装備更新
この話より2章開始となりますのでよろしくお願いします。
「あぁ、山上君。そういえばこないだ言ってたお店行ってきたよ。店の雰囲気も良いし山菜が特に美味かった。家内の評価も上々でさ、またいい店あったら頼むよ。」
「それは良かったです。ではまた店探しに困ったら教えてください」
少しずつ暖かくなってきたオフィスの一角で突然上司に声を掛けられた。40になって結婚したこともあって奥さんを溺愛しているらしく、よく家族サービスの話を聞かされるが、当の奥さんはインドア派で外食にはあまり興味を示さず困っていたらしい。
藤とよく飲みに行くこともあって色々な店を物色していると、時には家庭的かつ隠れ家的な雰囲気を持つ店というのも見つかることがある。色々と飲みにいってることがバレていることもあってか、なぜかそういう相談がたまに舞い込んでくる。
一応言っておく断じてゴマすりではない。何故か勝手に向こうから聞いてくるんだ。
すでに時刻は午後1時を回り、そろそろ腹の虫が泣き出しそうだ。とっとと飯を済ませてしまおうと近場のファミレスに入った。
案内された席の隣では二人の女子高生が華やかに会話を楽しんでいる。うん、眼福なり。まあなぜこの時間にここにいるのかと思わなくもないが。
「そういえばさ、昨日待ち合わせまでの間に知らない男にまとわりつかれたんだけど。事前申請の時に色んな書類あったでしょ。だから性別変えれないからネカマ?だっけ、ああいうのがいないからわからなくないよ。でもさ、俺が戦い方を優しく教えてあげるよって誘い方はどうなの?」
「VLOって実際にあって話してるようなもんだし、向こうから話しかけてきてるならましじゃない?で、恰好良かった?」
「そりゃ顔はいくらでも変えれるし。それよりも表情がさ」
「あ~そっち系か。まあ女だしある程度は我慢しないとね。でさ、こないだ話してたギルドのことなんだけど…」
なんともいえない話題だな。彼女たちはアクセサリー作りや疑似旅行を楽しみたいだけで戦闘は嫌なようだ。楽しみ方はそれぞれで個人的にプレイスタイルとして全然ありだと思う。
最初の話にしても別に不快だったって程じゃないようだけど、こっちの思惑というより相手の受け取り方次第で印象なんてものは大きく変わってしまう。それが性別が違えば尚の事なんだろう。俺も今後女性プレイヤーと話すときには気を付けようと心に刻んでおくことにした。
隣りからはギルドはどうやって作るのかや次はどんなアクセサリーを作るかなど、様々な話題が耳に入る中でミラノ風ピッツァと春のパスタセットを平らげた。
VLOのサービスが始まってすでに5日目だ。時間がなくてそこまで出来ていないが、こうして色々な場所で話題になっていると関心が高いことが感じられる。その度に長時間は入れていない自分にちょっと悲しくはなるけど、今日は早上り出来る予定だ。とりあえずはVLOを目標に午後の仕事を乗り切ろう。そう考えながらファミレスを後にして職場に戻っていく。
職場に戻ったら、当然仕事を全力で消化したのは言うまでもない。
「山上君、さっきの書類見たよ。問題なさそうだし、そのまま課長に出しといて」
「分かりました。ではお先に失礼します。お疲れ様です」
「おう、今日は噂の藤君か?飲み会もほどほどにな~」
よくわからない早上がりの納得のされ方をしている。それもこれも藤と行った飲み屋で2回も職場の先輩に出くわした俺の運が悪いんだけども。まあこれで今日は少し長めに遊べそうだな。
さて、月曜火曜と一応狩りは出来ていたので素材はある程度溜まっている。ついでに技能玉と銃と隠密がLv5になった時のスキルポイントがまだ残っていた。さんざん悩んでようやく取得するスキルは決まったが、先に素材を換金してしまいたい。
まずは鉄心の所に行くことにしてマーケットに向かった。何より、謝らないといけないこともあるしな。
あれから一切換金せずに狩りを続けていたのもあって残金が720リールまで減ってしまっている。ボアの討伐報酬で食いつないでいたけどこのゲーム、本当に食費が馬鹿にならない。その辺は掲示板でも話題になっていたが、問い合わせてみたところ「身体を動かしたらお腹がすくでしょう?ここって食べ物得るのも大変でしょう?」みたいな返信が来たらしい。そんなところでリアル感出さなくでもいいだろうに。
「おーい、カイ。久しぶり」
鉄心には事前に連絡をしていたこともあって、マーケットに着くと向こうから声を掛けてくれた。それにしても、戦闘職じゃない鉄心すらすでに装備が変わっている。未だに初期装備の俺って一体何なんだ。
もの悲しさはあるが、まずは商談だ。550リールを渡す。そして一言。
「その、なんていうか先に言っておく。ごめんなさい」
「へ?なんで?」
戦闘のスタイルが若干変わったこと。そしてそのスタイルである以上至近距離戦が中心となり、取り回しの中でバイポッドが邪魔になる可能性があること。最終的な結論として金額は支払うのは当然だが、バイポッドをつけないことを考えていることを伝えると、鉄心は特に怒ることなく笑っていた。
「銃使って至近距離戦?いや~、本当に面白ことしてるなぁ。付けないのは全然問題ないよ。でも実は俺の経験値もちょっと欲しかったりする。てことで一回つけてすぐ外すとかでどう?」
「それもそうだな。もし性能に変化があるならそのままの方が良いこともあるかもしれないしそれで頼む」
そうして結局は青銅の火竜槍を手渡すと、鉄心は2個の銅製のパーツを取り出し、接合部を合わせてはめ込んだ。輪が閉まるとカチリと音がして最後に何かスキルを使用したようだ。銃とパーツが僅かに光るとみるみる一体化していく。正直助かるけど、こういうところはリアル準拠じゃないんだな。
「さ、できたよ。でもこれだとパラメーターにも変化なしか。まあ目に見えないとこでの変化はあるんだろうけど」
「一瞬なんだな。それより今のは鍛冶スキルのアーツか?」
「うん。というか装備に関わる生産系ならほとんどでとれる“組み立て”だよ。今回は一度自分でモデルに嵌めてみたから問題なかったけど、その気になれば運任せって方法もあるね。それに今回みたいな簡単な仕組みなら初めてでも結構いけるし。そういえば罠製作スキル持ってるんだよね?それならこのパーツ持っていればカイでも何とかなると思うし、ボア撃ちには使えるかもだから渡しておくよ。」
ウインドウを開いて青銅の火竜槍を見るが確かに能力にも説明文にも何ら変化はない。能力面を確認して鉄心はすぐにバイポッドを外して手渡してくれた。正直あのスタイルを今後も継続するならそこまで必要はなくなったんだけど、ボア狩りには本当に重宝しそうだ。その辺は今後の罠製作のスキルアップに期待だな。
依頼を終えた後は、最近の流通品やトッププレイヤーの動向について聞いていると先にアイラがやって来た。おや、こっちも装備が変わってる。ワンポイントの黄色のエプロンが眩しいな。
相変わらず元気の良い挨拶を受けると手持ちの食材をすべて披露する。といいつつ心配な物もある、ドラーの実買い取ってくれるかな。
「あ、ラッキー!エルラントの実がある。てことは森に行ったんだね。どうだった?」
「フレと一緒にクエストの消化に行っただけだし、そこまで他の物は見なかったな。次行けた時はもう少し探してみるよ」
「やったね!森っていい感じの食材も多いし楽しみだなぁ。さて、査定終了。えっと、ボアの肢肉は前と変わらず1個40リールで12個だから480リール。三枚肉も変わらず110リールで7個だから770リールだね。ドラーの実は1個50リールの200リール、ジェイルが1個100リールの1500リール。最後にエルラントの実なんだけど、これフォレストモンキーがエルラントの実を投げる前に倒した時しかでないレアドロップなんだよ。今のところだと採取で見つかってる甘い果物だと一番美味しいって評判だし。せっかく色々獲って来てくれたからこれは大奮発、800リール出しちゃう。てことで合わせて3750リールだね」
おお、恐るべきエルラントの実。これは森での戦闘が増えたら積極的に狙わなければ。というかジェイルも意外と美味しいな。やっぱりリスクを負えばそれだけの見返りがあるってことか。アイラは店が忙しいらしく、またよろしくと元気に去って行った。
ある意味ではアイラは俺の顧客でもあるわけだし、今度彼女の店で腹ごしらえでもしていこう。
「森のクエストってことは泉の水質調査はやった?」
「やったよ。フォレストホースはしばらく見なくていいな」
「あはは、みんなそう言ってるらしいね。あのクエストクリアしたってことはもしかして蹄鉄ドロップしてる?」
やはり黒鉄素材のアイテムは気になるらしい。なんでも鉄心はまだクリアしてなくて、いずれ生産職パーティーを組めた時に攻略に向かうそうだ。とりあえず一つ取り出して渡すと予想外の反応が返ってきた。
「これが黒鉄か。これならたぶん3・4個あればインゴットに出来る。そしたら何を打とうかな」
「へ?蹄鉄からインゴット作れるのか」
「そうか、生産職以外はもしかしたら知らないのかも。アイテムの重量とか大きさによるんだけど金属製品は同じ素材の物ならいくつか合わせて炉に戻すとインゴットに戻せるんだよ。便利な分ちょっと性能は下がるんだけどね。本来なら何か注文を受けたいところなんだけど、銃は作れないしなぁ」
なんか、実に残念そうで申し訳ない。いずれ投擲でも取得したら投げナイフでも打ってもらうか、いや回収できなかったら困るし。2人であーでもない、こーでもないと議論交わしているといつの間にかそばに錦が立っていた。いい大人が黒鉄をどうするかで子どもみたいにはしゃいでいるところを見られてしまった。少し恥ずかしい、というか声かけてくれよ。
そしてすぐに気付いた。…錦、お前もか。
「いや、やけに楽しそうだったのでついな。機動性を優先したいのだな?それなら防具に使うよりも猟師らしい小道具を作るのも手だな」
「なるほど、とらばさみとかありかもな。いやいや先に清算を済ませよう。今回は森にも行ったから新しい素材があるぞ」
「おや、フォレストホースも倒したのか。…よし、ボアの皮が10枚で1500リール。それからフォレストモンキーの皮なんだが、正直これは脆くて加工に難がある。一枚50リールで取引させてもらっている。5枚あるから250リールだ。あとは蜘蛛の糸が1束120リールで3束、合わせて360リールだ。蜘蛛の牙についてなんだが、正直これはアクセサリー加工の分野だ、少々安く引き取っていいなら知り合いに売りつけることも出来る」
「それで頼む。俺は他に生産職の知り合いもいないしな」
「わかった。では2個200リールで買い取ろう。後はフォレストホースの皮だな。これは1枚850リールで2枚1700リールなんだが…」
言葉を濁した錦はいくらか悩んでいたようだが、意を決したように切り出した。
「今回持ってきたボアの皮と蜘蛛の糸、フォレストホースの皮を使えば見た目も性能もそれなりの装備を作ることが出来る。そこでなんだが、カイさえ良ければ私に防具を発注する気はないだろうか。いや、もちろんカイが望めばの話だ」
防具の新調。3人の装備の変化も目の当たりにしたし、確かに今後森を目指すなら必要な強化だ。錦の作った防具はいくつか見せてもらったこともあって出来上がりに不安はない。問題は金銭的に大丈夫かってことだな。
「むしろこっちから頼みたいくらいなんだけど、全身でいくらになるかによるかな」
「そうか、アイテムは蜘蛛の糸がいくらか不足しているだけで後は揃っているからな。その辺を差し引いて全身で2500リール。見た目は応相談でどうだろうか」
あれ、思ったよりも安い。というか安すぎる。たしか住人がやってる店でボア装備を全身揃えたら6000リールはかかったはずだ。今回はそこに蜘蛛の糸とフォレストホースの皮まで使ってる。正直工賃が馬鹿にならないような気がするのだが。
「なあ錦、それでちゃんと儲けは出るんだよな」
「そこはしっかりと考えてあるから大丈夫だよ。まあお得意様ということでかなり色を付けてあるのは事実だが、正直そこはスキルと純粋な技術における私の経験の為というのもある。猟師風装備を全身コーディネートできるんだ、逃す手はないさ」
そういうものなのか。まあ赤字にならないならこちらも気にしなくて済むというものだけど。
納得も出来たところで、頭の中はどんな防具をオーダーするかに切り替わっていた。やはりここは正統派マタギだろうか。だが問題は実際のマタギは案外ワイシャツにスラックスみたいな出で立ちの方も多かったしな。まあそこはイメージ優先なわけだけど、リアルからほとんど弄ってない顔でもちゃんと精悍な感じは出るんだろうか。
他にも銃なら足軽からミリタリー、西から東と様々なスタイルがある。正直迷うが、よく考えれば素材的には迷いようもないか。
「じゃあ見た目はイメージ上でのマタギくらいな感じで頼めるか」
「どういうことだ」
「えっと、服は和装で、毛皮を蓑みたいにしてみたいな」
「なるほどな、承った。オーダーメイドの際は事前に伝えるようにしているんだが、今回は蜘蛛の糸を中心に服を作る。マタギという要望が出た事だし、基本は和装に近づけるようにしよう。その上からボアの皮で防護、靴とアームガードにフォレストホースの皮を使う事になる。フォレストホースの皮はかなり余るからいくつか小物も作ろう。あとは不足している蜘蛛の糸に充てることになる。装備品はある程度まで着色できるが色の指定はあるか」
「そうだな、あんまり派手だと相手に気付かれるし、森で保護色になるように茶と緑を中心にしてもらおうかな」
「よし、それでは大体1週間ほどで完成できる予定だ。納入日が確定したらすぐに連絡する」




