2日目はトラブルの予感とともに
翌日、8時にログインを済ますと広場はやはり喧騒に包まれていた。イベント2日目ということもあって、迷うことなくどのクエストをこなすかを決めていくプレイヤー達、兵士達とやり取りしながらクエストを受注している。
約束の時間よりも1時間早くログインしたことには理由があった。
昨日の銃の作成は素材と型を持ち込みだったこともあり、4000リールという破格の安さで請け負ってくれている。更には錦が銃のホルスターをニードルガン仕様に無料で調整してくれるサービス付きだ。だがお金とは使えば際限なく減っていくもの。すでに手持ちは400リールとなっていた。
さすがに今から金策に走っても遅すぎる。イベント前に一応予備を揃えていたことがようやく意味を持つ。これで煙玉を補充できるからだ。というわけで15分程かけて2つの煙玉を作成した。それもまさかの消費だった発煙薬最大の煙玉だ。パーティーが一時的に身を隠すのには使えるかもしれない。
製作を終えてからはかつて世話になった訓練所に向かった。試し撃ちのためである。これまでの銃と今回の銃は構造からして全くの別物だ。それをいきなりモンスター相手に試すのは怖いにも程がある。
「カイさん、お久しぶりですね。訓練ですか?」
「はい、銃の試し撃ちに来ました。銃と弾丸はあるので場所を借りれないかと思いまして」
「わかりました、それでは火器演習場でお願いします」
依然とそれほど変わらないやり取りを終えて火器演習場へ向かう。イベント中なのもあってか、そこには誰もいない。初めてという事もあり15メートルを選んだが、静かな環境で練習が出来そうだ。
ボルトを倒し、引き下げるとぽっかりと空いた弾丸を収める場所、チャンバーが覗いている。そこに紙に包まれた薬莢を一つ詰める。あとはボルトを戻して立てるだけだ。
準備が終わると、まずはそれっぽく見えるように構えてみる。絞るように引いた引き金に合わせて乾いた発砲音が響き、弾丸は的の右上を通過して奥の板に着弾した。
「これはまずい」
そう、これはまずい。なにせこれまで使っていた火竜槍とは根本的に異なる武器に勝手がわからない。これこそが銃だというのなら、これまで使っていた火竜槍はさきっちょが伸びる槍みたいな物なんじゃなかろうか。
その後も15分かけて7発撃ち込み、ようやく当たったころ、鉄心からの連絡が届いて広場に駆け戻ることとなった。
「さあ、イベント最終日を始めようか」
全員が集まったところでそう声を掛け、クエストを受注する。俺は『輸送員の護衛』、鉄心達は『前線への物資補給』だ。俺は特に荷物はないが、鉄心達は別に大きなリュックサックを渡されている。
「なにこれ、すごい重いんだけど」
「スレで見たけど、ここまでとはね。錦は大丈夫かい?」
「なんとかな。これは筋力値に応じて重さが違うようだな。これでは戦闘の参加は難しい」
「なるべく戦わなくてすむようにルートを選ぶよ。それじゃあ行こうか」
クエストを受けた時に、兵士からは警戒線を越えてからが厄介だと聞いていたが、確かに今は穏やかだな。何度か見つかっているんだが特に襲って来る様子はない。
天候にも恵まれ、かなりのピクニック日和ではあるのだが、俺以外はかなり重い荷物を背負っていることで口数が少ない。途中で休憩を勧めたが、荷物は地面に下ろすと自動的に中身が漏れはじめてしまうらしく、断って歩き続けていた。
このクエストはスレでは地獄の行軍として知られているようでスタミナと精神力がやられてしまいやすいとのことだ。確かに大分まいってきているみたいだ。
「モンスターがこっちを感知した。向かってきてるから迎撃してくる。鉄心達はそのまま進んでくれ」
最初に遭遇したのは事前に聞いていた敵の警戒線よりもかなり手前の位置だった。こっちでも敵の侵攻が進んでいるみたいだな。
距離を詰めて姿を確認すると、それは確かに最初の平原には似つかわしくない狼のようなモンスターだった。
《ステップウルフ 状態 アクティブ》
あっちはすでに鉄心達を捉えている。それならと草原に身を隠してタイミングを待つ。まだ銃を一度も撃ってないってのが不安ではあるけど、弾が少ないから仕方ないってことにしよう。
ボルトを倒し、引き出してから弾丸を装填して戻す、練習では15メートルで当てられたけど、外すと迷惑が掛かる。そこでこの距離で外すってことはないと考えて、10メートルで撃つことにした。引き金を引くと火竜槍の時とは違う、発砲の際の独特な乾いた音が響く。弾丸は狙い通りステップウルフの頭を撃ち抜いていた。
「やっぱりポテンシャルは凄いな、これなら慣れれば50メートルくらいならいけるかもしれない」
だがモンスターはこの1体だけではない。あと数発練習したら火竜槍に戻すことにして護衛に戻る。最初の拠点までは一時間程で到着し、それまでに4体のステップウルフを狩ることができた。
正確性の向上ももちろん大きいけど、なにより装填の手間が格段に少なくなっている。あまりの使いやすさにもう火竜槍に戻るのが憂鬱になってくるな。
「さすがにしんどいな」
荷物を兵士に納品した3人はぐったりとしている。さすがに重装備での1時間行軍は堪えたようだ。その上3人は生産職、ここからはプレイヤーの需要も高まるはずだ。
「あれ、鉄心じゃないか。武器の耐久がヤバいんだよ、直してもらえないか?」
「みんな、新しい生産職よ!」
3人に気付いたプレイヤー達が集まり、兵士に止められるまで俺達はひたすらプレイヤーの荒波に揉まれることになってしまった。それにしても、周りのプレイヤーは3人の名前を知ってる上に、会話からかなりの信頼を得ているように感じる。もしかして有名だったりするんだろうか。
「あの、あそこの3人って有名なプレイヤーなんですか?」
何とか人混みを抜けると、プレイヤーの対応に追われているのを尻目に少し離れた場所で見学していたが、せっかくなので近くにいたプレイヤーに聞いてみることにした。すると、信じられないものを見たという顔でにらみ返される。
「あんた知らないのか、あそこの3人は生産職セカンドグループを牽引してる3人だぞ。真ん中のドワーフみたいなのが鉄心、長身の男が錦、そしてあのかわいい女の子がアイラたんだ!」
え?なに?・・・たん?えっと、うん、呼び方は人それぞれだよな。本人は知らなそうだけど。視線を向けたことで興味を持ったと感じたのか、アイラの魅力を暑苦しく語り始めた男は放っておくことにし、改めて様子を眺める。
話の内容はかなり込み入ったものもあるらしく、難しそうな表情で話し合う様子を見て、しばらくは拠点内を散策することにした。
拠点は周囲に木の柵を巡らし、当然だけど建物はテントしかない。そのほとんどは兵士とプレイヤーの宿泊施設のようだけど、一部は貸し出されているようでプレイヤーがアイテムを売っていた。
おお、ポーションがいつもの4割増しか。かなり高く感じるが、補給の限られた前線だから仕方ないのかもしれない。すこしの間観察していると、それでもアイテムは飛ぶように売れていた。
「なんだよ、やっと来たのか」
突然声を掛けられて振り向くと、そこには富士が立っていた。そういえば、土曜にでもどこかで会うだろうと思ってたのに結局会ってなかったな。
「こっちにも色々とやることがあるんだよ。それよりここにいるってことは最前線は厳しかったのか?」
「まさか、厳しいから諦めるなんて、そんなつまらないことしてたまるか。今は補給に下がってきただけだ」
拠点は必要最低限の機能だけを求めた小さなものだ、すぐに全員と再会することができた。顔を揃えると若干の疲れは見えるが、かなり生き生きとした表情をしている。それだけ充実したイベントってことだな。まあ充実度合いじゃ負ける気はしないがな。
「初日はまったく顔を見なかったからマナウス内を中心にこなしているのかと思っていたぞ」
「戦闘職は俺だけで後は純生産職だからな。マナウス内も色々やったが、俺はほとんど単独で北の森にいたんだよ」
ほとんどは掲示板に速報やまとめで載ってはいるが、そこで軽く情報を交換していった。富士達からは南のモンスター情報を聞き、俺からは北の森と食料庫事件を伝えた。一番食いついたのはやっぱりこの新装備についてだ。
「火力は減少、しかし射程は5倍になって連射性も5倍か。とんだ武器が出てきたものだな」
「しかもそれが黒鉄シリーズかよ。火竜槍は初心者シリーズだから火力に補正が掛かってるにしてもやっぱ銃は安定の高火力だな」
今俺は何か新しい情報を聞いてしまった。詳しく確認すると、初心者シリーズは対象スキルレベルが10になるまでは攻撃力に補正がつくらしい。ということはまだぎりぎりその枠に入ってるってことか。こうなると装備は慎重に選ばないといけなくなる。
「でもこれって最初のハンドカノンとは名前が変わってるけど、対象なのか?」
「あぁ、それなら問題ないらしい。最初の装備はどれも整備次第で1段階名前が変わるからな。それも含めて初心者シリーズだ」
なるほど、ちなみに富士達は初心者シリーズを早々に買い換えていた気がするが、それはこんな理由があったらしい。いわく。
「正直俺らはβでやった時の装備まで行くことを目標にしてるからな。それと形の違いすぎる装備を使うと感覚が狂うんだよ」
なるほど、俺の銃と同じことが他の装備でも起こるわけだ。近接装備だと自分の体感が特に大事になるんだろうな。
「富士達はこれからどうするんだ?」
「あたし達はまた最前線にトンボ帰りだよ。今度こそあの巨大トカゲをやっつけてやるんだ」
「最前線の敵は強い分見返りが多いですから、俺達は多分イベント中はここになりそうです」
一通りの客を捌いたのだろうか。鉄心が戻ってきた。いや、行列はそのままだからこの後の行動の見通しを決めたってとこか。本来の評価もあるんだろうけど、それがこの人材不足の拠点で更に人気が出てるな。
「カイ、せっかく話してるとこごめん。さすがにあれ全部捌くと俺達の今日のイベントが終わっちゃうから、相談してこれから1時間で出来る限りの装備の耐久値回復アイテムを納品しようと思うんだけどいいかな?」
「構わないさ。せっかくだし俺もポーション作って納品するかな」
「そういえば≪調合≫持ってるんだったね。それじゃあクエストはこっちで受注しておくからよろしく」
鉄心がクエストの受注に駆け出していく。俺もやることが決まったし、ついでにこの周辺のモンスターも直に見に行くとするかな。セントエルモの面々も補給は済んだようでこれから前線に戻るらしい。互いに健闘を祈って別れることになった。
そういえば、バタバタしすぎてまだ知らない最後の1人とは挨拶も出来なかったな。まあ、いずれ一緒に遊ぶこともあるだろうし、気にすることでもないか。
≪植物知識≫をセットして拠点を出ると、少し離れている場所でパーティーがステップウルフ相手に戦闘をしていた。見回すとかなりの戦闘が行われていて、それだけ敵の数も増えてきているってことなんだろうな。俺はスキルをフル活用して敵との接触を避けながら薬草を採取していく。短時間なら魔力が尽きることはないし、隠密と気配察知と集中を併用することにした。
周りがずっと戦っててくれるからモンスターは一向にこっちには向かってこない。ここぞとばかりに薬草を大量に採取すると30分ほどで拠点に戻った。
後は調合をセットしてひたすらポーションを作るだけだ。しかもやり方は簡単。薬草を3本分煎じて水と撹拌、後は瓶に魔力と一緒に詰めるだけだ。
スキル作成でも出来るようになっているんだけど、そこは手作業で作った方が経験値が良いのだ。ひたすら作り続けていたことで40本ほどくらい作り、ほらね、やっぱりレベルが上がった。
≪調合スキルがレベル4になりました。≫
1時間経ったことを確認するとポーションを納入して鉄心の姿を探す。すぐに3人は見つかったんだけど、そこにはまだかなりの人数が集まっていた。
「頼むよ、うちのパーティーだけでもなんとか」
「それならこっちの方がクエストこなしてるんだから諦めろよ」
「悪いが我々もイベントを楽しみたいのでな…」
「そこをなんとか」
なんか面倒くさい連中に捕まっているんだが。困ったな、ここにいるってことは少なくとも攻略組かそれに準じたレベルのプレイヤー達のはずだ。流石に俺にはどうにもできそうにない。にも関わらず、アイラは助かったというように俺に話を向けてきてしまった。
「あ、カイさん。ちょうどいいところに来た。それじゃあリーダーが来たから私たちは行きますね~」
「ちょっと待ってくれ、話はまだ終わってない!」
「うわ、こっちに引き連れてきちゃったよ」