セントエルモ、PvP大会に挑む 前編
「ふぅん!」
気合い一発。手にした盾を力いっぱい振り抜くと振り下ろされていた長剣を弾き飛ばした。このくらいで崩れるようならこんなところまでなんて上がってこれるはずがない。さらには、俺も剣との接触の衝撃で、盾を弾き飛ばされてしまっている。
盾のないタンクなんてのは俺の矜持に反するが仕方ない。そのまま目の前の相手に突っ込んだ。タックルをかましたことで二人して石畳の上を転がっていく。そのまま俺が何とかマウントをとることが出来た。ここまでいくと身体能力が高いだけであとはただの喧嘩じみている。
「ぐぇ、この野郎」
相手も対応が早いな。腰に挿していた短剣を抜いて応戦しようとしている。それに比べてこっちは右手に持った長剣だけ、どう考えてもこの至近距離では不利にしかならない。
盾のないまま飛び込んだのは失敗だったかもしれない。そんな考えも浮かんだが、さすがにこのまま負ける気なんて微塵もない。
「は、先に削り切ってやる!バンプ!」
残された手は力押しだ。長剣は捨てて全力で殴り続けた。
「くっ、このっ、うぐっ」
勝負は短い時間で終わった。体勢で勝るこっちが連打で押し切り、目の前に勝利を告げる文字が浮かんでいた。立ち上がると周囲の観客席を埋め尽くしている観客からの喝采が届く。俺は高々と拳を挙げると喝采がひときわ大きくなっていた。
ここはマナウス内にある闘技場。造りはまんまコロセウムで中央には石畳の闘技場が4つ、それを取り囲むように観客席がぐるりと巡っていた。他での戦闘はまだ続いているようで他に向けての歓声も多い。
「3回戦第35試合勝者、富士!」
互いに礼をして控室に下がると悔しそうに、それでいて少し楽しそうに対戦相手の男が話しかけてきた。
「あ~、惜しかったんだけどな。やっぱセントエルモのギルマス相手には分が悪かったか」
「いや、ぶっちゃけ負けるかもってとこ何回もあったし、いい勝負だろ」
戦闘を終えて互いに健闘を讃え合っていると、チャットのアラームが鳴っていた。あっちはまだ3回戦には時間があったはずなんだけどな。
「おう、どうした?」
「おめでと~!闘技場の観覧席取ってあるから上がっといで~。あたしらは東側にいるから」
一方的に切られた。しかたない、続きは上がってからか。対戦相手に挨拶をして一度控室から出ていき、東側の観客席に上がるとそこは芝生の生えた緩い坂のようになっていた。
「あ、富士~!こっちこっち~!」
手を振るアキラの方に向かうとそこにはシートが敷かれて食べ物が所狭しと置かれていた。朝から楓とミリエルがなにやら楽しそうにしてたのはこれだったのか。女の子が朝から気合いを入れて華やかに作る弁当、いいね。当然アキラは一切作ってないことは言っておく。リアルでも全く作れないって言ってたな。
「それにしても随分作ったな」
「ふふ、晴れた日に芝生にシート。これはお弁当日和だと思ったんです」
楓はニコニコと楽しそうに言って大会のパンフレットを広げている。
「あと2試合でアキラさんですね。頑張ってください!」
「ありがとね~!そろそろ行ってくるよ~」
「アキラの対戦相手は見たが、まあ問題にならないだろうな。それよりも富士、随分と苦戦したようだが」
口元を少しだけ緩めて話すヨーシャンク。こいつめ、わかっててからかっていやがる。
「いいんだよ。俺はそもそもアタッカーじゃねえんだし。今回は祭りに参加したくて出たんだから。この辺で満足っちゃあ満足だな」
「それが満足の顔なら、満足が泣いて逃げ出すな」
昼には少し早い時間でもあったけど、そこは気にせず弁当をパクついているとアキラの出番が来たようだ。相変わらずの軽装に今では曲刀を二振り腰に下げている。今のところはまだ披露していないけど、そろそろだろうな。
「ミリちゃん、始まったよ!」
「本当だ。が、頑張れっ」
ここまですらほとんど聞こえない、囁くような声での応援が始まった。ミリエルも大分こっちに慣れてきたな。未だに俺ら以外とはほとんど話してもいないけど。
「危なげなし、か」
闘技場では二振りの曲刀で敵の攻撃を受け流しながら舞うようにアキラが戦っている。攻防一体ってのは言うほど簡単じゃないはずだが、東雲とアキラはその辺のセンスが良い。東雲の方は今も続けている武道の経験が物を言っている感じか。
俺達はリアルでの戦闘経験がないから、戦闘はゲームのシステムアシストの力を借りている。じゃないと剣を振ってもほとんど切れるなんてことはない。俺達みたいなアシストを使う側は全く感じないしわからないんだが、武道経験者はアシストを使ってるプレイヤーってのはすぐにわかるらしい。それを東雲に言わせるとこうなる。
「で、やっぱり単調なのか?」
「そうですね。アキラさんはダンスの要領が入ってる分複雑になりましたけど、対戦相手の方はリアルではそんなに運動が得意じゃないかもしれません。攻撃の筋が常に一定です」
「筋ってのは攻撃パターンではないんだよな」
頷く東雲は戦闘を眺めながらここです、とかこれもですね、とか呟いている。それはすべて右手に持った長剣を左から薙ぐ一撃だが、そこに至るまでのコンビネーションには同じものはない。俺からしたらかなり工夫していると感じてしまう。
「さっきの一つ目は右から袈裟切り、連撃で薙ぎました。次が首元を狙った突きから引いて横薙ぎ、最後が左手の盾でいなして一回転しながらの薙ぎ。すべて状況の違う一撃なんですけど、俺には剣速と威力以外はほぼ同じ単調な一撃に見えます」
「俺にはあれが同じには到底思えんが」
「システムの大元が武器ごとに一つしかなくて、説明難しいな。そうだ、流派が全員一緒みたいな感じです。剣の流派ならそれに対して切りおろしや袈裟切り、突きみたいな基本の動きしかない。だから応用を効かせるべき場面でも基本通りにしか動かないんだと思います。それが経験者には全員同じに見えるっていう話になるんですね」
ちなみに、セントエルモの中でシステムアシストを使っていないのは東雲だけで、後は全員使っている。そうなると今回勝ち残れるのは東雲一人ってことになりかねないが、そんなことはないらしい。
「最初からシステムから外れるようなでたらめな動きばかりの富士さんとか、アキラさんはさっき言った通りダンスの動きなので武道の原理から外れていて読みづらいんですよ。あとは最近ですけど、上位のプレイヤーの中には少しずつそういう一定の筋から外れるプレイヤーが出てきているように感じます」
「ほう。プレイヤーの成長か、はたまたシステムアシストの成長か調整が進んでいるということか」
「両方かなって感じがしますね」
「興味深い考察だな」
いつの間にか東雲とヨーシャンクの会話に変わっていたが、その間にアキラは危なげなく勝利を掴んだようだ。こっちに向けて手を振っている。次は4回戦、さすがにこのあたりからは攻略組や準攻略組のメンツが増えてきているな。
「次は俺ですね。行ってきます」
特に気負う様子もなく、槍を手に歩き出す東雲。その対戦相手は攻略組の中でも中位ぐらいにいるギルド「エルフスキー紳士淑女同盟」のエースアタッカーだ。確か武器は同じで槍使いなんだが、正統派の東雲とは違ってまさにチャンバラ、映画か何かの大立ち回りって感じの戦いをしていたように見える。さて、どこまでやれるか見ものだな。
「いや~、やっぱ魔法剣なしはキツくなってきたよ~」
「お帰りなさい!アキラさん、格好良かったですよ!」
「お、おめでとうございます」
「可愛い、これは可愛い。もうたまらんですな!」
念のため言っておくが最後の発言は俺じゃない、アキラだ。ミリエルが合流してからどんどんおっさん方面に傾いていってる気がしなくもないが、2人は楽しそうだし、もう気にしない事にしている。
「おや、東雲の試合が始まるようだな」
闘技場の中央に二人が歩み寄り、互いに礼をしている。開始の号令と共に対戦相手の男が後方に大きく飛びのいた。東雲は構えを崩さず静かに歩み寄っている。他の戦闘はバチバチやりあっている分、あそこの静けさが際立っている。
「なんか、他の客まで静かになってねえか?」
「そうだな。やはり2試合連続で格上のプレイヤーを撃破したことで、他からも注目されているようだ」
今回の大会ではトーナメントをすべてくじで決めているらしく、そうなると必ずできるのが死のブロック。運が良いのか悪いのか、東雲は順当にいけば対戦相手はすべて攻略組のメンバーが多く集まっていた。それ以外の試合も順当にいけば中級でも名の知れたエース格という、ある意味での特賞を引き当てていた。
本人はそのクジ運を心から喜び、嬉々として鍛錬していたが。
「あれがトップ喰らいか」
「フレに武道経験者いんだけど、あいつの動きはやべえってよ。絶対リアルで何人か殺ってるって」
「まじかよ。でもよ、実際まぐれってのもあんじゃねぇ?誰もマークしてなかったんだし」
ひそひそと漏れ聞こえる声に苦笑しつつ、聞こえる噂の一部に流石にそれはねーよと心の中だけで突っ込む。ただ注目度が高いのは本当のようで、戦闘の様子に引っ張られるように会場は静かになっていった。
1分近いにらみ合いが続き、それでも二人は動かない。対戦相手に目を向けると男は麻のような生地でできたローブを着て、金属製の竹やりのような、いっそ棒と言った方が良いような槍を手にしている。目測だが、東雲の槍よりも若干短いようだ。
東雲の対戦相手の観察をしていると、しびれを切らしたのか男は手にした槍を派手に振り回しながら間合いに入ろうとし始めた。槍の捌き方もまた、光剣使いの騎士並みだな。
東雲は中段辺りで構えた槍の穂先を、相手の動きに合わせて上下左右にゆらゆらと揺らしている。
「あいつ、なかなか東雲の間合いに入れないな」
「確か今は払って返す動きの確認をしたいと言っていたからな。相手もその辺を感じ取っているのかもしれん」
「それだけなら東雲の勝ちだろうけどさ~、ここはVLOだよ?見た目から言ってもさ、これからの展開に期待しちゃうよ」
そう、確かにアキラの言う通りではある。ここはリアルを超越した動きが可能な世界。対戦相手がなにやら雄たけびを上げると、槍の先端から3分の1程の範囲を半透明のブレードのようなものが覆い始めた。ブレード部分を加味するなら、これで男の方が獲物が長くなった。
「さすがに持ち手からブォンってわけにはいかないかぁ」
「気持ちは分かるが感想がおかしい」
男はブレードを纏うとこれまで同様に槍を振り回す。変わったのは地面の反応だ。ブレードは石畳の地面を容易く切り裂き、破片が周囲に飛び散っている。動きの確認が済んだのか、槍を片手に持つと空いた手を東雲にかざす。すると、何かに引っ張られるように東雲は前方に引きずられ始めていた。
「おいおい、マジで修行を乗り越えた光剣使いの騎士様ってわけか」
「まあ、確かに原典の彼らは紳士淑女揃いではあるな」
「ヨーシャンクさん、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!東雲!がんばれ~!」
引きずられた東雲は踏ん張ることをやめたのか、逆に石畳を蹴ると前に飛び込むように進み始めた。二人の距離は見る間に縮み、タイミングを計った男の槍が薙ぎ払われる。しかし、それは東雲を捕えることはなかった。槍の柄を器用に扱い、男の攻撃をすべていなしているのだ。すでに二人の間合いは槍の間合いを越えている。引き込み過ぎたのか男は厳しい表情で攻撃を繰り出している。男の突きを足さばきだけで躱すと、東雲は鋭い突きを放っていた。
「展開が早いな。富士は追えているか?」
「まあな。しかし、東雲も大概だが、対戦相手の方もおかしい。なんで最後の突きをまともに喰らわないんだよ」
「これ以上の速度の戦闘になると、近接職以外のプレイヤーでは目で追えなくなるな」
それほどの攻防だった。十秒程度のやり取りの中で被弾は僅かに一つ、最後の一撃が左肩の先を貫いただけだ。会場からは深いため息が聞こえている。すでに会場の視線を釘付けにしているようだ。
男は肩を回して傷の状態を確認している。そして、笑っていた。何か東雲に語り掛けているようだが、こっちにまでは会話は届かない。東雲は一つ頷くと槍を構えた。
「んん~、やっぱ戦闘の会話くらい通してほしいよな」
「そうだな。大会が終わったら運営にでも要望を出しておくか」
男は不規則に左右にステップを踏みながら距離を詰める。間合いの直前で足に魔力を振ったのだろう。至近距離の相手には消えたか見切れているのではと感じるであろう速さで背後に転がり込むと、起きあがる動きにあわせて槍を突き出す。
その高速の動きに合わせて東雲は一歩を踏み出し、反転に合わせて柄で穂先を払っていた。驚きに目を見張る男に、鋭く槍を突き込む。
飛び込んだ時と同じように今度は高速で離脱していたが、それでも胸元から腹部にかけて、赤いエフェクトが輝いている。かなりの深手とみていいだろう。
瞬き一つで終えるのではないかという一瞬の攻防に、会場からはそろって溜息が聞こえる。
「東雲の動きは、静かです・・・」
「ん?ミリエルもそう思うか」
「はい」
それ以上に何といえばいいのか、それが分からないようだったが言いたいことは伝わっている。東雲の動きには無駄な停滞がない。無理な急発進や急停止もなく、動きが滑らか。そして恐ろしく静かで猛る様子を見たことはない。たしかこういうのが流水とかって言うはずだ。
「さすがに決まったな」
「油断なんてするやつじゃないしな~、まあ東雲の勝ちだろ」
 




