森の中で
声の出所を探して走ると、木々の切れ間に二つの影が戦う姿を見つけることが出来た。
あれはモンスターか?というか言葉の喋れるモンスターと喋れないモンスターが戦っているようにしか見えないんだが。
灰色の毛皮を全身に纏った、俺の膝位までしかない何かが転げまわっている。対してこれまた初めて見る牙の生えたゴリラのようなモンスター、こいつは力任せに腕を振るって戦っていた。内容は一方的で常に灰色の方が防御に回っている。
動物知識をセットしていないせいでどっちも名前すらわからないが、一つはっきりとしているのは俺がどう頑張ったところであのゴリラを倒せる気がしないってことだ。一振りで細めの木がへし折れている。一撃でももらえば死んでしまうに違いない。
フォレストモンキーにだって苦戦するプレイヤー、それがこんな泉よりもさらに奥のモンスターと戦おうなんて正気を疑うよ。それでもあの灰色は何とか助けてやりたい。そこでこちらの商品がお得なんですね。煙玉ですよ、ええ。
2人が戦闘中なのをいいことに、限界まで近づき煙玉を取り出す。紐を引き抜くのに合わせて大声を張り上げた。
「こっちだ、いくぞ」
突然の出来事にフリーズした灰色を掴み、炸裂に合わせて全力で逃走した。一瞬の目くらましは成功したけど、良く考えたらこれって緊急時に身を隠すために作ったんだよな。煙から出て追ってきたらどうしよう。
「ゴゥオオォ!」
うわ、やっぱり来てるし凄い怒っていらっしゃるような。俺の獲物横取りすんなってか?せっかくいまはホーンラビットがたくさんいるんだ、それで勘弁してくださいよ。
逃げながらそんなことを考えてしまうのは間違いなく現実逃避でしかない。灰色毛玉を抱えた俺と単独の牙ゴリラでは速度が違う。
相手は間違いなく格上だ。でも、自分1人なら何とかなるかもしれない。つまりはこの毛玉に俺以上のスキルがありさえすれば可能性はあるわけだ。泉の奥にいたんだからそこに懸けるしかない。
「あんた、隠密持ってるか?」
「あ、あります!ありますよ!」
「よし、準備しろ。」
取り出したのは発煙薬を限界まで詰めた煙玉、走りながら周囲を見回し、手ごろな場所を探す。ちょうどよい場所を見つけたのはあと少しで捕まるという時だった。炸裂させると視界があっという間に白く染まり、何も見えない。
「こっちだ、行くぞ」
「はいさ」
牙ゴリラの迫力満点なドラミングと唸り声をバックミュージックに、進行方向から右に折れると茂みに飛び込んだ。煙が晴れてからは集中も使って態勢を整える。後は運頼み、茂みの中で身を隠して見つからないように祈るだけだ。
「静かに、息を殺して祈ってろ」
「ずっと止めてます」
突っ込もうかとも思ったけどやめとこう、今はそんなことしてる場合じゃない。幸いゴリラは数分うろついて俺たちを探した後は諦めて森に消えて行った。
「はぁ、死にかけた」
隣を見ると灰色が息を止めて真っ青な顔をしていた。いや、毛色は薄い茶色だし見た目は変わってないんだけでなんとなくそう見えるってだけだけど。息を止めすぎて俺より死にかけてんじゃねーか。
俺は毛皮をかぶったプレイヤーか住人を助けたんだと思っていた。でも改めて良く見てみると、毛皮を被ってるんじゃなくて、全身が毛に覆われている。ごわごわのオーバーオールを着てるから全身毛むくじゃらなのかはわからないけど。
コボルトとかか?プレイヤーは人間しか選べないから間違いなく住人のはずだ。どうしよう、極限まで毛深くしたプレイヤーとかだったら。一応マーカー機能をオンにしてみてみたら色で住人だとわかった。
「そろそろ呼吸しないと死ぬんじゃないか?」
「ぶはぁ、ゼェゼェ。あ、ありがとうございました。お陰で無事生きてられました」
「それは行き掛かり上そうなっただけだから気にするな。それよりあんた、もしかしてコボルトなのか」
薄茶色の塊はそこでびくりとし、こっちの様子を窺っている。顔も犬っぽいし尻尾もあるしで間違いないとは思うんだけど、もしかしてVLOでは人間と敵対してるのだろうか。かなり警戒させてしまってるようだ。
そういえばマナウスでも人間以外の種族はエルフとかドワーフとか、ファンタジーで真っ先に思い付くのがゲームのパッケージで紹介されてただけだ。そいつらもマナウスにはいなかったし。あれ?もしかして、見たことないどころか、まだ他種族の情報すら目にしたことないような気もする。
「俺はカイって名前で冒険者だ。まあ冒険者なんて大それたことなんてしてなくて、普段はこの森のもっと浅い場所で猟師をしているんだけどな」
俺から名乗ったことで少しは警戒心も薄れたようだ。尻尾が緩やかに揺れている。そのまま静かに待っていると、たっぷり5分は悩んだろうか、ようやくぽつぽつと話を始めた。
「今回は危ないところを助けてくれてありがとうございました。僕はコボルトのウェンバーっていいます」
「よろしくな、ウェンバー。色々聞きたいこともあるんだけど、このままここにいるのも危ない、とりあえずはこの先の泉に向かいながら話すんでもいいか?」
「はい、僕もそっちに用事があったのでよろしくお願いします!」
お、尻尾が元気良くなったな。メンタル的なもののバロメーターにでもなってるのか。おれ自身はコボルト種とちゃんと関わったこともなかったし、これはコボルトについて知る良い機会だ。警戒させないよう色々聞いてみよう。
「とりあえずはあれだな、ウェンバーはなんであんなところにいたんだ?」
「えっと・・・」
おいおい、まさか第一歩で地雷踏み抜いたか。そりゃまあ当然ではあるんだけど、今日の天気はってぐらいの軽い感じで聞いて失敗したようだ。さくさく話題を変えていこう。
「話したくないことははっきりそう言ってくれな、じゃあウェンバーって男?」
「当たり前です!コボルト男児をなんだと思ってるんですか」
今度は怒らせてしまった。まあ冗談なのは表情と尻尾でわかるんだけと、いくらなんでも感情の振り幅でかすぎでしょうよ。
「そか、男か。そうだ、薬草食べる?」
「僕は雑食だ!」
「じゃあ食べれそうだな」
「そうじゃなくて、僕たちはグルメなんです。そんな美味しくないもの食べないですよ」
少なくとも1回は食べてるな。反応が面白くてついからかってしまったけど、お陰で大分警戒が解けたみたいだ。質問にも答えてくれるようになった。
特に意味もない会話を続けていたが、話題が尽きる前にタイミング良く泉の端に出ることができた。用事を手伝うかと聞くと、嬉しそうに礼を言われてしまった。これまでの会話で警戒心も解けたのか、ここにきた目的も話してくれるよ。
「えっとですね、僕はここにエルトラントの実を取りに来たんです。母さんが体調を悪くしてしまって、なんとか元気になってほしくて」
そうきたか。助けるのは全然嫌じゃないし、むしろ前向きだ。困るのは銃を撃ったら流石にホーンラビットの耳に入るしそうなればバレる、どうしたもんか。
「ウェンバーは一人でフォレストモンキーを狩れるのか?」
「当たり前じゃないですか。僕はこれでも村一番の勇者なんですよ!」
怒るとそれにあわせて尻尾の毛が逆立っていた。いやはやコボルトってのは面白い。俺は銃を使えないし今回はウェンバーの狩りを見せてもらうことにした。
泉を越えてしばらく探索すると、やはりそのほとんどはホーンラビットだ。でも、数は少ないながらも数体のフォレストモンキーを見つけることができた。
ウェンバーに伝えるとフォレストモンキーがいる木の近くまでそろそろと近づき、なにやら唱えている。すると樹上から蔦でがんじがらめにされたフォレストモンキーが降ってきた。
「木魔法か?」
「そうですよ、コボルトは自然と共にある種族ですので」
鉱石と関わりのあるイメージもあったんだけど、そっちだったか。ウェンバーは話ながら蔦をずらして器用にエルトラントの実を取ってしまう。
「なるほど、倒さなくてもそうすれば簡単に手に入るのか」
「最初はほとんど拘束できないですけど、土属性と水属性の魔法の鍛練を積んだら木属性も使えるようになりますよ」
「お、あっちにもいるな」
「本当ですね。では、ついでにそっちもいただきましょう」
そのままもう一体も拘束してエルラントの実を手に入れるとウェンバーはホクホク顔だ。しっぽは絶え間なく動き、今の感情が手に取るようにわかる。コボルト全体があまり感情を隠せない種族なのかもしれないな。
ちなみにここまでで気付いたことが2つある。それは俺の気配察知で調べた情報にそこまでの驚きがなかったこと。そして、集中と併用した状態で、隣にいるウェンバーを察知できないことだ。
「一応聞いときたいんだけどさ。なんでウェンバーはあれに見つかってたんだ?」
「うっ、そ、それはですね。…あは、ははは」
全力で目を背けられた。思い出したくもない過去なんだろうか。が、それでも隠し通す気までは無いようで、小さな声で話してくれた。
「えっとですね、これは絶対に内緒ですよ?」
「任せろ」
「実はあそこの近くに僕のお気に入りの日向ぼっこスポットがあるんです。そこは木の枝が絡まってハンモックみたいになってるし、なによりお日様がとても気持ちいいんですよ!ね、いいところでしょう?」
とりあえず頷いてはおいた。でも、ちょっと結末が予想できてしまうな。でもまああれだ、コボルトってそんなことしてしまうような種族ではないはずだ。うん、そうに違いない。
「今日もエルトラントの実を探しに行く前にですね、ちょっとだけですよ。ちょこっと日向ぼっこのつもりが寝てしまってですね。寝返りをうった時に落ちちゃったんですよ。あいつの頭に」
「油断しきってんじゃねぇか!そもそも昼寝してなきゃ見つかってないよねそれ!」
突っ込まれると尻尾は垂れ下がり、申し訳ないと頭を下げられた。まあ反省してるならいいかと許しておいたが、こいつは絶対にまたやるぞ、おれが保証してもいい。
「でも、僕の失敗のおかげでカイと出会ったんだから、失敗していいこともありました!」
「ああ、うん。それはよかったね」
「はい!」
思った以上に楽しい出会いになったが流石に時間を掛け過ぎてしまった。これ以上時間をかけて鉄心達を待たせるわけにはいかないか。
「なあウェンバー、俺はそろそろクエストの報告にマナウスに戻らないといけないんだ。そっちはどうする?」
「えっと、それじゃあ僕もこの辺で村に戻ることにします。今日は命を助けて頂いて本当にありがとうございました」
ウェンバーは一度深々とお辞儀すると、周囲を気にしながら森へと消えていった。プレイヤーじゃないからフレンド登録もできないし、また会えるかは運しだいってとこか。まあ、泉の奥に村があるなら探索が進めばなんとかなるかもしれないし、その辺は追々だな。
「さて、戻るとしますか」




