タイアと調味料
ああでもない、こうでもないと各々がやりたいことを主張する。さすがに勝手知ったる仲というだけあり、普段はあまり自己主張のしなさそうな楓と東雲も意見を述べている。そもそも予定決めとこうよと思わなくもないが、こういう雰囲気は嫌いじゃない。何故だかこっちまで楽しくなってしまう。
「ところでカイは俺達から連絡がなかったら何をするつもりだったんだ?」
「俺か?そうだな、当面の目標はちゃんとした銃を手に入れることだし、まあ森で狩りかな」
「黒の結晶石売ればすぐだろそれ」
「そうかもしれないけど、個人的にはボルトアクション式の銃が理想でさ。その時のパーツ用にとっておきたいんだ」
今はまだ夢のまた夢ってところだけどな。そう言って笑うと、アキラが思い出したように声を挙げた。
「それならさ、やっぱり第2の町に行かない?確かあそこのクエストにパーティーでしか受注できない限定のランダム遭遇のボス討伐があって、報酬がかなりよかったはずたし」
「それいいな。決定だ、そうと決まれば今すぐ行っちまおう!」
「あそこは風景も良いですし、どこかでお弁当とか食べちゃいましょう!」
他のメンバーにも異論はないようで、装備の確認を終えると雑談をしながらホームを出た。マナウスを出てからも街道を進んでいるため、モンスターにはほとんど遭遇しない。してもヨーシャンクか楓が遠距離で仕留めているため、のんびりとしたまさにピクニックだ。
そんな道中の話題に上るのはやはり攻略組の話だ。VLOには年齢制限があり、R15の商品だ。よってプレイヤーはすべて中学生以上となっている。この手のゲームはやはり時間に余裕のある学生がプレイ時間を生かして先行しやすく、そういったプレイヤーが中心になったギルドが攻略の最前線に立っているわけだ。
最前線の攻略組は既に第2の都市に到達しており、スキルレベルも平均で20に届く者すらいると聞いている。彼等のもたらす情報はかなり有益で、あらゆるボスやモンスターの倒しかたをレクチャーしているスレは連日盛況らしい。
俺としては、自分なりのプレイを楽しめればそれでいいから必要に迫られない限りはスレは見てないんだけどな。あ、でもあいつらの努力が報われたのかが気になって調教関連のスレだけはたまに覗いているけど。
「そういえば聞いてなかったけど、富士達のギルドの名前はなんて言うんだ?」
「セントエルモだな」
「セントエルモの火からとったのか」
「ああ。あれは導きの火として有名だし、私達の指針としてこのギルドがあれば良いと思ってな」
なるほどね、強そうな名前とかではなくて、ギルドの存在自体に願いを込めているのか。考えたのはヨーシャンクか楓辺りなんだろうな。本来は船乗りの伝説だけどそういうのは気にするのも野暮だな。なんというか、嬉々として各地の伝説や逸話を調べている姿が身に浮かぶ。
「他にはどんな候補があったんだ?」
「ん~と、異世界探究社とアラビアンナイト、あとはなんだっけかな。あぁ、ジャックランタンとか小春日和もあったな。結構色んなのがあったんだけど、誰かに対して発していくってよりかは灯台的なさ、俺達自身に道を示してくれるってのはありかなって」
メンバーを考えるとらしいと言えばらしい、そんな名前ばかりだな。まあセントエルモで良かったんじゃないだろうか。突っ込みどころ満載なんだが、ていうかなんだよ小春日和って、絶対楓だろこれ。
セントエルモの面々は互いに出し合った案をあり得ない、センスがないとひたすら罵り合っている。まあ楽しそうだしありでいいか。
街道をひたすら南下すると畑に囲まれるようになり、ようやく小さな町が見えてきた。あれが第2の町のタイアのはずだ。
新しい場所に行くには大概エリアボス的なモンスターと戦うものだとばかり思っていたがそんなことはなく、守護モンスターがいるのは大きな都市だけらしい。それよりも少し劣るレアポップのボスは色々といて、しかし広いエリア内を自由に徘徊してる為にそう簡単には会えないらしいのだ。それが今回の獲物になるわけだが。
「ここが第2の町タイアだな。規模は農村と町の中間くらいなんだけどここの特産が小麦でさ、それを狙う魔物との攻防の激しい地域ってことらしいんだよな。ちなみになんだけど、VLOって季節とか出来事によって物価が変動するんだけど、この手の町のクエストを消化しないで放置してると小麦の値段上がるんじゃないかって噂があってさ。米がまだ見つかってない以上、ここの防衛は結構大事にされてるんだ」
確かにただの農村よりは規模が大きく、周囲を石造りの防壁で囲っている。家は土壁だったり、煉瓦を積んでいたりと様々だけどどの家も頑丈さを売りにした造りのようだ。見張りの兵士や傭兵の数も多く、それに対応するための宿屋もかなりの数がある。農業と兵士への対応、この2つが産業となっている町らしい。
町を歩いて気が付くのは、活気と人当りの良さだ。冒険者には積極的に農作物を売り込むし、行き交う農家の人達が当たり前のように冒険者に挨拶をし、冒険者ギルドの場所を尋ねると親切に教えてくれる。外から来た人への警戒心がまるでないらしい。
東雲は対応に四苦八苦しているようだが、他のメンバー、特に富士とアキラは楽しげに話をしている。
「カイは初めてだろうし、せっかくだから少し見て回るか?」
「いいのか?」
「構わないさ。では、20分程時間をとってそれから依頼を受けるとしよう」
今いる場所に集合することを確認すると、全員が興味のある店に散っていく。俺はどうしようかと周囲を見回しながら軽く見て回ることにした。
通りの中でも一際目立つ、加工食品を扱っている店舗でセントエルモのメンバーが商品を物色しているのを尻目に、俺は敷地の小さな雰囲気の良い調味料店に入っていた。
初期選択をしてから一切使わず、今のままでは死にスキルとなってしまいそうな料理スキルに光を当てるべく、調味料を物色していたのだ。しばらくはまた森にこもりそうだし、ここらでいくつか揃えてみようかと商品を見ていると、人の良さそうなお婆さんに話しかけられた。
「そこのお兄さん、良かったら少し食べてみないかねぇ」
差し出された手には小さな匙が握られ、発酵物らしい赤黒いペーストが乗っている。鼻に届く微かな薫り、これはもしかしたらもしかするか。
「頂いていいんですか?」
「構わないよ。タイアの小麦と豆はタイア小麦、タイア豆って売り出すくらい有名でね。もっとそういうのを知ってもらえないかって最近新しく作った商品なんだけど、あんまり売れてなくてねぇ。良ければ感想を聞きたいのさ。私は美味しいと思うんだけど」
ありがたく匙を受け取って匂いを嗅ぐと、それはVLOでは初めて嗅ぐ、しかしとても懐かしい香りだった。口に含むと期待に反しない味がする。かなりさっぱりしていてこれまでに食べたことのない味をしているが悪くない。小麦を使った物は初めて食べたけど、これはこれで十分に美味しい。
「味噌を久しぶりに食べましたよ。すごくおいしいですね」
「本当かい?いやあ良かった。近所の評判があんまり良くないもんだから、売り物にはならないんだとばかり思ってたんだよ」
「住民の方々には不評なんですか?もったいないですね。これは私たちのような冒険者にこそ向く食品です。故郷の味に非常に似ていますし。そっち方面に売り出せばかなり売れると思いますよ」
「あら、そうなのかい。そりゃあ良いことを聞いたねえ、それじゃもう少しばかり頑張ってみようかね」
「ぜひ頑張ってください。で、ちなみにこれっていくらで買えますか?」
まだ、商品としての価値を決めかねているようで、小さな竹筒一杯分を300リールで購入することが出来た。これで、鍋と包丁でも買えばいつでも野外で美味い鍋を食べられるかもしれない。これを機にそっちの道具も一式そろえてみようか。
各自が思い思いの買い物を終えたところで冒険者ギルドに向かった。今日の予定、クエスト『小麦を荒らす巨牛』を受けるためだ。
タイアの特産である小麦を食い荒らす巨牛バイソンの討伐、これはその大きさや討伐数によって報酬が変わる。
数日前にエリアボスのバイソンリーダーを倒したプレイヤーが報酬として2万リール獲得したことで有名になったクエストである。1体でこの金額だ。大物をまとめて倒せば相当な報酬を見込めるが、やはりそれに見合うだけの強さがある。大物に挑んで返り討ちに遭っているプレイヤーも後を絶たないようだ。
「一応俺らは自分達でクリアするまでは攻略は見ない派なんだけど、構わないか?」
「問題ない。俺もそこまで見る方じゃないし」
「では最初に戦術だけ確認しておく。大きさはわからないが基本は牛だ、フォレストホースと同じでいいだろう。最初は保険もかねて富士と東雲で抑えて、アキラの攻撃は魔法を中心に頼む。私と楓はいつも通りだな。カイは様子を見て問題なければ突っ込んでくれ。試したいことがあればいつでも伝えてほしい」
各々が返事をし、クエストを受けてタイアを出た。タイアからは街道を逸れて南下していくと畑が少しずつまばらになり、それも端の方が荒らされているようにも見える。どうも今は北側が中心となって開発されているようで、こちら側まで防備が回っていないようだ。
荒れた小麦畑の中にちらほらと漆黒の牛の姿が見え始めた。どうもタイア小麦を好んで食べるみたいで、畑の小麦が天然の迷路のようになってしまっている。
ボス戦の前に、まずはバイソンにどのくらいの体力があるのかを知っておきたいところだな。
《バイソン 状態:パッシブ》
「一応俺から行ってもいいか?」
タイアでも通常モンスターは一撃でいけるのか、失敗してもリカバリーしてくれる仲間がいるうちにと率先してやってみることにした。
黒曜団クエストを生かし、足音や相手の視線も意識して、姿勢を低くして背の高い小麦の迷路を進んでいく。すでに距離は10メートル程だが、気づいていないのかのっそりと動き草を噛んでいた。
なにも気づいていないような態度ではあるが、あの巨体相手にこれ以上気付かれずに近づくのは無理だな。背後から駆け出すと背中に銃口を突きつけて発砲した。
「ヴォォウ!」
鈍い鳴き声を上げてバイソンがどうと倒れた。驚いたのは一撃では倒せず、その場で転げて暴れていることだ。すぐに装填するが、怒り狂っていて手がつけられない状態になってしまっている。
近づけないでいると、背後からファイアーボールが2発俺を飛び越していった。狙いを違わずバイソンに直撃するとそれでバイソンは動かなくなる。
「おいおい、雑魚ですら一撃確殺じゃないってこいつら一体どんな体力してんだよ」
「ねえ、銃ってそんなに火力高いの?」
「俺達が初めてフォレストホースを狩った時には30分は掛かったが、カイと狩った時には人数が1人少なかったにも関わらず20分程で狩れた位の火力だな」
「嘘でしょ」
10分とはいえ戦闘時間を短縮できる火力とは驚きに値するらしい。俺としては3人がフォレストホースとの戦闘に慣れていて、指示や戦略が早い時間帯に確立できたからな気がする。
銃は運用が特殊な分その辺のサポートのあるなしが戦闘に大きく影響する。これは今後に向けた課題だな。
「なるほどね~、うまく嵌まればとんでもない火力を出せるのね。よし、面白い戦闘も見せてくれたし、次はあたし達の戦闘を見てもらおっか」
今度は富士が先行し、その後ろに東雲、アキラと続き離れた位置でヨーシャンクと楓が構えている。富士はバイソンが警戒し、訝しげに向き直っても気にせずに突っ込んでいった。
振り上げた刃が下ろされるのに合わせて東雲が槍を繰り出し、背後から魔法と矢が跳んでいく。富士を中心にきっちりと囲い続け、間断のない攻撃が続く。
始めて戦闘を見る2人だけど、東雲の槍の腕はすさまじく、目や首筋など急所と思われる箇所に寸分違わずに突き込んでいた。素人目にもわかる、富士やアキラのシステムのアシストを使う動きとは違う。あれは絶対にリアルで相当慣らした動きだ。
対するアキラは状況を読むのが上手く、剣と魔法を戦況に合わせて使い分け、戦況を動かしている。パーティーメンバーのスキルのリキャストタイムやMPなど様々な状況の変化を見極めているからこそだと思う。これで本来の魔法剣が使えたらどうなるのか嫌が応にも期待が高まるというものだ。
5人の見事な連携であっという間にバイソンを倒しきる。ほとんど時間は掛からず鮮やかな手並みだったな。
「まあ俺らの戦闘はこんな感じだな」
「連携の大切さが身に染みたよ」
「これだけやってもカイの時とほとんど時間は変わらないんだねー、流石に銃って感じ」
いや、俺はいつもこの戦術しかとれないからいかなる相手でもあれで通常運転な訳で、初見の相手にあそこまで鮮やかに戦える方が凄いと思うんだが。
バイソン討伐のクエストは倒した数や大きさで報酬が変わる。俺達は目についたバイソンを端から倒しながら荒れた小麦畑を進んでいった。既に倒した数は15体を超し、畑も途切れて草原に変わってきている。
完全な草原地帯に出ると、バイソンの大きさが明らかに大きくなってきていた。どうもバイソンは体格の大きさが体力の差に関わっているようで、徐々に戦闘に掛かる時間も伸びてきている。
「あのさ、バイソンリーダーってもっと奥なのかな?もう結構来てるしバイソン自体かなり強くなってない?」
「まだ問題ないですよ」
「一応草原で遭遇したようだし、この辺りでも遭えないことはないと思うが、何せ広いからな。そう簡単にはということだろう」
個体が大きくなってもやることは変わらない。俺の銃撃と富士達の連携、その二つを少しずつ擦り合わせていった結果、富士達で足止めを行い、隙を見て俺が撃ち込むというフォレストホース戦と何一つ変わらない戦術に行き着いてしまった。まあ、最初から他には戦法がなかったようなものだし、当然の帰結ということだ。
連携が板に付いてくると大型のバイソンにも苦戦しなくなってきていた。ボスには遭うことなく短時間での戦闘が散発的に続いていく。
そうしてバイソンとの戦闘を続けながらバイソンリーダーを探し、気付けば太陽は高く昇っていた。




