足跡を辿って
木曜日は仕事の都合でログインできず、一日空けた金曜日。
ログインすると、秋にはよく見ていた、見慣れた天井が視界に広がった。
「……さて、今日は≪偉人伝:偉大なる冒険家の旅路≫の続きだな」
ということで、ウェンバーが用事でいないということもあり、かねてから来てみたかったリゼルバームの図書館に行くことにしていた。
ウェンバーの母に礼を伝え、ついでに賄賂を渡す。いらないとは言いつつ、受け取ると尻尾の動きで感情がまるわかりだ。さすがはウェンバーの母である。
家の外ではウェンバーの妹、ミミレルが待っていた。
「カイさん、お兄ちゃんから聞いてるよ!図書館で調べたいことがあるんでしょ?」
「ああ。今日は案内よろしくな」
「うん! 任せて!本探しも頑張るから!」
ミミレルは明るく、人懐っこい。いつもはまん丸に開いた瞳が、何やら物欲しげに揺れている。
「これで、よろしく頼む」
「うん!」
アイラ謹製のフルーツバーを食べながら、俺たちは並んで図書館へ向かった。
歩きながら、一昨日に夕月と話した内容を思い出す。
「アランはよ。それはおかしな人間族さ。なんせ、俺たちが生まれるずっと前、まだ妖精王と鬼人族の仲がこじれる前って昔に独力でここまで俺たちの国までやってきたのさ」
であったことのない人物のはずなのに、そのことを語る夕月は、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「突然ワーウルフの里にやってきたアランはよぉ、最初は森の獣を釣る餌か、はたまた直接がぶりと食っちぃまうか。ってな具合だったらしいがな。気づけば里長と友になり、俺たちを助けて狩りの真似事までするようになったらしい。俺たちにとって、狩りをともにするってのはよぉ、信頼の証なんだ。」
そこから続く物語は、先日読んだアランの伝記に記していた出来事だった。聞けば、1年を超してなお、アランは里に滞在していたらしい。
「随分、長く時間をともにしたんだな」
聞くと、夕月はどこか遠くを見ているようだった。
「どうだろうなぁ。俺は会ったこともねえしよ。それに今やワーウルフの里にも、物語と記録の中にしかアランは残ってねぇ。もしかしたらよ、人間を信じようってぇ王様の作り出した空想の物語なのかもなぁ」
そう言って、驚く俺の表情を見るとおかしくてたまらない、といったように笑うのだった。
「くっはっは。いやぁ大丈夫だ。アランはいるよ。実際にエルフ族と妖精族には会ったって奴が残ってる」
それだけ言うと、少し寂しそうに夕月は視線を地に落とした。
「…アランは、生けとし生けるものの運命ってやつをよ、よくわかってたのかもしれねぇな。俺達やコボルト族には代替わりの果てにも伝わる物語を遺した。そして、永久の時を、そしてそれに近い年月を生きる奴等。妖精族やエルフ族にはいつか来る後続に渡すための何かを託したってぇ話だ。」
やり取りを思い出している間に、リゼルバームの図書館についた。
リゼルバームの図書館は、この里のシンボルであるリゼル大木のすぐ近くにある。そこまで図書館としては規模はそこまで大きくはないが、文化的にもマナウスにはない本ばかりがあるんだろう。
入り口では、ウェンバーの名を出す前、ミミレルが前に出る。
「お客さん連れてきた!」
色々と手続きがあるんだろうと思っていたんだが、まさかのその一言で通されてしまった。まあ、コボルトらしいと言えばそこまでか。
図書館の中は、木造の梁がむき出しになった温かな空間で、本棚の間を風が通り抜けるたびに、紙の匂いがふわりと漂う。
それだけならよかった。だが、この図書館は少々、いやまあまあ騒がしい。
ミミレルよりも小さなコボルトが絵本をもって走り、追いかけるコボルトが棚の上に跳び乗る。木の床が軋み、ページのめくれる音と子どもたちの笑い声が混ざり合っていた。
周りはそれを注意することもなく、自分たちも楽しそうに話しながら本を見ている。
そんな状況の中を、ミミレルは楽しそうにステップを踏みながら進み、歌いながら棚の本を見ていた。
「アラン、アラン、アラ、アラ、アラン!う~ん、ないね!」
ミミレルは棚の下段に潜り込みながら、尻尾をぴこぴこ動かしている。
「こっちもだめだな。アランって人は一応偉人のはずだし、もっと記録が残っててもいいはずなんだけどな」
「ミミレルは聞いたことない!そのアランさんって、そんなにすごい人なの?」
キラキラとした眼差しがまっすぐに見つめてくる。正直俺も大してよくは知らない、のだが。この期待感をぽっきりと折るのはさすがにかわいそうでもある。程よい表現がないか、考えてみようか。
「すごい、のかもしれないな。俺たちが生まれるずっと前、まだ人間がミミレルたちのことを全く知らない頃。たった一人でギムレッド王国を渡り歩いて、色々な族長たちに認められた、伝説みたいな冒険者さ」
「えぇ⁉アランってそんなにすごい人なんだ!でも、そんな人の本がないなんて……」
ミミレルが困った顔をする。尻尾もしんなりと地面に垂れてしまった。
正直言って、俺も気持ちとしては同じではある。
シルフレアのパーティー加入のきっかけでもあり、最初にアランについてを教えてもらったのがエルフ族。次に人間側、マナウスの図書館でこれまでに知り合った3種族にまつわるアランの書物を見つけた。そして先日は夕月からワーウルフ族の伝承を聞いたばかりだ。
これで、コボルトの伝承を調べればひとまずの手がかりは探し尽くしたことになるはずだったんだけどな。
「さてと、ついに手がかりがなくなったか」
「カイさん、どうしよう」
二人で途方に暮れていると、ミミレルの垂れ下がった耳がピンと跳ねた。そして俺を振り返ることもなく一目散に駆け出していく。
「おいおい、いきなり走り出すってのはウェンバーだけの特権じゃあないのか」
ひとまず周囲の散乱している本を片付け、それからミミレルを追おうとすると、ミミレルは一人の老婆を連れて戻ってきた。
老婆、レム婆は俺に気付いたのか嬉しそうに尻尾が動く。
「おやまぁ、カイじゃないかい。ペンダント探しの時はありがとうね」
「レム婆。お久しぶりです。その後もお元気そうで何よりですね」
丁寧な口調がくすぐったいのか、小さく微笑む。
「おかげさまで元気にしているよ。それにしても久しぶりだねぇ。何やら難しい顔をしていたけど、どうしたんだい?」
昔の話を聞くなら年寄りが一番早いのかもしれない。そう思い、かつていた冒険者、アランの書物を探していることをレム婆に伝えた。
レム婆はゆっくり頷き、椅子に腰掛けると口を開いた。
「カイも知っている通り、ここはコボルト族の隠れ里さね。当時、あたしらが取る物も取り合えず、ひたすらに逃げていたことを知っているだろう?」
「……なるほど、そういうことか」
考えてみればその通りだ。突然の逃亡劇が始まる中、必死に逃げるその時にわざわざ本を掴んでいくというのは考えにくい。
「リゼルバームにある書物はねぇ、本来の里のものじゃないんだよ。今あるのは、後から方々に忍び込んで集めたり、覚えていたことを書き写したりした物ばかりさ」
その後の言葉の予想がついたのだろう。ミミレルは勢い込んでレム婆を問い詰めた。その様子を、レム婆は柔らかな眼差しで見つめている。
「じゃあ!じゃあ!アランって人の本は⁉」
問いかけに、レム婆は静かに首を振った。そして、そこからさらに話を続けた。
「残ってはないねぇ。でも、アランの残した物語は、昔に何度も読んだからね。わたしはね、昔読んだあの本の内容を今でも覚えているよ」
ミミレルが身を乗り出す。
「すごい!さっすがレム婆だね!それじゃあアランさんのこと、知ってるの!?」
「もちろんさ。時間があるなら、聞いてくかい?」
そうして語られたのは、奇しくも夕月と同じ、マナウス図書館にあった物語の内容だった。
ミミレルはアランが歌うと一緒に歌い、失敗を笑い、共闘に目を輝かせる。気づけば、周囲には図書館中のコボルトが集まっていた。
夕月の話していた、世代を超えて伝わってほしいなにか。それが指す意味が、わかるような気がするな。
「さてね、これでこの物語はおしまい。でもね、実は物語にはまだ、言い伝えが残っているのさ」
物語を楽しみ、終わりには拍手もしていたミミレルが目を丸くする。
柔らかで、暖かな瞳をしていたレム婆の瞳が透き通る。
「国渡りのアラン、彼の者は大箱を背負って国を跨ぐ。彼は人の世にあってはあぶれ者だったと云う。しかし、それゆえにアランは人の国を後にした。そうして私たちの里へと迷い出て、終生の朋友となった。それから時が経ち、アランは己が旅路の終わりを悟り、背負いし大箱にその歩みを納めた。そして、その鍵をエルフ族と妖精族へと委ねる。道を求め歩む者に物語の導を遺したのは――いずれ来る時代のため。アランの知りえなかった道の先へ行く者へ。自身を超えて世界を踏破する、未知の地を征く者のために」
ミミレルはレム婆の周りを飛びながら、興奮を露わにして捲し立てている。
語りを終えたレム婆はそんなミミレルの様子を嬉しそうに見ていた。
「すごい!すごい!アランってすごい人だったんだね!」
「ああ、そうさね。それはそれは凄いお人だったそうだよ」
そうして、レム婆は俺に視線を移した。その瞳は、俺を見た時だけ、伝承を紡いだ時と同じ色をしていた。
「――カイも、そうなんだろう?…アランの残した祝福を、受け取れるといいねぇ」
透き通った瞳と、いつもの暖かな声色。なんとも形容できない感覚に、VRの中だというのに鳥肌の立つような、そんな不思議な体験だった。
そのまま、まだ図書館で遊ぶと言うミミレルを残し、胸の奥が少しざわめくような満足感とともに、図書館を後にした。
鍵を託したのは、エルフ族と妖精族。つまりは、アランの足跡を追うことで、物語はもう一度エルフに戻る、ということだ。
ようやく、ゴールが見えてきたような気がした。
「あいつは今、いやいるならあそこか」
その後、俺は森ルートの拠点へ向かった。拠点には入らない。
いつの間にか、俺達にはつながりを象徴する場所ができていた。
出会い、思いの共有、クエストの報告。積み上げたのはいつもあの場所だ。
たどり着いたのは森ルートから少し外れた、凍った池のほとり。
そこには美しい金髪のエルフが立っていた。
「そう。ついに種族の垣根を超えて、アランの足跡を辿ったのね」
「ああ。そうしたら巡り巡ってもう一度、シルフレアの元に戻ることになった」
シルフレアは薄く笑う。その後の顔に笑みはなく、静かな決意だけが秘められていた。
「あなたをアランの道を追うものとして認めるわ。その秘密を知りたいと願うなら、私とともにエルフの里まで来てもらうことになる」
今は公式イベント中、しかも大型の世界の物語が進んでいる最中だ。その最後の週末を前にして、シルフレアは俺に特大の選択肢を与えた。




