指揮官を討て
3パーティーの援護をする。言葉にすれば簡単だが、やってみるとその難易度は思ったよりも高い。それはこの戦闘が始まり、数分が経過したことで痛いほどに理解できた。そう思うくらいには攻撃、援護、回復のバランスは、薄氷の上に成り立っていた。
背負箱を下ろし、再度アイテムを竹筒に移す。ついでに回復系のアイテムをあちらこちらに投げつけた。
「ヒーラー!リキャストと残りMPは!」
「もう少しで回らなくなります!」
「アイテムプリーズ!」
MPポーションを投げつけながら、銃を掴む。パーティーの間を抜けてきたゴブリンファイターに一撃、最速でのリロード。手は滑らかにボルトを滑らせ、薬莢が飛び出す。続けてもう一撃を浴びせるとゴブリンファイターはポリゴンへと変わった。
「あざっす!」
「魔法職の残存魔力!」
「中型魔法2発で枯渇する!」
「小型5発で持たせながら回復しろ!」
丁寧には程遠いやり取りをしながら、目まぐるしくターゲットを変えながらアイテムを投げつける。
「くそが!左で2体抜けたぞ!」
「アーツで捕まえろ!」
「さっき使ってリキャスト中!あと4秒!」
渇いた発砲音が響き、抜け出したゴブリンが太腿を抑えながら転がる。剣士が追撃の刃を振り下ろす。
「右の圧がやばい!アーツの回転が間に合わないわ!」
「3秒保たせろ!」
竹筒から魔法石を3つ取り出す。音もなく投げられたそれは2枚の石壁を生み出し、飛び出した敵は壁に跳び込み鈍い音を立てた。直後、爆発が起きる。
「カイ!」
振り返ることすらせず、ポーションを後ろに放る。少しの猶予の間に弾丸を込めなおす。完了と同時、振り返りざまに銃弾を撃ち込み、さらに反転して敵を撃つ。
「ちょっと、やるじゃないのカイ!」
「ありがとよ、2人は補給は⁉」
「MP回復が欲しいわ!」
「僕はまだ大丈夫です!」
「投げるぞ!」
アキラなら適当でも捕れる。その信頼の元、ポーションを適当に投げ、目の前まで抜けてきた敵に弾丸を2発。
「だあ、きりがねえ!」
敵を倒すかはもはや見ていない。自分の行動で味方がどれだけ戦闘を継続できるようになるか。自分の攻撃や援護でどれだけ味方のリキャストが回るか。それだけを直感的に考え、反射のようにアイテムを投げ、銃を撃っていた。
その均衡を維持すること10分。徐々に抜ける敵が増え、味方が死にかけるような状況が増えてきた。その綻びから、崩壊の2文字がちらつき始めた。
モンクの脇から1体、これはあっちのヒーラーに近すぎる。竹筒から魔法石を取り出して投げつける。
「え、あ」
敵に気付いて硬直したヒーラーの脇を魔法石がすり抜け、作り出された石の壁は、長剣の一撃を受け止めた。
なんとかはなっている。でも、焼け石に水だ。視線の端では、味方の傍をすり抜けた敵に、ナイフ使いが組み付いて連続で切りつけていた。
「ちくしょうめ!数が多すぎる!何とかならないのか!」
プレイヤーの1人が叫びながら敵の集団に飲まれかけている。手にした長剣が輝き、横薙ぎの一振りは近くの敵を纏めて薙ぎ払った。多少の猶予は出来たが、すぐに敵は大挙してやってくる。魔法使いの火炎魔法が新たに敵を薙ぎ払うが、結局のところは時間稼ぎにすぎない。
徐々に小さくなるスペースと、味方の回らなくなるスキルやアーツになんとなく理解せられてしまう。
もたせられるのは、あと数分。そんな考えが過った瞬間に、それは起きた。
「やっべ、ミスった!」
モンクの男が敵の一撃に弾き飛ばされ、しりもちをつく。フォローをしようと動いた剣士も敵に腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。敵から距離を取ろうとしたヒーラーが足をもつれさせて転倒する。
すべての様子が、スローモーションのようにゆっくりと流れているような感覚だった。
敵が、突撃を始めようとしている。
「魔力を回復させてくれ」
男の声は冷静だった。そして、この男はいつ、どのような状況でも勝利を諦めない。俺はとっさにポーションを後ろ手で投げた。
「1分だ。それ以上は魔力がもたない。アキラ、東雲、カイ、指揮官は任せた」
「任されたわ!」
いぶし銀の魔法職、ヨーシャンクはわずかに口角を上げた。
「いくぞ、風雷陣!」
ヨーシャンクの合成魔法。以前にいくつか構想を聞いたことのある、属性や魔法の特性をミックスして作り出す自分だけの魔法。
ヨーシャンクの頭上に黄色い光が集まり、そこから小さな雷が幾本も走る。崩れかけたスペースを鋭い風が吹き荒れ、竜巻となって敵を切りつけながら押し戻す。ヨーシャンクが静かに杖を掲げると、光から出た雷が竜巻と合わさった。雷を纏った竜巻は凶悪な見た目通りに猛威を振るった。風が切りつけ、雷が敵を貫く。
「これは・・・?」
「竜巻の内側ってこと?」
満身創痍のプレイヤー達が呆然と呟く。
しかし、この魔法も完璧ではない。魔法の範囲内には効果がないのか、すでに侵入していた敵はそのままだし、耐久値の高そうなオークや重装備のホークマンなど、何体かは押し通ってきている。
「ぼんやりしてる場合じゃないだろ!入ってきた敵は俺たちがやるぞ!」
再び戦闘が始まった。さっきの敗北直前の状況とは打って変わってプレイヤーそれぞれが声を出し、連携を取り合い敵を倒していく。
だけど、全員が分っている。これは。数分間のまやかしの優勢だ。この時間に決めないと、勝利はない。
後ろはある程度任せる。俺は敵の指揮官、ヒュブレストルに向き直った。
「東雲、ヘイト管理は任せるわよ!魔法剣・炎!」
「いきます!」
東雲がヒュブレストルの前に立つ。横薙ぎの一撃は懐に飛び込み、倒れる限界まで姿勢を倒して躱す。そのまま槍は目にも見ない速さで繰り出され、巨体のあちこちにダメージのエフェクトが走る。
アキラが曲剣に炎を宿し、脇腹、背中、背中を駆けて首と連続で切りつける。
裏拳の要領でアキラをねらう。ここだ。
投げられた魔法石は空中で石壁となり、アキラはそれを足蹴にしてさらに跳びあがる。
「東雲!目を狙う!」
返事は聞かない。銃を構え、一度、深く息を吐く。今度は息を吸い、止める。ヒュブレストルは空中に跳びあがったアキラを追うことを諦め、東雲にねらいを定めた。
ここだ。トリガーを静かに引く。直線の軌道はヒュブレストルの頭を貫き、雄たけびがこだました。
「グゥウアァァァア!ユルサン、ユルサンゾ!ニンゲンドモガ!」
左目はダメージエフェクトで見えなくなった。恐らく視力にも相当の影響があるはずだ。そこに東雲の槍が襲いかかった。振るわれた左腕を掻い潜っての一撃。蹴り上げられた足を槍で受け流し、回転しながらさらに一撃。足を下ろすのと同時に振り下ろされた大斧を紙一重で躱し、斧を踏み台にし、腕を蹴り、喉元に迫りながらの鋭い突きが繰り出された。
「それを避けるのはおかしいだろうが!」
リンボーダンスように体をのけぞらせ、わずかに攻撃を受けながら、転がるようにして避けた相手に追撃の一射を撃ち込む。頭を限界まで反らしたことで目は外れたが、上半身から首元に切りつけたような傷が走った。
「剣姫の舞・烈火!」
落ちてきたアキラがビュブレストルの首を貫き、そこから振り払う腕をするりとよけながら切りつける。都合5回は切られたことで、全身は傷だらけ、大きく息を乱し、少しばかりふらついていた。
「あと一息ですね。次で決めます」
東雲が再度踏み込もうとした時、目を真っ赤に染めたヒュブレストルが身体強化を使い、地団駄を踏みしめた。
「ジナラシ!」
踏みつけた地面から衝撃波のようなものが走り、体を駆け抜ける。追撃に対応しようとするが、体が硬直して動かない。
「スタンだ!」
とっさに声を上げるが、体が動かない以上はどうしようもない。そして、それは最悪の形で戦況に影響を与えた。
「竜巻が消えたぞ!」
「魔力切れか!少しでも長く敵を抑えるんだ!」
魔力はまだ持つはず、どうやら敵のアーツはヨーシャンクまで届いたらしい。スタンにより、強制的に魔法が解除されたのか。
ヒュブレストルは大きく右腕を振りかぶり、両手で斧を振り抜いた。アキラは柄に巻き込まれて吹き飛ばされ、直前で動けるようになった東雲も、刃を槍で受けて敵の大群の中に飛ばされて姿が見えなくなった。
アキラと東雲の死亡。戦線の崩壊。クエストの失敗。一瞬でいくつもの考えが過りながら、体は反射的に動いていた。
「ここまで来て!」
ポーションを掴み、姿の見えていたアキラに投げつける。銃を構えて敵に一撃。
「諦めて!」
構えた銃の先には、アキラを狙う鬼人の姿。連続で打ち込んだ銃弾は2発連続で頭を撃ち抜いた。
「たまるか!」
視界の端に捉えた、東雲の槍。そちらに向けて魔法石を投げ、もう一度銃を構える。
「集中起動!」
世界の歩みが停滞する。ヒュブレストル右肩が僅かに動く。視線がアキラを捉えている。右腕を振り上げ、数歩の踏み込みからの斧の叩きつけ。
「させるかよ」
自身にできる最速の連射だった。1射目は右の肩口に、2射目は斧の柄を握りしめる右の手首に、3射目は踏み出そうとした左足の太腿に。まだだ、まだ撃てる。
「グゥアアアアア!」
雄たけびすら遅く、遅く響いた。4射目はもう一度右手の手首を撃ち抜き、5射目は大きく右に視点を変えた。
「足場、使わせてもらいます!」
柄の曲がった槍を掴み、東雲が跳ぶ。後ろから掴もうとした手を撃ち抜く。続いて投げた魔法石は最後の一つだった。発動した石壁を新しい足場に、さらに東雲が跳躍する。
「やってくれんじゃないの!」
アキラの刃からぽたりと水が滴る。その瞬間、水が刃を包み、曲刀の刀身が伸びる。ヒュブレストルとの距離を一息につめると足の間をスライディングの要領ですり抜けながら、縦横無尽に切り刻んだ。
アキラと東雲にヘイトが向いた瞬間にリロードを済ませ、さらに3発。そこで魔力切れを起こして集中がきれた。世界の速さが戻り、喧騒も一際大きく聞こえてくる。
「決めなさい!東雲!」
足元でちょこまかと攻撃を躱しながらアキラが声を上げた。
「その首!頂戴する!」
槍の一撃が顔を上げたヒュブレストルの眉間を貫き、俺たちを苦しめた巨体は静かに地面に倒れ伏した。
「カイ!」
呼んだのはヨーシャンクだろうか。それよりも早く、振り返り様に放たれた銃弾は、俺を狙ったゴブリンとヒーラーを狙った鬼人の2体を一緒に撃ち抜いた。
「なんかわからんけど、ラックが最高に上振れたかも」
信じられないものを見たように、ヨーシャンクがこちらを見ているが、これに関しては明言する。100%越えのラッキーショットだ。
ヒュブレストルの撃破と同時、周囲の敵の動きが一斉に止まった。さっきまでの騒がしいさから一転し、今は遠くから戦いの声が届いている。
嫌な間だ。これまで見てきたサブカルだと、この後の展開は2パターンだ。一つは指揮官を失ったことで戦意が折れる。もう一つは指揮官を討った俺たちに復讐をするために暴走気味になる。
「どっちだ?」
敵の鬼人と目が合った。眦が吊り上がり、手にした刀を壊れんばかりに握りしめている。隣のホークマンはばさりと何度も翼を動かし、その腕は同様に震えている。
「カイ、補給って、できたりする?」
「すまないが、すっからかんだ」
「激戦でしたしね。まあ、ここまできたなら最後まで抗いますよ」
敵が動きだす。そんな感覚があった瞬間、爆発的な声が轟いた。新手かと思ったが、それは自陣側からの声だった。
「よくやった!」
「あとは任せろ!」
押し寄せたのは、自陣のプレイヤー達だった。大量のプレイヤーがあっという間に俺たちを取り囲み、激流のように敵を押し出していく。
ぽっかりとあいた空間の中、ここまで戦ってきたプレイヤーが次々と座り込む。俺もまた、銃を支えにしながらずるずると座り込んだ。
「あ~、きっつ」
呟くような声に、ほんとねと笑いながら隣にアキラが腰掛ける。曲がった槍を持った東雲がやり遂げた笑みを浮かべ向かいに座る。
「中々に厳しい戦いだったな」
いつも冷静なヨーシャンクも少しくたびれながら座り、自然と拳を打ち合わせた。
「やったな。クエストは完全達成だ」
「こういう環境の戦いは初めてだけど、やり遂げるとさすがに達成感があるな」
そんなことを話していると、ポーンと着信がきた音が響いた。
えっと、なになに?VLO公式から?しかも公式情報系じゃない?首をかしげながら開くと、中にはこんなことが書かれていた。
『プレイヤー名:カイ様
いつもVLOをお楽しみいただきありがとうございます。今回は≪北部戦場現場指揮官撃破作戦≫の達成おめでとうございます。今回のクエストにおいて、カイ様は非常に大きな貢献と秀逸なプレイをされていました。つきましては、本クエストにおけるプレイ映像を運営公式映像にて取り上げたいと考えております。プレイヤー名の秘匿、容姿の変更等対応ができますのでご一考いただけると幸いです。映像利用の許可については下記のフォームから確認をお願いいたします。』
え?出んの?あの別作品で構成した映画みたいなやつに?




