サブクエストを終えて
残る課題はマナウスまで死なないこと、帰るまでが遠足だ。安全を考えてそこからは獣道などプレイヤーが多い場所を選んで帰ることにした。
アジトの探索中は採集はせず、モンスターのドロップばかりだったこともあって安全な位置のジェイルだけは少し採集していったのは内緒だ。これくらいの欲を出しても罰は当たらないだろう。
森を抜けてからは駆け足になり、肩で息をしながらの到着となった。さっきあれだけ走ったのに、マナウスが近づくとそわそわして落ち着かず、思わず走ってしまった。
余計な疲労にぐったりとしながらも周囲を見回すと、住人もプレイヤーもこちらを一度見てから去っていくようだった。なぜそこまで注目を集めるのかと自分の姿を見てみると服は土にまみれ、蜘蛛の巣や草がいたるところに張り付いている。
これはなんというか、今更ながらこんなことになるのかとVLOの仕様に驚きを隠せない。というより森で狩りをした時もこんなことにはならなかったってのに。
簡単にでも汚れを落とそうと手で払ってみるが、土が舞うだけで全然きれいにならない。まずいな、とりあえず何か服でも買うか、いや、新しい装備のこともあるし、むしろ洗うだけでいいのか。まあまずは恒例のログチェックからだな。
≪隠密スキルがLv7になりました≫
≪集中スキルがLv4になりました≫
≪気配察知スキルがLv4になりました≫
≪アクロバットスキルがLv3になりました≫
≪敏捷強化スキルがLv3になりました≫
おお、また随分と上がっている。景気が良くて何よりだ。
ウインドウを閉じて考えたのはまだ確認していないアイテムの今後についてだった。どうしようかと悩んでいるとアラームが鳴り、富士からのチャットが飛んできた。
「よぉ、調子どうよ」
「どうと言われてもな。とりあえずは黒曜団のアジトからは戻ってきた」
ようやく行ったのかと笑い声が聞こえる。俺としてはかなり苦労して探したんだけど、あそこってそんなに簡単に見つかる場所なんだろうか。
「感想は?」
「レトロゲーのクローンの潜入ゲームとか白い服着た暗殺者のゲームさながらのスニーキングすることになったわ」
「やっぱりそっちでいったのか。どこまでいけた?」
どこまでとは?実はあれ以外にでもミッション発生のトリガーがあったのか。もしかしたら俺は本当に必要最低限のとこしかやってないのかもしれない。それも含めて色々と富士は知っているようだったし、確認してみることにした。
「なんとか黒の結晶石は持って帰ったよ。あれってもしかして他にもミッションあるのか?」
「は?持ってこれたのか?マジかよ、このクエストのクリア率ってまだ2割切ってるはずなんだぞ。そもそもどうやってクリアしたんだよ」
「隠密系のスキルを場合によってはフル活用。基本は隠密を生かして息殺して動いて、あとは気配察知で出来る限り相手の視線から外れるようにした感じかな。あとは多分運だと思う」
あれ、電波的な何かが悪くなったんだろうか、いつもは歯切れ良い富士の返事が返ってこない。遠くに途切れがちに誰かと話すような声は聞こえてきており、この時間をどうしたらいいんだろうと思いつつも待つことにした。
時間が経つほどに周囲の視線が痛いです。
「なあ、本当なら明日俺んとこのパーティーがほぼ揃うからお前も来れるなら顔合わせしないかって誘おうと思ってたんだよ。でもヨーシャンクがどうしても黒の結晶石を見てみたいらしくてさ。今マナウスにいるんだったら会えないか?」
「それはいいんだけど、今俺結構すごい格好になってるんだよ。それで汚れを落とす方法とか替えの服を買えるところとか教えてくれないか?」
「なんかな、それも含めての成果だってことでそのまま会いたいんだってよ。汚れ落としとかはその後に教えるってことで一つよろしく」
場所の確認をすると富士達はこれから来るらしい。それまでの間をここでぼんやり待っているのもどうかと感じ、ヨーシャンクがどうしても見てみたいっていう黒の結晶石とやらの説明文でも読んでいようか。
≪黒の結晶石 レア度3 重量4≫
すでに滅亡した魔法都市において精製された希少な魔法鉱石。本来ならインゴットと呼ばれるべき物だが、その光沢ある美しい黒色から結晶石と呼ばれている。鉱石としての頑健さと魔法適性の二つの特性を持っている。精製方法は現在も判明していない。
レア度、強度と魔法適性の両立という二つの点において既に言葉が出ない。なんだよレア度3って。こんな物騒な物どうやって持ってろっていうんだよ、あっという間にPKか盗られておしまいだろうが。
ヨーシャンクが興味を示すのも頷ける品に若干のパニックに陥っていると富士達が到着していたらしい。屈み込んで頭を抱える俺を見て何をやっているのかと呆れていた。
「あ~、何してるのかは知らんが、お前いくらなんでもその恰好は汚すぎるだろ。あのクエストのクリアの為にはここまでしないとダメってことか」
「うむ、スレでも未だにクリア報告者がほとんどいないからな。それだけ厳しいクエストという事だ。そうだ、ぜひスクショを撮らせてくれ」
いくつかスクリーンショットで全身の様子を数枚とられるとこれでこの格好とはおさらばしていいらしい。楓が二つのアイテムを俺に使うと服の汚れが見る間に落ちていき、新品のようになってしまった。腕と下についていた泥も落ちてるな。お手軽すぎて何が起きたのかもよくわからないが、汚れ落とし的なアイテムなんだろう。
服がきれいになると俺はひたすら富士達の後をついて歩き、ギルド通りにある小さな建物に案内された。
古びた扉をくぐるとそこはゲームらしく、中は外見以上に広い。清掃は行き届いているが造りは外見同様に古く、扉が外れかけている場所すらある。そんなことは気にもならないようで富士は入り口近くの大きな箱の中を物色し、楓はキッチンらしき場所に入っていき、ヨーシャンクは中央のロビーに鎮座してある大きなソファに腰かけた。
ホームなんだから当たり前だが、全員くつろぎ過ぎだ。どうしたらいいのかぼんやりと突っ立っているとヨーシャンクに声を掛けられ、誘われるままに向かいのソファに腰を下ろした。
「改めて今回はいきなりで済まなかった。実はようやく資金が集まってな、フリーギルドの申請を行ったんだよ。少人数のギルドだし大きさも最小の物件だが、楓が甚く気に入ってしまってね。滅多に見せない位に粘っていたことだし、愛着があるならと最終的にここを借りることに決めたんだ。本来であれば明日残りのメンバーの紹介を兼ねて招待する予定だったんだが、私が興味を抑えられなくてね。サプライズが出来ず申し訳ない」
「ちょっと、そういう事は言わなくていいんですよっ」
そう言って笑うヨーシャンクに奥から顔を出した楓が照れながら言い返す。
ここは富士達が購入したホームのようで、現在は家具を中心とした整備に追われているらしい。周囲を見回すと煤けた古い道具から、ウッディかつ洒落た小物まで、新旧入り混じった雑然とした様子になってしまっている。内装はこれから時間と手間とお金をかけて改装していくことになるんだろう。それでも、雑然としてはいるがとても居心地の良い空間だと感じる場所だった。本人達もまんざらではないようだ。
楓が戻ってくるとその手にはお盆が握られ、飲み物とお菓子が載っている。富士もソファに座り楓が配膳を終えると、再びヨーシャンクが口を開いた。
「さて、それじゃあ早速で悪いんだが本題に移ろう。黒の結晶石、見せてもらってもいいだろうか」
ヨーシャンクがクッション代わりに綿のような物をテーブルに置いた。促されるままに黒の結晶石を取り出すと綿の上に載せる。正直この物騒な代物について、俺にはこれの価値も今後への展望も何も持てないままだ。いっそそのあたりをヨーシャンクに説明してもらえるとありがたい。隣りからは楓のうっとりしたような声と、斜め前からは富士の子どものような声が聞こえるが、ヨーシャンクはピクリとも動かず黒の結晶石を睨みつけている。
「これが噂の黒の結晶石か。確かにこれは争奪戦が起きるのも頷けるな」
ヨーシャンクが口を開くのにたっぷり5分は掛かっただろうか。というか争奪戦?なんだその不吉な言葉は。
表情からわかったのかヨーシャンクは真剣な表情で続けた。
「結論から言うが、現在黒曜団のクエストに挑戦してこのアイテムを所持しているプレイヤーはそこまでの数はいないだろうと思う。他のクエストも同様で、総数で200を切るのは間違いない状態だ。ちなみにカイはVLOの第1陣が何名で始まったか知っているかな?」
「確か募集は15万人じゃなかったか?」
「そうだな。さらに規約上複数のアカウントを作れないVLOではアカウント数イコール純粋なプレイヤー数と捉えることができる。公式の発表では土曜の朝の時点で13万3456アカウントだそうだ。…とまあVLOはそれだけのプレイヤーがいる訳だが、その中で泉の水質調査からのサブストーリーをすでに終わらせているのはざっくり計算で半数ほど、更にサブクエストを終わらせたプレイヤーは多くて5万人といったところだろう。その中でクリア者が4000人未満だと言われている」
ヨーシャンクの話を聞き、ようやく俺は自分が手にしたアイテムの価値が分かりはじめていた。これは、かなりの爆弾を手に入れてしまったのかもしれない。
「ランクから考えてもこのアイテムの性能が破格であろうことは分かり切っている。今のところ、イベント絡み以外ではレア度1以外のアイテムは見つかってすらいないのだから。存在が確認されたときは騒然としたものだよ。まあレア度3なんてそもそも加工出来る職人プレイヤーが存在しない。いずれ加工できるようになった頃にはそれに近い物が採掘なんかで手に入るだろうと問題にはなっていなかったんだ」
ヨーシャンクはそこまでを一息に話すと一度コップを口に運んだ。つられて俺も飲み物に手を伸ばすが、ゆっくりと味わう余裕はなかった。なにせなんとなくだがこの後の流れが予想できるのだから。
「そんな状況の中、かなりの値にはなるが住人の職人ならこれを加工できることがわかった。黒の結晶石は1個で長剣くらいまでなら一振り作れる量がある。そうなるとこれを欲しがらないやつなんていやしない。交渉に次ぐ交渉、その後の恐喝、最終的には不用心にも持ち歩いていたプレイヤーを狙ったPKによる強奪。もしくは街中でのスティール。ファンタジーの世界に来てげんなりさせられるが、今は割とそんなケースも報告されている」
「一応聞いてみたいんだけど、実際に作った奴いるのか?」
「いる。細かく言うと打ったのは一番安く作れるダガーだったらしい。それでも一振りが今見つかっているどの銃の一撃よりも強力、魔法に至っては威力が数倍に跳ね上がったらしい」
言葉も出ない。俺はなんてものを持ってきてしまったんだろう。こうなるととっととPKされて奪われるのもひとつかもしれないな。その方が安全にプレイ出来る。
「冒険者ギルドまで行くのが嫌になるんだが」
「そんなに持っているのが不安なのか。ここは私達のホームだ、登録した者以外は入ることが出来ない。ギルド共有のボックスもあるが、さらに個人用のボックスも個室に置いてある。なんなら富士にでも預けておくといい」
「なるほど、その手があったか。てことで富士、これ頼んだ」
もう少しでも早く手放してしまいたい。そんな思いからウインドウを操作し、富士に向けて黒の結晶石を放り投げると、慌てて受け取った富士が文句を言いながら奥に消えていった。富士はすぐに戻ってきてソファに沈み込む。
「あの、ところでカイさんはあのクエストをどうやってクリアしたんですか?隠密と気配察知なら私も持っていましたし、さっき聞いただけの方法ならそこまで違いはなかったと思うんですが」
「えっとそれじゃあ一連の方法を詳しく話すか…」
説明を聞いた3人によると、このクエストのポイントは3つに分けられるらしい。一つ目は宝物庫まで見つからなかった事、二つ目は宝物庫への進入手段、三つめは逃走方法。これについては富士が説明してくれた。
「最初に言っておくけど、うちでこれをやったのが楓しかいないからほぼ掲示板情報だぞ。まずほとんどの奴はミッション始めて速攻で盗賊に見つかってるんだ。すると宝物庫へたどり着けってミッションがその場で「盗賊を倒せ」に代わる。で、一定の数の盗賊を倒すと装備品1つと5000リールが手に入って終了だ。見つからずに宝物庫へたどり着くと恐らくだが時限リミットがある。一定時間以内に侵入しないと盗賊団の飼っているウルフに強制的に発見されて、ミッションが「盗賊を倒せ」になるんだ。ここまで来ると装備品1つと7500リールになる。その後宝物庫に侵入できたとして、そこで他の宝に手を付けるとトラップ発動で捕まる。これだとなんとまさかの報酬なし。あとは逃亡時に一度でも戦うとミッションが「盗賊を倒せ」に代わって、さらに盗賊の一撃で黒の結晶石を盗まれるようになる。これらを全部かいくぐって入り口を抜けたらクリアっていう恐ろしい仕様なんだよ。はっきり言って難易度が最初の町のクエストのレベルじゃない」
難易度が高いのは俺も実感した。でもそれならスキルのレベルをあげたり、装備を更新して盗賊が雑魚になるまでこっちを強くしてしまえば良いのではないだろうか。そんなことも思い浮かぶが、その辺の発想は他のプレイヤーもしていたらしい。スキルレベルを上げ続け、一定を超すとイベント事態が起こらなくなるそうだ。あくまで低レベル帯のうちから戦術の工夫の必要性を感じるためのクエストという認識らしい。
「ちなみにこのクエストはこれで終了、公式でもこれについては続編はないと明言している。というのもサブクエストの説明としてこのクエストは何度も説明に使われていてな。言ってしまえばサブストーリーのチュートリアルってわけさ」
「それで成功報酬がこれって納得いかないだろ?いや、カイはクリアしてるし別にいいのか」
「それよりもチュートリアルでこの難易度って事の方が問題な気がするけどな」
「私もそう感じているよ。今後のイベントの難易度が気になって仕方ない」
これで俺の話は一通り終えたことになる。今度はこっちの聞きたいことを教えてもらおう。汚れ落としに家、アイテムボックスと他にも聞きたいことは山ほどあるんだ。
「これで黒曜団関連の疑問には答えられただろ。今度はこっちの疑問を解消してもいいか?」
「構いませんが、もしかしてホームについてですか?」
「それも含めてだな」
結論からいうと、汚れ落としは道具屋に、アイテムボックスはオプションで付けられるらしい。ホームを持たないと関係がないから俺には遠い先の話ではあるな。
それよりも気になったのはホーム自体の金額についてだ。ホームについては最低価格15万リールから購入ができるそうで、ここがその最低価格のホームになる。ロビーと個室が6部屋、それにキッチンも付いてるけど道具はオンボロで全て買い直さないと厳しいらしい。
それでも家で寛げるってのはほんとに良いと口々に言う3人に俺はつい口が滑らせてしまった。
「そんなのギルドの端でログアウトじゃ駄目なのか?」
かなりの失言だったらしく、3人揃って唖然としている。
話を聞いてみると、今回の件で俺の服が汚れたように、VLOには汚れ機能が実装されているらしい。たとえ冒険をしていなくても服は汚れ、鎧は古びていき、鉄は錆びる。思い返せば火竜槍も最初は錆びていたわけだしこれは当然の機能ともいえる。
大事なのは、汚れと一緒に匂いもしてくることらしい。さっき使ってもらったアイテムの1つは装備の汚れ落とし、もう一つは体の汚れ落としだそうだ。危ない、友人のホームを早々に汚すところだった。以後気を付けます。
そして俺はあることを思い出していた。それは死に戻りの時の妙なすっきり感についてだった。死ぬと身体データは一時低下以外は元に戻る。その時に体の汚れも消えていたのかもしれない。
その後は一時間程掛けて新しいスキルや攻略組なんかの情報交換をし、明日改めて全員と顔を会わせることに決めた。俺はホームの自由通過ができるようにしてあるそうでいつ来てくれても構わないそうだ。より良いホームになるよう祈りつつ、3人と挨拶を交わしてホームを出た。




