囚われた騎士を探して
明けましておめでとうございます。
今年も拙作をよろしくお願いいたします。
年末から頑張って書き溜めましたので、ここから2週間はいいペースで投稿していけそうです。よろしくお願いします。
仕事でインできなかった金曜日が明け、土曜日。雪が静かに降りしきる中、俺はウェンバー、シルフレアとともにマナウスの森をひたすらに北上していた。
雪を踏みしめる音だけが、白い森に吸い込まれていく。視界は悪くないが、音のない世界は妙に神経を削ってくる。俺は銃を肩に担ぎ、前方へと目を凝らした。
「静かですね~。これでも周りには結構敵がいるみたいです」
ウェンバーが鼻をひくつかせながら言う。コボルト族特有の鋭い嗅覚は、雪の匂いと混じった敵の気配すら探ることができる。
「静かすぎる、が正しいわ。雪の森は音が吸われる。敵もこちらの足音を拾いにくくなるけれど、逆もまた然りね」
シルフレアが淡々と告げる。エルフらしい落ち着いた様子だが、どこか緊張も混じっている。
彼女はまだパーティを組んで日が浅い。それでも今回のクエストに参加してくれたのは感謝しかない。
「で、カイさん。さっきから気になっていたんだけど……そのガイルって人、どんな人なんですか?」
ウェンバーが雪を蹴りながら問いかけてくる。
いずれくると思っていた質問だ。合流後は大した説明もできないまま森に入ったからな。
「ガイルは…そうだな。あれは自分のことより他人を優先するタイプだろうな」
「人間にも高潔さをもつ者がいるのね。エルフの狩人のようなものかしら」
シルフレアが頷く。
「高潔な人間って…。ま、ガイルはマナウスで騎士をしているから高潔ではあるだろうけど。もしもエルフの狩人が民を守る存在って役割をもっているなら、確かに似ているのかも。初めて会ったのは、ウェンバーと出会う前後くらいだから半年くらい前か。俺が他の冒険者に絡まれてた時に助けてもらったんだよ」
「カイさんっていろんな所でトラブルに巻き込まれてるんですねぇ」
何をニヤついていやがる。特大のトラブルはいつもお前由来ばかりだよ。いっそ言い返してやりたいが、話が盛大に横道にそれそうだ。今は我慢。
「で、その時にガイルが割って入ってくれた。あの頃は住民と俺達冒険者がまだうまいこと関わりを持てていなくてな。そんな中でも冒険者も公平に扱ってくれてたんだ。その後にもう一度会う機会があってな。色々話したんだけど、最初に感じていたよりもユーモアがあって、気さくな奴だった」
「へぇ、騎士ってこう、いっつもかっちりしてると思ってました。シルフレアみたいに!」
「黙れ」
相変わらずにやり取りだが、互いにどこか楽しそうなのは、少しは仲が深まったからだろうか。
「シルフレアみたいかは置いとくが、話してみたら意外と気が合ってな。その時には気にも留めてなかったんだけど、マナウスの北地域を調査しに行くってのを聞いてたんだ。今にして思えば、かなり危険な任務だったんだろうな。……ガイルと会ったのはそれっきり。言ってみれば数回あっただけの相手だな」
カイは雪の上に残る足跡を見つめる。細く、深く、そして途切れている。
当たり前だけど、ガイルが残したものではない。そして、明らかに集団だ。痕跡を隠そうとしてはいるが、だからこそ敵が拠点に戻る痕跡の可能性が高い。
「それで任務中に捕まっちゃったんだ。う~ん、それはちょっとタイミングが…」
「そういうこと。騎士団も探してたみたいだけど、居場所が分かったのはつい最近だ。俺に救出のクエストが届いたのもそのタイミングだな」
「今の情勢で騎士団が戦力を割いて救出に向かうことは難しい。だからこそ、救える可能性のある相手であり、かつ知人でもあるカイを頼ったのね」
シルフレアの声は静かだったが、どこか温度があった。
「……ああ。それにしても騎士団、いや冒険者の誰かかもしれないけど、選んだやつは俺をよく知っている。手の届く住人はできれば見捨てたくないしな。そのおかげでこうして二人を巻き込んで、こんな状況になってしまったけど」
ウェンバーが何を言おうとして口を開きかけ、ぴたりと止まる。そして静かに口を閉ざすと同時に、森の奥から低い唸り声が響いた。
雪を蹴り上げ、狼型のモンスターが3体、木々の間から飛び出してくる。
「来たな。数は、雪に紛れてるのがいるな。合わせたら6体か」
「あれは雑魚です。さっさと片付けちゃいましょう!」
ウェンバーが地面に手をかざすと、雪の下から木の根が伸び上がり、敵の足を絡め取る。シルフレアは剣に淡い光をまとわせ、滑るように前へ。
俺は二人を視界の端に捉えながら銃を構え、最も近い一体の眉間へと引き金を引いた。
――パン!
乾いた銃声が森に吸い込まれ、敵は雪の上に崩れ落ち、ポリゴンへと変わっていく。
周囲の狼も二人が仕留めたようだ。戦闘は短く、あっけなく終わった。
「ふぅ。まあこんなもんか」
「今はね。敵の質は拠点に近づくほど上がるはず。油断は禁物よ」
シルフレアの言葉に頷く。
「ガイルが捕まってるのは、取り合いをしている場所よりも奥の拠点だと考えられているらしい。二つは空振りだったけど……そろそろ、怪しいだろ」
雪の上に残る足跡が、微かに乱れている。
引きずられたような跡――これまでと明らかに異なる痕跡だ。このサイズなら、人間を引きずった可能性もあるな。
「……ウェンバー、どう思う?」
「うん。こんなところで敵がケガをするなんて考えにくいですし、人間ならそのガイルって人の可能性が高いかも」
胸の奥がざわつく。ちらりとUIを開いてクエストの制限時間を確認する。
焦りと、不安と、そして、確かな希望。
「急ごう。あいつが処刑される前にたどり着く」
俺の言葉に、ウェンバーとシルフレアが頷く。
俺たちは音もなく雪を蹴り、引きずられた形跡を追って、いまだ見えない敵拠点へと駆け出した。
そして、森の先に見えたのは、木々を切り開いて造られた、粗末な木柵で囲まれた拠点だった。その中央で、縄に縛られた男が一段高く作られた木の台座に立たされている。
――ガイル。
久しぶりに見た男は、処刑台の上で静かに空を見上げていた。
森を抜けてしまうと、視界が一気に開けてしまう。敵から身を隠せるぎりぎりの位置で3人で身を潜める。少しでも情報を得ようと、周囲をくまなく見まわした。
切り開かれた雪原に、粗末な木柵で囲まれた拠点が広がっている。サイズはサッカーのフィールド並みってところか。
その中心――誰の目にも入るように一段高く組まれた処刑台が、白い空の下に不気味な影を落としていた。
俺は、静かに、長く息を吐く。
木の台座から引きずられるようにして処刑台に連れられたガイルは、両腕を後ろで縛られており、乱暴に跪かされた。
これまでも、あの痕跡の通りに引きずられてきたのだろう。足元には雪がまとわりついている。
簡素な服こそ着てはいるが、鎧も、盾も、剣も、装備は何一つ持ってはいない。それでも、ガイルは背筋を伸ばし、騎士としての威厳を保とうとしているように見えた。
しかしながら、その顔色は悪い。疲労が濃く、唇は乾き、目の下には深い影。本当にここまで作りこむ運営の努力には呆れを通り越して尊敬の念すら覚える。
ガイルはずっと正面を見据えている。ゴブリンに引っ張られて処刑台に立たされた瞬間、彼は静かに目を閉じた。
――覚悟を決めている。
これはゲーム。その中で数多あるイベントの中の1つに過ぎない。それをわかっていながら、目の前に広がる光景に、その姿に、胸が締めつけられる心地がした。
「……間に合った、って言っていいの?」
ウェンバーがいつもより低く呟く。
口調こそ普段の軽口ながらも、声には若干の緊張が滲んでいた。こいつのこの姿は俺も初めて見る。
ウェンバーの言葉を聞き、右手が空中をさまよう。
≪騎士ガイル救出作戦≫
場所:マナウスの森北部
時間制限 12:10:34
必要成果:騎士ガイルの救出
特殊制限:挑戦可能数1回
パーティー編成5人以下
納品アイテム:なし
想定モンスター:亜人種、モンスター類
報酬:3000p
まだ時間は残ってはいる。そう思った矢先、時間制限の数字が凄まじい勢いで減り始めた。この減り方だと、時間が0になるのに数分とかからないだろう。心臓がひときわ大きな音をたて、身体を内側から叩く。
「トリガーは、俺たちがここまでたどり着いたことか…!」
視線を処刑台へ向けたまま、つぶやきのような声が漏れた。
視線の先では、処刑台の階段を巨大な影がゆっくりと上ってきている。
毛皮を着込んでいても分かる、異様なまでの筋肉。片刃の斧を肩に担ぎ、雪を踏みしめるたびに台が軋む。
ネームドではない、オーガの処刑人。
血の描写こそないが、斧の刃は薄汚れている。これまで何度も振るわれてきたことを示すように、刃は鈍く光っていた。
処刑台の後ろでは、ゴブリン、鬼人、ホークマンたちが口々に何かを叫んでいる。
それは儀式めいた掛け声に聞こえてしまう。異様な声は、処刑を盛り上げるための演出か。
間違いない。この処刑は誰かに見せつけるために行われている。
拠点の外、なんなら木々の合間からでも見えるように作られた処刑台。ならば、敵は救出部隊が来る可能性を最初から織り込んでいる。
来るかどうかは分からないが、もしも来るなら焦らせて返り討ちにしてやろう――そんな意図が透けて見えた。
気づけば、俺は強く歯を食いしばっていた。
「……もう、時間がないわ」
シルフレアが静かに告げる。
視界の端に浮かべたUIを確認する。
時間制限 00:10:09
胸がざわつく。敵の方針を予測しつつも、今や心臓は早鐘のように鳴っている。
「なんだろう。変な感じがするんですよねえ」
ぶるり、とウェンバーが全身の毛を震わせる。
確信があるならなにかしら言うはず。ウェンバーでも把握できない強敵がいるかも知れない可能性、か。
「重要なのはここからだ。なにか一つミスをすれば……ここまでの苦労が水の泡ってやつだな」
NPCは死ねば消える。復活するのはプレイヤーだけ。だからこそ、可能性があるならガイルを助けたい。同時に最悪のシナリオも頭の片隅をかすめていく。
「作戦は?」
シルフレアが短く問う。その声は震えていない。
緊張はしているが、必要な戦闘と割り切っているんだろう。
「本来なら奇襲一択だが、時間がない。このまま正面から撃ち抜く」
俺は即答した。
「俺が新しい銃で処刑台までの敵を吹き飛ばす。ここからなら距離適性も十分だからな。まさかここが初お披露目になるとは」
「新武器って、前に言ってたやつですね?」
「ああ。残弾制限がキツいんだが、ここで使わなきゃいつ使うってな」
ウェンバーが口笛を吹く。
「お披露目楽しみにしてたんですよ。ド派手によろしくお願いします!」
処刑間近の様子に顔をしかめていたところから一転し、今は軽口を叩いている。でも、今はそれが少しありがたい。
「任せろ。俺が撃ったら、ウェンバーは拠点内に突っ込んで攪乱。敵の足を止めてくれ」
「了解。あれくらいならお安い御用です!」
「シルフレアは……」
「あの人間の救出ね」
シルフレアは迷いなく言った。
「カイが撃った瞬間、私は全力で走る。ウェンバーが敵を引きつけてくれれば、処刑台までの道を切り開くのはそこまで難しくないわ」
「……頼りになるねえ」
俺は二人を見た。
ウェンバーはいつものように笑っている。シルフレアは静かに頷いている。
この二人を危険に晒す。
さっきのシナリオがもう一度頭を掠め、つい他のプレイヤーを呼ぶべきだったか――そんな考えもよぎる。
でも、すべては今更だ。もう時間はない。
処刑台の上で、オーガが斧をゆっくりと構えた。
ガイルは静かに目を閉じる。
さあ、これが地獄への一歩目じゃないことを願おうか。
カイは背中の背負い箱から、新しい銃を取り出した。
黒く、そして鈍く輝く銃身に、淡い青光が走る。
俺の持つ最高の素材をつぎ込んだ高火力の一撃。この距離なら、敵を吹き飛ばすには十分だ。
銃口を処刑台へ向ける。指が引き金にかかる。
その瞬間、オーガの斧が、振り下ろされようとしていた。
引き金にかけた指が、わずかに震えた。
これは焦りじゃない。とても静かで、澄んだようにすら感じる良い緊張だ。
深く息を吸い、処刑台の上――斧を振り上げるオーガへと照準を合わせる。
その刹那、脳裏に別の光景がよぎった。




