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金の籠  作者: 溝口智子
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 明るすぎるほどのその場所は舞台のようだった。依子がいるところから一段低い光の当たらない暗がりに異形が集まり腰かけて、皆こちらを見ている。どろりとした目達に見つめられ気持ちの悪さに顔を背ける。

 人間の列は舞台の中央に並び、異形の方を向いた。

 列の中央にいる男性が朗々とした声で歌い出す。それに合わせるように人々も歌いだした。第九だ、依子も聞いた事がある。彼らの合唱は素晴らしかった。何度練習したのかわからないけれど、熟練という言葉を思い出させた。依子はぽかんと口を開けて聞き入った。

 一曲歌い終わると人間の列は何事もなかったように無言で歩き出した。元の扉をくぐり廊下へ出る。依子も押されるように廊下に出た。そこで待っていた異形の後ろについて人々はぞろぞろと歩いていく。元いた部屋に戻され皆てんでに離れて座っていく。依子が日本人の女性のそばに近寄ろうとしていると、異形が依子の腕をつかまえた。


「?」


 振り仰ぐと、異形は手にしていた棒で依子の背を殴り付けた。


「きゃああああ!」


 二度、三度と殴打は続く。逃げようと身を捩っても異形はしっかりと依子の腕をつかみ離さない。救いを求めて人々の視線を追うが、誰一人として依子を見ている人はいない。それどころか依子が殴られている事になど関心が無いように見える。依子はただ殴られ続け叫び続けた。


 どれだけの時間がたったのかもわからなかった。依子は床にうつ伏せに、力なく倒れていた。異形は依子が動けなくなったころ、やっと手を離し部屋を出ていった。何が起こったのか分からず、依子はぼんやりと痛む背をかばい、ただ床を見つめた。


「水を飲むといいわ」


 いつの間に近づいて来ていたのか女性が依子のすぐそばに立っていた。


「痛みを忘れさせてくれる」


 依子が顔を上げると、女性はふいっと顔を背け歩き去った。依子の意識はそこで途切れた。


 次に気がついた時には、依子は異形の手で宙にぶら下げられ揺さぶられていた。依子が目を開くと異形は依子を床に下ろした。人々はまた列を為し部屋から出ていくところだった。異形は依子の肩をつき、列の後ろにつくように促した。足を一歩踏み出しただけで背中が焼けたように痛み倒れそうだった。しかし列についていかなければまた殴られるかもしれない。依子は這うようにして歩いた。

 列からかなり遅れて舞台に立った。依子が並ぶのを待っていたかのように歌が始まった。歌うのはやはり第九、歓喜の歌だった。依子は強い光にくらくらとめまいを起こした。それでも気力を振り絞り立っていた。ここで倒れたら今度は何をされるか分からなかった。口を歪め小さな声で歓喜の歌のメロディーを口ずさむ。

 歌が終わった。廊下へ戻る列について、なんとか扉をくぐったところで依子は力尽き、気を失った。


目を開けると柔らかな膝に抱かれていた。優しい手が依子の頭を撫でてくれていた。見上げると、あの女性だった。


「もう少し寝ていなさい」


 依子は引き込まれるように眠りに落ちた。


 女性はしのぶと名乗った。依子の背中の傷みが薄れ、座れるようになると、しのぶはぽつりぽつりと話しだした。


「ここに来たら、一番初めに殴られるの。誰でもそう。それで皆逃げる気力を失ってしまう。それでも逃げようとすると、殺されてしまう。それは残酷なやり方で」


「……見たの?」


「ここにいる全員が見せられたわ。この部屋で。今でも彼の声が耳に残ってる」


 女性はぎゅっと自分の体を抱いた。依子はいたたまれず床を見つめる。


「歌っていれば危害は加えられない。食べ物も飲み物も与えられる。だから、大人しくしていて」


 依子はしっかりとうなずいた。もうあんな思いをするのはたくさんだった。


 しのぶも他の人たちもできるだけお互いに近づかないように気を使っているようだった。しのぶも最初の日に依子と話した後はずいぶんと遠い場所に行ってしまって、まだ動けない依子は一人ぼっちで床にうつ伏せたまま時間を過ごした。

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