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Variety of Lives Online ~猟師プレイのすすめ~  作者: 木下 龍貴
2章 イベントへ至る道
14/102

黒を巡って

 予想以上の狩りの成果に浮かれ気分で商店街通りを歩いているとどうも周りが見えていなかったらしい。

 人の隙間を縫うように歩いていると何かにぶつかった。突然の出来事に尻餅をつき、相手が少年だったと気づくと立ち上がって手を差し伸べる。しかし、少年は余程焦っていたのか、手を払うように勢い良く駆け出して行ってしまった。


「あんた、大丈夫かい?」


 呆然として見送っていた俺を見て、どこか怪我でもしたとのかと考えてくれたのだろう。優しげなおじさんに声を掛けてもらった。気遣いに感謝しつつ大丈夫であることを告げるが、心配そうに身体の事ではないよ、と前置きをしてこんな話を始めた。


「冒険者ってのはみんな頑丈に出来てるもんさ。それがあんなので怪我するとは私も思っていない。それよりも心配なのは荷物の方、さっきのはたぶん森を根城にしている盗賊団のメンバーだ。何か盗られた物はないかね」


 そう言われて慌てて中身を確認すると確かになくなっている物が一つ。そう、黒石の欠片がなくなっていた。という事はこれがイベントってことになるのだろうか。どうしたらいいのか迷っておじさんを見てしまう。

 さあ、敵のアジトの細かい場所とかなにかアドバイスをくれたまえ。


「やはり盗まれたか。奴等は黒曜団と名乗っていてね。最近になって積極的に盗みを働くようになった一団なんだが、やり口が徹底しているんだ。とくに冒険者への警戒が凄いらしくて相手が一人の時じゃないと絶対に姿を現さないと言われている。アジトも何度も場所を変えてるのか、見つけた後に討伐隊を組織してももう遅い。着いた時にはもぬけの殻ってことが何度もあってね、厄介な奴等なんだよ。盗まれたのは…黒石の欠片?そいつはよくわからんが、今回は諦めた方がいい。これに懲りて次からは良く用心することさ」


 それだけ話すとおじさんは人混みの中に消えてしまった。どうしたものかとおじさんの背中を見ていたが、その姿が見えなくなるといつものアラームが鳴る。ログにはこう表示されていた。


≪イベントクエスト「黒を巡って」が開始されました≫

≪イベントミッション「黒曜団のアジトを見つけ出せ」が開始されました≫


 あれ、始まってる。やっぱり富士が言っていたのはこれでいいはずだよな。

 まず考えるべきはあのおじさんの言葉だ。たぶん今後のヒントが散りばめられていたはずで、そこから考えるなら必ず一人で森に入らないといけないはずだ。

 富士達の言葉を借りるなら、最初はパーティー戦の練習で、前回は1対多の練習。今度は1対多だけではない何かがあるのかもしれない。

 疑問はまだあるけどこれ以上は調べようもないし、やりながら解決していくことにしよう。だが準備はしっかりとしないとこっちが全滅してしまう。

 緊急用にポーションを3個と弾丸をもう60セット購入し、水と携帯食も買い足した。合わせて1200リールを消費したがこういう準備こそが大切だ。ケチっていいことなんてない。

 残るはリアルの腹ごしらえ。一度ログアウトして手早く腹を満たすと再びマナウスのはずれでログインした。

 単独での森は危険も多いが、午前中の経験が生かせるのも事実。もしかしたら、単独で森に入ったことがトリガーだったのかもしれない。

 そのあたりについてはクリア後にでも富士辺りに聞くことにして、どれだけの時間が必要かもわからない以上早々にマナウスを出ることにした。

 隠密のレベルが6になると細心の注意を払い進むことでモンスターと戦うことなく森に着くことが出来るようになったのもよい兆候だ。このレベルなら森での戦闘にも生かせるかもしれない。

 不意打ちを受けないよう隠密と気配察知を十二分に活用し、まずは泉前のポータルエリアを目指すことにした。ただしここは森の中、草原と同じ様にはいかない。パーティーを組んだ時程ではないではないとはいえ、かなりの戦闘をこなさなくてはならない。ほら、また来た。

 新たな気配を察知するとなるべく音を立てないように静かに進む。徐々に見えたそれはスパイダーが2匹、木陰に隠れるとタイミングを見計らい静かに待った。1体が僅かに距離を空けたのに合わせて飛び出すと敵の反撃よりも早く手近な1体に撃ち込む。

 これだけの音だ、もう1体もこちらを向き、威嚇の様に牙を打ち鳴らしていた。このまま殴り合いになるとはっきり言って勝ち目なんてない。じりじりと時間をかけて後退すると、スパイダーは尻を向けて糸を飛ばす仕草を見せた。


「よし、これでいける」


 糸を避けるのに合わせて反転すると木を遮蔽物にしながら距離を保ち、装填を始める。これで後はただの1対1だ。

 装填が終わるとスパイダーの動きをみて飛び出し、スパイダーに対して斜めに走り抜ける事で糸を躱していった。すれ違い様に俺に牙を向けたのに合わせ、スパイダーの方に向きをかえて頭を越すように跳ぶ。これはかなりいいコンボかもしれないと考えながら、着地と同時に銃口を突きつけた。


 森に入ってからすでに1時間は経っている。少し前に泉前のポータルに到着し、今は少しずつ周辺の探索を行っている最中だ。ただ、探せども探せどもモンスターには嫌になるくらい遭遇するのに、肝心の黒曜団についてはアジトどころか盗賊の1人も見つからない。果たしてアジトがこの辺にあるのか不安になってくるな。

 泉やそのさらに奥を目指すプレイヤー達が、銃を担いでたった一人で徘徊する俺を怪訝な目で一瞥して森へ消えていく。時には何のクエストをしているのか見当がついているのだろうプレイヤーから、グッと親指を突き立てられて「頑張って」と励まされながら。ゴールの見えない探索に疲労感を覚えながらも、笑って礼を告げるといつ終わるとも知れないアジト探しに精を出すのだった。

 救いは度々上がるスキルのレベルだけだな。


≪動物知識スキルがLv4になりました≫

≪アクロバットスキルがLv2になりました≫

≪敏捷強化スキルがLv2になりました≫

≪銃スキルがLv6になりました≫


 探索に精を出し、それでもそろそろ今日は諦めようかと考えだした頃、森の中に視界がぶれている様なスペースを見つけることが出来た。目の前に来てみるとそこは特になんてことのない森の中なのだが、ちょうど俺と同じくらいの面が水面のように揺らめいている。触れてみるとそこはどこか異なるエリアに繋がっているのか、特に感触はなかった。


「お、腕が消えてる」


 伸ばした手は空間の揺らぎを通ると見えなくなってしまう。拳を作ったり開いたりと動かす感覚はあるから、腕がなくなった訳ではなくて空間の向こう側にあるんだろう。この先がイベントに繋がっているかはわからないけど、進まないことにはそれもわからないままだし、とりあえずは行きますか。

 揺らぎを抜けた先は森が切り開かれ、それなりの大きさの砦のようなアジトがあった。砦は木造の少し入り組んだ作りで、そのほかの建物は全て倉庫なのか数十センチ程の高床式の造りになっている。こんな分かりにくいところにあるんだ、間違いなく黒曜団のアジトだろ。

 なにが起こるのかも分からなかったので、とりあえずは近くの茂みに隠れて様子を窺うことにしてみた。少し待つと黒曜団の盗賊と思しき身なりの男がうろついているのが見える。

 危ないな、周辺の警戒をしているのか。ただし欠伸を隠すこともなく、やる気も感じられない表情をしているが。やりたくもない歩哨の仕事ってことか。そこへもう一人の盗賊がやってきた。


「おう、どうよ」

「あ?こんなんやってられっかよ。とっとと酒かっくらってどんちゃん騒ぎでもしたいもんだな」


 まったくだ、と応じた男は周囲を気にすることなく話し続けた。こっちとしては2人の口が軽そうで本当に助かるよ。


「そういや、こないだあのガキが黒石の欠片を盗ってきたって聞いたか?」

「どうせ偽物のそれっぽい石を持ってきただけだだろ。それとも本物だったのか?」

「ああ、ボスが探させてた欠片の最後の一つだったみたいでな。おかげで黒の結晶石が完成したって大喜びだそうだぜ」


 何が面白くないのか話をきいた盗賊は苦々しい顔をしている。どうも奴等にはボスがいて、盗みの内容によって評価されてるみたいだな。で、あの少年は今回良い物を盗って評価も上々ということか。


「へっそれであのガキは見張りも免除ってか。まったくやってらんねえぜ。いっそのこと俺達であれを盗んでやろうか」

「物騒だねぇ~」


 宝物庫の位置、黒曜団の人数、ボスの位置。燻った不満をぶちまけるように彼らは際限なく話して去って行った。彼等の守秘義務への意識がざるだったおかげで俺も色々と知ることができた。気付くといつものアラートが鳴っていた。


≪イベントミッション「アジトを見つけ出せ」をクリアしました≫

≪イベントミッション「宝物庫への道」が開始されました≫


 ふむ、始まったな。まあソロでの俺は隠密プレイに特化してる。まさに俺向けなのが分かっていたからあいつらはこれを薦めていたのか。

 今後もこういうイベントがあるかもしれないし、いっそのこと歩法も取得候補に入れておこうかな。今後のスキル取得にも夢が広がるが、まずは砦の中への侵入だ。

 幸いこの砦には柵なんてものはほとんどないから、見張りの少ない箇所からいくらでも入っていける。人数だってそう多いわけでもない。タイミングは感覚でざっくりだけど5分に1回くらいか。それも盗賊の不真面目さからか途切れがちだけど。

 俺の格好は遠目にも盗賊じゃないとわかってしまうし、少しでも視界に入ったらすぐに見つかると考えて慎重に行くことに決めた。なんせ騒がれる前に叩こうにも、1発撃ったら音でバレそうだ。

 いくらか待ってタイミングを覚えてから見張りが途切れた隙を狙って駆け出し、砦の隅に来るとすぐさま壁に張り付いた。息を殺し、常に隠密と気配察知に気を配って進む。最初は簡単かとも思っていたが、進行方向から誰かが来ると遠回りをしたり、進んだ道を戻ったり、それをその先でも繰り返していた。俺はちゃんとたどり着けるのだろうか。

 結局アジトをぐるりと時間をかけて回り込むことになったが、なんとか宝物庫の裏まではたどり着いた。

 宝物庫が見えたところで思ったんだけど、宝を入れてるわけだし普通なら鍵が閉まってるはずだよな。ボスとやらの命令が厳しいのか、ここだけ巡回のペースが速いしこのまま入り口からの進入は難しいかもしれない。


「まずは調査からってことで。せっかくの高床式、利用させて頂きます」


 ということでまずは入り口以外からの進入経路を探すことにした。武器をしまうと巡回の隙を見計らって高床式の下に潜り込む。あとは見張りが途切れた時に這いだして1面ずつ壁を調べるだけだ。

 調査には時間がかかったのと、正面は警戒が厳しかったのもあって調べられたのは3面だけになってしまった。結論としては、窓も隠し扉的な物も見つからなかった。

 さて、そうなると残るはこの高床の下だけだ。体の向きをかえて匍匐前進の要領で隙間を這っていく。ずりずりと体を引きずり、体一つ分進んだら転がって天井を調べる。時間は掛かるけど注意して進めば天井にぶつからずにいけそうだな。

 それにしてもこの蜘蛛の巣とか埃とかって再現する必要があったんだろうか。なんか耳元でカサカサいう音も聞こえるんだけど。

 よくわからないVLOのこだわりを感じていると、2人の盗賊が宝物庫に入ってきたらしい。木の軋む音からも何か重いものを運んでいることがわかる。


「なあ、これどこに置けばいいんだ?いい加減腕が疲れちまった」

「この辺でいいんじゃないか。どうせ次にアジトを移すまで出さねえんだしよ」


 盗賊が話していたその時、みしりと一際大きな音を立てたと思うと俺の顔のすぐ横を盗賊の足が踏み抜いていた。

 やばい、このまま覗き込みでもされたら見つかってしまう。慌てて、転がりながら距離をとったが、これ以上は中の様子も分からなくなる。見つかりませんようにと願いながらひたすら聞き耳をたて、息を殺していた。


「おいおい大丈夫かよ。ああ、そういやこの辺床が腐ってたんだっけか」

「おいこら、笑いごとじゃねえよ。とっとと引き揚げろ!」


 踏み抜かれた足がずるりと上がっていく。その後も盗賊たちは立ち去らず、予想外の出来事にどうしようかと悩んでいるみたいだった。


「で、どうするよこれ」

「どうって、ボスに知られた日にゃあ俺ら揃ってスッパリ切られちまう。今は時間もねぇしとりあえず何かで隠して後で直しに来ればいいんじゃねえか?」

「それもそうか。それなら、この空箱でも置いとくわ」


 何かを引きずるような音がし、光はすぐに閉ざされてしまった。侵入経路はここ以外あり得ないな。音をたてないよう穴の下まで移動し、気配察知に集中して盗賊が宝物庫から去ったことを確認するとすぐさま空箱をずらした。穴は片足分しかない為、腐っている箇所を折って拡げてなんとか体をねじ込む。ふむ久々に立ち上がったな。

 倉庫の中は窓こそないが風通しを良くする為に壁に細かい隙間があり、目を凝らしていけば何とか中の物を把握できる。黒の結晶石はどこだと少しずつ進むと、目当てのそれはすぐに見つかった。倉庫の中央の台座に堂々と鎮座していたのだ。サッカーボールくらいの大きさで、よく見ると薄暗い中でもかすかに輝いているのがわかる。思わず指先で触れると黒の結晶石は光の粒子となって消え去りアラートが響いた。もしかして手に入れたことになったのか。


≪イベントミッション「宝物庫への道」をクリアしました≫

≪イベントミッション「黒曜団のアジトから脱出せよ」が開始されました≫


 次のミッションに移ったわけね。てことはここはもういいわけだ。いくつか気になる宝もあったが長居は無用、穴から下に降りると空箱をずらして宝物庫から這い出た。

 周囲を窺うとまだバレていないみたいだし、今のうちに少しは距離を稼げるだろうか。ここからは出来る限り急いだ方が良さそうだ。頭の中で最短距離の道を思い出しながら出口に向かって歩を進めた。


「大変だ!黒の結晶石が盗まれた!」


 盗賊の叫び声を聞いたのは半分程の道のりを進んだところだった。叫びに応じるように周囲の盗賊の動きが慌ただしくなっていく。

 出来る限り姿を見られないように進んできたがそろそろ限界が近い。明らかに数の増えた盗賊に見つからないよう、辛うじて倉庫の下に滑り込んだり、複数の盗賊に囲まれたままぎりぎりの位置で立ち止まって血の気が引いたり。

 一体俺はどんな蛇男だよと思いつつ、残りは直線15メートルまで来ていた。

 あそこが俺のゴール、だったはずなんだけどなぜか柵が立っていやがる。ここから近くの出入り口は右に少し離れた場所に1つだけ、恐らくあそこは盗賊が見張っているはずだ。

 宝物庫を突破した時みたいにどこか別の脱出路はないか、柵の手前を見渡すとそこには柵より大きくYの字の形をした木が生えており、今隠れている倉庫の陰には空箱が置いてあった。

 つまりはまたもやそういう事か。装備を取り出すと火つけ棒を咥える。見つからないように数回に分けて空箱を押し出し、後は野となれ山となれ。若干やけ気味に助走を始めて空箱に飛び乗った。


「いたぞ、あいつだ!うちの奴じゃねえ!」


 やけくそ過ぎたのが災いした。飛び出した瞬間に見つかり、大声で仲間を呼ぶ声が聞こえる。だけど飛び出した以上もう関係ない。

 力強く空箱を蹴り次は木の幹へ、枝を掴み二股になった幹に足を乗せて柵を乗り越えた。

 宙に浮きながら、というよりは落ちながら下を見ると一人の盗賊がナイフを構えていた。今からでも間に合うか、正直微妙だと思いながらも銃を構えて“集中”を使用する。周囲の音が少しだけ遠くなり、盗賊の動きが若干遅くなったように感じた。今回は当たるかどうかよりもその後が重要だ。

 照準を合わせたら即座に撃ち、銃を手放して態勢を整える。盗賊は弾が当たったのか転がるように倒れていった。盗賊が倒れたのを見届けるようにして“集中”が切れ、周囲の喧騒が戻ってきた。同時に四肢を使って着地する。

 なんて衝撃だ、両手が痺れてやがる。それでも起き上がる盗賊より早く上から落ちて来た火竜槍を拾うと、後は空間の揺らぎを目指して一目散に駆け出した。

 背後からは矢が飛び、発砲音が聞こえ、それ以上に大量の足音と「殺してやる」だの「待ちやがれ」だのといった怨嗟の声が聞こえていた。

 振り回す刃の音が徐々に近づき、あと数秒ともたずに捕まり死に戻るかも知れない。ただ、空間の揺らぎも目の前だ。限界が近づいて乱れる呼吸を気持ちで抑えつけた。最後は前のめりに、飛び込み前転のように転がり込んでいた。

 先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、森の中で俺だけが荒い息を吐いている。後ろを振り返るとそこにはもう空間の揺らぎはなくなっていた。本当にぎりぎりだったけど、なんとか逃げ切れた。ホッとしながら確認のためにウィンドウを開いた。


≪イベントミッション「黒曜団のアジトから脱出せよ」をクリアしました≫

≪イベントクエスト「黒を巡って」をクリアしました≫


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