調べ物は図書館で
週が明けた月曜日。
週末はずっと森に潜りっぱなしだったが、今日はソロで別の場所へ向かう。
銃剣型の扱いにも少しずつ慣れてきた。装備面からの強化は順調だ。だからこそ、もう一つの方向からも自分を強化していきたい。
《偉人伝:偉大なる冒険家の旅路》
以前に発生したまま放置していたクエストだ。イベントとは直接は関係しないのかもしれないが、せっかく発生したなら活用したい。
問題は、クエストの進行の詳細が何もないってことだな。取っ掛かりがなさすぎていっそ清々しい。
「前にウェンバーを探してた時の図書館、虚無だったなあ…」
以前は時間をかけて探し尽くし、亜人種文献という誰が書いたのかもわからない、内容も薄い文献1冊が見つかるだけだった。
だが、今はクエストの発生に加え、ウェンバー、シルフレア、夕月と亜人種との関わりも増えている。それらがトリガーにでもなっていてくれたら。そんな僅かな期待を胸に、マナウスの図書館へ向かった。
扉を押し開けると、相変わらず静かで、紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。
イベント中なのもあり、プレイヤーの姿はほとんどない。
受付の司書NPCに声をかける。
「すみません。亜人種に関する書籍を探しに来ました。図書館の入室許可をお願いします」
司書はいつもの無表情で頷いた。
「亜人種に関する情報ですね。…おや、あなたは。申し訳ありませんが、少々お待ちください」
司書はそう言うと、奥の扉へと消えた。
いつだって声の抑揚の一切ない、ある意味貴重なまでのザ・NPCだ。
「うん?え?」
基本的に司書NPCの反応は常に一定だ。利用目的を聞いたら、冒険者であることを確認される。その後は注意事項を伝えられるだけのはずだ。
これは、初めての反応だな。
「もしかして、これもクエストが進行してるってことなのか」
考えても答えはないが、まあクエストが進むならありがたいし別にいいか。
司書が戻ってくるまでの時間、シルフレアから聞いた話を思い出す。
アラン・アーバストレル。
人間でありながら、数多の亜人種族に認められた冒険者。
まだ人間が亜人種を認知していなかった頃、巧妙に隠れていた亜人種族の領地を見つけては巡り『踏破者』と呼ばれた存在。
「ウェンバー基準で考えるなら、あの索敵と機動力をかいくぐるのは至難の業だけどなあ」
普通なら間違いなく捕まる。相手次第じゃその場で処刑されてもおかしくない。
その上アランは、亜人種視点から見るなら得体の知れない侵入者だ。それで一度も捕まることなく、ギムレッド王国内を渡り歩いたらしい。
「身体能力だけじゃない……何かがあるはずなんだよなあ」
もしその何かがスキルやアイテムに由来するなら、俺の力になりうる。
そんなことを考えていると。
「お待たせいたしました」
司書が戻ってきた。手には3冊の書籍が載っている。
「こちらの書籍は閉架書庫での管理を前提とした貴重な古文書の写本です。持ち出しはできませんので、指定の個室でのみ閲覧してください。また、返却時は必ず私に直接お渡しください」
古文書。そんな大層なものを渡されるとは思っていなかったが、住人には亜人種の存在は秘匿されていたし、扱いとしてはむしろ正しいのか。
このイベントが終わって亜人種が身近な存在になるなら、こういう本も当時の資料として棚に増えるんだろうな。
案内された個室に入り、机の上に三冊を並べる。
タイトルを見た瞬間、思わず固まった。
『コボルトの食欲旺盛な生態〜四季折々の食材への反応集〜』
『気高きエルフの天然行動 結界魔法の発生はうっかりミスから』
『ワーウルフは月を目指して跳び続ける 唸れ太腿、超えよ山』
「……ふざけてるのか?」
全力で突っ込みたくなるところを一旦落ち着き、著者名を見る。
著:アラン・アーバストレル
「よし、わかった。アランってのはあれだ。ちょっと数本、頭のネジが飛んでる奴だ」
クエスト関連だろうから読まないわけにはいかないんだけど、ページを開く前から、嫌な予感がある。
「あぁ、わかった。ウェンバー関連のクエスト受ける時と同じやつだこれ…」
恐る恐るページを開くと、それは連作短編小説風に書かれていた。ひとまずはざっくりと内容を流し読む。
どの本も大枠の流れは同じだ。
里へ突然アランが訪問し、いざこざが起きる。
笑顔で自己紹介をすると、だいたいは取り囲まれたり追い出されたりする。
そこからは各種族に受け入れてもらうための奮闘が描かれる。
ちなみに、コボルト編では、四季のグルメ探訪についても書かれていたんだが、非常に既視感のある挑戦をしていた。正直ちょっと同情した。
それにしても、ここまでざっと読んで感じたことは一つ。
「なんでドタバタコメディ物?」
そう、3冊はどれもコメディ色の強い作品となっていた。軽快なテンポで物語を進めながら、亜人種の文化を紹介している。
ゲーム内で難解な説明されるよりはいいけどな。面白いっちゃ面白いし。
「なんでコボルトの昼食の足しにドッグフード出してるんだよ。犬連れてないだろう」
ちょっと食べたそうにするあたりに、コボルトの食欲の強さが伺えるし、なんならウェンバーでも同じ流れが再現できそうなのが何とも言えない気持ちにさせる。
「で、後半は各種族の生活を体験しつつ紹介。その後に大きな問題に直面。最後は各種族それぞれに不足していた部分にスポットが当たり、そこをアランが埋めることで解決。最後は笑顔で大団円と旅立ちの別れ、か」
しかし、起きた問題の規模がなかなかにでかいな。
コボルト編だと、食欲に負けて禁忌とされた最高級ハチミツを盗み、体長10メートルの『キングビー:アンフュール』が暴れ散らかす。
エルフ編では、集落全体が魔法編重になっていた状態で、魔法耐性全ブッパの『変異型リノス:ディブロ』ってモンスターが集落に突っ込んでくる。
ワーウルフ編では、森のエリアボスに相当するだろうモンスター達に喧嘩を売り続け、最終的に『母なる森の怒り』なるものに触れる。大地を揺るがす咆哮とともに、森の暴走、いわゆるスタンピードが起こった。
「これ、当時の住人に影響が出てそうな被害の記述がちらほらあるんだが…」
規模が本当なら、マナウスが襲われたら壊滅しかねないレベルの出来事だろこれ。
「あぁ、だから禁書扱いなのか。こんなん引き起こすとか、危険種族以外の何物でもないってなるわな」
とはいえ、コミカルに描いているのは住人感情への配慮ってところなんだろうな。ちゃっかり各種族に相棒とヒロインを出してくるあたり、亜人種を身近に感じさせようという小賢しさがうかがえる。
「さて、内容はわかった。こっちは今回置いとくとして、気になるのはこのあたりの記述だよなあ」
物語の冒頭から序盤にかけて、どの本にも共通している描写がある。アランが状況を愚痴りながら何かしらに追われる描写だ。
その際、アランは必ず背負い箱を背負っている。どの本でも、手放せない旅の相棒としてわざわざ紹介しているくらいだ。
どんな場面でも、どんな種族の里に行くときでも、背負い箱を背負っている。
そしてもう一つ。
敵に追われて逃げる場面、絶体絶命の瞬間、描写がギリギリの自然さで別の場所に切り替わる。あまり詳しい描写をしていないから何とも言えないが、何かしらの緊急回避ができるアーツやスキル持ちなのは間違いないだろうな。
「わざわざ背負い箱を強調している。発動に背負い箱が必要なケースか?それとも、あくまで自身の象徴ってだけなのか…」
単純に、実は捕まってるんだけど、小説では書き換えてあります。とかならしょうもないが、3冊全てなうえ、シルフレアも話していたくらいだ。これは違うか。
「あとは、緊急回避系と高速移動系のアーツとか」
うっかり八兵衛のもつアーツ。ステップは消えたように見えるほどの移動速度だった。ただし、あれは全体をある程度俯瞰で見れるなら十分に目で追える速度だ。
「あれより早いなら、さらに上位に進化させたアーツ。それとも、本当に一瞬で移動しているとか?」
描写では、追いかけていたモンスターだけじゃなく、それを遠くから見ていた亜人種ですら移動を追えていない描写があった。速度が移動の範疇を超えているなら、ショートワープの可能性は十分にある。
「装備由来の特殊能力なのか、アーツなのか」
いくつか新しいこともわかった。それでいて、調査が進んだようでいて核心には届かない。
もしかしたら、ここで調べるだけじゃあ不足しているのか。
だが、背負い箱を手放さない理由。描写の飛び方。捕まらない理由。もう少し情報があれば、全景が見えてきそうだ。
それだけじゃない。アランの旅の目的。ギムレッド王国という危険地帯をリスクを背負って巡り歩いた終着点。
「どうせならそれも知りたいんだよな」
それなら、次に調べるべきはコボルト族の隠れ里、リゼルバームの図書館か。明日は別の予定があるから、このクエストの再開は時間のある時を見計らって、だな。
こうして、3冊の本を読みふけって月曜日の活動を終えた。




