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Variety of Lives Online ~猟師プレイのすすめ~  作者: 木下 龍貴
4章 VLOの日々徒然~閑話集~
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生産職の日常とイベントクエスト


「ねね、錦さん。せっかくレストランも軌道に乗ったし、そろそろ2階の方も開店できるんじゃない?」


 ニコニコと嬉しそうにアイラが尋ねてきた。しかし、それはそう簡単にはいかない。何せアイラこそ屋台を畳んでレストランを開いたが、我等はまだ生産拠点をこちらに移し切れていない。この状態で始めようものなら手が回らなくなること請け合いだ。


「まだだな。あそこの肝は鉄心だ。彼が身軽にならないことにはオーダーメイド専用カウンターは開けられない」


 ここはギルドハンドメイドの3階ロビー。かなり広いスペースに椅子とテーブルが並び、いつでもパーテーションで仕切れるようにしてあるそこは、ギルドメンバーや連絡会に参加しているソロ生産職クラフター専用の会議室となっている。

 我等ハンドメイドはギルドメンバーこそ6人と小規模だが、主催している連絡会参加者は優に100名は超えているという少々特殊なギルドとなっている。経緯は省くが、ギルドの枠や柵に縛られることなく、それでいてソロ生産職クラフターにとっての利益を生み出す場所。それを目指して作られたギルドだ。

 それ故に基本的には登録している生産系プレイヤーの出入りは自由にしてある。噂をすれば、最近よく見かけるプレイヤーがひょっこりと顔を出した。


「あ、錦さんちわす!」

「レイレイか。今日はどうかしたのか」

「それがまた困ったことなってしまいまして。それでちょっと相談できないかなーと」


 少し疲れた様子のレイレイはコンビで宝飾を中心に活動を行っているプレイヤーだ。最近懐に余裕の出てきたプレイヤーからのアクセサリー製作の依頼が増え、最初に思っていたような活動が出来ないという相談を受けたばかりだった。


「レイちゃんひさしぶりー!とりあえず座って!」

「ありがとうアイラちゃん。どうしたらいいのかわからなくなっちゃって、頭が混乱してて」


 促されて座ったレイレイの前にアイラがグラスを置き、私の隣に座る。薄茶色のお茶に涼やかに氷が浮かび、見ているだけでも涼を得られるように錯覚してしまう。しかし、レイレイはそれを意識する余裕もないのか半分ほどの量を一息に飲み、軽く息を吐くと口を開いた。


「2人は今回の一連のイベントってどこまで把握してます?」

「どこまで?う~んと、闘技場と色んな場所で優勝目指して戦う?」


 アイラは答えながら首をかしげてこちらを見ていた。自信がないのだろうが、生産職クラフターたるもの、戦闘職のイベントは把握しないと商機を逃すぞ。


「そうだな。まず闘技場では近接職のための武術大会と魔法職のみの魔術大会に縛りなしのパーティー戦があるな。そのほか武器限定の非戦闘型コンテストがある。それが落ち着いたら今度は特殊な戦場での大会だ。たしか海、森、市街だったか」

「お~、さすがリーダー」


 この程度の内容であれば把握しておいてもらいたいものであるが、すでに出店を畳んだ料理専門のアイラにとってはそこまで客足に影響するものではないか。そう考えてアイラにこれ以上の情報収集を期待することは諦めることにした。そもそもが、彼女の長所はそこではないところにあるのだから。


「ほとんど説明はいらないですね。今回はその、色んな大会が一気に開催されちゃったので、色んな人からのアクセサリー製作依頼が凄くて」

「それは前回のような状態なのか?」

「いえ、ある意味ではそれよりヒドいかも・・・」


 話を総合するとそれはこのような内容だった。大会を意識したアクセサリー製作依頼が激増したのは以前通り。しかし、今回の大会にはすべて上位入賞の商品が設定されている。それを求めるプレイヤーがより良い装備を求めてアクセサリー製作者を囲い始めたらしい。


「ねえねえ、それってさアクセサリーだけじゃなくて武器も防具もそうなると思うんだけど鉄心と黒べえはレイちゃんよりは忙しそうじゃないよね」

「私を含めてな。それを説明するのは割と簡単だ。要は最も消費が多く、生産においても花形なのが武器と防具。よって装備を作り出す生産職クラフターの多くはこの武器防具に偏っている。それに比べるとアクセサリー関連はそこまでの能力上昇が見込めず、求められる手先の器用さからも敬遠されがちなのさ。その分商品として売り出せるレベルの純粋な生産職の人数が他に比べて少ない」


 アイラは分かったのかどうなのか、へ~と感心したように頷いている。さて、我等も以前は悩まされたプレイヤーの生産職クラフターの囲い込み。それがあらかた収束してから起こるのは・・・


「囲い込んだ以外の生産者への嫌がらせか」

「そうなんです」

「具体的にはなにが起きている?」

「アクセサリーの製作依頼がきてデザインとかを決めるための打ち合わせですっごい粘られて、やっと契約がまとまると思ったときに向こうから突然話を断られるんです」

「なにそれ!すっごい悪質!」


 アイラも憤慨しているが、これには私も同意だな。オーダーメイド装備とは各自の思いやこだわりが込められている分、デザインをまとめるのにかなりの時間を要する。そこに性能を上乗せするとなると相当な知恵と工夫が必要だ。それがこんな形で妨害されるとなるともの作りへの意欲すら失いかねない。彼らは分かっているのだろうか。その刹那ともいえる一時の優越の為に犠牲となる未来について。 


「そんなやり取りがずっと続いて、もうどうしたらいいいかわからなくて」


 レイレイは相当追い込まれているようだ。性別を偽れないVLOにおいて女性プレイヤーというだけで日々の勧誘や愚かなプレイヤーからのナンパが絶えないだろうに、その上でこの仕打ちだ。対応は急を要するだろう。


「分かった。それについてはこちらで対処しよう。黒べえ、連絡会参加者の他、繋がりのある生産ギルドに通達。リストアップしていたプレイヤーへの対処を始めるといえばわかるはずだ」


 それを聞き、ロビーの端に一人で座っていた黒づくめの男が立ち上がりロビーを出て行く。これで1週間と経たずに首謀者までを洗えることだろう。あとはこのコンビの保護か。


「さて、そう遠からずに騒ぎは沈静化に向かうと思うが、それまでこの騒ぎの渦中に身を置くのも疲れるだろう。必要ならハンドメイドの生産設備をレンタルしてここで活動するといい。幸い、2階以上はまだ連絡会に参加していないプレイヤーは入れない設定のままだ」

「あ、ありがとうございます!すぐに澪にもこっちに来るように伝えますね!」


 ようやく笑顔を見せたレイレイは礼を述べるとロビーの端に走っていく。これで後は沈静化まで待つだけだ。


「さっすが錦さん!頼りになる~」

「ふん、この件においては他からも苦情があったのでな。以前から根回しを始めていたというだけの事だ」


 そう。連絡会という情報交換の場を作った以上、こういったトラブルの解決にも駆り出されるのは想定の範囲内だ。必要な素材を複数人分まとめて発注して折半するだけでなく、生産職クラフターの要望をまとめるための受付に住人を数人雇い、内容によっては冒険者ギルドに依頼を出すシステムも動き出している。こうしてギルドがなくとも、パーティーを組めずとも、ソロであっても多少の出資と努力次第で望む活動を行える場の提供。これこそが連絡会の存在意義だ。



 アクセサリー製作騒動が沈静化してから数日後、鉄心と黒べえからの呼び出しで久しぶりにギルドメンバーが全員そろう事となった。皮・革製品を担当する私こと錦、金属製の武器防具を担当する鉄心、彫金や細工を担当する黒べえ、木製製品を担当するウッディ、料理全般を担当するアイラ、調味料製作を担当する青大将。これが我がオーダーメイドの面々となる。


「さて、全員が揃うのは2週間振りか。さっそくだが鉄心、議題を聞こうか」

「えっと、黒べえからお願いしても・・・」

「無理・・・だ」


 相変わらず耳を澄まさないと聞き取れないほどの声で黒べえが呟くと、盛大に溜息をついた鉄心が観念したように話し始めた。


「俺も難しいことは分からないから先に結論から言ってしまうよ。後は質問してくれればわかる範囲で答えるから。簡単にいうと、マナウス騎士団からいくつかの装備・道具・食料の納品依頼がきた」


 場の空気が一瞬にして引き締まったのが分かる。このようなクエストは噂程度でも聞いたことのない、もしかしたら我々が最初に受けたかもしれないクエストの可能性もある。それに相手がプレイヤーではなく住人であるなら、文化の違いを考えてもいつも以上に内容は慎重に精査していく必要がある。


「まずは、納品物の内容から確認させてくれ」

「それについてはこの一覧を確認してくれ。ちなみに騎士団の使者と絶対に外に漏らさないっていう約束の下に受け取っているからそれについてはよろしく」

「ふむ、必要なのは6人分の全身装備一式と3か月分の食料、それに伴う各種アイテムか」


 内容の確認を終えたのか、これまで一言も発していないかった筋骨隆々ともいえる肉体をタキシードに包んだ男、青大将が口を開いた。


「ふ~む、これは中々の難題であるな。食料と装備まではいいとして、問題はこのアイテムとアクセサリーの製作である」

「そうなんだ。アイテムは大将とウッディがやるとしてもこの数はかなりきつい。後はアクセサリーだけど求められる性能がね」


 そう、このクエストの最大の難点はその一点に尽きると言えるだろう。アイテムを除けば他の装備類には細かな指定がないにもかかわらず、このアクセサリーだけは明確な性能指定があった。


「市場も確認してきたが、満たすのはこれしかない」


 そう言って黒べえが取り出したのは先日試行錯誤の末に作り出したアクセサリーだ。


≪隠形のペンダント レア度2 重量1≫

装備者の姿を隠し、隠密行動に特化させることのできるペンダント。特殊な加工の施された宝石により、気配や物音を吸収する働きがある。

製作者:黒べえ


「これの作成については誰か漏らしたのか?」

「まさか~、そんなことしないよ」


 一応確認は行ったが当然ではある。これまで作られ、そして流通しているあらゆるアクセサリーは能力を高める物か状態異常耐性を引き上げるものに限定されている。今回作りだされたスキル効果を発揮・強化する装備品。これは生産職クラフターが渇望していた一種のブレイクスルーとなる一品だ。

 間違いなく、これを公表すれば黒べえの名はVLOに広がり、引き抜きや工作が後を絶たなくなる。それ故に情勢を見極めてから発表することをギルド内で取り決めていた。


「つまり、これはスキル性能を引き上げるアクセサリーの製作がトリガーとなって起こるクエストという事であろうか」

「そう考えるのが妥当だ。あとは探索部隊の出発までの期限付きというところだろう」


 カイの協力を受けて我々が参加したVLO初のイベント、そこで見つかった本来はいるはずのないモンスターの数々。プレイヤー間ではその名前から山岳地帯に生息すると考えられており、それはマナウス周辺では一か所しかなかった。そこを探索する部隊への装備調達、部隊を展開することのできない地だからこその少数精鋭用の装備だ。


「問題は山積みだけどさ、俺は正直受けたいんだよね。何より、必要な素材は騎士団持ちってのが良い」

「私もやりたいな~。最近レストラン用のメニューしか作ってなかったから他のことやりたかったの」

「最大限、努力しよう」

「ふむ、吾輩も賛成である」

「僕も構わないよ」


 全員の視線がこちらを伺っている。あとは私が裁可を下すだけである。まったく、あのイベントの進行に関われるのだ、断るなどという選択肢は存在しない。


「ならば騎士団の望むままに作るとしよう。武器は鉄心が担当。防具は私だが、一部に金属を使うので鉄心も協力を。アクセサリーは黒べえ。各種アイテムはウッディを中心に大将にも任せる。食料はアイラと大将だ。何か質問は」


 特に質問が出ないことを確認し、私は続けて展望を述べた。


「各自明日までに制作物の一覧と必要アイテムを一覧にしてくれ。それを元に私と鉄心で騎士団と調整を行う。期限が気掛かりではあるが、それも考慮して早々に取り掛かってくれ」


 製作する各種装備類とアイテム、それに伴う必要な経費と材料のピックアップを終えるとその足で騎士団の元へ急ぎ、担当者との契約を結ぶ。納品期限についての最終確認も終えて無事契約を完了した後に待っていたのは地獄のような生産の日々だった。


「オレ、モウダメ」


 やつれた様子で私の工房に入ってきたのは鉄心だった。鍛冶担当として剣や盾の製作を請け負っている彼には出来る限り頑丈な一品をという要望により、想定外の魔鋼を扱う事になっていた。ある意味ではウッディと並んで最も過酷な戦場に身を置いているといえる。


「ふむ、進捗はどうなのだ」


 進捗という言葉に必要以上に反応を見せると視線が左右に泳ぎだす。これは想像以上に難航しているようだ。そこにタイミングよくアイラが軽食を手に入ってきた。彼女の表情は明るく、今回の依頼も順調にこなせている。


「やほ~、大将さんに聞いたら鉄心ここかもって聞いたから。少し休憩しようよ」

「休憩は構わないんだが、それは私の工房でやる必要があるのか?私はもう少し進めて」

「いいの!こういう時は一回休んで切り替えた方が効率がいいんだから」


 そう言いながら工房の机を手早く片付けるとあっという間に軽食を広げていく。アイラは以前からギルドメンバーの製作に行き詰るとこのようにブレイクタイムを挟むことがあった。それだけ周囲へ視野が広く仲間をよく見ているのだろう。


「はあ、今回は本当に間に合わないかも」

「まあまあいったん忘れておやつ食べようよ。そういえばこれ今度お土産限定で出そうかと思ってるの。どうかな?」

「これは、騎士団の食事から考えたのか?」


 嬉しそうに頷くと鉄心にも熱心に勧めている。それはミートローフのような料理だった。これがおやつというのもいかがなものかとは思うが、味は確かなものだ。

 騎士団の食事内容を学んだ過程で最も形にしやすいかったのだろう。開発の過程を聞いてみると、どうやら現実のミートローフを作るには足りないいくつかの材料をVLOのアイテムで代用したようだ。最近ではこういった現実の料理を出来る限り忠実に再現する試みも多く見られている。


「それで、ようやく完成したの!」

「ふむ、ミートローフはリアルでも中々口にする機会がなかったが、これは美味いな」

「やったね!これでみんなから美味しいって言ってもらえたし、本当にお土産販売も考えてみようかな」

「そういえば、既存の鍛冶技術の方法は試してるのか?」


 リアルの技術や方法論をVLOに当てはめる。それをどの程度行っているか確認をしたが、よく考えれば鍛冶技術は生産スキルの中でも特にマイナーな部類だ。


「それがさぁ、やっぱ鍛冶って一子相伝みたいな感じで細かい方法は分からないことが多くて」

「しかし、それは逆を言えば運営側もそこまで詳細に理解できているわけではないのかもしれないな。そうなるともしかすると全く別の観点が必要なのかもしれない」

「別の?道具とか設備とか?アイラはそういうのなにかあった?」

「料理は今のところ普通に出来てるんだよねぇ」


 3人が何か方法がないかと頭を捻っていると、今度は黒べえがやって来ていた。どうやら途中から会話を聞いていたらしく、小さな声で呟くように話す。


「隠形のペンダントは、核となる宝石と魔核を錬金で合成しているが、その際に宝石に魔力を込めることで本来のモンスターが持っている特性を引き出している」

「それだ!」


 黒べえの呟きに大きな声をかぶせると鉄心は工房を飛び出していってしまった。それをアイラは嬉しそうに、黒べえは少し驚いたように見送る。


「錦、後はアイテムか」


 黒べえはそもそもこれを渡すために来たのだろう。私が頷いたのを確認すると隠形のペンダントを手渡し、工房から出ていく。


「アイラ、休憩を挟んでくれてありがとう。おかげで鉄心にも完成が見えてきた」

「え?私は何もしてないよ!」


 広げていた軽食を片づけるとアイラも去っていった。工房に静寂が戻る。作業台に途中になっていた厚手の布を出し、縫っていく。布や革製品の納品は多い、急ぎ完成の目途がつくようにする必要がある。

 新製品の開発も、既存アイテムの量産もすべては生産者の腕次第。たとえプレイヤーの花形が戦闘であっても、生産がどれだけ地味に見えたとしても、ここもまた一種の戦場であることに変わりはない。


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