現在地の一歩先へ
申し訳ありません。1話抜けていました。
慣れないことをして、色々と失敗。毎日投稿されている方の凄さを感じた次第です。
とらばさみの継続ダメージが入っているのだろう。そしてその後にガシャンと大きな音と共に大きな唸り声が響く。
キャプテングリズリーは自身の体がロープに引かれたことで、ようやく動きが制限されたことに気付いたようだ。だけど、それをずっと見ているほど間抜けな姿を晒すつもりはない。ニードル銃を構えると“集中”を駆使して出来る限りの弾丸を撃ち込んでいった。
装填、射撃、排莢の繰り返し。気にするべきはキャプテングリズリーの僅かな移動領域を意識し、外さないようにするだけ。それも相手が興奮状態にでもなっているのか、ひたすらこっちに腕を伸ばしたり、牙を剥くばかり。あらためてリスクと労力に見合う罠だと感心してしまった。
7発を撃ち込んだところで、キャプテングリズリーの動きに耐えられなかったのか鎖がちぎれてしまった。だけどその動きはかなり鈍くなってきている。
さすがにこれだけ撃ち込んで平然としているってわけにはいかないみたいだな。とらばさみがもう1つあれば楽だったかもしれないけど、ないものはしかなたない。残りはフィールド中央の大木を利用して削るしかなくなった。
ここまでの戦いで、俺はひたすら攻め立てられた。ポーションだっていくつ使ったかわからないし、近くの中途半端な木は、ほとんどがあの剛腕でへし折られてしまっている。作戦の失敗もあった。でも、だからこそ、時間をかけたからこそ分かったこともあった。
グリズリーの右腕が大きく振り上げられた。右腕が振り下ろされる直前に後方に大きく跳ぶ。腕は俺を捕えることはなく、大きな音を立てて地面を穿っただけだった。
次は俺に向かって大きく口を開けて跳んでくるはず。脚の踏み込みに合わせて横にローリングでぎりぎり回避できるな。推測通りの攻撃が続き、攻撃をひたすら回避していく。
よし、わかってきた。動きが鈍ったおかげでようやく攻撃の予備動作を読めるようになったな。あとはその攻撃の隙の大きさに合わせて装填、発砲を繰り返していくだけだ。
熊といえば弱点は鼻とか眉間とかいうけど、あんなの狙って当てられる奴は人間じゃない。まあ俺には無理ってだけだけどな。だから俺はまずは当てる、その事だけを考えるようにしていった。動きの止まる瞬間を狙って、大きな体のどこかに当てる。効率は悪いだろうけど、俺にとってはこれが最短の道だ。
疲労かダメージか、キャプテングリズリーは俺を追い回すのをやめて距離を開けて立ち止まる。まさか体力の回復手段があるわけじゃないだろうかとも疑ったが、ある意味それよりも恐ろしいことが起こった。
「グルゥゥルル、ガアァァァァアア!」
大きく開かれた口から唸り声とともになにかが放たれる。嫌な予感がした時には跳んでいたんだけどそれでも間に合わず、気付くと身体が宙を舞い、吹き飛んでいた。
起き上がってポーションを使いながら体力を確認して目を疑った。横に逃げたから攻撃の端に当たっただけなのに、ごっそりと体力が減っているからだ。直撃以前の問題だな、まともにもらったら俺が1撃で仕留められてしまう。それにこの威力だと木々を盾に使っていいかもわからない。
これだけのことを確認してもまだ、キャプテングリズリーが動き出さないのは使用後の反動があるのかもしれない。予備動作も含めて、使用前後の隙が大きいのは救いだな。これを狙わない手はない。起き上がるのに合わせて撃ち込み、今度は飛び込んでの両腕振り下ろしを前に転がって避ける。
「あれ、こっちもか」
無意識に左手を竹筒に突っ込むけどウインドウには何も映らない。さっきの回復で使い切ったか。しかもこの距離はまずい。予想通り、キャプテングリズリーは大きく息を吸い込み始めた。
思っていたよりもずっと再使用可能時間が短い。ここまで来て博打ってのも情けないけどこれじゃあジリ貧だ。覚悟を決めるとキャプテングリズリーの前に立ち、出来る限りの速さで弾丸を放った。撃つ、排莢、装填のループ。4発は撃てたがそれでも動きは止まらない。
口が開く前に体は勝手に動いていた。避けきれないのは当たり前、あとは生きていられるかどうかだ。全力で横に跳び、それでも体が何かに弾かれたように吹き飛ばされる。
弾んだ身体を無理やり起こして銃を構える。動けるってことはまだ生きているということ、体力の確認もせずに更なる攻撃へと移った。
「ガウァッ、フゥウウ」
硬直が解けた瞬間、確かに奴は膝をついた。巨体は震えて苦しそうに呻いている。あと一息、あと数発で倒せる。今の俺の状態では、数発当てる前に倒されるのは分かり切っている。それでも、ここまできたのならという欲が諦めるということを許さなかった。
あれを倒せたら熊鍋が食べられるかもしれないのだから。その強烈な思いが届いたのだろうか、突如空間に異変が起きた。
エリアを封じていた光の帯がひび割れていき、ガラスが割れるような音を響かせて砕け散る。咄嗟につかった“気配察知”にはかなりの人間が反応している。なんとなくマナウスの兵士のような気がするな。
周囲を覆うように展開している人間にキャプテングリズリーも気づいたのだろう。判断に迷いがあるようだった。ここが、間違いなく最後のチャンスだ。
「カイ殿、大丈夫ですか!?」
兵士からの問いかけが続く中に乾いた発砲音が響く。2度響くとその後には獣の唸り声が轟いた。その声は銃声から離れていく。あいつは、兵士側を突破することにしたようだ。最初から追う事は諦め、その場から狙い続ける。
兵士達も警戒しながら距離を詰めてきていたようで木々の隙間からその姿が小さく見える。兵士の顔には最初に安堵があり、ついで驚愕、最後に恐怖が映っていた。話したこともない兵士ではあるけど、わざわざ救援に来てくれた相手を死なすのは後味が悪すぎる。
兵士の元まで到着するまでに放てるのはあと1発。最後の弾丸は、“集中”を駆使した今までの射撃の中で最も長い距離の狙撃になった。
大きな音を立てて巨体は沈み込んだ。俺もキャプテングリズリーも、兵士達も誰一人として動かない。巨体が動き出さないことを確認すると、最初に兵士達の歓声が響いた。俺は、まだ実感がないな。背負箱を拾ってゆっくりと歩きながら兵士からの祝福を受け、キャプテングリズリーの前に立つ。赤いエフェクトが後頭部から眉間までを貫いていた。静かにその体に手を乗せると目を閉じる。歓声も止むと目を開け解体ナイフを突き立てると、他のモンスターと同じように光の粒子となって消えていった。
「カイ殿、まさかマナウスの森の主を一人で討伐されるとは、素晴らしい腕前ですね」
アイテムを収納して振り返った俺に兵士から声を掛けられた。腕前というか、今回はかなり色々な面で運が良かっただけのような気もするけど。
「今回はたまたまかな。封印内に巨木があって身を隠せたし、アイテムも情報も仲間から緊急でもらったものが役立った。俺一人ではなくて、パーティーあってこその勝利だったよ」
ようやくやり切った感覚がやってきた気がする。そして、これで俺の今回のイベントは終わったような、そんな感覚もあった。最後のは正直イベントとは関係ないと思うけど、まあイレギュラーも合わせて楽しめるのがVLOのいいところってことで。
その後は兵士と一緒にマナウスまで戻ることにした。兵士からは最新の戦況を聞けたし、途中で同じクエストを請けていたパーティーにも合流できて大所帯の帰途になった。
南の方も片付いていたようだ。マナウスは大いに沸いていた。住人は笑顔を絶やさず、冒険者に陽気に声を掛ける。祭りのように出店が立ち並び、冒険者も住人も問わず楽しげだ。うん、こういうのってやっぱりいいよな。この様子を見ただけでイベントに参加してよかったって気がする。リアリティがあるからこそ、問題が色々とあったとしても、楽しいとか笑えるとか面白いとかそういう面がたくさんあってほしい。
おやっさんの姿も見つかり、言葉を交わした。強面な武器屋の店主も、罠素材を集めた道具屋のおばちゃんも、ギルドの訓練所のお姉さんもいるな。顔を知っている相手には声を掛けられ、なぜかそれに兵士が興奮気味に話している。まあ皆興奮しているしどうせどんちゃん騒ぎで覚えてなんていないだろう。
広場まで抜けてそのままクエストの報告を終えると鉄心達に連絡を取った。
イベントを通しての最激戦地だった南では攻略組が連携をとって反撃し、第3拠点が落ちるかどうかというぎりぎりの攻防の末に、モンスターを撃退したらしい。ボスらしき大型のゴブリンを狩った直後にゲートが消失したらしく、騎士団からはそれをもって終戦宣言がなされたとのことだ。3人ともそれぞれの持ち場で踏ん張り、今は帰途の途中らしい。反対もなく打ち上げが決まり、合流場所を聞くとチャットを切る。
イベント、勝利と来たらこの後は打ち上げなんだが、一足先に戻ってきた俺が場所を探している。が、都市全体がお祭り騒ぎの今どれだけ探しても見つからない。あらゆる場所に店、店、店。それなのに満席、満席、満席。こんなに人がいたんだなっていう賑わいだ。まずい、このままでは見つからずに合流になってしまう。
「カイ、楽しんでるかな」
声の先にはヨーシャンクと東雲がいた。なんかセントエルモのメンバーは突然目の前に現れてばかりのような気がする。というかもうこっちに戻って来てるのか。激戦地にいたわけだし、途中で誰かが落ちてリタイアでもしたんだろうか。それとも途中でMPでも切れたかな。
「おお、ぼちぼちだ。それよりそっちこそどうしたんだよ。戻るのが随分早いじゃないか」
「それか、実は大物の討伐に成功してな。労いを込めて騎士団の馬車で送ってくれたのだよ。出立は遅めだったんだが、やはり移動手段があると移動時間が短縮できる」
「リアルと違って酔わないから助かるよ」
おお、そっちはそっちで楽しんだようだ。ん、そうだ、この手もあったな。
「なあ、俺のとこのメンバーとも打ち上げするんだけど場所がないんだ。人柄は俺が保証するんだが、良ければ一緒にというか邪魔したらだめか?」
「そんなことか。拠点で会ってもいるし、カイの所のメンバーは私達も知っている。こちらこそ頼むよ。正直アイラの料理を食べられるならこちらから頼みたいくらいさ」
時間だけ確認して二人と別れると今度はおやっさんの店に向かう。なんだかんだで場所は確保できたし、あとは料理の為の準備だ。野菜を買うなら絶対にここと決めている。最初に世話になったとか理由は他にもあるけど、何よりもうまいからだ。
「おやっさん、さっきぶり」
「おお、カイじゃないか!聞いたぞ、敵の大物を何匹も仕留めただけじゃなくて森の主も仕留めたんだってな!」
「ははは、まあなんとかね。実はこの後仲間と祝勝会をするんだけど、いい野菜が欲しくて。今日のおすすめって何がある?」
「そんなことか、それなら俺に任せとけ!で、野菜の他にはどんな食材があるんだ?」
バシリと俺の背中を叩いて愉快そうに笑っている。いつ見ても気持ちのいいおやっさんだ。野菜の知識は俺にはまだまだということで、人数と食材を伝えていい野菜を見繕ってもらった。これで準備は万全だ。
3人とも無事合流して、セントエルモのギルドハウスに向かう。うん、何度見ても表だけみると明らかに小さいよな。扉を開けるとセントエルモの面々は既にそろっているようだった。というか軽くつまみながらすでに始めているようだ。
「遅いぞカイ、こっちは先に始めさせてもらってるからな。と言っても出来合いの総菜だけどな」
「遅くなった。紹介とか先にするか?」
「それは後でいいよ。ていうかほとんど知ってるから。一応言っとくけど鉄心、錦、アイラの3人ってかなり有名だからね。個別に面識あるメンバーだっているし。紹介はあとでうちの箱入り娘を紹介するからその時にってことで!」
うん、腹減ったんだな。わかります。というより、他に惣菜あるのにナイフとフォーク持って食べずに待ってるってどういうことだよ。
ギルドハウスの中を見回し、セントエルモの様子に気付いたアイラは嬉々としてキッチンに入っていった。この人数分を一人で準備させるのは悪いし、楓がフォローに入ったのとジビエ料理に関しては俺の方が詳しいってことでそっちは俺が手伝う事にした。まあ、俺は後ろから作り方を伝えるだけだけどな。
1時間ほどで準備を終えると軽くつまめる料理を並べ、全員がロビーの中央に集まった。さて、始めようか。富士に目をやるとエールを手に立ち上がる。
「めんどい話しなんていらないだろ、2日間のイベントお疲れさんってのと祝勝会だ。派手に楽しもうぜ、それじゃ乾杯!」
「乾杯!」




