ソロに備えて
俺は街道をまっすぐマナウスに帰っていった。転移ゲートを使わなかった理由はただ一つ、使用料が5000リールもしたからだ。今日の稼ぎが半分近く減ってしまうという散財とあってはさすがに使う気にはなれなかった。
来た時と同じように歩いているとプレイヤーとすれ違う事も多く、挨拶をしながら進んで小一時間程でマナウスに戻ってきた。俺はその足でいつぞやの木工ギルドに向かう。
目的は旅人のリュックの新調だ。目途がつくなら調理器具から調合器具まで欲しいものが色々あるけど、そっちは懐具合によってだな。いつまでたっても銃のお金が貯まらないがまあ仕方ない。これも今後に向けた投資だ。
ウインドウを開いて隅にあるリール欄に目をやると、今の所持金は1万9370リール。さらにはこれにバイソン素材の売却がある。かつてないリッチ感を得て木工ギルドに着くと、迎えてくれたのはあの無駄に筋肉質な兄さんだった。今日も筋肉が輝いています。
「おう、いつぞやの兄ちゃんじゃないか。今日はどうしたんだ?」
「お久しぶりです。実は荷物を入れる収納を大きくしたくて」
「あん?まさかまだそのリュック使ってたのか。そりゃあ難儀だったな。どれ、希望はあるか?」
ここまでの道中で考えていた理想を伝えていく。基本は服装にあったタイプのもの、大きな収納と戦闘時に使いやすい小型の収納を組み合わせたもの、隠密を生かすために音が立たない消音性の高いもの。
そんなことを伝えていくとお兄さんはにやりと笑った。いや、その筋骨隆々な肉体を見せびらかしながら笑うとか圧力が凄いんですが。
「なるほどな、それじゃあいくつかサンプルがあるから見せてやるよ。ミオ、ちょっと手伝ってくれ」
そういって筋肉兄さんはカウンターの裏に消えていった。呼ばれたミオもこちらに小さく会釈をして消えていく。少し経つといくつかの収納アイテムをもって戻ってきた。
布製の風呂敷のようなものからこれまでと同じリュックタイプもある。だけど俺はその中にある一つのアイテムに目を奪われた。黒と茶の中間のような色をした木製の背負箱、そこには1つの大きい引き出しと2つの小さな引き出しがついている。それこそ歴史ものの中で登場する薬師の商売道具にも見えるし、背負える簡単な箪笥にも見える。視線に気づいたお兄さんが笑っていた。
「なんだよ、それかい。ミオ、お前さんの作品はこの兄ちゃんと相性良いみたいだな」
「え、はい。ありがとうございます。それは私の作品ですのでこの場でお売りすることも出来ますが」
「これミオさんの作品なんですね。良ければこれを買いたいと思います。ちなみにこれって戦闘時に取っ手まで手が届かないんですけど、小さな収納袋みたいなのを追加でつける事ってできますか?」
リアルでもこういうのって作った作品に対して文句をつけているように聞こえてしまう言い方ってものがある。その辺は気を付けて伝えるようにしているが、むしろこういった注文はVLOの生産職プレイヤーからは割と歓迎される傾向にある。
自身の理想と購入者の理想を妥協点でまとめるのではなく両立を目指す。これまで知り合った生産職プレイヤーにはそれこそが生産系の矜持っていう考え方をするプレイヤーがばかりだった気がする。そしてミオもどうやらそっちのタイプだったみたいだった。話しを聞いて一枚の紙を取り出すと、真剣な様子で背負箱と交互に見比べている。
「そうですね。重量制限に合わせるなら軽い竹筒を使用して両サイドを布で締められるように出来ますね。入れられるのは軽量のアイテムが中心になるかとは思いますけど」
「なるほど、つけるならこの箱の下ですかね」
「そうなりますね。竹の節の位置を調整すれば重量30の間であればバランスの調整もできますがどうしましょうか」
「では、右手側が20、左手側が10になるようにしてもらっても良いでしょうか」
「わかりました。竹もありますし加工にそこまで時間は掛からない思うんですけど、少し時間を頂いてもいいでしょうか」
当然のことなので了承し、待っている間に筋肉兄さんから収納量の説明を聞いた。
アイテム表示には最大収納重量しか表示されないらしいが、この背負箱のように収納がいくつかあるアイテムはそれが分散されるらしい。このアイテムは≪黒壇の背負箱≫といい、最大収納重量は170。内訳は大きな引き出しが70、小さな引き出しが2つあってそれぞれ50になっている。それに今作ってもらっている≪竹筒の小物入れ≫が最大収納重量が30で合計は200になる。これで8000リールで購入できるらしい。
竹筒を取り付けたことで多少値上がりしているそうだが、それでも俺はためらいなく清算を終えた。するとすぐにミオが戻ってくる。
「おまたせしました。こちらが商品になります。えっと、清算が…」
「終わってるぜ、説明もしたし後は商品を渡すだけだ」
「ありがとうございます。では、こちらになります」
旅人のリュックに関してはギルドの方で処分してくれるという事で、中身を移し替えて処分してもらう事にした。代わりに新品の背負箱を背負って木工ギルドから出る。本来の猟師であれば獲物を曳いていくための背負子が必要だが、VLOならナイフを突き立てたらアイテムになり、それも自動で収納できるから型に嵌ることもない。這って移動するときに見えてしまわないかとも思うが、まあそこまで大きくないし大丈夫だろう。
オーダーメイドでの発注が必要かと考えて木工ギルドに行ったのにまさかその場で手に入るとはといつになく心も浮き立っている。こんな時にお店に行くと財布の紐も緩むもの、初心者の調合キットを700リールで、調理器具を合わせて3200リールで、まだ必要かもわからないのに野営用の道具まで4000リールで購入してしまった。
器具類に関してはとりあえず調合器具だけ右上の小棚に収納した。残りのアイテムは冒険者ギルドのアイテムボックス行きだ。正直ちょっと反省している。残りの引き出しは左上に食材以外、下の大棚が食材入れになる予定だ。竹筒には左に緊急用ポーション、右にはまだ何も入らない。入れるものはこれから作る予定である。
その後も武器屋で銃弾セットを補充して、別に火薬をさらに単品で追加していく。道具屋では紐を引き抜いた摩擦熱で着火するタイプの発火装置といくつかの薬剤、野球ボール大の紙製のガチャガチャみたいなものも購入した。そのままマナウスから出ると城壁のそばに腰を下ろし≪動物知識≫と≪植物知識≫を外して≪調合≫と≪罠製作≫をセットする。今から作るのがこの二つの領域に入ってるかはわからんがそれはやってみればわかることだ。
「それにしても、教科書のない科学実験とか凄い緊張するな」
まずはこの火薬についてだ。まずは初心者の火薬の包みを解き火薬を露出させる。それを少量だけ量って紙に包んだものを用意した。それを紙玉に詰め、隙間には枯草を詰めて最後に発火装置を取り付ける。まずは実験1号だ。これを残り2種類の火薬で作った。名前はそれぞれの火薬に玉がついただけだ。
紐を引き抜いて投げつけると、3秒くらいで爆発するはずだがどうなるか。爆発の規模が不安なのもあって一度荷物を片付け、城壁から少し離れて使うことにした。
最初は一番火力の低そうな初心者の火薬玉から少し遠くに投げてみる。地面に落ちると同時に小さな爆竹のような音が響いた。発砲音に比べて随分と穏やかな音になったな。その後も火薬玉、黒色火薬玉と続けて投げていく。火薬玉については音が大きくなっただけだったが、黒色火薬玉は同量の火薬でもダメージ判定が出そうなレベルで炸裂していた。
ふむ、まずは成功だけど、黒色火薬を使うのはかなり厳しいな。近距離でも使う事になるなら俺もダメージを食らってしまう。用途に合わせた火薬量についてはもう一つの実験が終わってからかな。
ということで次は発煙用の調合だ。これについてはリンみたいなリアルの薬剤があるわけではない上に、今のところ単品で発煙するものも知らないから、片っ端から試していくことにしていた。
マナウスの店で買いこんだアイテムの極少量を調合してはさらに少量の火薬を導線のようにして火竜槍用の火つけ棒で着火する。小さく爆発するたびに煙が出るが、煙幕に使えるほどではなく何を混ぜても成功しない。気付くと購入したすべての薬剤の組み合わせを試していた。途中で調合のレベルが上がったのが唯一の救いだな。
≪調合スキルがLv2になりました≫
「難しいな、市販品だけの組み合わせだとさすがに限界があるか」
完全に行き詰ってしまった。まさかマナウスで売っている素材で作れないとは思ってもいなかった。後は周辺で採取できる素材を使う事だが、こればかりは種類が多すぎる。来週までにすべてのエリアを調べるってのは無理がある為、慣れた森に絞って探索をすることにした。
≪植物知識≫をセットして森に向かう。やることは簡単でひたすら目についた植物を鑑定していき、煙の発生に役立ちそうな物があれば随時採取していくだけだ。
例によって≪隠密≫と≪気配察知≫をフル活用してモンスターとの遭遇を避けながら探索を続けた。効果があるかわからない時には火つけ棒で実際に火をつけてみる。しかし期待するような反応を見せる植物は中々見つからないものだ。そもそもあるかもわからないものだし。
「う~ん、これも駄目だな」
1時間ほどかけても収穫はなくここにはないのかと諦めようとした時、けもの道のそばにまばらに落ちている枯葉に目をやった。するとそれは≪雑草≫ではなく、こんな表示がされていた。
≪ウェウェの枯葉 レア度1 重量1≫
マナウス周辺に生育するウェウェの木の葉を乾燥させたもの。火をつけるとよく燃えるが、独特な成分により大量の煙を出すため用途が限られてしまう。
これだ、ついに見つけた。試しに枯葉に火をつけるとリアルでは考えられない量の煙が湧き出してくる。これ一枚で狼煙の代わりになるんじゃないだろうか。
これでようやく完成の目途がついたと安堵はあったが、達成感に浸る暇などなく木々が騒めき、あの懐かしい鳴き声が近づいてきていた。これは非常にまずいやつだ。樹上を確認することなく走り出すと、さっきまで立っていた場所に小さな木の実が4つ同時に飛んできていた。
「まじかよ、ふざけんな!」
「キキィィ」
「キィィイ」
なんか森の中で油断するといつもこんな展開のような気がする。それでもなんとか素材だけでもと走りながら目についたウェウェの枯葉を掴みとり、ドラーの実の脅威に晒されながらHPがレッドゾーンに突入する頃にようやく森を抜けることが出来た。
このままでは何か事故があるとあっという間に死に戻りだ。帰り道に薬草を拾って食べたがそれでも心もとない。帰路はボアだけじゃなく野兎にすらびくびくしながらマナウスの城壁まで戻ることになってしまった。
そんなこんなで若干の寄り道はあったがこれで準備は整った。今度はこのウェウェの枯葉の性能実験だ。忘れずに≪植物知識≫と≪調合≫を入れ替えておく。
森の中で枯葉にそのまま火をつけたから枯葉そのままの発煙量については大体わかっている。後はこの発煙効率をどこまで高められるかだ。
最初は単純にウェウェの枯葉を粉末にしてみたもの、それと手で軽く握って細かくしてみた。あとはその二つに若干の初心者の火薬や火薬、黒色火薬を混ぜた物、合わせて8種類を用意した。
「さてと、どれが一番煙が出るかな」
一つずつ、火をつけて確認していく。ウェウェの枯葉の粉末のみだと、全体に火が付くのに時間は掛かるが煙の量はかなり多い、対して葉を細かくしたものは簡単に火がつくが粉末程の煙は出なかった。
どうやらウェウェの枯葉は粉末にした方が発煙量は増えるが逆に着火に時間が掛かり、煙が出るまでに時間が掛かるようだ。使うなら当然粉末で、残りの問題は着火の悪さを火薬入り粉末で解決できるかだな。
今度は初心者の火薬入りだ。これは火薬量が少なかったからなのかほどんど火薬なしと変化がなかった。初心者の火薬は火薬とほとんど性能が同じってことだったはずなんだけど、どうも別の何かと混ぜたりすると極端に火薬としての性能が落ちてしまうのかもしれない。あの金額で汎用性も高いなんて上手い話はそう簡単には転がってこないってことだな。
次に試した火薬は初心者の火薬に比べてかなり発火にムラがなく、煙もかなり短時間で出たのだ。黒色火薬は火薬の性能が高すぎるのか爆発はするが煙はかなり遅れて発生していた。細かくした枯葉の方も煙の量が少ない以外は概ね同じ結果である。
「てことは、だ。基本はウェウェの枯葉の粉末に火薬を混ぜる方向にして後は火薬量の調整。一応粉末と砕いた枯葉の混合も試しておくかな」
≪ウェウェの発煙薬 レア度1 重量1≫
ウェウェの枯葉を粉末にし、火薬を混合したことで発火性と発煙量を調整した火薬。火薬としての性能は低いが狼煙などに利用できる。