平原ルートと臨時パーティー
火曜日は予定通り3人で連携の向上も兼ねてクエストを受け、明けた水曜日。イベントが始まって初めて森ルートを出ることになった。今回は平原ルートでの助っ人だ。銃士が足りないのか、偵察兵が欲しいのか。行ってみればわかるだろう。
平原ルートはマナウスの北部から、栄枯の馬留までをステージにした広大な戦場となっている。雪は森ルートよりも少なく、積もっていても踝くらいまで。地面が見えている場所も多めだな。
このルートの本部だが、これぞ軍の陣立てと言わんばかりの大規模なものだった。大外は侵入防止柵で囲い、中央に天幕で仕切られた本陣がある。なんだろうな。独特の緊張感が漂っている。
本陣を守っている衛兵に声をかけると、すぐに奥に通された。中は初日に公式映像で見たまんまだ。中央の台に平置きされている地図、大量に乗っている2色の大小さまざまな石。断続的に入る報告ごとに石の位置が変わり、騎士やプレイヤーの指示がオペレーターを通して伝わっていく。
「ふむ、ではここからはしばし我慢比べか」
「ええ、補給をまって再攻勢をかけていきましょう」
中央で話していたうちの1人、柔和な表情の騎士が俺に気付いた。あの鎧はエレメントナイツだな。毎日更新されている公式映像で、このプレイヤーは皆勤賞だ。こちらに歩み寄り、手を差し出した。
「あなたがカイさんですね?僕はエレメントナイツの団長をしている竜彦といいます」
「猟師のカイだ。今回は呼んでもらってありがとう。微力ながら全力を尽くすよ。」
柔らかな表情とは裏腹に、握手はかなり力強い。期待されている、と考えてもいいのだろうか。
「ふむ。コボルト族の護衛をやり遂げた冒険者の中にいた一人だな。今回の戦いへの助力、感謝する」
続いて声を変えてきたのが、平原ルートをすべているゼファー卿だ。精悍な表情には疲れの色は見えず、覇気に満ちているのがわかる。
「お久しぶりですゼファー卿。こちらこそ求めていただいた分の成果を出せるよう尽力いたします」
一度頷くとゼファーはすぐに騎士に呼ばれ、地図に向き直った。あまりに広大な戦場だ。戦場把握や指揮など考えることが多く、多忙を極めているらしい。
「それじゃあ作戦は僕から。まずは平原ルートの現状についてだけど、現状をどこまで知っているかな?」
「とりあえず別ゲーさながらの戦場ってのは知ってる。それと、一番苦戦しているのが中級エリアだってことも」
「その通り。現状エレメントナイツは上級、その次に初級の順番にリソースを注いでいるんだ。理由は簡単で、そうしないと戦線が崩壊するからだね。中級のプレイヤー達には申し訳ないけど、一番割を食っている」
初心者が中心だと大規模戦闘が難しく、ハイレベルな戦闘はそもそも必要性が高いんだろうな。
「で、俺みたいな中級のプレイヤーの手が欲しいのか」
「そうなんだけど、純粋な戦力というより、やりたいことにカイさんが適しているとヒーコに聞いたんだ」
そう言いながら脇にあった小さなテーブルへと誘われついていく。そこに地図を広げ、2色の石を置いていった。
「中級の戦場か?」
「ああ。ちなみにこれが開戦当時の状況。で、こっちが最新の状況だ」
竜彦は話しながら石を動かしていく。状況の推移に合わせて石を動かしているんだろう。開戦後からじりじりと後退し、医師の数も減っている。最も大きな石も後退し、後方の赤い線に近づいた。
恐らくこれがマナウス軍の敗北ラインだな。
俺の考えは表情にでいたらしい。竜彦はゆっくり頷いた。
「中級の本隊がここまで押し込まれたらイベントクエストが失敗になって戦線が崩壊する。でもエレメントナイツのメンバーは動かせない。特に初級の方は抜けると初級の戦場が崩壊するだろうからね」
「押されてるのは、能力というよりは純粋な人数不足か?」
話している間に速報が入り、それを聞いた竜彦が難しい表情になる。中級の右翼側の石を二つ、少し後方に押し下げた。
「騎士団もプレイヤーもかなり頑張ってくれているんだけど。人数差はいかんともしがたくてね。そこで、少しばかりハイリスクのチャレンジが必要になった」
新しく小さな石を取り出した。それを今下げた右翼の石の後ろに配置し、静かに指をのせる。指で押し動かされた石は右翼の石を迂回し、敵の色の石にぶつけられた。
「押されているといっても個々の力はこちらが上。差は微々たるものなんだ。今回はその差を生み出している敵軍のバフ系魔法の使用者と現場指揮官を討つ。カイさんにはこの位置の部隊に入ってもらって、対象の捜索と撃破を頼みたい」
竜彦がぶつかって転がった石をつまむと、石が砕け散る。
「銃は密集地帯じゃ誤射のリスクがある。俺を火力以外で必要とするとして、探すのが大変とかか?」
「魔法使いや指揮官は視覚的には見つけやすいんだ。これまでも遠目に見つけてはいた。ただ、近づくと相手は下がっていくみたいでね。こちらの消耗品が先に尽きて追いつけなかった」
まさかのに運び役としての採用だった。ついでに言うならプレイスタイル的にも俺はそこそこスタミナがある。そのあたりも見込まれたかもしれない。
「なるほどな。ここまできたんだ、回復アイテムもって駆け回ってみせるよ」
「心強いね。でもヒーコからは状況次第で火力も出せるし、何より土壇場で柔軟に動ける応用力が高いと聞いたのが招集の決め手だったんだ。現場で思いついたことがあるなら、いろいろと挑戦してみてくれると嬉しいよ」
やることはわかった。2人とも立ち上がり、軽く握手をして別れた。頭の中では必要なアイテム類を考えながら。
一つ思い出したのだろう。後ろから竜彦の声が響く。
「察してはいると思うけど、これはいくつかのルートで同時に攻撃を始める。成功する場所が多いほど傷口を大きくできるから、よろしく頼むよ」
軽く手を挙げて答えると、兵士に連れられて倉庫に向かうことになった。アランの背負箱と竹筒に入れていたアイテムから不要な物を用意されていた保管庫に移し、回復系のアイテムを詰め込む。背負箱の部屋数ごとのインベントリには、かつて見たことがないほどに回復アイテムで満たされた。
「よし、それじゃあ行きますか」
≪北部戦場現場指揮官撃破作戦≫
クエスト開始まであと34分
場所:マナウス北部平原
日時指定:1日以内
必要成果:敵軍内への侵攻成功
バフ魔法を使用している魔法使いの発見、撃破
現場指揮官の発見、撃破
味方部隊の損害軽減
納品アイテム:なし
想定モンスター:亜人種、モンスター類
報酬:1000p
準備完了と同時にクエストが開始扱いになったな。再び案内の兵士に続き広い本部を歩いていく。連れられたそこには意外な顔ぶれが揃っていた。
「あれ、やっぱりだ。カイも引っ張り出されたの?」
こちらに気付いて笑顔で手を振っていたのは、セントエルモのアキラだった。傍には東雲とヨーシャンクもいるな。
「もしや、カイと同じ部隊か」
「そうみたいだな。そっちは人数足りなくて出稼ぎか?」
「はい、リーダーたちが来れないのでせっかくなら戦場も経験したいなと」
人見知りということはないが、知り合いがいるのは心強いな。4人で集まり、アイラから持たされた軽食を取り出した。
「一緒に食おう。始まったら満腹度の補給は難しそうだ」
「ありがたいな。こっちも作り置いてもらったのがあるからシェアしよう」
周りが多少なりとも緊張した様子の中、のんびりと飯を食い、雑談をしながら時間を待つ。その間はそれぞれの戦場で起きたことの報告会のようになっていった。グループではテキストで共有してはいるが、文字だと伝わりにくいこともある。3人の話はどれも面白く、川辺ルートもなかなかに白熱しているようだ。
「北部戦場現場指揮官撃破作戦に参加の皆さんは集まってください」
兵士の呼びかけを聞いて立ち上がり、言われた場所に集まる。そこには70人ほどのプレイヤーが揃っていた。
「任務の概要はすでに聞いていると思いますので省きます。数人単位で知り合いで参加していることもあると思います。各自5名前後のパーティーを作成してください。必要人数に満たない際には準備完了のサインをもらえたら残りはこちらで組ませていただきます」
兵士の言葉にヨーシャンクと顔を見合わせる。俺が受けている回復要員としての依頼についても軽く話し、それでもいいなら組みたいことを伝えるとアキラと東雲も頷いてくれ、すぐにパーティーを結成した。
「5人か~、最後の1人はどうする?」
「僕とアキラさんがいるのでアタッカーは必要ないと思います。ヨーシャンクさんがいるので広範囲の移動阻害も使えますし、欲しいのはいざという時の攻撃を受けるタンクですね。ただ、連携を考えるとこのままいくのもありかと」
「ほう、騎士団から補充することもできるようだぞ」
臨時でリーダーをしてくれているヨーシャンクは情報をスクロールしながら言った。4人知り合いで組んでいて、一人だけ知り合いじゃないってのもあれだしな。数分悩んだが、結局は4人で挑戦することになった。
「それでは時間だ。各パーティーの奮戦と成功を期待する。出陣せよ!」
兵士の言葉に全員が慌ただしく動きだした。右翼側から突入するプレイヤーは合わせて3パーティーか。これから十数人で敵軍に飛び込むのかと思うと、今更ながら緊張してきたな。ヨーシャンクは他パーティーのリーダーと作戦について話し合っている。
一つのパーティーは剣士が2人に弓使いと魔法使い、僧侶がそれぞれ1人。おそろいの耳飾りをつけているから普段から組んでいるな。もう一つはモンクが1人に盾持ちの剣士が1人、短剣使いが1人に魔法使いが1人、僧侶が1人ってとこか。こっち即席か、数人だけ知り合いって感じだな。
そんなことを考えながらぼんやり観察していると肘を指でつつかれた。暇そうなアキラが何か思いついたようで、小さい声でつぶやく。
「作戦宛てクイズしようよ。当たったらアイラのクッキー一袋!どう?」
「すげえな、俺の在庫だから俺にはなんのメリットがねえ。でも乗った。採点基準は?」
俺とアキラでで即席ルールを決めた。進行ルート、隊列の2問で、当たれば2点、惜しければ1点だ。判断はノリで決める、これでいい。
最初に答えたのは東雲だった。
「では僕から。敵の指揮官よりもバフ魔法使いの方が後方にいると思うので、可能な限り回り込んで敵陣の斜め後方から突入すると思います。他パーティーはバランス型が多いみたいです。それなら僕たちの突破力を生かしたいので、突入は僕たちが先頭、その後は後方に下がって進むと思います」
「え、いっちゃん真面目な回答が最初にきちゃった!」
アキラは嬉しそうに笑い、じゃあと首をかしげる。
「あたしはわかりやすいのが好きだから、前線からまっすぐ突っ込むわ!で、隊列はあたしらが2番目ね。カイの回復アイテムを前後のどっちにも投げられるといいと思うの」
アキラの回答はいかにも彼女らしい。作戦については考えることを放棄してるのがいっそすがすがしいくらいだ。
「で、カイは?」
「そうだな。軍の戦略に沿うなら魔法使いと指揮官のどちらを先にやれても大きな効果がある。それなら居場所のわかりやすい指揮官を狙いたいかな。てことで突入は敵の真横くらい、そこからまっすぐ指揮官をめざすルート。突入は剣士2人のパーティーが先、俺たちが真ん中で俺たちの右にモンクのいるパーティーを置いてL字にする。その方が敵側の圧を受けやすい」
「え、がっつり勝ちに来てるじゃん」
笑いながら肩を叩かれる。そしてヨーシャンクが戻ると同時に3っつのパーティーは所定の位置についた。さて、クッキーの行方はどうなるか。
知り合いで組んでいるパーティーのリーダーが声を張り、出陣を宣言した。
「よし、他パーティーに遅れは取れない!俺たちで指揮官と魔法使いを討つぞ!俺たちについてこい!」
まずは1ポイントゲット、といったところだろうか。腰の竹筒を軽くなで、薄く積もった雪を踏みしめて俺たちは駆け出した。