小さくも大きな一歩
ギルド証を差出し、記録をしてもらっている間に手に入れたアイテムについて目を通すことにした。予想通りではあるけど、内容は俺達4人用のアイテムのようだった。俺のアイテムに目が行くと一気に心拍数が上がったのが分かる。いかん、落ち着け。深呼吸だ、ちゃんとした確認は皆でしよう。
「よし、これで大丈夫だ。あとはそうだな、そういえば名を聞いていなかったが、君の名を聞いてもいいだろうか」
「俺はカイといいます。こっちが鉄心とアイラ、家で捜索に加わっているのが錦です」
「ありがとう、君たちの名はしっかりと覚えたよ。また何かあったときはよろしく頼む。それでは私はこれで失礼させてもらおう」
ゲイルと入れ替わりになるようにして錦が戻ってきたが、特にめぼしいものはなかったそうだ。それでも兵士達はしばらく捜索と警戒を続けるらしい。確かにハイランドラットはあれで全部じゃないし、いつかはまた食料を頬張って戻ってくる。それも脅威の一つとして排除を続けるのだろう。
「まずはお疲れ。とんだ大事になったけど、ようやくパーティー全員で参加できたな」
「ふむ、本当に興味深い1日だった」
「え?錦さんもう落ちるの?まだ10時だよ、もう少しいいでしょ」
「なんか最近錦とアイラが年の近い親子か年の離れた兄妹みたいになってるよね。見てて飽きないっていうか、面白い」
そうか、もうそんな時間か。いやまだそんな時間かってくらいの濃い一日だったわけだけど、一番の出来事をこれから伝えないといけない。これはせっかくのリーダーなんだし、俺から水を向けないといけないよな。
「みんな、さっきの箱を覚えてるか?ドロップ品がかなり特殊かもしれなくて鉄心に確認してもらいたいんだけど、ここじゃまずい。一度閉鎖エリアのあるところに行きたいんだ。鉄心の工房ってそんな感じになってるか?」
「狭くていいなら大丈夫、みんなも良ければ案内するよ」
鉄心が先頭に立つと全員で工房へ向かう。鉄心は鍛冶ギルドの近くの工房をレンタルしているらしく、早く自分の工房を持ちたいらしい。それは錦もアイラも同じようで、錦は布や革を専門にした被服ギルド、アイラは料理ギルドが貸し出す屋台での調理を行っている。一国一城の主ってのはやっぱり生産職のあこがれだよな。
「そういえば生産系でギルド作るって言ってたのはどうなったんだ?」
「もう少しだよー、今は錦さんが中心になって20人くらい集まってたよ。ホームと個別の工房を持つ以外は個人でもお店もっていいってのが魅力みたい」
「それは定期交流会の参加希望者の方だな。今の感じだと参加は6人、設立は夏前になりそうといったところだ」
20人と聞いて驚いたが、交流会ってのもやってくのか。まあ人数にはそこまでのこだわりはなくて、最終的には生産職の情報交換用の場として活用していきたいってところらしい。ちなみに1階にはアイラが店を開く予定で、個室も用意して簡単な集まりに対応していくとのことだ。
生産職の熱いトークに耳を傾けているうちに鉄心の借りている工房に着いた。中に入ってみると確かに狭いが、4人が座っても問題ない広さではある。アイラがお茶を配って一息ついたところで俺から切り出した。
「じゃあ早速アイテムを渡すけどその前に。たぶんこれはそれぞれがよく使う武器かそれを作る為のアイテムだった。ただ俺にはよくわからないから鉄心、鑑定頼む」
「ほいさ、どれどれ…ってまじすか。おぉ、これはまた」
「おい、早く見せてくれ。気になって仕方がない」
あの箱に入っていたアイテム、それは≪黒鉄の包丁≫≪黒鉄の裁縫針≫≪黒鉄の鍛冶槌≫≪古びた製作キット≫だった。それぞれの役職から考えるに、俺のはこの≪古びた製作キット≫だ。そのアイテムにはこんな説明文がついていた。
≪古びた製作キット(銃) レア度1 重量3≫
ある銃のパーツの型で、インゴットを流し込んで作ったパーツを組み合わせることで銃を作ることが出来る。銃把など木製のパーツは別に製作する必要がある。型が作られてから長い年月が経っているためにもろくなってきており、繊細に作業をしても後1回の使用が限界かもしれない。過去の銃士が使用した弾丸セットが100発分残っている。
※イベントアイテムです。使用せずにイベントを終了するとアイテムは自動的に消滅します。
さて、型を見てないからわからないが、どんな銃が作れるのか今から楽しみだ。鑑定の終わったアイテムから説明しながら手渡していく。うん、みんな嬉しそうだな、なんせレア度2の生産器具だ。嬉しくないはずがない。
「カイのは銃のパーツの型だね。俺には細かくは分からないけど、これ見てわかる?」
かなり慎重な手つきでいくつかの型を見せてもらう。説明文の脆いってのが気になるようで、その為の対応なんだろう。開かれた型は形からある程度の予想が出来た。思わず体が震える。
「カイ?大丈夫かい」
「ああ、思ったより一気に理想に近づけそうで思わず武者震い。えっとこれがどんな銃になるかだったな。実際のパーツを見てないから何とも言えないけどたぶんリアルのドライゼ銃に近い構造になるんだと思う。射程と威力、あとボルトアクション部分の摩耗耐性に難があるけど、ある意味では戦場を変えた銃だよ。世界初のボルトアクション銃って言ったらわかるか」
「ごめん全然わかんないや」
今の説明はいったい何だったんだろう。あっけらかんとしてそう言い切った鉄心は型に興味があるのかどこか他人事のようにしげしげと眺めている。いや、これから鉄心に作ってもらおうと思ってたんだけどな。
「本当なら黒鉄は調理包丁か調合器具にでもしようと思ってたんだけど、これならそう多くのパーツはいらないはずだ。それならインゴットひとつで十分に間に合うと思う。だからここからは俺の我がままだ、俺も納得してるから断ってくれて全然かまわない。鉄心ならこの型からパーツ作れないか?」
「え、俺が?まあ多分出来るし興味あるけど型の方に強度上の問題があるし失敗するかもしれないよ」
「構わないさ。そもそも俺一人じゃ見つけられなかった代物だしな。受けてくれるか」
「うん、溶かして流し込むだけだし、スキル使えば1時間ちょっとってところかな」
鉄心はそう言いながら時計を見ると小さく笑った。自信なさげでもそこは生産職、新しい装備の製作は心沸き立つものがあるみたいだ。錦とアイラも新アイテムの製作とあって心なしか楽しそうな表情だ。うん、せっかくだから錦にも手伝ってもらおう。
「後は錦にも頼みたいことがあるんだ。これからこのパーツの型を図って完成図を作るんだけど、木製部分は木工ギルドに依頼しないといけない。その設計図づくりを手伝ってもらう事は出来るか?」
「任せろ。せっかくだ、俺も新装備に一枚かみたいと思っていたところだしな」
「それじゃあ私は夜食でも作ってくるね」
全員のやることが決まると後は早かった。錦は製作用の採寸道具を取に行き、俺と一緒に完成図を作り上げる。その間に鉄心は黒鉄をインゴットにし、アイラは夜食作りだ。
木工部分の設計図も完成すると工房は鉄心に任せて木工ギルドへ。筋肉質な兄さんは相変わらずの暑苦しさで、それでもこれまで見たことのない銃に興味を示して製作を請け負ってくれた。こっちは1時間あれば出来るらしい。
工房に戻ると流し込みの作業を終えた鉄心達と合流し、アイラの夜食を食べる。駆け足にはなったが、まったくもって忙しい時間だった。
黒鉄でできたパーツを磨いて仕上げている最中、話題に上ったのは今回の武器の配布についてだった。
「やっぱりわからないんだけどさ、どうしてカイの装備だけがこれから作ることが前提になったアイテムだったのかな」
「火力とかテクノロジーとか何かの基準が一定の水準を越えたらアイテム渡して自作になるならどうだ?」
「そうなのかな、それなら俺達の装備はカイの装備に何かが劣るってことになるでしょ。一緒に手に入れた装備にそこまでの差をつけると思う?」
そう言われると返す言葉がなくなってしまう。他の可能性を探していると、全員の装備の整備をしていた錦がぽつりと呟いた。
「生産職と戦闘職の差かもしれないな」
「あ、なるほど。」
確かに、鉄心、錦、アイラは生産職で俺は戦闘職だ。何を本職としてるかの判断は、それぞれの武器の使用頻度やスタイルを成立させるうえで比重の高い装備が基準になるんだろうな。てことは採取職は生産職と同じ扱いかな。
「確認が取れた。掲示板に上がってる情報ではやはり戦闘職のみが装備製作用のアイテムを獲得するようだ。ただし、クリアした事件により得られた報酬が装備関連ではなく、上位のポーションのようなまだ売られていないアイテムの獲得の場合もあるようだな」
「てことは俺達はかなり運が良かったってこと?」
「だろうな。中には複数の事件を解決したが結局消費アイテムしか手に入らなかったってレスもあるくらいだ」
他にもいくつも正式ではないクエストが報告に上がっているらしい。内容は色々だ。それでも変わらないのは、この事件に関わっているものがどういったものなのか、時間を掛けて調べないことにはわからないということだ。
クリアにはそれなりに時間が掛かることを考えても、解決して得られたのが消費アイテムじゃ報われないってことかな。
俺としてはここは大前提としてゲームであるということがある。でも運営が作り上げたある意味別の世界を楽しみたいと考えている。今後のプレイ環境を考えても、住人の感謝とか騎士との面識が出来たとかそういう関係性を得られたことが大切な気がするんだよな。その辺はプレイヤーの考え方次第だし、俺の考えを強制しようとはさすがに思わないけど。
「あとはこの2つのパーツだけだし、もう少しでできるよ」
「ありがとう。それじゃあ俺は木工ギルドに行ってくるか」
「では私は弁当を作ってるアイラでも呼んでくるとしようか」
再び鉄心の工房に集まったのは0時を少し回ってからだった。俺のわがままでこんな時間までログインをしたはずなのに、疲労も見せずに参加してくれている。本当に頭が下がる、今度何かの形で必ず返すようにしないといけないな。
「それじゃあカイは金属パーツの組み立ての指示をお願いするよ」
「了解だ」
事前に調べておいた組み立て方とドライゼ銃とは少し異なる構造からイメージトレーニングはしていたものの、実物とは少し違う構造に思ったよりも手間取ってしまった。それでも指示を聞きながら鉄心が組み上げると、木工ギルドで受け取ったパーツを手に取って色々と見比べている。
「どうした?問題があったか?」
「まさか。我ながらいい出来だなぁと思ってさ。よし、じゃあ行くよ。“組み立て”」
鉄心の手元でパーツが光を放つと、それは一瞬で出来上がっていた。銃身は黒鉄を使ったことで漆黒に輝き、それを深い茶色の木工パーツが覆っている、これを手にすることこそが猟師を目指すうえでの重要な一歩だ。
「俺としては経験値も美味しいし、満足のいく仕事だったけどどうかな」
「ああ、言葉も出ないよ」
≪黒鉄のニードル銃 レア度2 重量3≫
攻撃力:G
反動:C
正確性:D+
攻撃タイプ:射撃
射程:最大200メートル
かつて栄えた王国の兵士が使用していたとされており、王国の滅亡と共に製法が失われていた書物にのみ名が残る銃。弾丸を銃身からではなく、銃尾から装填することを設計思想として作られた。その設計から他の銃に比べ射程が短く、威力も劣るが装填の時間が短縮されるという利点がある。
劣化した型と再インゴット化した黒鉄を使用している為、本来の性能は発揮できていない。
「説明にもあるけど、型と黒鉄の問題で初心者の銃と比べても攻撃力は下がってるね。でも他は初心者の銃よりもいいのか。でもこれなら装填に時間が掛からないから、2発当てればおつりがくるんじゃない?」
「心配はこの弾丸か。まだ製法がわからない以上、うち尽くすと再生産ができなくなる恐れがある」
そう、一応製法のような図版もあったんだけど、ニードルガンの型をとったときに一緒に壊れてしまった。一応スクショもとってあるけど、あれだけでは今一つはっきりとはしていない。
「まあ弾丸の製法が確立するまでは火竜槍と使い分けるさ」
「それがいいと思うよ。俺も細工は持ってるし、今度ギルドを組む人の中に細工メインの人がいるから、時間のある時にでもいろいろ試してみるよ」
「よし、それではカイの装備も区切りがついたが、今日はどうする?」
「私は明日用に3食分のお弁当作ったし、せっかくだからマナウスの外も見てみたいな」
「そうだよね、カイは北には行ってるから南にしようよ」
「そうくると思いクエストを調べておいた。南に作られている拠点への物資の運搬とその護衛のクエストがある。明日はそこから始めるか」
既に日付は変わってしまったが、こうしてイベント初日は幕を下ろした。本当に今日は長時間に渡ってこっちにいたな。
明日は午前9時に広場に集まることにし、解散した。