推理と追跡の果てに
「ごめん、時間より遅くなっちゃった」
最後のアイラを迎えて四人が揃うと歩きながら現場へ向かう。気配察知で周囲を確認するようにすると、確かに小さなモンスターが動いている感覚があった。
「確かに何かいるな」
「それがわかれば我々も苦労が少なかったんだがな」
「いや、今のレベルじゃ細かくはわからないし、使用中は常時MP消費するから追跡に時間かかるとめんどくさいよ」
「やっぱりスキルはどれも良いところと悪いところっていうのがあるんだね。あ、ほらあそこだよ。あの古そうな家」
鉄心が指差した先には確かにスクショで見せてもらった家が建っていた。錦に促されると静かに近づき中の様子を探る。一度戻ると家から離れた場所に集まった。
「ハイランドラットかもしれない気配が2体、それとは別に何かがいるのは間違いないんだけど、名前とかはわからなかった。大きさは子どもかそれより少し大きいくらいだと思う」
「どういうこと?」
「アイラ、少しは考えてから尋ねるようにした方がいいと思うよ」
「だってさ、こういうのって錦さんとかカイさんの方が得意でしょ。あ~、答えが気になる」
鉄心にたしなめられて少しふくれてはいるが、自分でも考えているみたいだ。いくつか案はあるけど、これもイベントに関係あるのであれば多少は絞れるな。絞った案から一つを選び口に出したのは、錦と同時だった。
「南のモンスターを使役している何か」
「南の使役者だろうな」
「お、揃ったね。その心は?」
鉄心は楽しそうに尋ねてくる。まずは、アイラに言ったことを自分でやってみようとかはないのか。突っ込まれると笑いながら頭脳労働は専門外だと言い切った。立ち位置的にはアイラと大差ないのな。もはや一種の賑やかしになっているぞ。
「まずはカイから聞こうか」
「そうだな、確証は一つもないから予想の積み重ねだぞ。まず料理にかかわるクエストから端を発していることから、今回のイベント絡みだと考えられる。今のところ敵は南北に展開中だけど北に関しては俺が見てきたから違うと思う。その中でハイランドラットもあの大きさのモンスターも見なかったしな。てことで北との関係は排除して残るは南だ。ここまではいいか?」
アイラと鉄心に確認すると2人とも頷いている。そのまま続けると、錦も答え合わせでもするみたいにこちらをじっと窺っていた。
「あっちも人間が統率してる可能性もあるけど、南のモンスターは無限沸きに近いそうだ。だけど一人で≪調教≫出来る数が無限に近いなんてことがあり得るだろうか。プレイヤー視点で考えるなら多くて6体前後だろうと思う。そう考えるならあの数は制御するに必要な人間があまりにも多すぎるんだ、要するに敵の規模が大きすぎるんだな。てことで最終的には≪調教≫がなくてもいけるかもしれないモンスター同士でパーティーみたいなものを組んでいるんじゃないかって考えた」
鉄心とアイラは感心しているが、錦は何か考えているようだった。答えの方向性は同じだから別の観点か補足について考えているのだろう。
「私も北に関しては同じ意見だ。南については補足として、まずは立地だ。食糧庫はマナウスの東に位置しているにも関わらず、ここは南の城門から近い位置にある。ハイランドラットという都市の中にいるとは想定していないモンスターを用いてカモフラージュし、その移動経路もかなり入り組んでいた。住んでいない家屋なんてどこにでもある中でわざわざここを選んでいるのはもしもの際の逃走経路ということだろうな。もう一つ、中にいるモンスターについてだが、そっちはある程度予想がつく。ハイランドラットは何かしらの指示を受けてここから出入りしている。ならばここにいるのはそれを使役できる知性のあるモンスター。今回は初のイベントであり、かつその大きさであればRPG的にはゴブリンあたりが妥当といったところか。まあそう思い込んで踏み入ると外れた時に反応が遅れてしまうかもしれないから、あくまで予想として動くべきだが。あとは敢えて言うなら、マナウスの被害を大きくする為の布石を打つのは誰で、どの方法が適しているのか、それを考えた結果だな」
マナウスにとっての最悪の想定は、最悪は当然マナウスが落とされて復旧もままならなくされることだな。その為の方法か。この小規模の食糧盗難がその方法の最初になるのか。いや、それよりも誰も気づかずにマナウス内にモンスターを侵入させることが第一か。ということは。
「この家屋の他にも、マナウスの中にモンスターが侵入している」
「おお、なんかどんどん敵の陰謀が見えてきたね。いやぁワクワクするね」
「本当だね、私だけなら絶対気付かなかった自信があるし」
「お前達ももう少し考えてほしいのだがな。まあ他の調査は今は置いておくとして、先にここを片付けるとしよう。だが私たちは戦闘は門外漢、戦闘の指示はカイに頼みたい」
3人は俺の指示を待つ間にスキルの入れ替えを行っているようだ。さて、いい案浮かぶかな。俺が開幕先制もありだけど、ラットをけしかけられたら詰むし、煙玉投げ込んだら俺以外はモンスターを見失う。建物を盾にする方法も考えたけど、モンスターが街中に出る事態は混乱しか生まないような気もするし。あとは、囮作戦にでもしようか。
「よし、決めた。まずは鉄心に扉から堂々と入ってもらう。敵の警戒をそっちに向けたところで俺が窓から侵入、ゴブリンと思われるモンスターを狩る。錦は風魔法でハイランドラットの相手だ。倒すよりも足止めを意識してくれ。アイラも同じだけど、何しろハイランドラットの戦力が未知数だ。アイラ自身は被弾しないこと、その上で出来そうなら撹乱と鉄心に何かあった時の為にいつでもポーションを使えるようにしてくれ」
「おお、なんか緊張してきた」
「ねえ、私だけやること多くない?」
「足止めか、二つの魔法をいかに使うかという事だな。任せておいてくれ」
3人とも緊張しているようだけど、こういうのは時間がたつとどんどん大きくなるってものだし、すぐにでも開始してしまおう。俺は静かに家屋に近づき、窓の下にスタンバイを済ませると鉄心に合図を送った。鉄心は表情が強張ってはいたが、覚悟が決まったのか勢いよく扉を開ける。
「未確認は、ゴブリンだ!ラットがくるよ!」
「ウインドカッター」
踏み込んだ鉄心が大声を張り上げると、ハイランドラットは2匹とも鉄心目掛けて飛び出していった。1体はハンマーで受け止め、残る1体は錦の魔法で吹き飛ばされていた。鉄心に張り付いていたラットにはアイラが切り付けている。あれなら何とかなりそうだと安心していると、ようやくゴブリンが鉄心に向けて動き出した。
ゴブリンの動きを確認すると一度軽く距離をとって勢いよく窓に飛び込む。ガラス片のダメージなのか衝撃のダメージなのか、若干のダメージが入ったが気にする必要はない。激しく鳴るガラスの割れる音に、ゴブリンは驚いてこっちを振り返った。
「遅い」
生物はやはり頭が弱点の筈、振り返るのに合わせて眉間に銃口を突きつけ、顔面を撃ち抜くと一撃で倒れた。
すぐに鉄心達の様子を見るが、もはや乱戦に突入している。それでもすでにハイランドラットは1体しかいないし、あれなら何とかなりそうだ。危なくなったら手伝おうかと見ていたが、きっちりと最後まで倒し切った。倒し切ったが、普段のプレイとは違うモンスターとの戦いに疲労困憊って感じだな。そしてなぜか非難が俺に向けられてしまった。
「ねえ、なんで助けてくれないのさ!」
「私たちは生産職だよ?そこは手伝ってよ!」
「何度か死ぬことを覚悟したな」
あれ、割と戦えてる感じしてたんだけど。なんか申し訳ない、まあ戦闘に入らなかったのは別の理由があるんだけども。
「悪いな、俺はあの大きさに当てられないんだよ」
「あ、なるほど」
皆納得してくれたようで何よりだ。まったく、最近は中型以上の大きさのモンスターとしか戦ってなかったから問題にならなかったけど、こういう戦闘があるとやっぱりまだまだ半人前だと感じるな。
不満も解決したところで家の中を見渡すと、明らかに最近になって持ち込まれたゴブリンの私物と思われる装飾の入った箱が置いてあった。あとは机の上に何やらメモのようなものが置いてある。俺には落書きにしか見えないが、解読できる人からすると重要な情報になるかもしれない。その他はそこまで変わった様子はなかったので、問題はこの箱だな、開けるべきか開けないべきか。
「どうする」
「え?あけないの?あけようよ」
「気掛かりはトラップだが、その時は諦めるか」
「てことで任せたリーダー」
「よろしくねリーダー」
俺が開けるのかい、心の中で虚しく突っ込むと仕方なしに箱に向き直った。おい、鉄心にアイラ。なんでそんな後ずさるんだよ、家からも出てるじゃねえか。そんなことするならアイテム出てもあげないぞ。それに比べて錦は興味津々だな、開くのを今か今かと待ち構えている。
「じゃあ開けるぞ」
手を掛けると思いのほか簡単に蓋は取れて、箱は光の粒になって消えてしまった。するとアラームが鳴り、アイテム獲得のメッセージがでる。
すぐに確認しようと思ったけど、それ以上に外が騒がしくなってきていた。もう日も落ちてるんだけど、何があったんだ?家から出ると鉄心とアイラが兵士に取り囲まれ、その周囲を不安げな住人が囲い様子を見ていた。ちょっとした騒ぎになってしまっているようだ。
「あ、錦が出てきた。頼むから助けてよ」
「私達じゃちゃんと伝わらなくて」
「君は、その服装はもしかしてサンブレードの砦を見つけた冒険者か」
集まっていた兵士の中に1人、明らかに装備の異なる騎士の様にも見える格好の男がいた。見た目も若く、同年代くらいだろうか。どうやら俺のクエストの成果を知っていたらしい。兵士の詰め寄らんばかりの熱気は少しばかり落ち着き、俺を知っている騎士が代表して尋問することになったようだ。
とはいえ俺達が何かしらの悪事を働いたってよりは、内容の詳細を確認したいって感じに見えるのが幸いだな。最初から犯人扱いは勘弁してほしい、なんせ悪事を働くと賞金を懸けられることもあるようだし。
「君は砦の攻略には参加しなかったのだな。間違いなくそちらにいるのだとばかり思っていたのだが」
「ええ、私は見ての通りの銃使いですから、多数を相手取るのは苦手でして。それで仲間と一緒に少し気になる事件を調べていました」
「まさか、ここにゴブリンがいたのか?」
今度は兵士達ではなく、周囲の住民からざわめきが上がる。これはあまりよろしい状態じゃないな。先に結果だけでも伝えて落ち着いてもらおう。
「はい。ですが、先程の戦闘でゴブリンを1体とハイランドラットを2体討伐し、現在この家の中にはこれ以上のモンスターはいないことを確認しています。その他いくつかのゴブリン言語で書かれたと思われるメモを発見したので、これから報告に向かおうとしていたところです」
すでにゴブリンは倒された、その情報にようやく安堵の表情を見せる住人達。しかし、それでもまだ不安を拭えていないのはやはり他にもゴブリンが根城にしている場所があったという事だろう。すでに兵士や住人が知っているという事は他にも別の事件を調査したプレイヤーがいたってことか。
「なるほどな。夕暮れ時に冒険者からモンスターがマナウスに侵入しているという情報を受け、緊急で見回りをしていたがここにもいたとは。協力に感謝する。しかし、出来ればこちらとしても民の避難など万全の体制を敷いてから事に臨みたいと考えている。次からは一度報告を入れてもらえれば協力しての討伐もできるだろう」
「そうですね、モンスターを見つけたことで我々も視野が狭くなっていたようです。申し訳ありません、これからは事前に連絡を入れるようにしていきます」
「助かる。それと奴等のメモを見つけたという事だが。おい、お前達は他にも何かないか徹底的に探れ。痕跡1つ見逃すなよ」
兵士達は号令を受けて家に入っていく。錦ももう少し調べたいと家に戻っていった。すぐに暗かった家からは光魔法と思われる光が漏れ、兵士達の捜索が始まった。指示を出した騎士もそっちを見ていたが、住民の方へ向き直るとはっきりとした声で告げた。
「マナウスに住まう民達よ。ゴブリンをマナウスに侵入させ、お前たちに不安を与えてしまったこと、エルステン様も心を痛めている。ここにマナウスの騎士ゲイルの名において深く謝罪しよう。だが安心せよ、ゴブリンはこの冒険者たちが討伐した。残るゴブリンもそう遠くないうちに殲滅することを約束する。皆は安心して明日に備えよ」
まさに鶴の一声、住人達はあっという間に散っていき、何人かは俺達に礼を述べていく。鉄心はずっとにっこりと笑っているし、アイラはどこか恥ずかしそうだ。ここまで真正面から礼を言われる機会なんてリアルじゃなかなかないしな。さてと、住人も去ったことだし現状位は聞いておこうか。
「これが先程話したメモになります。我々では読めませんしこのままお渡しします。それと家屋の中でゴブリンの所有するアイテムを取得しました。これも提出したほうがいいでしょうか」
「メモはありがたく受け取っておこう。しかし、アイテムは冒険者の君が得た物だろう、今回の件に関わっていそうなものなら一時的に預かるが、そうでないならそのまま持っていたまえ。それと今回はクエストを受注してはいないが、緊急案件としてクエスト扱いで報告させて貰いたい。ギルド証をいいかね」




