岩場の談話
これが今年最後の投稿となります。
拙作を読んでいただいた読者の皆様、誤字脱字や誤表現を指摘してくれた皆様、感想をくれた皆様、本当にありがとうございました。
お礼もかねて、今回はいつもより文字数を増やしての投稿となります。
来年もVLOとカイの冒険をよろしくお願いします
ハンドメイドでクエストを請けた翌週の土曜日、朝から鉄心と一緒に東に向かっていた。颯爽と馬に乗って。いや、嘘ついた。馬車に乗って。
マナウスでは時間貸しで馬や鳥を貸してくれるんだけど、乗るには対応したスキルが必要だと知り、スキルがなくても乗れる馬車タイプを借りることとなったためだ。
かつて参加したイベントでどこぞの騎士が言っていたモンスターの襲来。それにより破壊された商業路は東に向かっても伸びている。細々とした道は山を越えたところにある都市に繋がり、そことの交易もあったらしい。しかしそれも絶えて久しく、石畳の道はかなり傷みが見られる。それでも草原を進むよりは揺れも少なくてずっといいな。
そういえば、かつてのモンスター襲来の名残なのか、ここまでの道のりの間に2つ、土を掘って高低差をつけた上で柵を備えた防護壁を見た。あれだけはかなり新しいように思える。
「出発前に話した通り、先に錦の届け物を済ませてから野良鉱山に向かうけど、鉱山ってやっぱり遠い?」
「いや、錦に配達場所をマーキングしてもらったんだけど、割と近かったからそんなにかからないんじゃないかな。それよりも、山道に入ってからは馬車は使えないからそこからが大変かも」
そう。古びていても街道ならいいんだ、馬車で進めるから。でも山道は無理だ。そこからは徒歩での移動になってしまう。それでも往復6時間が4時間くらいにはなる見通しだからこの際贅沢は言えない。
道中適当なモンスターを狩ろうかとも思っていたけど、こっちは鉱山があるからか思っていたよりはずっとプレイヤーが多い。今も徒歩のプレイヤ―を追い越し、その時に簡単な挨拶をしたくらいだ。
つまりだ、それだけのプレイヤーがいると、あまりモンスターも寄ってこないのだった。
「こっちに来るプレイヤー?そりゃ生産職がメインだけど、さっきのパーティーみたいに護衛がいないと採掘になんないから半分は戦闘系かもしれないね」
俺の疑問に答えてくれながら、鉄心は持ち込みのおやつをもりもりと食べていた。いや、今まだ朝の8時なんだけど。6時に集合してから朝飯食ったよね。しかもおやつがミートローフっておかしくない?それよりもおやつを午前中に食べてるのはなんでだ?あとミートローフって切り分けて食べるんじゃないの?なんで羊羹丸かじりみたいになってるの?
「ああこれ?最近アイラが売り始めた商品なんだけどさ、すっかり気に入っちゃって。騎士団の料理をより家庭的に、そして美味しく!本当うちに料理持ちいてくれてよかったよ」
「いや、突っ込みたいのはそこじゃない」
突込みは虚しく響き、むくつけき毛むくじゃらの男がミートローフを貪り喰らうなか、石がゴロゴロと転がっている山間部へと馬車は差し掛かっていた。馬車に乗って1時間そろそろかと思っていると遠くに大きな建物が見えてきた。あそこで間違いないな。
「それじゃあ俺は馬車を預けてくるから、カイは装備のチェックでもしておいて」
到着すると鉄心は馬車を預けに建物の中に入っていった。ここは冒険者が馬車を預けるための施設。あれだな、登山するのに最初からは辛いから車で5合目くらいまで登ってしまうみたいな。いや、違うか。
それにしても、と周囲を見渡して思う。この施設は鉱山利用者の為に開設された馬房としての機能が主のはずだ。それ以外には目立った建物なんてない。しかし、この建物は異様なまでに大きい上に、防護壁も充実している。これを砦と言われたなら疑問を感じることなく信じられる、そんな規模だ。というよりはかつて砦だった物を再利用でもしたのかもしれない。マナウスの東側はここが最前線と言えなくはないし、騎士団員も駐留していることから、今でも砦としての機能を持っているんだろうな。
そんなことをつらつらと考えながら、徐々に思考は今後に向けた物に切り替わっていく。正直こんなに依頼を大量に受けるのは初めてで、せっかくいつもとは違う場所に来ているんだ。森林以外での戦闘はとても良い経験になるだろうし、最近になって用意していた道具も使ってみたい。所持アイテムは厳選してきているつもりだし、簡単に在庫の確認をしているとすぐに鉄心が戻って来て、馬車を預かってもらい出発となった。
「ここからは山登りか。周辺警戒と戦闘は俺が受け持つけど数が多かったら助太刀頼むな」
「護衛じゃなかったの?」
笑いながら鉄心はそう言って、それでも任せてと言ってくれる。まあ普通に考えたら護衛が護衛対象の戦力期待しちゃいけないんだけど、数の暴力ばっかりはな。銃と弓、遠距離攻撃系の最大の課題だ。てことでそうならない為に、ここからは単独で周辺警戒にでる。
「俺はこれから鉄心の速度に合わせて周辺を警戒していく。見通しの良さそうな岩場があったらそこで周辺警戒もするからほとんど1人になるけどそのまま進んでくれ」
「わかったよ。何度も言うけど、ゲルゲルだけは気を付けて。集団だと分が悪いからね」
簡単な打ち合わせを終えると、砂利の山道から逸れて道なき道を進み始めた。森と違っていくらでも転がっている石や岩は踏みしめるとガラガラと崩れることもあって予想以上に足を取られてしまう。背丈よりも大きな岩はないから森の中よりは視界の確保がしやすいけど、その分岩の陰に隠れるモンスターを見落としやすくなるかもしれない。気を引き締めていこう。それにせっかくだからここにしかいないキックバードとゲルゲルは狩って食べなければ。
街道沿いにある周辺の岩の中でも一際大きな物を選んで上ると、黒壇の背負箱からアイテムを取り出した。
≪遠見の筒 レア度1 重量1≫
遠くのものが大きく見える不思議なアイテム。遠くは見えるが視野が狭いのが特徴。
さて、これで気配察知では探知出来ない範囲も見れる。そこに集中を併用すればかなり精度を上げられるけど、未だにこの2つと隠密を常時使用していくのは魔力的に難しい。こういうアイテムにも慣れていきたいところだ。が、慣れないものでは中々上手く見つけられず、結局は定期的に行っている“気配察知”に何かが引っ掛かった。場所は…あの岩場の奥か。
戦闘に入る前には必ずチャットで連絡を取る。あらかじめ決めておいた約束を守り、鉄心に警戒を促した。
「報告。鉄心の位置からちょうど2時の方向、大体25メートル先の岩場に1体隠れてる。集団になると厄介だし、先に仕留めに行ってくる。俺が戻るまでは進行速度を緩めて周辺警戒を厳重にな」
「了解。気を付けて」
報告を終えると素早く岩場の坂を駆けあがる。なるべく石を崩さないように、慎重に。それでいて素早く。森での狩りの連続で隠密のレベルが上がった分、下手をすると先に鉄心が気付かれかねないし、ここは先制攻撃だ。
気配察知をこまめに使いながら登りきり、大きめの岩を挟んでモンスターと対峙する。どうも動きがぎこちないし、俺の存在は掴まれている様な気がするな。大きさ的にはキックバードだろうか。それなら、攻撃はこっちからだ。
竹筒から取り出したのは閃光玉、それを岩の横に投げる。炸裂に合わせて音が鳴るのも気にせずに跳躍を使って岩を一気に登った。閃光に反応してかダチョウのような鳴き声が響いた。
「やっぱり視力は大事だな」
銃を構えて岩から飛び降り、姿を確認するのに合わせて発砲。弾丸はキックバードに直撃し、転がりながらも逃げ出そうとしていた。
「そりゃ1発じゃ無理だよね」
山を駆け下りようとしているようだけど、ダメージが大きく動きは遅い。走りながら装填を済ますと2射目を発砲、キックバードは動かなくなった。
「お、随分早かったね」
「キックバードは相性いいかもしれないな。ゲルゲルきたら単独じゃない限りは出来る限りやり過ごすようにしようとは思うけど」
鉄心の下に戻るとそんなことを話しつつ、その後もキックバードを狩り続けながら進むことになった。戦闘は散発的で、こっちが先に見つけることが出来ているから大した危険はない。それに比べ、戦闘よりも難しかったのは高低差がある場所での移動だ。森を進むのとは全く違う難しさがあり、何よりも疲れる。これが大きい。
そして気配察知に何度か引っ掛かる正体不明の存在もあった。着かず離れず、こっちの様子を窺っているように感じるのが気持ち悪いな。しかもこっちの気配察知の範囲を見切っているのか、チラチラとし出入りを続けている。これは錦から事前に聞いていたモンスターの動きじゃない。間違いなく冒険者プレイヤーだろう。一応鉄心にはチャットで伝えたけど、ここまで来て帰る気はないようでそのまま進むことになった。
モンスターとの戦闘を続けながら山道を進むこと30分。目的地が大分近づいてきた。
「そういえば、鉄心は届け先の相手が誰か知ってるのか?」
「あれ、錦から聞いてなかったの?まあ知り合いだけど、会ったら驚くかもしれないから今は黙っておこうかな」
うん。教えてはくれないってことだな。こんな自慢もどうかとは思うけど、こっちでの知り合いってのも実はそう多くはない。特に最近はソロでの活動ばかりだったしな。敢えて言うなら住人との交流がメインだったくらいか。でもそのあたりの事は詳しく話してるわけでもない。となると一緒に参加したイベントくらいまでの人脈に限られるのだろうか。
山道は戦闘を前提にすれば確かに疲れるものではあったが、慣れてくるとそれこそ初心者でも登れる簡単な登山くらいの道が続き、昼食時よりも大分前には目的地に着いた。そこは登山道から少し離れた場所で、比較的平らな場所を選んでテントも張られている簡単な野営地だ。
すでに警戒線を越えているのは間違いない。それでも攻撃の予感すらなかったのは鉄心の姿が見えていたからだろうか。テントからはイベント振りに見る、同年代の男が出てきた。
「ふむ、ハンドメイドの知り合いが護衛に付くと聞いてはいたが、やはりカイであったか。久方ぶりだが元気だったか?」
装備こそ冒険者風に変わっているが見間違えようがない。あのイベントで散々世話になったマナウス騎士団の騎士、ガイルだった。
「久しぶりですね。まさかこんなところでマナウス騎士団の面々に合う事になるとは予想外でしたが」
「なんだ、聞いていなかったのか?錦め、こちらの情報を与えなかったのだな。まったく、悪戯好きな男だ」
ガイルは俺と錦のやり取りや、その時の錦の心情にでも思いを馳せているのだろうか。くつくつと笑いながら迎え入れてくれた。
そういえば、イベントの最後にお偉い感じの騎士がモンスターについての調査をするって言ってたような。これもその一環と考えてもいいんだろうか。
「聞いてみたいことがあるんですがいいでしょうか」
「構わんぞ。それに普段通りの話し方で構わないさ。今の私は表向きはマナウス騎士というわけではないのだしな」
表向きというのはどういうことだろうか。これはマナウス騎士団が正式に行っているはずのモンスター調査のはず。それがなんで身分を隠しての調査になっているのか。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらう。まずは、そうだな。騎士身分を隠しているのは何か理由があるのか?必要性が分からないんだが」
疑問に感じるのが当たり前だと考えていたのだろう。詳しい話をする前にと近くに転がっている岩を示した。遠慮なく腰掛けると傍にいた騎士の1人が飲み物を運んでくる。お、アイラの所で扱ってるお茶だな。
「これについては外交上の問題を含む可能性があるからな。あまり公言は出来ないんだが、カイであれば問題ないか。カイは貿易都市マナウスについて、どのように理解している?」
「どのように、ねぇ…」
この数か月間、俺はずっと狩りをしていたわけではなく、むしろそれなりの時間を調べものの為に費やしていた。猟に仕えそうな罠についてが中心だったけど、当然その他にマナウスを含めたこの大陸についても調べていた。とはいえ国の歴史については狭く浅くでしか調べていないから、不確かなことしか言えないけど。
「まず、マナウスはこの大陸にある3つの国家勢力のどれにも属さない独立都市で、現在は周辺の都市や町村と連携した都市同盟の形をとっている。3国との関係もまあそこまで悪くはなく、交易もある。ただし、かつてのモンスターの襲来で以前ほどの賑わいがない。とかでいいのか?」
「そうだな。後はマナウスはその都市同盟の盟主としての立場にあり、中心となって他国との交渉を担ってきた。かつてのモンスターの襲来は、交渉で首脳陣の一部が抜けていたその隙を突かれた形だ。そしてその時の被害の1つとして、我等はある意味において最も重要な路を一つ失うこととなった」
俺とそう変わらない年齢のはずのガイル、ならばそのモンスター襲来ってのには関わりはないはずだ。それでも表情は苦しげだった。それだけ失った道ってのは大きな役割を果たしていたんだろう。
さて、ここまでくれば俺にも簡単な予想はつく。要はここまで通って来た崩れた街道がその道で、その先にある都市なのか国なのかはわからないけど、そことの失われた関係への配慮か警戒。それが必要だからこその今の任務ということだろう。
そんな予想を伝えると、大体あっている。そういう答えが返ってきた。つまりは一部が外れているわけか。
「この件はかなり特殊な状況があってね。騎士団で保管している資料を余程つぶさに精査しなければたどり着けないように秘匿されている。そして事実までたどり着いた者にはその知を借りるために協力を願っているのさ。」
ガイルがそういうと、近くにいた騎士の1人がこちらに目を向けた。それを視線で制し、話をつづける。
「本来なら自身で調べ上げた者にのみ伝えられるが、それだけでは協力者はそこまで増やせない。そこで私は立場上、認めた相手であれば情報を伝えても良いことにはなっている。カイの事は信頼しているわけだし問題はないだろう。一言で言ってしまえば、山向こうには亜人種の治める国があったのだ」
「はい?」
「だから、亜人種の治める国だ。国王がおり、国としての体制も整えられた、マナウスとのみ交渉を行っていた国だ。その中でも種族として多かったのがゴブリンらしい」
俺はどこから内容を整理していけばいいんだろうか。まず、大前提からだな。こればかりは質問ばかりになったとしても確認していかないとならない。
「済まないが、いくつか確認させてくれ。まず、ゴブリンってのは冒険者ギルドで稀に討伐対象になっていることがあるから敵だとばかり思っていた。実際はそうでもないのか?」
「はっきり言って勢力次第だ。ゴブリン、というより亜人種全体に言えることだが、彼等の中には人間を滅ぼそうとしている者もいれば、対照的に友として共に歩もうとする者もいる。それは人間にしても同じ事だろう?」
そりゃリアルでも歴史をみればいたるところで人間同士での戦争が起きていたわけだし。VLOで戦争ってのが実装されてるのかまでは分からないけど。いかん、どんどん話題が逸れていきそうだ。そっちは今は置いといて本題を進めていこう。
「で、この先にあるっていう国はどっちなんだ」
「かつては味方だった、当然公にはされてはいないが。だが、今は分からない。だからこそ、彼等を刺激しうる格好での調査は難しいのだ。ああ、当然安全な場所での調査は通常の騎士団装備で行っている」
街道があの有様じゃ未だに交流があるなんて思ってはいなかったけど、まさかまったくわからないとは。これは随分と難しいクエストを受けていたみたいだ。
ガイルは静かに山の先を、かつて交流のあったという国を見据えているように見えた。
「あとはその国についてなんだけど、交流が途絶えた経緯が気になるのと、その国というのは今も残っているのか?」
「国が残っているかもわからないのだ。私が知っているのは、かつてのモンスターの襲撃前に敵対ゴブリン派閥の動きを警戒してほしい旨の連絡が入ったこと、そしてその内容の確認に遣わされた騎士が、ちょうどこのあたりだと聞いているな。そこでモンスターの大軍を発見して大規模な侵略が始まったことだ」
ゴブリン同士でも争う事があるのなら、もしかしたら敵対ゴブリン派閥によってその国は滅ぼされているかもしれない。
しかし、こういうのも一種のサブストーリーということでいいんだろうか。そうなんだとしたら、こんな大規模なストーリーを少数のプレイヤーしか知りえないままに進めることに不安も感じる。攻略組がこっちの攻略を最初から優先してたら、別の形で情報が広がっていたのだろうか。
「本来ならその1年後に行われる調印式で正式に亜人との関係を公表し、大々的に交易を始める予定だったらしいのだがな。すべてが狂ってこの有様だ。当時は侵攻を受けて大幅に落ちた戦力から人員は割けなかった。しかし、かつての力を取り戻しつつある今なら状況は別だ。領主様はそのように判断をなされ、私は名誉なことにそれに選ばれた。ここでの山岳地帯での野営訓練を終えたら山を越え、かの地の調査を行う。戻るのは2か月後の予定だ。その時には冒険者にも何かしらの報告がなされるだろう」
どうやら話は終わりのようだ。こっちで話していた間にも鉄心は納品をきっちりと終えていた。さすがにその辺はきっちりとしているな。おかげで俺は情報収集に専念できた。
「よし、それじゃあ!ようやく鉱石の採掘ができるなぁ、何が手に入るかなぁ」
ああ、ドワーフ並の愛嬌あるずんぐりむっくりがスキップでもしそうな勢いで歩いていく。鼻歌を歌いながら。あまりの衝撃を受けてどうしたらいいのか立ち尽くしていたが、俺は護衛だった。ガイル達に挨拶し、後を追う。
その後はたまに遭遇するゲルゲルから全力で逃げ、ずっと後をついてくる何かに若干の苛立ちを感じつつ、それ以外を仕留めながら鉱脈までたどり着いた。その後はひたすら採掘の音を背に警戒を続けることになった。
「まったく、この感じはなんなんだろうな。攻めてくる感じが全くないけど、まさか採掘後のPK目的か…?」
結局正体不明の何かは仕掛けてくることなく、帰り道に錦の採集も済ませ、何とか日が暮れる前に俺達はマナウスまでたどり着いて土曜日を終えた。そういえばマナウスに近づいたころにはいなくなってたな。本当になんだったんだろうか。
採掘の成果の方は、目の前で満面の笑みを浮かべる鉄心から想像してくれていい。
あとこれだけは言っておく。キックバードは大変美味しくいただきました。アイラの腕は非常に優秀だ。満足である。




