に、俺はモンスターに見つからないようにマナウスを目指した。帰り道はモンスターを避けていったことで大した時間は掛からず、途中で不審な人物が引っ掛かることもなかった。
「遅いよ!いや、ありがとうございます!ささ、風見鶏をくださいな!」
ハンドメイドのギルドハウスではアイラが今か今かと待ち構えていて、納品するとその場で1羽を捌きだした。熟成が済んだら俺にも何か作ってくれるそうだ。こういうのは役得だよなぁと素直にうれしくなる。
ハンドメイドのギルドを後にしてマナウスでの定宿まで戻り、ウェンバーからもらった地図を見て俺の頭は真っ白になっていた。いや、プチパニックとなっていたと言うべきか。そこにはよくわからない大きな木とその左に家とそれを囲う線が描いてあるだけだったのだ。そして横には一言が添えられていた。
『村の近くのリゼル大木から日が昇る方に進んだらあります。待ってます!ウェンバー』
身体が震えた。まさかそんな機能まで実装されているとは思わなかった。
というよりあれか?コボルトってのはみんな揃ってあんなのしかいないのか?地図を頼んで村の近くの木って、そんなんで、そんなんで。
「そんなんで行けるかぁー!」
叫びながら全力で地図を叩きつけたのは言うまでもない。いっそ行くのをやめてしまおうかとも思う。しかし、俺は思い出してしまった。ウェンバーの鞄には俺が10月に向かう事が書かれたメモが入っていることを。
…なんとかして探すしかないな。
また一つ、問題が増えて溜息をつきながらも、今からではどうしようもないことだし切り替えるしかない。とりあえずは図書館でリゼル大木とやらを調べることから始めてみよう。




