猟師
富士達のホームから出て振り返ると、そこにはやはり古びた小さな建物があるだけだった。中のスペースを運営の意思次第で自由に設定できるのはゲームならではだな。
一度ギルド通りの大通りまで戻ると、その足で今度は鉄心のマーケットに向かった。事前に錦と連絡も取ってあり、今日は待ちに待った日でもあるのだ。今から仕上がりが気になって仕方ない。
マーケットにある鉄心の店についたが、そこにはまだ鉄心しかいなかった。予定の時間よりも少し早いし、俺が勇み足だったな。
「てことは黒鉄は蹄鉄4個でインゴット化して1万リールってことか」
「劣化があるからどう考えても高騰し過ぎだけどね。多分レア度2の鉱石が他にも見つかったり、黒鉄の採掘ポイントを見つけられさえすれば一気に下がると思うよ」
以前送っていた黒鉄の相場について鉄心と話していると、遂に打つことが叶ったと黒々としたナイフを見せてくれた。見た目はシンプルだが、性能は自分でも納得の一品らしい。
《黒鉄のナイフ レア度2 重量2》
黒鉄を使用して作られたナイフ。鉄製のナイフよりも重量を増しており、扱いには注意が必要。黒鉄の特徴として錆びにくく、丈夫である。武骨ながら実戦的な意匠となっている。
刀匠 鉄心
惜しむらくは俺がナイフに関連したスキルを持っていないことだな。武器知識スキルも持ってないから能力はわからないが、初心者装備とは一線を画す武器なんだろう。少なくとも鉄心の表情を見ればそれは明らかだ。
俺の黒鉄で何か作る時には安心して鉄心に任せられる。というか、実はいくつか候補がある。今はあっても宝の持ち腐れでもあるし、理想のスタイルに近づいてからの依頼になりそうだ。
そして顔を合わせた時から気付いていたのだが、鉄心の装備がまた変わっている。見たことのないごつごつとした革を使った防具に、腕にはかなり厚手のグローブ。うん、以前よりも職人らしさが増していて、何よりも似合っている。
「すまない、待たせたな」
今日は装備を変えたのか錦はグレーのスーツで決めてきていた。隣りにいるのはコック服の上からかわいらしいエプロンと帽子をしたままに、食材の買い取りのために来てくれたアイラ。
鉄心もそうだけど、この3人は生産系プレイヤーとしてかなり忙しそうに見える。買取があるとはいえ、俺の持ってくる素材にそこまでの変化はないし、いざとなればだれかが買い取るってことも出来るはずだ。それでも毎回のように顔を出してくれるのは正直助かる。毎回最後には質問だらけの情報交換に付き合ってくれているしな。
「さて、まずは本題からいくとしよう。私からの説明は後にして、まずは見てもらおうか」
アラートが鳴り、錦から装備品が送られてきた。最初に聞いていたよりずっと数が多いようだ。一つ一つ確認していった。
≪マタギの狩猟服・上 レア度1 重量1≫
防御力:F
耐久:D
蜘蛛の糸を使用して作られた服の上着でワノクニの意匠が取り入れられている。蜘蛛の糸で織られた布を使用したことで通常の服よりも防御力に優れている。
製作者:錦
≪マタギの狩猟服・下 レア度1 重量1≫
蜘蛛の糸を使用して作られた服のズボンでワノクニの意匠が取り入れられている。蜘蛛の糸で織られた布を使用したことで通常の服よりも防御力に優れている。
製作者:錦
≪マタギの編み笠 レア度1 重量1≫
防御力:G-
耐久力:F
イグナの枯草を使用した編み笠。雨や風を防ぐことは出来るが防御力は期待できない。
製作者:錦
≪野生猪の蓑 レア度1 重量1≫
防御力:F
耐久力:D
野生猪の皮を使用して作られた蓑。野生猪のごわついた皮がクッションの役割を果たし装備者の身を守る。少々獣臭い。
製作者:錦
≪野生馬の籠手 レア度1 重量1≫
防御力:F
耐久力:D
野生馬の革を使用して作られた軽量の籠手。馬の皮独特の光沢と柔らかさがあり、手の動きを妨げない。反面防御力には不安が残る。
製作者:錦
≪野生馬の靴 レア度1 重量1≫
防御力:F
耐久力:D+
野生馬の革と野生猪の皮を使用して作られた靴。馬の皮独特の光沢と柔らかさがあり足の裏やその他一部に野生猪の皮を当ててあり、足の動きを妨げないだけでなく足音を抑える効果がある。反面防御力には不安が残る。
製作者:錦
≪革のホルスター レア度1 重量1≫
最大収納重量:3
耐久力:D+
野生馬の皮を使用して作られた銃専用のホルスター。銃を収納し、肩にかけることで両手を空けて活動できる。
製作者:錦
≪革のベルト レア度1 重量1≫
耐久力:D+
野生馬の革を使用して作られたベルトで馬の革独特の光沢がある。簡単な小物をぶら下げられるようになっている。
製作者:錦
≪革の火薬入れ レア度1 重量1≫
野生馬の革を使用して作られた火薬入れ袋。火薬を最大110発分入れることができる。
製作者:錦
≪革の弾丸入れ レア度1 重量1≫
野生馬の革を使用して作られた弾丸入れ袋。弾丸を最大110発分入れることが出来る。
製作者:錦
作りも作ったり、その数合わせて10点。装備だけではなく、銃使いに合わせて必要な付属品も一式作ってくれている。一覧をみて疑いようのないことが一つ。しかし当の本人はどこ吹く風、どんなもんだと勝ち誇った顔をしていた。
「なあ錦、お前絶対赤字だろこれ」
「材料費という意味ではちゃんと黒字だ。工賃を考えるならかなりの赤字ではあるがな。とはいえ今回の製作は全身だったからな、経験値は本当良かったし、売却にしてリールにするはずのフォレストホースの革を製作に回したのは私の意思だ。スキルの経験値的にもフォレストホースの革を大量に扱えたのは良かった」
自身の勉強の為という事も含めての値段だという事らしい。今回は俺が折れても良かったのかもしれないが、やっぱりフェアでありたいとも思ってしまうもの。売る側が安く、買う側は高くというよくわからないやり取りの末、今日売る予定だった素材を格安で卸すことで納得してもらった。
「ねーねー、その辺のことは正直どっちでもいいんだけどさ、装備しないの?」
「そうだな。…ところで、ウインドウで装備変えたら一瞬で切り替わるのか?」
「そそ、一瞬裸になるみたいなシステムだったら覗き放題になっちゃうよ」
笑いながらそう答えたアイラ、視線を向けるといくつかの装備をその場で切り替えて見せてくれた。一昔前のゲームのアバターの着せ替え機能みたいだな。ちなみに装備をすべてリュックから出してしまえば自分で着ることもできるらしい。
さすがにマーケットで実際に着替える訳にはいかないので、システム上の機能を利用してみた。すべてを装備すると鉄心から似合うと声を掛けられ、アイラはここだけ明治か昭和っぽいと感想を貰った。
「ふむ、やはりこの装備であれば編み笠がちょうどいいか。それよりも気になるのはブーツだな。足袋と草履で用意できた方が良かったか…」
自分で作った装備だけでのコーディネートだ。俺としてはこれ以上ないくらいに満足しているんだが、まだ上があるといったような様子で一人なにやら呟いている。
森の中を中心に狩りをしたいと思うならこっちの方がいいと伝えると納得したのか、最後にはやはり見立てに間違えはなかったと笑みを浮かべていた。
「そういえば、今日はどうして集まってたんだ?別に俺がそれぞれの店を回るでも良かっただろ」
「ああ、実は今日これからフリーギルドの設立の為の会議を開くことになっているんだよ。生産系プレイヤーにもギルドを作るメリットは大きいから」
会議は夜の9時頃から始まるらしく、今は7時を回ったばかり。そこまで時間があるわけではないので、速やかに清算を済ませることにした。
食材はジェイルだけだったし、防具用の素材も格安で売ったので合わせて1700リールとそこまでの儲けにはならなかったけど、達成感と満足感が半端なく大きい。今日はあれだけ神経をすり減らしたのに、また森に行きたくなってしまう。
ということでボアを数匹撃ったのち、俺はマナウスの宿屋通りを歩いていた。富士達から聞いていたおすすめから俺の好みに合いそうな和風な宿を目指すと、それは大通りから少し入った先にあった。完全な和風というよりは和洋折衷の宿といった趣だ。中には人の良さそうな女将さんがカウンターに座っている。
「はいよ、お帰りなさい。今日はお泊りですかね」
「はい。まだ部屋は空いてますか?」
「大丈夫さね。一泊250リールだよ」
お金を渡すと女将さんが部屋まで案内してくれた。中は4畳ほどの畳のスペースと5畳ほどの板張りのスペースがある。壁には開き戸タイプの窓もあり、このごった煮感がいい、凄く気に入った。マナウスにいる間はここに逗留することにしよう。この日は宿の風呂に入り、布団に寝転びログアウトした。
長かった1日が明けて日曜日、俺は富士達のホームのロビーで寛いでいた。今日は富士達の残りのメンバーと顔合わせを行う事になっている。よく考えれば富士は自分のギルドを作っているわけで、今後はギルドメンバーとの冒険が中心になってくるはずだ。俺を紹介する意図はどこにあるのだろうか。
「さて、ようやく今いるうちのメンバーが全員揃ったし、さくっと紹介してとりあえずどっか行こうぜ」
「βの時から思ってたけど、やっぱ富士って雑すぎだよね。ヨーシャンクがギルマスの方が良かったんじゃ…」
なんかすまん、心の中で謝りつつもそこに関しては激しく同意できる。まあ昔から無駄に明るい性格で周りを引っ張っていたからな、リーダーシップだけはとれるから頭脳役がいればはまるし。
別の方向に考えが引っ張られてしまったが、改めてギルドのメンバーに目を向けた。まあ富士・ヨーシャンク・楓はいつも通りとして、残りの二人だ。挨拶は人間関係の基本、なんとなく身に付いた習慣で立ち上がった。
「はじめまして、銃使いをしているカイです。VLOは猟師プレイしたくて始めたんでよろしくお願いします」
「お見合いかっ」
「カイは相変わらず初対面には礼儀正しいな。俺達と同じように接して構わないと思うが」
頼む、茶化さないでくれ。自分でも違和感が仕事しすぎてるのを感じてるんだけどこればかりはな、毎回面通しって緊張してしまうんだよ。その辺は最初から安定してずかずかコミュニケーションをとれる富士や態度に一貫性のあるヨーシャンクがうらやましくもある。
「いいじゃない、初めて会うときって私だって緊張すんだから。私はアキラっていうんだ。スタイルは剣士なんだけど富士と違って魔法剣主体のアタッカーやってるの。まあまだ魔法剣使えないんだけどよろしくね!」
「東雲、槍使いです。よろしく」
アキラは小柄で茶髪の女の子で随分と明るくさっぱりとした性格のようだ。軽装の革鎧を身に付け、腰には2本のショートソードを佩いている。盾は、あれはバックラーってやつだろうか、随分と小型のようだ。
東雲は富士と比べても随分と大柄だな。着流しのような和服に羽織を身に付け、金属の防具は一切身に付けていないように見える。身長に対して顔が少し幼いように見えるからか、無骨という感じはしないな。いずれはそんな言葉が合うプレイヤーになりそうだ。口数が少ないのは、緊張してるからだろうか。
「えっと、私たちのギルドは現在この5人で運営しています。基本は富士さんがメインタンク、東雲さんがメインアタッカー兼状況に応じてサブタンク、アキラさんとヨーシャンクさんがアタッカー、私がサポート役をしています」
サポート役ってのがいまいち範囲が広すぎるが、要するにフォレストホース戦みたいな役回りってことだろう。
気になるのは専門のヒーラーがいないことだ。富士の性格ならソロプレイヤーをスカウトしそうなもんだけど。
「なあ、今のところ楓と状況によってヨーシャンクが回復担当ってことなんだろうけど、専門のヒーラーはいないのか?」
「いるよ~!βの頃から一緒にやってたんだけどね、どうしても今はリアルが忙しくてまだログイン出来てないんだぁ。もう少しでこれそうみたいでね、早く全員揃って冒険したいなぁ」
アキラは早く会いたいと笑顔で教えてくれた。一応近いうちにはインできそうという事らしい。
「ああ、それでか。てことは一応パーティー人数は揃ってるんだな」
「人数ギリだけどな。でも毎回全員が揃うわけじゃないし、だからこそ今のうちから色んな奴と知り合っといてパーティーの幅を広げたいのさ。知り合いで信頼できるなら尚の事、カイは今のところギルド組むことは考えてないみたいだけど、楓とヨーシャンクの評価も良いしな」
今回の顔合わせはそういう意味もあったのか。リアルの都合ってのは人それぞれだ。その日によって誰かが欠けるなんてのは当たり前、その中でもパーティー組んで戦えるように考えての事らしい。
「そういや、その装備はどうしたんだ?一気に歴史物に出てきそうな恰好になってるじゃねぇか」
「こないだフォレストホース倒したろ、あの後他の素材も貯まってたし新調したんだよ」
「新品ですか、良いですね」
東雲とアキラもフォレストホース戦については聞いていたらしい。その上黒曜団クエストをクリアしたことも知っており、色々と質問攻めにあった。
同じ話を何度もさせるのは流石に気の毒に思ったのか、ヨーシャンクが助け船を出してくれた。
「さて、顔合わせも済んだことだし、今日の予定を確認しようか」
「森の先、か」
「西にある村もありだよな」
「せっかくですし、皆でピクニックも楽しそうです」




