飲み屋の隅で
長期の停止申し訳ありません。本格的な再開は年明けになると思いますがこれからもよろしくお願いします。
この話から5章開始となり、主人公のカイ視点の話に戻ります。
日が経つにつれて気温も上がり、冷えた酒がすすむ季節。俺は飲み屋の一角で凍るように冷たいビールを口に運んでいた。俺を呼び出した藤はさっきからトイレの前に立っている。いつものように2人で飲みに行き、藤が席を立ってからぐるりと周囲を見渡す。
木組みに土壁風な造りとパネル注文式ではない、温かみのある店員の接待スタイル。どれだけ技術が進んでも、人が求めるサービスに人は必要なのかもしれない。まあ、全自動スタイルもかなり増えてはいるけど。
ぼんやりと考え事をしていると、隣の個室の客達がこんな話を始めていた。
「でさ、ようやく店売りより効果を高くできるアイテムの素材を揃えたんだけど、あれってやたらと難易度が高いんだよ。おかげで8千リールが一瞬で溶けた」
「ご愁傷さま。それでも今は赤字かもしれないけど、レシピさえ確立したら調合なら一つの調合の単価は安いでしょ?」
「いやいやいや、材料費が安いってことは完成させても売値が安くなりがちなんだよ。量産できないと黒にならないかも」
「まあ、調合系の痛いところよね」
どうやらVLOで生産職クラフターをしているようだ。店売りよりも効果の高い回復薬を作るために色々と工夫しているようだった。聞き役の方も生産職クラフターのようだけど、話の感じだとある程度高額な商品をやり取りしているのかもしれない。
「そっちはどうなんだよ。コスプレ衣装をVLOに流行らせるって言ってなかったか?」
「それがねぇ、正直全身を私一人でやるには時間が足りないから無理っぽくて。しかたないからフレとギルド作るわ。分業制ならいけるかなって」
「方向性違ったら内紛が起きるって言ってなかったが?」
「それはあり得るよ。でも一人じゃ量産出来ないなら妥協も必要よ」
どこか生々しい話題を含みつつも、隣りのグループはVLOでの生活を楽しんでいるようだった。
ビールのおかわりを頼み、運ばれてきた鹿肉の煮物を食べながら耳を澄ませていると、今度は通路を挟んださきにある個室を利用している、学生らしき団体でもVLOの話題が上っていた。
「つまり、マナウスに常駐してクエストこなし続けたらイベント関連のクエストに繋がったりするのか」
「まだ情報の呼びかけ段階だけど間違いはないはずよ。今は攻略組でも新都市発見系、未踏地探索系、地域密着系みたいに色々あるからプレイ方法によるのかも」
「俺ら、方向性迷子になってるよなぁ・・・」
「ああ、そろそろサークルとしても何系に力入れてくかは決めた方が良いのかもな」
「難しいところだよね」
どうやら大学生の飲み会で、VLOを楽しむための集まりのようらしい。当然ではあるけど全員がVLOプレイヤーで、今後について積極的な議論が交わされている。酒が入ってるから話題はループしてばかりで全く進んでないけど。周囲の話題に聞き耳をたてていると、いつの間にか藤が戻ってきていた。
「さて、何の話をしてたんだったか」
「セントエルモの武闘大会の話だよ。個人の方は聞いたけど、パーティー戦はどうなったんだ?」
思い出したように藤はにやりと口角を上げた。予想以上の結果を上げたってことなんだろう。
「それがよ、2回戦でforefrontとあたった。当たり前だけどよ、ボッコボコにやられたわ」
「それにしては随分楽しそうだな」
「そりゃそうだよ。結局優勝もあいつらだったんだけどよ。優勝後のインタビューで俺らの名前を出してくれたのさ」
普段なら藤はこういう事で有名になるのをあまり好まないと思っていたんだが、ゲームだから別なのか。疑問を感じていると、続きを教えてくれた。
「俺らのスキルレベルやプレイ時間を考えたら中級くらいだ。で、あいつらが聞かれたのは大会に出ていたチームの中で上級・中級のパーティーに分けたとして、気になるのはどこって感じでよ。そこで名前が挙がってからというもの、PVPの誘いも増えたけど、住人からの指名依頼も増えたんだよな。おかげで最近は大分忙しくなった」
これは不思議な話、ではないのかもしれない。forefrontのメンバーは前回のアップデートで導入された二つ名制度によって、正式に全員が称号を得ている。中でも一番有名なのはリーダーの聖騎士だったはずだ。その辺があるとただの感想すら住人に影響力をもたらすのか。
「まあ後はうちのメンバーの近況とかだけどその辺は今度俺らと組んだ時でもいいだろ?で、そっちは最近どうなんだよ。死に戻ってばかりって聞いてるんだが」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくれるが、正直そんなに面白い話ではない。むしろ地味すぎて申し訳ない気がするのだが。別にわざわざ口を噤む必要のある話でもないからいいんだけどさ。
「前に森でレアモンスターを4種狩ったら次のクエストに繋がったって言ったろ。それが準備整えていざ狩ろうとすると今度はNPCが乱入してきてさ、まさかのPVPだよ。本当にPKして賞金首なんて勘弁だし、試しに負けてみたら、ただのイベントらしくてさ。勝たないとボスに挑めなかった。で、かなり苦労してようやく勝ってボスに挑んだら瞬殺されてまたNPCとのPVPからやり直し」
「はあ?そりゃずいぶんなクエストだな」
「まったくだよ。最近はNPCには問題なく勝てるようになったけど。問題はボスだな。色々試したからあと一回くらいで最後にして討伐しようと思ってるよ」
注文していた漬物盛り合わせが届き、中断された会話に戻る。とはいえこっちの近況としてはこれ以上のものはないんだけども。
「いまだにずっとマナウスにいるから何してるのかと思えば、また面白そうなことしてるじゃねぇか」
「どうだろうな。俺は楽しんでるけど、地味なのは間違いないし。そっちこそ楽しそうにやってるだろ」
店員からラストオーダーを聞かれ、先に支払いを済ませると思い出したように藤が聞いてきた。
「そういえば、スキルの進化とか分化ってもうしてるのか?レベルは1に戻るけどかなりスキルの性能が上がるよな。俺はまだ盾だけなんだよ」
「それか。色々聞いてはいるけど、まだ進化の条件が分かってないやつが多すぎる。とはいえ俺も一つあるよ。ボスを狩るときに見に来るならその時にお披露目するかな」
「勿体ぶりやがって」
「何か変化があるわけじゃないから地味だけどな」
「違いない」
最後の一杯を飲み干すと、挨拶をして藤と別れると帰路に就いた。
道中で考えていたのは、どうやってあいつを狩るか、それだけだ。初戦は何もわからずに終わった。装備を整えたつもりで挑んだ2戦目は3分ともたなかった。このゲームを始めて、初めて感じた壁だったかもしれない。
それからはひたすら情報を集めることに終始した。あいつは何が苦手で、何が得意なのか。どうやってこっちを捕捉していて、こっちはどうやって捕捉すればいいのか。どんな攻撃が有効で、それを当てるにはどんな準備が必要なのか。あいつとの連戦の中で、必要な情報をあらゆる手を使って集めた。
「答えは見えてきたんだよなぁ。勝てるかどうかは置いといて、ある意味では準備は整ってきてる。なのに、残る問題が大きすぎる…」
夜空を見上げる。夜といえど蒸し暑くそれでいて夜空に浮かぶ星はどこまでも涼やかに瞬いている。目を閉じて一つ、息を吐くと視線は前を向いていた。
「まあ、なるようにしかならないか」
こうして、俺は季節一つを準備に費やして夏を迎えた。VLOを始めてから何も変わらない、狩りに全精力を注いだ夏を。




