イベントの始まり
3章始まりました。よろしくお願いします。
「なあ、山上君明日って何かインターネットとかで祭りみたいなのでもあったかな?」
課長に突然話を振られ思わず首をかしげる。思いついたのはVLOのイベントだけど、聞かれてるのはそういう事じゃないような気がする。というよりインターネットのお祭りってなんだろう。
「どうでしょう。特に思いつかないですけど、調べてみますか?」
「いや、いいんだ。なんかうちの娘がさ、明日と明後日はずっと家にいるから部屋に入らないでって言ってたんだよ。最近へんなヘッドギアみたいなのかぶって寝転んでたりもするし、勉強はしてるみたいだが、何をしているのかと思ってな」
VLOでラストアンサー。そう言いかけてグッと堪える。社内にもVLOをやっている人は多いらしく、どこで話を聞いているかわからない。これでゲームでも一緒にプレイってなるとVLO内でリアルを意識しながらプレイすることになってしまう。申し訳ないが知らなかったことにしておこう。
「音楽とか、もしかしたら映画でも見てるのかもしれないですね」
「それもそうか、最近成績も上がってるしこのくらいは大目に見ないと大人げないか。いや、一人娘だし絶対に嫌われたくないしな」
邪魔したねと肩を叩き課長は戻って行く。さて、今日の昼は藤の出先が近いこともあって一緒に食う事になっている。そそくさとオフィスを出ると待ち合わせのチェーン店に着いた。店にはよく見た顔がメニュー表を睨みつけている。そんなに睨めつけないと決めれないのだろうか。
「おっす」
「おう、いきなりで悪いな。すみません!」
「声がでかい。ボタン押そうよ」
店員にから揚げランチと春野菜のパスタランチを頼むと、商品の復唱をした後に静かに下がっていった。
店員がいなくなると自然とVLOの話題となっていた。
「明日のイベントはどうすることにした?」
「生産職の知り合いと組むことにした。もとからそんなにがっつり参加する気もなかったしな。そっちは平常運転か?」
「そうだな。全員揃ったけどβのスキル構成に追いついてないし、まあ今回は程々に参加ってところだ」
「藤の程々はがっつりにしかならないからな」
何言ってやがると不満そうに言うが、これでも長い付き合いだ。イベントを適当に流す藤なんて見たことがない。どうせまた先陣切って突っ込んでいくに決まっている。そんなたわいのないやり取りをしていると藤から突然話を振られた。
「なあ、最近海は実家に帰ったか?」
「いや、帰ってないけどそれがどうかしたのか」
「う~ん、じゃあ関係ないのかな。ほら、俺前に雪ちゃんの家庭教師やったことあるだろ。それから一応なにかわからないことあったらってことで俺の連絡先だけは教えてあったんだ。今まで一度も連絡なかったんだけどこないだ突然メールで『VLOって面白いですか?』って聞かれたんだよ」
雪は俺の妹で今は高校2年生だ。俺とは年が離れていたこともあってよく面倒を見ていたものだ。雪が中学の頃どうしても行きたい高校があるとかで藤に家庭教師を頼んでいたのだ。そういえばここ最近は特に連絡とってなかったな、年末も忙しくて帰らなかったし。
「なんだろうな、突然。今度連絡して聞いてみるかな」
「おう、その方がいいと思う。よし、これで確認したいことは終わりだな」
「メールで済んだんじゃないのか?」
いや、これを聞こうと思ってた。そう続けた藤はとある掲示板を開いていた。そこには【劇的予想!】イベントを制するのは誰だ!予想スレ【速報つき】と書いてある。
なんの話かと思っていたらこんなの見てたのか。予想なんていくらしても大体は外れる気がするけど。そもそも誰が勝ったかわかるようなイベントなのかも疑問だ。
流し読みをしていくと真剣な予想からギャグめいた予想まで色々だったが、大体は第3の都市に到達している攻略組のプレイヤーやギルドの名前が上がっている。
「さすがに俺らじゃ厳しいのは分かってるんだけどさ。それでも初日に名前くらいは上がるといいなぁって」
それは程々なんて言わない、絶対に言わない。一応突っ込んではおいたが多分意味はないんだろうな。頑張れヨーシャンク。
いかにして手柄を狙うか、そんな話を聞きながらパスタを食べていく。気付けばどんなイベントなのか一緒に考えているあたり俺も相当なもんだな。
食べ終わったころにはもう時間が迫っていた。明日、会う事もあるだろうと挨拶して店を出る。さすがに仕事もあるし今日は入れそうにない。その分明日からはイベントを十分に楽しんでやろうと決めている。まずは残った仕事の処理からだ。
週の前半はボア狩りと煙玉の素材集めを後半は時間を合わせて鉄心達と簡単な連携の練習も行ってみた。まあ後半のはもしもに備えての簡単な物ではあったけどな。そうして少しばかりのリールを稼いでポーションも自作してみた。色々とやってみたこともあってスキルも一回りレベルが上がった。それともう一つ、新しいスキルも取得した。
セットスキル:≪銃Lv8≫≪敏捷強化Lv5≫≪アクロバットLv4≫≪跳躍Lv3≫≪歩法Lv4≫≪集中Lv6≫≪隠密Lv10≫≪気配察知Lv7≫≪投擲Lv2≫≪動物知識Lv6≫
セット外スキル:≪植物知識Lv5≫≪料理Lv2≫≪罠製作Lv1≫≪調合Lv3≫
今はこんな感じだ。背負箱の竹筒には煙玉とポーションをありったけ詰め、それでも足りなくなった時用にポーションは10個、煙玉は20個まで補充できるよう素材を背負箱に入れてある。水や食ベものもある程度入れてあるし、弾丸も120セットを入れてある。
調合の試行錯誤ができるなら閃光玉みたいなのも作りたかったけど製法の見当もつかないし今回はこれで出来る限りの準備を行ったことになるな。
イベントの開始は午前9時からで、あと1時間はある。ずっとマナウスの広場にいるのも暇だし、ということでちょっとマナウスの中を見て回ることにした。
「いよいよか、探索隊はなにか成果を上げられるんだろうか」
「ねえ、さっき兵隊さんから聞いたんだけど、やっぱり南側が見たことのないモンスターが多いんですって」
「お母さん、どうして今日はマナウスの外に出ちゃダメなの?」
「冒険者が集まってるな、俺んとこのポーションを売りさばくいいチャンスだ。在庫一掃してくるぜ」
町の中はこれから始まる探索クエストに関わる話題で持ち切りとなっている。元よりここは大陸の貿易都市としての要の1つらしく、万が一のことがあっては大陸の物資輸送に影響が出る。巡回の兵士達の表情は明らかに緊張していた。住人達もその空気を感じているようだが、冒険者が集う都市ということもあって表情は明るいままだ。
ちなみに今回のイベントは事前登録制だ。パーティーリーダーは自分達が3段階のどこにいるのかを示す必要があるため、今回は俺が登録を行っていた。
昨日少し公式の情報を調べてみたけど、登録したパーティーは1万パーティーを越えているそうだ。その中で第一条件を満たしているパーティーはおおよそ3000パーティーほどだと言われている。
俺なんかは有象無象の1人だが、それでも『小麦を荒らす巨牛』クリア者としてマナウス領主から赤いハンカチを受け取っている。これを身に着けることで自身の段階を証明するって寸法だ。ちなみに『泉の水質調査』に相当するクエストクリアしている者は緑、未クリア者は青のハンカチが渡されている。
ハンカチの色が示す意味は住人にもそれとなく伝わっているのか、マナウスを歩いているとそこかしこで激励の声を掛けられることとなった。
最後に商店街通りを通って広場に戻ろうとすると、通りの端から声を掛けられた。お、八百屋のおやっさんだ。
「おーい、カイ坊。そろそろか、緊張はしてないか?」
「おやっさんおはよう。大丈夫だよ、俺よりも頼りになる冒険者がたくさんいるからね。みんなと協力して成功させてくるよ」
「そうか、それなら安心だな。カイ坊は俺んとこで野菜買ってくれてるしよ、関わりのある冒険者には頑張ってほしいと思っちまうんだわ。まあ期待してるけど、無理だけはするなよ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
なんか、兵士を除くと緊張してるのはプレイヤーが大半だ。それもそのはず、公式サイトに載っていたイベント情報の中の一文「なお、リアリティの追及の為、万が一住人や都市に被害がでた場合にはイベント終了後も修復はされず、残る仕様となっております」という情報が周知されたからだ。つまり住民が死んだら戻ることはなく、壊れた建物なんかも直らない。一歩間違えれば本当に壊滅してしまうかもしれないという不安感があるのだ。
広場に戻ると騒がしさは変わらないままに、新たに騎士のような鎧を着込んだ男達がプレイヤーの整列を行っていた。ハンカチの色ごとに分けて集まるように指示を出しているようだ。
俺も鉄心達と合流しないとな。チャットで連絡をとり、人混みをかき分けてようやく合流できた。散歩なんてするもんだから危うくはぐれたままのスタートになるところだった。
「よかった、ちゃんと合流できたね」
「ちょっと、リーダーがいないと締まらないよ」
本当にすみませんでした。初日にも感じた事ではあったけど、広場がプレイヤーで溢れている。はぐれたら再会が難しいことくらい考えておくべきだったな。
そんな反省をしていると広場前方に作られた演説用の台に一際体の大きな騎士が登壇した。プレイヤーの口数も減り、徐々に静かになっていく。
「静まれい、我が名は貿易都市マナウスを守護せしマナウス騎士団長、マルクト・ヴェルネイである。今回は未確認モンスターの大規模調査に参加してくれたこと、マナウス領主、エルステン・リルハイム様に代わり厚く礼を申し上げる。エルステン様は憂いておられる。かつて、34年前に起きたモンスターの侵攻の再来を。かつての侵攻時には事前に未確認モンスターを確認していたにも関わらず対応が遅れたことで都市の防壁を破られ、住人にも多数の被害が生まれてしまった。あの悪夢のような教訓から我等は学び、同じ過ちを繰り返さないために準備をしてきた。かつてのようにモンスターの侵攻があるのか、無関係であったとして、未確認のモンスターが現れた理由はなんなのか。それを調べ、真実を見つけよ。我等の働きの先にこそマナウスの平和がある!」
広場を囲んでいた騎士たちが剣を掲げ鬨の声を上げている。まるでこれから戦争が始まるみたいな熱気だ。プレイヤー達の中にはイベントの開始の合図として受け取り、騎士をまねて吠えている者もいる。広場が熱気に包まれると囲んでいた兵士たちが動き出す。各グループにわかるよう声を掛けて回っている。俺達の周りにも騎士が回って来ていた。
「赤いハンカチを身に着けた冒険者の方々は南側の街道入り口にてクエストを選び受注してください。基本的な方法は冒険者ギルドでのクエスト受注と同じ方法になります!」
盛り上がる広場の中で何とか兵士の言葉を聞き取ると、3人に声を掛けようとした。が、あまりの騒がしさに声が通らない。仕方なくチャットで全員に内容を伝えると南側の街道入り口に向かった。
列の整理を行っていた兵士は俺達に気付くとクエストの一覧表を渡してくれた。そこには無数のクエストが載っており、この中から最大4つのクエストを受けてこなしていくことになるようだ。事前に予想していた通り、クエストは戦闘系だけではなく、生産系も豊富にそろっている。
「さて、どれを受けるか」
「ふむ、いきなり難易度を上げる必要はないだろう。最初は各自が特性を生かしてこなせるクエストで良いのではないか?」
「賛成!私はこのおにぎり作りにしようかな~」
「それじゃあ俺はこの武器整備だな」
「私は革製防具の予備製作にしようか」
「俺は、そうだな。マナウスの森の探索にするか。北側だし特に何もないとは思うけど自分の動きの確認もしておきたい」
各自が何をするかを定めたところで受付でクエストを受ける。『マナウスの森のモンスター調査』『兵糧補給計画・おにぎり』『予備防具製作・革』『武器鍛錬・補修』の4つだ。
パーティーを組んで早々に別行動になったがそこはあれだ。俺達はみんなソロプレイヤーだし、そもそもこういう風に動くチームだってことは最初から分かっていたことだ。という事で俺は記録用紙を受け取るとパーティーの面々に向き直った。
「それじゃあここからは別行動だな」
「ああ、それぞれの持ち場で頑張ろう」
「何かあったらチャットで情報を共有を忘れないように」
「それじゃあ後でね~」
拳を打ち合わせ、パーティーを組んだままいったん別れると真っ直ぐに森へ向かう。『小麦を荒らす巨牛』をクリアした後の情報ではマナウスの南で多数の未確認モンスターを発見していたらしい。それもあってあまり北側の探索は人気がないらしい。パーティーの数もそこまで多くはない。俺もこっちで大きな発見があるとは全く思ってもいなかったが、まずはスニーキングの再確認だ。




