最初はいつだってそうだった
ガイルの見舞いを終えて治療所を出ると、冬の風が頬を刺すように吹きつけていた。
ぶらぶらと拠点内を歩きながら、先程のやり取りを反芻する。
左腕を失ったガイルはすでに前を向いている。
そしてガイルが話したリゼルバームとは異なる隠れ里の存在。錦が話していた敵側の情報獲得手段。名前すらわからないクリスタル。あれが戦闘地帯の西側に散在している状況。シュトーバーを中心とした敵の戦力。
「いや、情報多いな。とはいえ、戦線を押し込みすぎると、索敵装置で里が見つかる、なんてこともあるかもしれないし。…いや、一旦忘れよう。それよりもやらないといけないことがあるし」
UIを開き、スキル欄から取得可能スキルを確認していく。
「よし、あった」
《スキルポイントを1p消費し、剣スキルを獲得しました》
これで、俺も晴れて剣士の仲間入りだ。
早速、インベントリから練習用の木刀を取り出し、軽く素振りをしてみたが。
「……うん、ひどいな」
自分でも笑えるくらい、しっくりこない。剣を振ったらふらつく、なんてことはさすがにないが、これだとモンスター1匹すら切れやしないだろうな。
銃剣を扱うために必要なスキルとはいえ、これは先が思いやられる。銃剣の扱いを学ぶための師匠は誰がいいのか。
「リュドミラか…いや、午後に会うしとりあえずシルフレアに聞いてみるか」
その後はひたすら木刀を振った。イベント真っ只中の拠点の端で、一心不乱に木刀を振るプレイヤー。まあまあ怪しいが、背に腹は変えられない。
結局、数時間を素振りに使い、最後に森の東側でモンスターと戦い、剣スキルのレベルが3に上がったところで鉄心からメッセージが届いた。
『できたよ〜!いつでも取りに来ていいよ!』
早すぎる、まだ11時だぞ。でも、あいつらならやりかねない。
工房に入ると、鉄心が腕を組んで待っていた。
その横には錦、ウッディ、黒べえ。
全員がどこか誇らしげだ。
「ふふふ、カイ。これが新しい相棒、セルグ・レオン銃剣型だよ!」
鉄心が差し出したそれは、様式美と機能美を突き詰めたような美しさがあった。
銃身は短くなり、全体的にコンパクトにまとまっている。木製部分は見た限りでは変化がわからないほど自然な仕上がりだ。銃身の下側には黒一色のナイフが固定され、存在感を放っていた。ナイフの刃とグリップの間には、小さな宝石のようなものが埋め込まれている。これがノックバックを生み出すという細工だな。
「コンバットナイフは俺と黒べえの共作で、名前は『黒心』。グロン鋼っていう硬度と粘りを両立した合金を使ってる。刃渡り長めで耐久も高いから思う存分打ち合って大丈夫だよ」
これは力作とサムズアップしながら話す鉄心のあとを継ぎ、黒べえが口を開いた。
「魔核は結晶化させて取り入れてる。斬るとエネルギーが溜まって、満ちたら“リリース”でノックバック。ナイフ固有のアーツだから、銃剣の時以外でも使えるはず」
心なしか、黒べえも胸を張る。
「次は僕かな?黒心さ、ナイフって響きから考える以上に重いだろう?事前に言った通り、木製部分は全面的に軽さと硬さが売りのウェノンウッドを使ってる。でも、それだけだと粘りが足りなくて折れてしまうから、粘りのあるヴィンっていう木を芯材として入れてあるよ。これで銃剣をつけても全体的な重さはそこまで変わっていないはずさ」
ウッディが笑う。自分の作品に満足してるのか、うっとりとした表情で銃を見ている。
「ケースも新調してある。銃剣型は収納が難しいが、いくつか注意点を守れば装着したままで収納できる」
錦が二人とは対象的に静かに言う。
3人の話を聞きながら銃を手に取ってみると、驚くほど手に馴染む。銃身調整と黒心の装着で重量のバランスは変わっているが、全体の重さはこれまでと大差はない。まさに、職人の仕事だな。
「ありがとう。恩に着る」
「礼はいい。カイのおかげで俺達もイベントを楽しませてもらっている。この後の活動、楽しみにしているぞ」
錦の言葉が、胸に刺さった。そうだな。問題があるとするなら、俺が使いこなせるかだけ。早く使いたい気持ちが大半なんだけど、実はちょっと待ってほしい気持ちもある。なぜなら、ウェンバーが俺の様子を見て笑い転げるかもしれないのだから。
昼食と休憩のログアウトを挟んだ午後。いつものメンバーと合流し、新武器の慣らしと隠れ里の調査を兼ねて、森の調査クエストを受け、西へと向かった。
森の奥へ進むにつれ、雪が深くなり、空気が冷たくなる。吐く息が白く、音が吸い込まれるような静けさが広がっていた。
前回は重苦しさも感じたほどなのに、今は空気ごと軽くなったかのようだった。そう、軽い。変な意味で。
「カイ、前方にホーンラビット三体ね。距離は二十ってとこかしら」
シルフレアが淡々と告げる。
「よし、俺から行かせてくれ」
「う、うん。頼んだよ。たっ、楽しみにしてるから!」
様子のおかしい犬っころは無視し、セルグ・レオンを構えて突撃し、接近戦に持ち込んだ。のだが。
「うおっ、重心が……!」
木刀とは明らかに異なるバランスに刃の付き方も違いがあるせいか、突きも斬りも思ったように当たらない。またもや振り出しに戻ったような心地だ。
「ぷっぷ!カイさん、違う違う。それじゃ棒をもった踊りです!ぷふっ」
さっきから俺の様子を見て腹を抱えて笑っていたが、ついに我慢が出来なくなり、雪の上を転げ回って笑い出した。想像通りの反応をしてくださってありがとう。いつか必ずやり返す。
「踊りじゃねぇよ!まだ慣れてないだけだからな!」
「慣れてないのは見れば分かります!ほら、また空振りしてますよ!ふひゃっ」
「うるっさいな!ちょっと黙ってなさい!」
バカみたいなやり取りの中、指導を頼んだシルフレアは呆れた様子ながらも、淡々と指摘を続けていた。
「カイ、もっと刃の重さを意識して。振るんじゃなくて、滑らせるように押し出すの。まずは基本の突きから覚えて、銃身と刃を手足の延長として扱えるようになりなさい」
「言うのは、簡単だよな……!」
「簡単ですよ?さっきシルフレアが見本を見せてくれたじゃないですか!」
「簡単そうに、使ってたんだよなあ…」
ウェンバーがさらに笑う。
「ねえねえ!カイさん、今の動き、すっごく変!なんか、ミミロルが踊ってるみたいでした!」
「踊ってねぇよ!」
まあ、確かに自分でもぎこちないとは思う。
そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ銃剣に慣れていった。
さらに西へ、あの時の崖をこえた先に進むと、敵の気配はほとんどなくなった。
雪は深く、森は静まり返っている。まるで、世界から切り離されたような場所だった。
「……同胞かしら。エルフ式の結界の気配がする」
突然、シルフレアが立ち止まった。なにもない空間を視線がさまよっている。
「ここね、結界があるわ」
なにもない空間を、白い指先がなぞる。何もないはずなのに、指先は間違いなく何かに触れていた。俺も手を伸ばすが、何にも触れることなく手は空を切ってしまう。
「これが結界?リゼルバームのとはぜんぜん違うのか?」
俺の質問にはウェンバーが答えてくれた。
「やってることは一緒ですよ。入った相手を迷わせて、拠点じゃない場所に誘導して外に出しちゃうんです。シルフレアが触れている場所が結界の綻びですねぇ。カイさん、わかります?ここ。空気が違います」
俺にはまったく分からない。いやいや、なんだよ空気の違いって。天才肌はこれだから困る。
隣ではシルフレアが目を閉じ、聞き慣れない言葉を呟いた。おそらくはエルフ語で、柔らかな、美しい響きだ。シルフレアが言葉を紡ぐたび、周囲の風が柔らかく舞う。まるでここにはいない誰かと対話をしているような、不思議な光景だった。
「……通してもらえたわ。行きましょう」
シルフレアはそう言って歩き出す。俺達はその後ろを周囲を見回しながらついていった。
リゼルバームのような景色が広がるのかと期待をしていたが、結界を抜けた先にあったのは、今にも雪に埋もれそうな、ボロボロの集落だった。
粗末な作りの建物は雪で崩れかけている。家は10軒もなく、小さな広場を囲うように並んでいる。住人もほぼいないその様子は、言ってはなんだが、風前の灯火という言葉があまりにもぴったりだった。
そんな広場には、一人のエルフが立っていた。短く切った金髪。綻びの目立つ服。手には長剣を握り、警戒心むき出しといった表情だ。
「お前たちは、ここをどうやって知った。ここに来た理由を教えろ」
「以前そちらのエルフが王国軍に捕まりかけたことはないかしら。それを助けた人間に、この場所のヒントを伝えているはずよ。そうね、女性のエルフ、もしかしたらこの結界を張った子かしら。2つ目の質問だけど様子を見にきたの。私たちはギムレット王の救出のため、王国と戦っている者よ。影響が出ていたら寝覚めが悪いもの」
シルフレアが丁寧なのか雑なのかわからない説明をすると、最後には悩みながらも代表者の家へ案内された。
代表者の家とはいっても他の家と造りもサイズも変わらない。時折隙間風が通り抜ける中、俺達は代表者の前に腰を下ろした。
漆黒の体毛に全身が覆われ、傷みの目立つ革鎧を身に着けている。左目は刀傷で潰れているが、残る目の眼光は鋭い。噂程度にしか知らないが、これがワーウルフか。
佇まいは隙がない。もしかしたら、制限のかかっていない状態のウェンバーに匹敵する強さかもしれないな。
眼の前のワーウルフは、自身を夕月と名乗った。
「ふはは、いずれはここもバレるとは思っていたがよ、まさかエルフとコボルトのコンビとは。そりゃあうちの若けぇのが張った結界じゃあ隠しきれねぇか」
予想以上に低く、ひび割れるような声。口調も相まって、極道者の会合にも思えてくる。
夕月はそう言うと、一方的に質問を投げつけ続ける。俺達がここに来た理由。場所を知ったきっかけ。大戦の状況。王国の今の様子。王と姫について。
シルフレアとウェンバーはひとつひとつに答えていく。こうなる気はしていたが、問答が終わるまで、俺はひたすら蚊帳の外だった。
「なるほどなぁ。いや、済まねぇなお客人方。ここじゃあ禄に外の様子もわかりゃしないもんでよ。お陰で助かった。それに、人間のお客人たぁ初めてなんでな。そっちの客人から話を聞いたほうが人となりってもんがわかるかと思ってな。ちょいとばかし無視した形になっちまって悪かったな」
ある程度は受け入れてくれている。一応は俺の来訪にも許可をくれたってところだろうか。
「……さて、改めてこんな辺鄙なところによく来てくれたな。ここはクレプスクルムと呼んでいる。すでに察してはいるだろうが、ここは人間族との戦いに意味を見出せなかった者、そして戦いから逃げ出した者たちの終着点さ」
夕月の声はなにか思い出すような響きがあり、どこか疲れが滲んでいる。
「最初は数人の仮宿みたいな気楽な集まりだったんだけどよ。ここ最近、人間族との大戦が始まるってぇなってから、ポツポツと逃げてくる者が増えてきてなぁ。気づけば一丁前に村の規模さ」
「それにしては、なんか誰もいなくないです?ご飯でも探してるのかな」
ウェンバーの身もふたもない言葉に、夕月が怒り出さないかとハラハラするが、当の夕月は何がおかしいのか、膝を叩いて笑い出した。
「ハハハハハ!確かにな!犬っころの言葉の通りだ。頭数が増えりゃあ、食料も物資も足りなくなる。日中は子どもを一つの家に集めてな、腕のある奴ぁ、食料なんかを探してるのさ。」
「い、犬っころ!?許しません!訂正!訂正を要求します!」
犬っころに反応し、ウェンバーは地面をバフバフと叩きながら怒っているが、そっちは今はいいや。
このイベントが始まったのは冬。導入となった各地の戦いは秋の終わりに起きた。秋も終わってから難民が増えたなら、食料不足は深刻なはずだ。
怒って夕月に突っかかるウェンバーを尻目にシルフレアがこちらに視線を送る。
まあ、そうだよな。
俺は、おろしていた背負い箱に手を乗せた。
「夕月さん。貴方が必要ないと言うなら素直に引きますが、この中には俺たちが2週間は食いつなげるだけの食料と、ある程度の量のポーション類があります」
夕月の目がわずかに開く。言葉の意味を吟味するように、ただ沈黙をもって待っている。
ここまでの短いやり取りの中で分かったことがある。それは、夕月は里の安全とここに住まう亜人種族の矜持。この2つのどちらも大事にしているということだ。その矜持を踏みにじる、安易な施しの提案は、クレプスクルムとの関係を悪化させかねない。
慎重に、丁寧に。言葉と理由を探しながら会話を続けた。
「私たちは、妖精姫ユーライアの求めに応じて戦っています。しかし、東の森の戦いは拮抗し、悪戯に消耗ばかりが増えている状況です。私たちは敵の手札について知らないことが多く、相手の情報は少しでも多く欲しい」
「亜人種は種類も数も多いからな。軍の詳細もそうだろうが、それぞれの特徴なんかぁすぐにはわからねぇか。いや、話の腰を折って済まねえな。続けてくれ」
おそらく今、夕月は俺の考えを察した。表情に出たんだろうな。夕月の口角が上がる。いや、顔が怖い。
「だからこそ、私たちと取引をしませんか。貴方方が私たちに有用な情報を提供してくれるなら、これの中身を対価にできると考えています。」
残る問題は、その手の情報を持っているかなんだけど、そこは賭けるしかない。
そして、夕月は深く頷いた。
「……取引は成立だ。俺たちにとっても、この戦いは不本意なんでな。早く終わらせられるに越したことはねぇ。だが、条件を二つ、それと追加の取引ができるならありがてぇ」
「答える前に、まずは内容を聞いてもいいですか?」
背筋を伸ばす。内容によっては、ただの冒険者に過ぎないプレイヤーだけでは判断ができない。
「簡単に言やぁ、その食料を前金にしてくんねぇかって話だ。この里には、敵側で技術士官をやってた奴がいる。そいつの情報はとっておきなんでなぁ、お客人方にとっても重要だろうよ。ただ、今は少しでも食料が欲しくてなぁ、そいつは里の外に出てるんだよ。しかも、俺ぁその手の話にゃ疎くてよ、内容を詳しくは聞いてねぇんだ。戻ってくるのはおおよそで3日後。てことで、情報をそれまで待ってほしいのさ」
なるほどね。まあ、夕月が何も知らないってことはないはずだけど、可能な限り手に入るものは増やしたいのもわかる。問題はこっちの食糧事情だよな。騎士団に相談しないと即答はできないものになるかもしれない。
「追加の食料については、一度持ち帰らせてください。私たちのいる都市、マナウスでも大戦の影響で食料が潤沢というわけではありません。騎士団から返答をもらうことになるでしょう。最低でも3日は空くならちょうどいいですね。それで、もう1つは?」
「俺達を、保護しちゃくれねぇか」
「保護、ですか」
簡単に言えば、ここにも敵の手が伸びるのは時間の問題で、未熟な結界ではそう長くはもたせられない。それならいっそ人間族に自分たちを売り込み、保護を求めようということらしい。
まさか、どちらも即答できない話になるとは。俺は外交官ではないんだけどな。
正直、気持ちだけなら受け入れたいんだが、こればかりは都市の事情が絡んでしまう。
マナウスもかなり消耗している。食料や消費アイテムは不足し始めている。
「それでは、取引は半分成立ということでどうでしょう。アイテムは渡します。追加をできるかは改めて確認し、後日その結果分の情報をもらう」
「それで構わねぇ。よろしく頼むぜ」
そう言って伸ばされた拳に自分の拳をこつりとあわせる。微かに聞こえる声で、恩に着る、その一言だけが耳に届いた。
そこからは、あっという間だった。渡せるだけのアイテムを取り出すと、エルフの男は慌てて駆け出し家を出る。
話を終えた俺たちが外に出ると、そこには残っていた亜人種の子どもたちが物珍しげに集まっていた。夕月が子どもたちに食料を渡し、口々に俺たちに礼を言う。
子どもたちの表情は明るく、シルフレアはどこか嬉しそうな、柔らかな笑顔で子どもと接していた。ウェンバーは周りを見回し、魔法でブランコを作り、壊れている家の壁に修繕を施す。
帰りは少しばかり急ぎ足で森ルートの本部拠点に戻ると、クレプスクルムについて、見聞きしたことをガイルに報告した。
「それにしても、今日もなかなかにやることが多かったな」
「そうだねえ。明日からも頑張らないと!」
今にも解散しそうなウェンバーとシルフレアに向き直る。
「二人に渡したいものがある」
俺は二人にアイテムを放り投げる。それぞれが受け取ると、手の中のアイテムをじっと見つめていた。
「これは……?」
シルフレアが目を細める。
「前に言っていたろ。次は万全の準備で戦うって」
それだけで二人には通じたらしい。笑みを浮かべた2人は、別れの挨拶を述べて去っていった。
こうして、俺の長かった週末は矢のように早く流れていった。




