南の平原を探れ
今後の投稿についてです。
まずは残った3章分を1日1話にして投稿することにしました。4章は不定期更新とさせて頂きます。
いつから連続投稿をするかは準備が済み次第、活動報告でお知らせします。
短く挨拶を交わすと今度は北側の出入り口から拠点を出て、細心の注意を払ってまずはこのモンスター領域を抜けることにした。それでもさすがにこの数だ。慎重に行くとしよう。
ということで時間を掛けて東側から遠回りをし、裏手に抜けてしまう事にした。そうしてなるべく深い位置から探すことにしたわけだ。森でもそうだったけど、抜けてくるはずのない警戒網の裏手ってのはどうも油断しがちみたいだし。
かかった時間は1時間くらいだろうか。敵もイベントモンスターというより、まだ手の届かない通常モンスターの姿が増えてきている。更に30分ほどかけて進むとようやくステップウルフの姿が見えなくなった。その分通常モンスターに見つからないようにし、大きめの藪の陰で体を休めていると錦からチャットが届いた。
「遅くなった、今は大丈夫か」
「ああ、ちょうど休憩中、そっちの生産は片付いたのか」
「当然だ。このために最速で終わらせてきたさ」
心なしかその声は楽しげだ。作戦本部に入れたのが本当に嬉しかったらしい。本部の概要について聞くと、南北両面の作戦本部が錦のいる拠点にあるそうだ。第3拠点に本部が作られたのは南の方が敵が多く、レベルも高いことから即時対応が必要なことが理由のようだ。
「という感じだな。私は今回はカイの補助だ。情報を吸い出して本部と共有、他の情報と再統合してカイに戻していくことになる。何が役立つかもわからない状況だ、見つけた時や気になることは教えてもらえると助かる」
「任せてくれ。とりあえずは現在地からだけど、今はステップウルフの警戒地を迂回して警戒網の裏手に回ったところだ。詳しい位置は、書き込んだ地図と周辺のスクショでいいか?」
「それで頼む」
情報を送ると休憩は終わり、今後の移動経路について相談した。俺としてはモンスターが特に多いであろう位置を裏から回りたいところなんだけど、モンスターの位置情報は俺にはない。そこで錦がこんな提案をしてくれた。
「今の情報をまとめると、カイは敵の警戒網を南東方向に抜けたことになる。このクエストを受けた冒険者の中に東から回った者は現在は3人しかいないようだし、その中でも完全に裏まで回ったのはカイともう1人だけだ。よってカイはかなり貴重な駒という事になる。そこで、カイは他の冒険者では難しいポイントを2か所偵察してほしい。詳細はスクショを送るよ」
すぐに送られてきた情報に目を通すと、そこには敵の多いポイントと偵察ポイントが記されていた。敵の多いポイントは赤く塗られてあるが、その中央に青い点がついている。
とりあえず突っ込んどくけど、これって敵の密集地帯に飛び込めってことか?一か所なら死に戻り確定で突っ込めるけど、それを2か所ってどういうことだ。
「なあこれさ」
「何も言わないでくれ。なぜかカイの評価が本部ではかなり高くてな。これくらいはと提示されてしまった。恐らく、ソロの隠密持ちで最前線に出ているプレイヤーが少なすぎるのだろうな」
「…努力はする」
ここが死に場所ということか。いや駄目だ、せめて期待されていると思う事にしよう。うん、そうしよう。森には遠く及ばないけど、藪が増えてきたから少しなら可能性はあるだろうしな。
気持ちを切り替えて西に進む。10分ほど進むと指定されたポイントの裏手まで来ることができた。あとは警戒網の中に入るだけだ。モンスターの様子に合わせていざ1歩を踏み出したところでアラートが鳴った。
「どうした?今から警戒網に入るからあまり余裕はないんだけど」
「済まない、だが緊急事態だ。一部の冒険者の勇み足で西側が混戦状態に入った。その分東が手薄になる可能性もあるが中の様子は全く予想がつかなくなった。気を付けて欲しい」
このタイミングでなんてことをしてくれたんだろうか。せめて偵察が終わるまでは待ってほしかったな。まあモンスターの状態はずっとアクティブか警戒だし、やることは変わらないと自分に言い聞かせ、今度こそ警戒網への1歩を踏み出した。
踏み出した先にはステップウルフとハイランドタイガーというモンスターが闊歩する危険地帯だった。ステップウルフは数頭でパーティーを組み、ハイランドタイガーに至っては名前以外の部分がすべて非表示になっているというどう考えても格上のモンスターだ。見つかったら勝ち目はない。
唯一救いだったのは、この辺は藪が点在していたことだな。≪気配察知≫と俺の視力をフル動員して隙を探り、タイミングを合わせて音をたてずに藪から藪へ駆け抜ける。隙を見つけるまでに相当の時間を掛けたこともあってその歩みは亀の如しって感じではあるけど、こればかりはどうしようもない。
「ガウ」
藪から顔を覗かせて周囲の様子を探ろうとしたその時、突然目の前に黄色と黒の縞模様が横たわった。ハイランドタイガーが目の前で休憩を始めたらしい。≪気配察知≫は一度も切ってなかったはずなのに、こいつは全く感知できなかった。余程レベルが違うのか、それとも個体ごとに特徴でもあるのか。
これ、1ミリでも動いたら気付かれる自信があるんだけど。しかも中途半端に顔だそうとしたところだし、さすがに終わったかもしれん。
「グルルル」
「ガウァ」
ギブアップが心の中をよぎる中、ハイランドタイガーは真っ白な体毛のトラに一睨みされると渋々といった様子で立ち上がった。白い姿が見えたのは一瞬だったけど、見間違えてなければ名前すら非表示だ。ここは魔窟かなにかか。
とりあえず一命を取り止めた俺は、その後もじりじりと進んでいった。さすがに潜入もこのイベントで3回目、慣れてきた感はあるな。明らかにアラートもなってるからまたそっち系のスキルのレベルが上がっているようだ。
そして俺は唐突にそれを見つけた。
「あれが、出現ポイントってやつか…?」
それは平原の何もない空間に黒く光る玉が浮いているようだった。そこからでる黒い光が帯となって漂っている。
黒曜団イベントの時とはまた違う感じではある。玉からは数分ごとにモンスターが沸いている。その中にマナウスで見知った暗い緑色のモンスターも交じっていた。
「ゴブリン発見、手にしてるのは…駄目だこの距離じゃ見えないな」
ここからは藪も背が低く俺の体を隠すことが出来ない。よってこれ以上の接近は無理なんだが、何とかゴブリンがモンスターと組んでいるか使役していると確信できる場面を目にしておきたかった。が、これ以上は俺の危険が増えるだけか。
その場で10分ほど観察を続けて撮ったスクショをひたすら錦に送り、そろそろ離れようかと思っていたところであの白い虎が戻ってきてしまった。そいつは悠然と出現ポイントの前で身体を伏せている。
いかん、この距離でも少しでも体を動かすと気付かれる気がする。さっき近距離で気付かれなかったのはハイランドタイガーの陰にいたからなのかもしれない。錦からのチャットの申請であろうアラートが鳴り続けているが今は無理だ。ピクリとも動けない。
解放されたのはそれからさらに10分経ってからだった。白い虎は静かに立ち上がると再び西に消えていった。最後に一瞬、目が合ったように感じたのは気のせいだろうか。
「今しかないよな」
それから俺は死に物狂いで戻った。が、その焦りが不味かったのかもしれない。警戒網を抜けるまであと少しというところで俺のいる藪が2匹のハイランドタイガーに怪しまれてしまった。唸り声をあげながらこちらにやってくる。
俺には戦う算段なんてない。必要なのは逃げる算段だ。静かに煙玉を2個両手に取ると同時に着火、それを2体のハイランドタイガーの視界を消すように放り投げた。煙玉は狙い通りその眼前で炸裂する。その隙にさらに2個の煙玉を手に取りながら駆け出し次の藪へ、新たな2個の煙玉を藪と藪の間で炸裂させて姿を隠したまま駆け出した。
警戒網は抜けた。確かに抜けた。が、2体のハイランドタイガーは怒り狂って俺を追いかけてきている。他のモンスターは俺を追ってきていないことから、どうやらあの眼前で炸裂させた煙玉が悪かったらしい。
「ガウァッ」
「ジャアアァ」
藪を利用して視界から隠れ、煙玉を利用して移動する。しかし、持ってきた煙玉は20個、それもかなり消費して残りは6個となっていた。ただし、そのうち5個は発煙薬を最大量詰め込んだ特製煙玉だ。これは、賭けに出るしかないかもしれないな。
残る通常の煙玉を使って再度距離を取り、そこで片っ端から煙玉を点火する。すべてを別の方向に投げると、5個目まで炸裂した後はかなりの範囲が白く霞んでいた。その機を逃さず駆け出すと一つの藪の中に飛び込み息を殺す。
煙が晴れると、ハイランドタイガーは怒り狂って周囲を探していたが、やがて諦めたのか静かに戻っていった。
「はぁ、生きてるって素晴らしい」
先に連絡を入れなければとも考えたけど、まずはこの場を離れてからといそいそと移動し、安全を確認してから錦に連絡を取った。
「カイ、無事だったのだな!」
「おかげさまで。まあ軽く死にかけたけど」
「さすがに見つからずにとはいかなかったという事か。そうなると生きて戻ったことも驚きだが」
どうやら本部は俺の送った情報によっててんやわんやの大騒ぎになっているようだ。どうもあの光は門と呼ぶらしく、そこからどこか別の地点に繋がっているらしい。今はどのタイミングで総攻撃を仕掛け、ゲートの周囲を制圧するかの議論が交わされているとのことだ。
「てことは俺はあと1か所は行かないでこれで戻っていいってことだな」
「ああ、もう1人がそちらの探索を済ましてくれた。見つかったゲートは計4つだな。それにしても北に続き大手柄だ。ガイル殿も褒めちぎっていたぞ」
「それはなにより。でもそれより気になるモンスターを見つけたんで報告しておく。全身が白い体毛に覆われた虎のモンスターがいたんだけど、あれはやばい。モンスター名すらわからなかったからかなり格上と思われる。スクショ撮る動きですら捕捉されそうだったから、見つけてからいなくなるまで指1本動かせなかった」
「なるほど、攻略組にも注意を呼び掛けておく。それにしてもお疲れ様だな。後は無事戻ってこれるよう祈っておくよ」
程なくして第3拠点に戻った俺を待っていたのは騎士と兵士が並んでの出迎えだった。わざわざ途中まで迎えに来て周囲のモンスターを狩ってくれるおまけつきだ。正直疲れ切っていたから助かるが、他のプレイヤーの視線がとても痛い。
「待っていたぞ。やはり君を選んだ私の目に狂いはなかったな」
そう言って手を差し出したのはやはりガイルだった。顔には笑みを浮かべ、口調もとても柔らかい。俺はその手とがっしりと握手をかわして一緒に作戦本部に入っていく。錦は俺に気付くとすぐに立ち上がり駆け寄ってきた。
「カイ、やったな。まさか初回で達成するとは私も思わなかった」
「俺もさ。まあ今回は何度か本当に諦めかけたけどな。それに錦からの情報があったから膠着状態になってもモンスターが西に移動する可能性とかいろいろ考えてじっくり対応も出来たし」
互いの健闘を称えながら拳を合わせ、待っていたガイルに状況を細かく説明した。ガイルが特に関心を示したのがゲートから出てくるモンスターの出現周期だった。約1分間隔で出現し、数は1度で15体前後。それを聞いてどこか訝しむような表情を見せていた。
その他、白い虎については心当たりがあるそうで、現在はマナウスにある図書館で該当するモンスターがいないか調べているそうだ。俺的には白虎とかなら夢があっていいと思うな。
「ふむ、これで敵の情報に大方の目途がついたな。唯一気になるのは敵の出現についてか。この数であるなら、とうに冒険者が駆逐しているはずなのだが」
「それならば、他にもゲートが存在している可能性はどうでしょうか」
「それはない。そもそもいくつか増えた程度で何とかなるほど冒険者の攻撃はぬるくはない。もし複数あるというならこの草原に無数に存在していないといけなくなる」




