金策の誘い
銃声が森に響く。地を裂くような声と共に、鈍く、鉄を引きちぎるかのような音が響き、次いで鋭い風切り音が唸りをあげた。それは俺の体のすぐ脇をすり抜けて空を切る。音だけでも冒険者プレイヤーを殺せそうだ。
緑は濃く、深みを増して色付き、春とは比べ物にならない熱をもった風が木々の合間を抜けていく。それは何も季節の変化がもたらしたものだけではなく、目の前の存在が放つ存在感がそう感じさせるのかもしれない。
俺は季節が一つ進んでも未だにマナウスの森にいて、眼前には木々が乱立する、相変わらずの森の中だ。集中して見極めようと目を凝らす。するとなんの違和感も感じなかったはずの映像が、ゆらりと、蜃気楼のように揺らめいた。
とっさに横に全力で跳び、地面に穿たれた爪痕を確認する。2本、まだ全力ではないか。
「それならこれでっ」
竹筒から取り出した閃光玉を握りしめると再びスキルを用いて周囲を探っていく。微かに、息づくような揺らぎを見出し、目を向けた。ゆっくりと視線を動かし、視界が揺らいだ先に投げつける。炸裂音と閃光が弾ける中、微かな唸り声が耳に届く。その音の先に銃口を向けると躊躇わずに打ち込んだ。
「グルゥアァ!」
その一撃が引き金となったのか、揺らぎの動きに明らかな変化が現れた。それは一瞬の事で、揺らぎが消えたかと思うほどの速さで視界から消えると背後から大きな衝撃。前方に転がって体力を確認するとすでに1割ほどしか残っていない。
せめて敵の一撃を確認したい。最早勘とすらも言えない当てずっぽうで逃げ出し、木が抉られたような衝撃音が鳴るとすぐに振り返りその爪痕を視界におさめた。爪が3本。ようやくか。
「今回はここまでだな」
呟くの同時に衝撃が体を突き抜ける。痛みはほとんどないとはいえ、この衝撃はそう何度も味わいたくはない。ボールの様に弾む体に太く赤いエフェクトが走ったことを確認すると、数秒後には体が光の粒子になっていった。
「大体わかった。でもそうなると罠の数が足りないか」
マナウスの広場に転送された俺はプレイヤーマーケットで聞いたこともないモンスターの串を買い、広場で食べながらぶつくさと呟いて反省会を続けていた。
客観的に見て、これはかなり怪しい。リアルなら職質すらあり得る状況だ。でもここはゲーム、VLOの中では死に戻りすら日常の一部。俺以外にも悔しそうに何事かを吐き捨てるプレイヤー、パーティーで一人だけ落ちたのか何やらチャットをしている様なプレイヤーと様々な人がいる。
木を隠すなら森じゃないけど、正直ここなら独り言もそこまで目立たないような気がするな。どれだけ言い訳しても怪しいことには変わりはないが。
今回の戦闘でようやく知りたいことの大部分を調べ終えることが出来た。そういう意味では十分な成果で、それでもやはりデスペナルティの全能力とスキルの一時的な低下は痛い。おかげで狩りすら満足に出来ない有様だ。
ただ、デスペナルティは一種の必要経費みたいなものとして納得した上での戦闘だったわけで。戦闘は難しくても、他にやらなければいけない課題が山積しているのが実情だ。これからの方針を改めて確認し、ギルド通りへ歩いていくと、不意にしゃがれた声に呼び止められた。
「よぉカイ坊、首尾はどうだった?」
声を掛けてきたのはイベント後に始めた、マナウスのレアモンスター狩りで仲良くなった住人猟師のおやっさんだった。うん、いつ見ても子どもが必ず泣き出しかねない強面だ。
「ようやく方針は決まったからこれからその準備に入るよ。製作依頼の方のペースによるけど、まあ順調なら3週間後にアタックって感じかな」
「お、ついにきたか。仲間内でもかなり話題になってるからな。準備もそうだけどよ、狩るときは絶対に声をかけろよ?俺らがこぞって見物に行くからな」
「いや、それはそれで緊張するんだけど」
「なに言ってやがる!俺らにゃこれ以上ないくらい大事なことなんだよ!いいか、絶対に声をかけろよ?いや、先に俺から猟師連中には声掛けておくか。3週間後が楽しみだ」
準備が全部順調ならって言ったはずなんだけど、おやっさんにとっては3週間後には必ず俺が狩ることになっているらしい。時として思い込みってのは恐ろしい力を発揮してしまう。
これまで行っていたレアモンスターの目撃情報を一緒に探してくれたり、あのモンスターについても一緒に情報を探ってくれた大切な仲間であることは間違いなく、出来る限りは要望にも応えたい。
その気持ちに応える為にはどうしても越えなければならない山がある。現状では越えられる要素が欠片もないと感じながらも鉄心のギルドに足を運んでいた。
これからの話の内容を考え、心身ともに重たくなった足を動かして2階に上がる。いっそ不在ならいいのにとすら考えながら扉を開けた。すると、思いが通じることはなく、ロビーで見知らぬプレイヤーと談笑している鉄心を見付けてしまった。向こうも俺に気付いたらしく、なにやら挨拶をしてこっちに歩いてくる。
「やあカイ。そろそろかと思ってた。今回が最後の偵察って言ってたけど使うアイテムは決まったのかい?」
ロビーを出て、ハンドメイドの個人ルームに向かいながらにこやかに聞いてくる。隣りを歩く、このむくつけき毛むくじゃらの男は、わかっていながらこんなことを聞いてくることがある。俺の表情をみて、更に儲けられそうとでも考えているか、新しい鍛冶依頼にワクワクしているのか。後者な気がするな。
「それなんだけどな、どうもあいつの動きには3段階目があることがわかった。その時の動きが正直速すぎてな、全く対応できなかった。あの状態を何とかすることを考えると、こないだ話したアイテムだけじゃ足りないかもしれない」
ギルドの3階、鉄心の専用工房で膝を突き合わせながらそんなことを伝えると鉄心にはありありと困惑の色が浮かび上がる。俺が頼んでいたアイテムを一覧にした用紙を見て、俺を見て、もう一度用紙に目を落として。
困惑から不安へと変わる表情を見て、ようやく俺は、先程の考えがとんだ勘違いだったことに気付いた。
「え…?いくら相手が格上だからって、これだけ使っても倒せないってこと?すでに所持制限は超えるから新しいバッグが必要なのに、リールはぎりぎりって言ってなかった?」
ぐ、痛いところを突かれてしまった。今回の狩りはどうやったって超大赤字、言ってしまえば今の段階でもリールが足りてない。それがここにきてさらに追加で製作依頼をするなんて我ながら呆れるレベルだけど、今のままだとたぶん狩れないんだよなぁ。
付き合いが長くて、俺の懐事情も知っているから、万が一の時は分割でもいいって生産に入ってくれているけど、それだけはなんとか避けたい。そこで俺はあるアイテムを出すことを考えていた。
「ああ、ぶっちゃけ足りてない。そこでだな、俺のとっておきを…」
「あれは買い取らないよ。まだ俺には扱いきれないし、すべてが揃った時に装備を整えるためのとっておきだろ?それにリールが足りないなら俺にいい考えがあるんだ」
最後の言葉とともに鉄心がにやりと笑った。鍛冶師はゴツイ奴にこそ似合うというよくわからない信念に従い、むくつけき毛むくじゃらの男にキャラメイクした男だ。迫力が違う。
鉄心はそれは楽しそうに工房から出ていった。招かれるままに廊下を進んでいくと、突き当りに一際大きな扉。それは俺がまだ一度も踏み入れたことのないハンドメイドのホームの入り口だった。
扉を開くと言われるままに中に入る。そこは、落ち着いた雰囲気を持つ石と木を合わせた造りのロビーになっていた。
「お帰り鉄心!あれ?カイさんも一緒だ。いらっしゃいませ!」
ロビーでお茶を入れていたのは1階のレストラン「アルクラフト」を経営しているアイラだ。一緒にいる筋肉質な紳士は青大将、アイラの使用する調味料製作者兼、調理アドバイザー兼、アシスタントコック兼、食材調達までを行うまさに万能型プレイヤーだ。その後も続々とメンバーが集まるなか、鉄心はにこりと笑ってこう言った。
「カメレオンベアを狩りたいんだろ?それならリールは体で稼がないと」
集まったメンバーは俺の現状を聞き、次第に表情が崩れ、その眼はギラリと光を増していく。完全に獲物を狙う捕食者の目を俺に向けているな。同時に、メンバー間での言葉にはならない牽制が始まっているようだった。
いったい何が始まるのか。俺を生贄にしたサバトとかだったらどうしよう。そんな不安をよそに鉄心が口を開いた。
「さて、今回はギルド設立前からの付き合いであるカイにも来てもらったんだけど、要件はこないだのアイテムの件。追加でほしい物があるんだって。リスト見る?」
「ああ、頼む」
鉄心が差し出したリストを全員がまじまじ眺めている。すぐに必要な素材や工賃について話し合いが始まり、それらは俺の予想していた上限いっぱいをあっさりと超えてしまいそうな勢いだ。
「ふむ、試算の段階だが6万3千リールといったところだな。それで、足りないのはいくらだ?」
さすがは錦、こっちの懐事情もそれとなく察しているようで。まあ流石に追加分は全額不足とは思っていないだろうけど。
「それが、前回分もまだそろえられてなくてな。合わせると9万8千リールになるんだが…いや、さすがにこのままという事はない。3週間狩りに精を出すか黒の結晶石を売ろうかとも考えてだな」
「ありえん!黒の結晶石は今後の為にとっておけ。まあ鉄心がカイをここに連れてきた意図は理解が出来たな。というわけで、狩りよりも我等の依頼でリールを相殺する気はないか?」
黒の結晶石を売るのは錦も反対なようで、結局はハンドメイドの依頼を受けて相殺を目指すことになった。一応言っておくけど俺だって黒の結晶石を売りたかったわけじゃない。本当に。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「それなの、どうしても欲しい食材があってね…」
「待つである。吾輩一人では倒せなかったモンスターを倒したいであるな」
「それはいつでもできるだろう。ちょっとしたお使いを頼もうかと思っている。その上で採集を頼みたい」
「え?俺が一番作ってるんだから俺のが先だよ!採掘行くから護衛を頼みたいんだ」
「モンスタードロップ、の、宝石」
「僕もいいのかい?それじゃあマナウスの森の中層部にある木材が欲しいなぁ」
こともあろうに全員が一斉に話し始めやがった。おい、俺はいったいどこの聖徳太子だ。聞き取れるはずがないだろうが。
「頼む、俺が言うのもなんだが意見はまとめてくれ。何をすればいいのかさっぱりわからん」
「済まない。我等もなかなか素材の確保が難しくてな。それではまずは東の山岳地帯からだな」
「錦さん!抜け駆けずるい!」
駄目だ、錦がこれだと話が進まない。ということで何故か俺が仕切る形になってしまっていた。
「えっと、まずはそれぞれの依頼内容について確認させてくれ。それから、それぞれのクエストの場所についても頼む。まずは鉄心からだな」
「うん、俺の依頼は鉱石採掘の護衛で…」
たっぷりと1時間近くかけて全員の話を聞き、それをまとめるとこんな感じになった。
≪鉱石採掘の護衛依頼≫鉄心
場所:マナウス東部山間部の野良採掘地
日時指定:なし
想定時間:移動往復6時間・採掘3時間
納品アイテム:なし
想定モンスター:ヤックル・キックバード・ゲルゲル・その他
報酬:6000リール
≪アイテム配達と採集活動≫錦
場所:マナウス東部山間部中腹
日時指定:1週間以内
想定時間:移動往復7時間・採集1時間
納品アイテム:綴り草×30 リン草×20
想定モンスター:ヤックル・フィンバード・ゲルゲル・その他
報酬:8500リール
≪モンスター産希少石の収集≫黒べえ
場所:ウォーロンカ南東の海岸
日時指定:なし
想定時間:片道3日・戦闘2時間
納品アイテム:シェルジュ真珠×30
想定モンスター:シェルジュ・ビッグシュリンプ・ハンマークラブ・その他
報酬:6万4千リール
≪マナウスの森の原木調達≫ウッディ
場所:マナウスの森中層部
日時指定:3日以内
想定時間:移動往復8時間・採集1時間
納品アイテム:リゼル古木の枝×20
想定モンスター:キャプテングリズリー・フォレストハンター・風見鶏・フライハンター・その他
報酬:8000リール
≪マナウス特産の希少食材を探して≫アイラ
場所:マナウスの森中層部
日時指定:なし
想定時間:移動往復8時間・戦闘2時間
納品アイテム:風見鶏(捕獲)×10
想定モンスター:キャプテングリズリー・風見鶏・フライハンター・食虫花・その他
報酬:9300リール
≪リリアン郊外共同戦線≫青大将
場所:リリアン郊外
日時指定:なし
想定時間:移動往復1日・戦闘1時間
納品アイテム:なし
想定モンスター:デデブキング、デデブ
報酬:5500リール
大体はマナウス周辺で、かかる時間を無視するなら東の山間部が2件。マナウスの森深部が2件。南の漁村ウォーロンカが1件。タイアの先の村、リリアンが1件。
方向が同じやつをまとめてこなすにしても、やっぱり移動時間がネックだな。週末にやるにしても間に合いそうにない。
「移動時間が問題だとでも考えているな。これはあくまで徒歩で移動することを前提にしている。実際には乗り物のレンタルと転移門を使えば半分も掛からんと考えていい」
うん、要するにあらゆる手を使ってすべて回れってことなんだな。この経費?そりゃ出ないよね、と思っていたがどうやら半額は出してくれるらしい。
今回は俺が無理を言っているし、ハンドメイドの面々には日頃から助けてもらっている。それもあってか俺はそこまで深く考えることなく言い切ってしまった。
「よし、それじゃあ期限が近いやつとまとめて出来るやつからこなしていくことにするか。てことで錦と鉄心の依頼、ウッディとアイラの依頼、黒べえの依頼、青大将の依頼の順に行くことにする。もし3週間で間に合わなかったらその後の達成でも問題ないか?」
「それで大丈夫だよ。いや~良かった。その辺の素材って中々手に入らないからマーケットでも高めでさ、手が出ないんだよ」
こうして残り3週間、不足分のリールを埋めるための日々が始まった。…この依頼を全部クリアしてもちょっと足りないのは内緒だ。後でこっそりなんとかしよう。




