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金の籠  作者: 溝口智子
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 小さな異形はどうやら子供のようだった。日に何度も金の籠をのぞきに来ては、目を細め、恐らくにっこりと笑っいるのだろう、依子と雷三を観察して部屋を出ていく。二人をつがいにしたつもりなのかもしれない。二人の子供を楽しみにしているのかもしれない。依子はまだまだ幼い雷三を見て、それからつがう、という意味もわかっていなさそうな異形の子供を見て、おかしくなってふっと笑った。


「どしたの?」


 依子の顔を見上げて雷三がたずねた。依子はにっこり笑って首を横に振って見せる。


「なんでもないのよ」


「なんでもないのよ」


 雷三は依子の口真似をする。


「なんでもないよ」


 依子は男の子の言葉に言いなおす。


「なんでもないよ」


 雷三は渇いた喉に水を滲み込ませるように言葉を覚えていった。


「依子、俺たち家に帰れるのかな」


 折々に雷三は依子にたずねる。


「帰れるわ、帰りましょう、おうちに」


 そうして依子はあわてて言いなおす。


「帰れるさ、帰ろう、家に」


 雷三はおかしそうに笑った。


 依子は毎日、目覚めると髪を一本、金の紐に結び付けた。そうやって日を数え、二人が出会ってから一年が過ぎた。


「依子、俺もう依子より大きい」


 金の紐にもたれてぼんやりしていた依子の隣に雷三が立ち、背比べのように手で背丈を示す。


「ほんとね。いつのまにこんなに育っていたのかしらね」



「毎日だよ、毎日育ってた。これからもっと育つよ」


 雷三は背伸びをしてみせる。身長が高くなってもまだまだ子供らしい雷三の様子を、依子は微笑ましく見つめた。

 異形の子供もまた、背が伸び大人に近づいているようだった。毎日、水とクッキーを忘れずに籠に入れてくれる子供の異形に、依子は親近感を抱くようになった。話しかけてやると喜ぶので、依子も雷三も子供がいるときはできるだけ話してやるようにしていた。依子は異形の子供に『スイミー』と名付けた。雷三が首をかしげる。


「スイミーってどういう意味?」


「昔飼っていた魚の名前。絵本の中に出てくる魚からとったの」


「絵本って何?」


 依子はスイミーを指差した。


「ほら、あそこでスイミーが読んでる本、絵がいっぱいの本のこと」


スイミーは二人を入れた金の籠をもって庭に出る事があった。建物の前庭は広々として幾何学模様に敷かれた白や灰色の石が美しく輝いている。ある日、スイミーは籠を開け、そっとその場から遠ざかった。どうやら外に出ていいと言いたいらしかった。雷三が金の紐をくぐって外へ出ようとした。依子は雷三に飛びついて籠の中に引き戻そうとしたが、依子の力では雷三を支えきれず二人は籠の中、やわらかな床に転がった。


「な、何するんだよ」


 身を起こし依子を見た雷三は驚いて目を見開いた。依子が真っ青になって震えている。


「どうしたの、依子! どこか痛い?」


 依子は震えながら小さく首を横に振り続ける。


「だめ、だめよ、雷三。外に出たら殺されてしまう。壁に投げ捨てられてしまう」


雷三は戸惑ってスイミーの方を振り返った。スイミーはぼんやりと二人の様子を眺めている。


「大丈夫だよ、スイミーはそんなことしない」


「使用人が! 使用人がやってくるわ!」


「しようにんって、なに?」


「雷三を殺したの! 殺したのよ!」


 依子は顔を覆うと大声で泣き出した。雷三は依子をぎゅっと抱きしめた。


 結局二人は籠の隅で小さくなったままで、スイミーはあきらめたのか金の紐を元に戻して籠を抱えて部屋に戻った。元通り部屋にかえっても依子は泣きやまず、雷三は依子の背を撫でつづけた。


「依子、俺は使用人を知らない。見たことない。もうここにはいないんじゃないか?」

 

 やっと泣きやんだ依子に雷三が優しく話しかける。依子は腫れあがった目で雷三を見つめ、掠れた声で問い返す。


「もう、いない?」


「そう。俺はスイミーしか知らない。他のやつらは知らない」


 言われてみれば小さな雷三と出会ってからは、この部屋にスイミー以外の異形がやってきたことはなかった。部屋の掃除もスイミーが一人でやっていた。もしかしたら使用人は大きな雷三を殺したせいでクビになったのかもしれない。そうだったらいい、と依子は強く願った。


 スイミーは庭に出るたび金の紐を開いて遠くに離れ二人を見守った。初めのうちは青くなって震えるばかりだった依子も、雷三に励まされじょじょに出口に近づいた。依子が開いた金の紐をつかみ外をのぞき見た時、雷三がぴょんと外へ飛び出した。


「雷三、だめ!」


 依子は思わず飛び出し、雷三をかばうように抱きしめた。


「大丈夫だよ、依子。ほら、スイミーを見て」


 恐る恐る振り返ると、スイミーは目を細め二人を見つめるだけで近づいてこようとはしなかった。依子の足から力が抜け、雷三にすがりつくようにしてずるずるとその場に座り込んでしまった。

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