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金の籠  作者: 溝口智子
23/24

二十三

 それからまた、半年が過ぎた。依子は長く長く伸びた髪を編み上げて働いた。誰もが嫌がるきつい仕事を選んで働いた。同時に実入りが少なくても時間を惜しんで内職もした。住む場所は自治体が母体の簡易宿泊所から始め、窓のない下宿に住み、安アパートを借りるようになった。持ち物はほとんどなく、食べるものは賞味期限ぎりぎりの値引き品ばかり。

 とにかく金が欲しかった。

 とにかく金を稼いだ。


 仕事が終わってくたくたの体を横たえる。ほどいた髪がまとわりつく。それはまるで金の籠の金の紐のようだった。その金の紐はますます伸びて依子をからめとろうとしていた。依子は両手で髪を払って首を振った。そうしてまた金を稼いだ。

 すべての金額を集め終わった頃には、日本に春が来ていた。




 飛行機はウズベキスタンの首都、タシケントに降りた。色々な服を着た色々な思想を持つ人が好き勝手に歩き回っている。石造りの街並みは異形の町を思い起こさせた。依子はバックパックを背負いなおして歩き出した。

 バスを乗り継いで東へ、東へ。天山山脈の裾野に続く高原地帯へ。

 言葉は片言しかわからない。それでも依子はその場所を尋ね、ユルタという、ゲルやパオに似た遊牧民が暮らす移動式住居を渡り歩いた。季節はうつろい、冬に向かおうとしていた。

 どこまでもするどい小石が散らばり続ける丘を登っていく。辺りには灌木がちらほら見え、草が枯れかけた地面は茶色く寒かった。


 あるユルタで道案内を募った。半日ほど道のない草原を歩く。

 遠くに動物の群れが見えた。羊か山羊のようだ。依子は足を速める。近づくにつれ、群れを追い立てる馬上の人影が見えた。思わず走り出した。歩き通しで重かった足も、背中で邪魔だったバックパックも、今は気にならない。ただ、その人だけを目指して走った。足音に気づき馬を止め、振り返ったその人は逞しい褐色の肌をしていた。黒い瞳で依子を見つめる。


「……よりこ?」


 高い標高の地でいきなり走った依子は、息を乱し膝に手をつき酸素を求めてあえいだ。


「依子!」


 その人は馬から飛び下り、依子のもとへ駆け寄る。依子の肩を抱き、背をさする。依子よりずっと背が高かった。依子よりずっと大きな手だった。けれどまっすぐに依子を見つめるその目は、少しも変わってはいなかった。


「雷三」


 依子は手を伸ばし雷三の頬に触れる。


「雷三、いえ、O`n beshinchi sana。あなたにあいたかった」


 雷三は依子を抱きしめた。


「俺もだ、依子。ずっと依子にあいたかった」


 依子も雷三の背に腕を回し、しっかりと抱きしめた。

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