再訪と情報
キャラバン護衛を終えた翌日。俺たちは、再びクレプスクルムへ向かっていた。
「悪いな、お前たちにまで荷物持たせて」
「大丈夫です!いくらでも持ちますよ!」
今日は、ウェンバーとシルフレアも大きなリュックを背負っている。
リュックには食料とアイテムが詰まっており、2人は支援に動けることが嬉しいのか、道中ずっと上機嫌だった。
まあ、ウェンバーの場合は別件で胃袋が喜んでいるようだが。
「あぁ!どうしよう!コボルトエリートってそんなに人気があるなんて!クッキー、ケーキ、ステーキ……ふへ、へへへへへ」
「そのだらしない顔を何とかできないものかしら」
そんな軽口を叩きながら、森の奥へと進んでいく。
隠れ里に到着すると、前回よりは空気が明るくなったような気がする。
ブランコの周りを子どもたちが駆け回り、それをお守り役の鬼人が見つめている。その表情は幾分柔らかい。
前回の食料と回復アイテムが行き渡ったことで、少しではあるが、里全体が息を吹き返すきっかけになれたようだ。
俺を見つけたのだろう。夕月がゆっくりと歩み寄ってくる。
「おぅ!お客人方!よく来てくれたな!」
俺の言葉で気付いたのだろう、子どもたちがこちらを見るとにこりと笑顔を見せて手を振ってくる。手を振り返しながら2人を見ると、ウェンバーは大きく、シルフレアは小さく手を振り返していた。
「さて、早速で悪りぃんだが、結果を聞いてもいいかぃ」
夕月の家で、前回のように円座になる。
歓迎の言葉の後は一息つく間もなく本題に入る。夕月らしい話の運びだな。他人行儀な付き合いは好かないとのことで、いつも通り話させてもらうことにした。
「結論から言うと、食料は持ってきた」
2人はおろしたリュックを、俺は背負い箱を押し出す。
「まあまあ入ってる。あれから人数が変わっていないんなら1か月以上はもつんじゃないか」
夕月は、リュックに手を突っ込むと、UIで中身を確認しているんだろう。内容に満足したのか、何度も頷いている。
「いやあ、ありがてぇな。実はここ数日でも少し人数が増えてどうしようかと思っていてよ。俺達も必死になって狩りを続けるんだ。これなら安心して冬を越せるってもんさ」
夕月は満足げに話す。というかまた増えたのか。
そうなると伝えるのが少し心苦しいな。
「保護についても了承は得てきた。マナウスは罪なき者が庇護を求めた際、門扉を閉じることはないってさ。ただし、条件付きだ」
「ほう」
柔らかかった夕月の眼に真剣な光が宿る。
「マナウスまでの移動は自力で頼むって。こっちも戦力を割く余裕がない」
「そりゃあそうだろうな」
夕月は移動の戦力でも考えているのだろうか。一度舌先を覗かせた後は口を開かない。
じっくりと考える時間が必要だ。次に夕月が口を開くまで、場を沈黙が支配した。
数分待っただろうか。夕月は、顔を上げた。
「保護の件はそれで大丈夫だ。というよりも、俺はお客人方に謝らなきゃなんねぇ」
「謝る?」
ウェンバーが首を傾げて聞き返すと、夕月は頷いた。
「俺ぁはもとより、マナウスまで逃げようなんざ考えてなかったんだ。それよりも、マナウスってぇ場所が、人間族ってぇ奴等が、俺たちを受け入れる度量があるかを知りたかったのさ。それによぉ、情報の代価に保護まで求めちゃあ、ぼったくりがすぎるわな」
そう言って夕月は深く頭を下げた。
「今回の食料と回復アイテムで、冬を越す目途だって立った。あとは俺の気持ち一つ。他にもいるだろう同志ってやつをよ、守ってやらなきゃあ俺は胸張ってお天道様を拝めやしねえ」
その声には、揺るぎない決意があった。
「……無理はするなよ」
「おうよ。だが、動かなけりゃあ何も変わらねぇからよ」
夕月は微笑んだ。そうして手を打ち鳴らす。
控えていたエルフの男は、音もなく家を出ていった。
「さぁて、カイたちに契約の報酬を渡さなきゃあな」
情報を対価に、というのはある種の方便ではあった。でも、この相手なら本当に有益な情報をもたらすかもしれない。そんな期待感もある。
待つこと数分、現れたのは筋肉質で小柄な男。まさに絵に描いたようなドワーフだった。
「おい、親方ぁ!そいつかい?俺の情報を欲しがってるのは」
「おうよ。ちょいと座んなぁ。カイ、こいつはドワーフ族のガガモってんだ。以後よろしく頼むぜ」
ガガモはまっすぐな目で俺たちを見据えている。彼は彼で、俺たちを試したいのだろうか。
「お前たちが食い物を持ってきてくれたのか?」
「ああ、そうだな」
「今回も追加の食料を?」
「夕月に渡してある」
ガガモの瞳は、命をかけた真剣勝負の最中のような鬼気迫る迫力があった。
追加の依頼か、はたまた命がけの助っ人か。色々と考える間に、ガガモは口を開いた。
「さ、酒は、あるのかい…?」
ずっこけるかと思った。
…そうだよな、よく考えればドワーフってそういう種族だよな。
ガガモの隣では夕月が膝を叩いて笑い、シルフレアは底冷えのする冷えきった目でガガモを見ている。ウェンバーはシルフレアの反応が面白いのか、様子を盗み見てはくすくす笑っていた。
「申し訳ないが酒はない。麦と芋ならあるから相談のうえで好きにしろ」
伝えられた言葉に肩を落とすガガモだったが、麦と芋と聞き、夕月を見る。首を振られるとさらに一段肩が落ちた。
「落ち込んでいるところすまない。ガガモの持つ情報について話してくれ」
「ああ、そうだな。俺は徴兵こそされたが戦いには向かねえ。それで、鍛冶や細工を取りまとめる部隊の長をしていた」
ガガモは徴兵後、持ち前の技術を生かして階級を上げ、最終的には数十人の工兵を取りまとめるところまで昇進したようだ。
「だが、妖精王がいないまま戦を始める今の軍のやり方に、どうしても賛成できなくてな」
ガガモは拳を握りしめた。
「だから、意を決して脱走したんだ。場所が森の中でよ、どこかもわからず彷徨っていたところを親方に拾われたんだ」
ウェンバーとシルフレアがまっすぐにガガモを見つめる。
「森の中で、なにを作っていたの」
シルフレアの問いに、ガガモは水を一息に飲み干して続けた。
「お前たちは、森の中でおかしなクリスタルを見たことがあるか?」
「クリスタルっていうと、あの名前も使い方もわからなかった奴ですかね。真っ黒いやつ」
ウェンバーの言葉にガガモが頷く。
「見たことがあるなら話が早えな。あれはある生活魔法を捕まえるためのものだ」
「生活魔法?」
普通に遊んでいると、なかなか聞かない言葉に思わず聞き返すと、ガガモは意外そうに答えた。
「なんだよ、あんたは知らねえのか。俺たちが使える遠距離での通話。あれが生活魔法の最たるもんだろうが」
それは、知っている。
ただ、今その言葉が出る理由。それを考えた時、頭を鈍器で殴られたくらいの衝撃があった。
俺たちが設定や機能と考えている内容。それがこのゲーム内では当たり前の摂理として根付いている。
そして—―
「つまり、あのクリスタルは、通話魔法の内容を傍受するための装置…?」
俺は2人の顔を見る。ウェンバーとシルフレア、2人の表情にはどちらにも驚きがあった。
2人は通話機能が生活魔法と知らないわけはない。ということは、それを傍受する機能はこれまでは想定もされない技術か。なら、おそらく人間側も認識は似たり寄ったりだろうな。
「そうだ。遠距離通話は、魔法体系に属する。あのクリスタルはその魔力波を拾い、内容と通話者の位置を解析し、大元のクリスタルまで送っている」
騎士団は大規模での運用が基本だ。通話を使うのが非効率だから、本部とのやり取り以外は実際に会話をして作戦を進めている。
それに対して、プレイヤーは。森ルートの推奨が1パーティーまでであり、拠点攻防戦以外では隠密が重要視される。イベントの構造上、基本的な会話は通話を使っている。
「なるほど、そりゃあ冒険者側でのクエスト成功率が下がるわけだ」
「そういえば、僕たちって普通に話してますもんね」
あとは、あのクリスタルの効果範囲か。場合によっちゃ騎士団の方針なんかも漏れてる可能性がある。
「クリスタルの効果範囲はどの程度なの?あれからもいくつか見つかっている以上、一つで広範囲をカバーすることはできないのでしょう?」
「その通りだ。あれは置いた場所から向きを決め、一つの方向に数百メートル先までの魔力を掴めるようになっている。ああ、この辺りからマナウスの方は安全だ。もしもに備え、探知装置を使ってクリスタルを除去してある」
そこまでを聞いて、俺はすぐに森ルートの本部に詰めているヒーコへと連絡を取った。
「ヒーコ、緊急で対処を頼みたいことができた。森のクリスタルの用途がはっきりしたので報告だ。あれ通話魔法の傍受装置らしい」
『なるほど、そっちできたかぁ。…それにしても、これはかなりの大成果ね』
「思ったよりも驚かないな」
『驚いてはいるけど、予想の範疇ではあったもの。それよりも、性能の方が重要よ』
通話越しにガガモからの情報を伝える。概要を伝えた後にヒーコからの質問にいくつか答えると、ヒーコは納得したように言った。
『すぐに騎士団と共有する。索敵アイテムを持ってきてくれればすぐ見つけられるし、破壊用のクエスト発行を進言しておく』
ヒーコの声が一気に引き締まった。
『情報ありがとう、カイ。クリスタルについては情報不足だったから、これでトリガーを満たしたなら、騎士団の方針だって変わる。戦況が動くかもしれないわ』
そうして、ヒーコの通話は慌ただしく切られた。
その後はガガモの作ったクリスタルの探知装置をもらい受け、夕月の家を後にすることになった。
途中からは聞き役に回っていた夕月が口を開いたのはその時だった。
「そういやぁ気になってたんだがよ。その背負い箱、アラン由来の品かなんかかい?」
「まさか、夕月もアランについて知っているのか?」
質問に質問を返してしまった。しかし、まさかここでもアランの物語に触れることになるとは。
「カイさん、先行ってていい?おいしそうな匂いがするんです!」
「待ちなさい、それは大切な物資よ!カイ、先に行ってるわ」
慌ただしく2人が出ていく。
残された俺に、夕月は続けた。
「俺が知ってるのは、古い伝承のみだぁ。短い話さ、聞いてくかい?」
にやりと笑う夕月に頷くと、静かに語り始めた。
そのような内容が語られるのか、緊張がのどを鳴らした。
「それは、古い、古い話さ—―」
話を聞き終えて家を出ると、ウェンバーは子どもと追いかけっこをし、シルフレアは若い女性のエルフと何やら話し込んでいた。
俺に気付いたのか視線を向けると、エルフの女の子が笑顔を見せる。
「あの、食べ物、本当にありがとう!」
それがきっかけになり、近くにいた住人たちが口々に感謝を伝えてくれる。
「いやあ、持ってきてくれた布、ありゃいいな!あったかい服を作ってやれそうなんだ」
「春になったら絶対に顔を見せに来なさいな。この辺の山菜は美味しいからね」
そうして住人たちとの短い交流を終えると、俺たちは作戦本部に向かうため、クレプスクルムを後にした。
「みんな、笑ってましたねえ」
「ええ、これであの子たちも生きていけるわ」
ウェンバーとシルフレアも嬉しそうだ。
「さあ、急ぐぞ」
「イエッサー!」
「ええ」
この時はまだ気づいていなかった。
森の影の奥で、翡翠の瞳だけが静かに揺れていたことを。




