覚悟は白に溶けて
「ウェンバー、魔力は!」
「ちょっと厳しい!でも、エリートですから……!」
言葉とは裏腹に、作り出す根は細くなり、踏みしめるとすぐに潰れてしまう。
「シルフレアはガイルを守れ!」
「わかっているわ!」
シルフレアが、剣を構える。
だが数が多すぎる。あの多勢を相手に数人を切ったところで状況は変わらない。
「くそっ……!」
俺もセルグ・レオンを構えるが、射撃でいくらか減らせても、焼け石に水なのは変わらない。
ウェイザルギアが後続を鼓舞するように声を上げている。
「俺が飛び込む!ついてこい!」
その声に応じるように、敵の隊列が膨らむ。
崖上からはシュトーバーの声も響いた。
「ここで確実に仕留める。追いつき次第、即座に包囲を狭めて殲滅するぞ!」
敵の動きは、これまで見た中でも、最も洗練されている。
優位を築いたと思ったそばから、状況をひっくり返される。その終わりのなさに、気づけば歯を食いしばっていた。
ガイルは寒さの中で走り続けた。息も荒く、ペースは上がらない。
シルフレアは味方を守りながらの戦闘が続いて疲労の色が濃い。
ウェンバーは度重なる魔法の行使で魔力が尽きかけている。
そして、敵には後続がいる。数はまだ増えていく。
「カイ!ここからはどう進むの!」
シルフレアの声が疲労にかすれている。
俺は迫る敵を見据え、銃を握りしめた。せめてもの抵抗として、先頭のウェイザルギアを狙うが、やはり斧で弾かれてしまう。
「魔力が、すっからかんだ……!」
ウェンバーの声が震えていた。
伸ばそうとした根が、そのまま枯れていく。
「考えろ、まだできることはあるはず……!」
残り少ない魔力ポーションを渡しながら、周囲の状況を整理していく。
持ち直したセルグ・レオンから放たれた弾丸は空を裂き、鳥型モンスターを撃ち落とす。
「チッ……!」
ウェイザルギアは、斧で弾丸を弾き返して進んでくる。
金属音が響くたび、焦りだけが増していく。
「人間、まだ走れるか!」
「……問題ない……まだ行ける……!」
ガイルは肩で息をしながらも、ただ黙々と、足を動かしていた。
だけど。
頭を少しでもクリアにできるように、深く、大きく息をする。
セルグ・レオンの銃身は熱を帯び、手がじんじんと痺れる。
追ってきている敵の数。銃弾を弾くウェイザルギア。戦闘には参加していないシュトーバー。
ウェンバーの残存魔力。シルフレアとガイルの体力。出せる速度。
リグMB01の残弾。魔法石とMPポーションの数。
後ろの敵に追いつかれたら。乱戦での勝率は。敵の援軍に終わりはあるか。
「……どうあがいてもジリ貧か」
胸の奥が冷たくなるのを感じる。
このままだと、全滅する。
俺はまだいい。死んだところでリスポーン地点で復活するだけだ。でも、NPCであるウェンバー、シルフレア、ガイルは死ねば消えてしまう。
それだけは、なんとしても避けたい。そんな時、ふと案が浮かんだ。
「……作戦を変える」
蚊の鳴くような声で呟くと、ウェンバーが振り返った。
「ねえ、カイさん……まさかとは思うけど……!」
「ああ、このままじゃ全滅だ。誰かが囮と足止めをして、この包囲を崩す」
その言葉に、シルフレアが息を呑んだ。
「でも、いえ……!」
ガイルが苦しげに言葉を絞り出す。
「私を置いていけ……!もとより処刑を待つ身だった。足を引っ張っている私が抜ければ……!お前たちは逃げられる……!」
「黙りなさい、人間……!」
シルフレアはガイルに怒りの目を向けている。
俺は静かに首を振った。
「アホか。誰がお前たちに残れって言ったよ。俺はお前たちを死なせるつもりはないぞ。それに、ガイルを助けると決めたのは俺だ。その上で、巻き込んだウェンバーとシルフレアを死なせるなんて、俺はそんなの認めない」
抵抗する全員を納得させる言葉を探せ。俺を置いていくことのメリットを提示しろ。
頭をフルに回転させて、言葉を紡ぐ。
「これは、敵の仕掛けた消耗戦だ。ガイルがいることをちらつかせ、助けに来た部隊を絡め取っていくための罠だ。俺たちが捕まったら、次の部隊を釣る餌が増えるだけなんだ。でも、それでもここまでは来た。わかるか?この状況、おそらくここが最後の分水嶺なんだ!」
ウェンバーが、崖上を見つめて低く呟く。
「……だったら、敵の指揮官を倒せばいい!」
「ウェンバー?」
気づけば、ウェンバーは悔しそうに唸り声を上げていた。
「実はね、僕はあいつが許せないんです。そりゃさ、コボルトの中には王様を裏切った奴らがいるって、聞いてはいたんです。いつかは敵として出会うって。あんな奴がいたから、僕たちはリゼルバームに追いやられたって!あいつは敵の将軍だよ!倒せば、包囲は綻ぶんだ。追撃だって弱まる。それなら全員で逃げられる可能性だってある!」
ウェンバーの声には、怒りと悲しみが混じっていた。
いつもは飄々としておちゃらけた、掴みどころのない奴ではあるけど、一族の悲願を背負っているんだよな。3世代越しの思いを邪魔しに来るのが同族じゃあ怒りだって湧くか。
「でも、シュトーバーが弱いなんてことはないと思う。ウェンバーは魔力が尽きかけ。私も万全には程遠い。そこの人間を守りながら戦うのは、正直言って無理よ」
その言葉に、ウェンバーは悔しげに拳を握った。
「……わかってるよ。でもさ……!」
沈黙が落ちる。
雪が風に流れ、敵がさらに迫る。俺は深く息を吸い、仲間たちを見渡した。
囮は俺。これは絶対だ。とった作戦以外で誤算だったのは、ウェンバーが想像以上にシュトーバーを意識していたこと。そしてプレイヤーの死に戻りに対する住人の考え方、その認識の甘さだ。
どうやら、思っていたより住人はプレイヤーの死を重く見ている。
納得させる時間はないが、3人を死なせるつもりはもっとない。なら、押し切るしかないな。
「囮は俺だ」
その瞬間、ウェンバーが叫んだ。
「ふざけるな!一緒に戦おう!」
「ウェンバー」
「僕はカイさんを見捨てておめおめ逃げるなんて……絶対に、嫌だ……!」
ウェンバーの声は怒りに震えていた。
だが、その奥には、これ以上仲間を失いたくないという必死の想いがあった。
シルフレアがウェンバーの肩を掴む。
「ウェンバー!カイの覚悟を踏みにじることは許されない!」
その声は震えていたが、強かった。
「私たちは今、全滅の一歩手前にいるわ。不死の呪いは禁断の呪い。その発動は、本来なら絶対に避けるべきもの。その危険をカイは承知で言っている」
ウェンバーは歯を食いしばり、拳を震わせた。
「……くそっ……!」
ガイルは静かに目を閉じた。
「……すまない……カイ殿……」
「謝るな。このパーティーのリーダーは俺だ。俺が決定したんだ。それにガイルを助けたことは全く後悔なんてしてないしな」
この感じ、プレイヤーのデスとログアウトからの引退がごっちゃになった理解なのか。その上で、死は住人基準で考えられてる。この辺りは単純に勉強不足だったな。
でも、オレの考えに乗ってくれるヤツがいる以上、あとは託すだけだ。
「シルフレア、2人を頼むぞ」
ウェンバーは唇を噛み、顔を歪めた。
シルフレアは真剣な表情で頷く。
「待ってるわよ……!」
いや、俺はどう考えても死ぬんだよな。
「それ、実は俺のセリフ。あとはあれか、本部にて待つ。だな」
それだけ言って背負い箱から、リグMB01を取り出した。
グリップを握ると銃身に青い紋様が走り、魔力が脈動する。
「行け!この川は湖畔のキャンプ地につながってる!」
川沿いの道なき道を逃げていくウェンバーたちの背中を見送りながら、深く息を吸った。
これで、あの3人の生き死にに俺は関与できなくなった。俺がミスれば間違いなく3人は死ぬだろうし、ミスらなくても死ぬかもしれない。
判断が正しかったのか、不安しかない。
「……行くぞ」
リグMB01を構えると、銃身の紋様がさらに強く、青白く脈動した。魔力弾を装填し、銃口の先に淡い光が宿る。
敵の追撃ルートは、ここか崖の上だけ。まずはこちらを封鎖させてもらう。
俺を射程に入れたウェイザルギアが跳躍し、翼を開いて飛び上がった。
「まずは貴様からだ、人間!」
ウェイザルギアは二本の斧を交差させ、空中で構える。
俺は、迷わず引き金を絞った。
「そうだよな。散々はじき返してくれたもんな。今回も、受けきれると思ってるんだろう?」
青白い閃光が走り、魔力弾が一直線に飛ぶ。
空気が震え、小石が、雪が弾ける。
「これは……!」
ウェイザルギアの斧に魔法弾は直撃し、斧にヒビが入る。
魔力弾の衝撃は斧を粉砕し、破片が光の中に散る。そのままの勢いで弾丸はウェイザルギアを貫き、その体を崖に叩きつけた。
次の瞬間、魔力の波紋が広がり、ウェイザルギアの身体を包み込む。
「ぐっ……ああああああああッ!」
魔力弾の直撃の衝撃が凄まじい勢いで広がり、崖を砕いた。岩が砕けて転げ落ち、狭かった細道が崩落で埋まっていく。
これでウェイザルギアごとルートを封鎖できたな。あとは。
「まだそこにいるんだろ!ウェンバーッ!」
俺は叫び、腰のポーチから魔力ポーションを取り出して投げつけた。
「飲め!俺を上に飛ばせ!お前の代わりにどでかい一発かましてきてやる!」
「…!わかったッ!」
ウェンバーは走りながらポーションを掴み、一気に飲み干す。
その瞬間、彼の足元から太い根が伸び上がり、カイの足元を包み込んだ。
「行っけぇぇぇぇッ!」
根が弾けるように伸び、カイの身体を空へと跳ね上げる。
視界が一気に開け、風が頬を切った。
「ウェンバー!」
空中で体勢を整え、カイはリグMB01をウェンバーへと投げ渡した。
「あとで返せよぉッ!」
ウェンバーは驚きながらも両手で受け止める。
「うん!」
自然と口が綻び、すぐに引き結ばれる。落下しながらセルグ・レオンを構えた。
着地と同時に、敵の影が迫る。
「来いよ。お前が真打なんだろう?」
銃を撃ち、魔法石を投げ、足元の石を蹴り上げて掴み、敵に投げつける。パルクールを生かして木の幹を足場に跳躍し、枝を掴んで方向転換する。
縦横無尽に動きながら、追撃を食い止める。
敵の機動力は高い。そりゃあコボルトだからな。その速度は俺を超えている。
さらには、シュトーバーの護衛だろう鬼人が木々の合間を抜けながら刀を振るい、ゴブリンは弓を引き、上空からはハンマーを持ったホークマンが襲いかかる。
「はぁっ……しつっこい!」
銃弾は鬼人に撃ち込み、拾った石をゴブリンに投げつけて体制を崩す。斧の一撃をくらうが、蹴り飛ばして距離を少しでも稼ぐ。
気づけば、激しい雪が降っていた。
敵は止まらない。
「……くそっ……!」
右肩から胸にかけてダメージエフェクトが走り、右手が思うように動かない。
魔法石は残りわずか。
ポーションと投げナイフはとうに尽きた。
敗北は確定しているが、それでも、最後まで足掻く。
「たかだか人間一人に、いったいどれだけ時間をかけるつもりだ!」
シュトーバーの声に、ずいぶんと苛立ちが混じっている。
声色の圧に押されるように、敵が一斉に動いた。
「……来いよ」
腰の竹筒から最後の魔法石を取り出す。
「これで……!」
敵が一斉に飛びかかる瞬間、魔法石を地面に叩きつけた。
一拍をおき、閃光が鬼人たちの目を灼く。
「今だ……!」
飛び込もうとして転がり込んできたホークマンを足場にして跳躍。鬼人を飛び越し、背負箱をその場に落とす。
ゴブリンの放った矢が首に刺さるのを気にせずに突っ込む。
「悪いが、盾にさせてもらうぜ」
「なに……!」
シュトーバーが驚きながら剣を構える。振るった剣はゴブリンごと、俺を切ろうとしていた。
「うおおおおおおッ!」
最後の力でゴブリンを押し出し、足蹴にして跳ぶ。
ゴブリンが真っ二つに切られ、返す刃で俺を狙う。
「俺のほうが!早い!」
シュトーバーの肩を踏みつけ、銃口を眉間へ突き立てた。
「しゃああ!約束は果たしたぜ!」
「ふぬぅううああぁ!」
乾いた発砲音が激しく降る雪に吸われる。
確かな手応えがあった。シュトーバーの身体が大きく揺らぐ。
「ぐっ……!」
それでも、倒れない。そして、俺の視界はゆっくりと空を向いた。
指一本動かせなくなった体は踏ん張ることもできず、そのまま仰向けに倒れた。
左肩から右の腰まで、深々とエフェクトが走り、ポリゴンが爆ぜている。
「ったく、頑丈すぎだろうが」
視界が白く染まり、身体が光の粒子に変わっていく。
風が吹き、雪が舞う。
静かに、目が閉じていく。
「……頼むから……生きてろよ……」
その時
「うおおおおおおおおおおおおおおん!」
とても遠く、聞こえるはずのないところから、ウェンバーの遠吠えが響いた気がした。
雪原に響くその声は、深く、悲しい余韻を残していた。
光の粒子となって消えた次の瞬間、カイは森の拠点に立っていた。
マナウス騎士団の森ルート――クエスト開始地点の一つだ。
息を吸う。肺に冷たい空気が入り、現実へ引き戻される。
「……さて、と」
すぐさまUIを開き、クエスト欄を確認する。クエスト失敗の文字はない。まだ続行中だ。だが、挑戦可能回数の欄は赤く染まっている。
挑戦可能回数:0
「……やっぱり、戻れないよな」
移動ポータルへ走り、手を触れるが、光は反応しない。クエスト空間へはもう入れない。
緊張と不安を解くように、拳を握っては開いてを繰り返す。
「今、どの辺だ……!」
自分はもう手出しできない。
ウェンバーたちがどこまで逃げ切れたのか、どれほどの距離を稼げたのか。想像するしかない。
斜面を抜け、崖の合間を越えて、泉のほとりまで。
あの地形なら、戻ってくるのは早くても数時間。
追撃につかまるなら、半日かかることも考えられる。
できることのなさに拠点をうろつき、見つけたベンチに腰を下ろして空を見上げた。
「……頼む頼む頼む。生きて帰ってきてくれ」
あとは時間が過ぎるのを待つしかない。
ここ数年で、この時ほど時間が遅く感じたことはなかった。
ちらり、ちらりと視界の端に時計が映る。
数分が数十分に感じられる。
焦り、後悔、反省。
胸の奥で渦巻き、落ち着かない。
――そして、数時間が過ぎた。
諦めの文字が頭をよぎり始めた頃。
「カイさ〜ん! たっだいま~!」
お調子者のいつもの声が、拠点に響いた。
「ウェンバー!」
振り返ると、ウェンバー、シルフレア、ガイルの三人が立っていた。
だが、その姿は。
「うわぁ…」
全身はボロボロ。
装備は一部が壊れ、全身傷だらけで、雪にまみれている。
そして何より、ガイルは左腕の肘から先を失っていた。
「ガイル……!」
思わず駆け寄ると、ガイルは苦笑し、残った腕で胸に手を当てた。
「……カイ殿。おかげで……命拾いをした。心から感謝する」
その言葉に、俺は予想以上に苦しくなる。
「俺がもう少し上手くやれていたら、ガイルは腕を失わずに済んだかな」
「違う。貴殿が時間を稼いでいなければ、我々は全滅していた。この腕だけで済んだのは……カイ殿の献身の賜物だ。どうか、この厳しい任務をやり遂げたことを誇ってほしい」
ガイルの声は静かで、揺るぎなかった。
アナウンスが聞こえる、クエストは成功したようだ。
だが、俺にとってはどうだろう。間違いなく、このVLOにおいての、最も大きな失敗だった。
その後、ガイルは駆けつけた騎士団員に連れられていった。
――夜
凍りついた小さな池のほとり。
かつてシルフレアと出会い、3人パーティーが結成された場所。
焚火の前に、三人で座っていた。
火の揺らめきが、三者三様の表情を照らしている。
時間がたったことで、クエスト成功の安堵も感じてはいるが、それ以上の思いがある。
その思いを最初に口にしたのは、シルフレアだった。
「敵に追い詰められた時に、恐怖を感じたわ」
焚火を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「あの時と同じ。姫様の護送を失敗した時と……。あの後、私は二度と失敗しないと誓った。それなのに」
声がかすかに震えている。
「私は弱い。それを改めて痛感したわ」
俺はゆっくりと頷いた。
「俺もだな」
焚火の薪がパチリと爆ぜる。
「慢心していた。目論見も甘かった。なによりも強さが足りなかった」
ウェンバーが鼻を鳴らした。
「……僕は、強いんですけど」
彼は拳を握りしめ、悔しそうに言った。
「あの将軍にこだわりすぎました。魔法の使い方もペースもおかしくて、わがままも言っちゃった。まあ同族が敵にいるのは、今だって許せないけど」
焚火の火の粉が舞う。
「でも……僕はコボルトエリートです。次はもっとうまくやります」
ウェンバーはじっと俺を見ていた。
「だから、次に大事な戦いがあったら、その時はできる限りの準備をしましょう。みんなで協力して、絶対にやり遂げよう!」
シルフレアも頷く。
「同感ね。今日を教訓に、私はもっと強くなるわ」
二人の顔をゆっくりと見渡し、拳を差し出す。
「ああ。シュトーバーは生きている。探し出してリベンジといこう」
ウェンバーが笑い、拳を突き出す。
「もっちろん!」
シルフレアも拳を合わせる。
「ええ」
焚火の火だけが揺れる静かな湖畔で、三人の拳が重なった。




