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金の籠  作者: 溝口智子
19/24

十九


 二人が話していると男性が目を覚ました。赤ん坊の泣き声に身をよじり依子の方を見た。縛られている赤ん坊と自分の姿に気づき、男性は大声で依子と雷三を怒鳴りつけた。その声で女性も目を覚ました。女性は泣きだして赤ん坊の名を呼んだ。


「まりー。この子、まりーって言うのね」


 依子はマリーを女性の隣に寝かせてやった。女性はしゃくりあげながらマリーに頬ずりした。男性は変わらず何かを怒鳴り散らしている。その言葉はどうやらフランス語らしかった。


「ぼんじゅーる」


 依子は恐る恐る男性に向かって話しかけた。男性はぽかんと口を開けて依子の顔を凝視した。依子と雷三は男性に肩を貸し地面に座らせた。そこから森の中を指差して見せる。


「ワアアアア!」


 異形の姿を見て男性が叫ぶ。しばらくフランス語で何か叫び続けて声が枯れた頃、男性は依子と雷三の顔を見比べた。依子は自分の顔を指差し「じゃぱにーず、よりこ」と言い、雷三を指差し「らいぞう」とだけ言った。男性は「マーティン」と名乗った。

 依子と雷三はマーティンを支えて立たせると、森の方へ歩かせようとした。しかしマーティンは力の限り抵抗した。


「困ったわね」


「子供から先に試してみる?」


「そうするしかないかしら」


 雷三が赤ん坊を抱き上げると、女性が大声で叫んだ。依子は申し訳なさそうな顔で女性に近づくとその肩を撫でてみた。女性はそんなことにも気づかない様子で叫び続ける。

 雷三が森の中に入ろうとするのを、マーティンが体当たりで止めようとした。雷三はひょいとよけ、マーティンは地面に倒れ込んだ。依子があわててマーティンのそばに駆けより精一杯の英単語を口にする。


「そーりー、あいむそーりー。うぇいと、うぇいとあみにっつ」


 マーティンは依子をにらみ付け何か喋ろうとした。その時、森の中から雷三が叫んだ。


「依子!」


 振り返ると雷三は金の紐から自由になった赤ん坊を連れて駆け寄ってきた。依子は赤ん坊を受け取ると、女性のそばに行き赤ん坊をそっと地面に下ろした。赤ん坊は泣きながら女性にしがみついた。マーティンは女性と赤ん坊を見てほっと息を吐いた。依子はマーティンの体にまとわりついた金の紐の端をつかんで引っ張った。紐はびくともしない。赤ん坊を指差し、紐を指差し、異形を指差す。


「まーてぃん、ぷりーず かむ うぃず あす  うぃ めいくゆー ふりー」


 依子はできるだけ丁寧にはっきりとマーティンの目を見て話しかけた。マーティンは戸惑いながらもうなずき、雷三に助けられ身を起こした。二人で支えながらマーティンを異形のそばに連れていく、近づくにつれマーティンの歩みは遅くなった。二人はマーティンの心の準備ができるまで黙って待った。

 異形はぐったりと力なく地面に倒れている。呼吸が遠く、弱っているのが見て取れた。日は中天に登り昼の空気は暖かくなっていた。依子も雷蔵も黒い布を脱ぎ捨てている。異形にはこの気温は暑すぎるのかもしれなかった。

依子は身ぶりでマーティンに背中の金の紐を異形の手に引っかけるように促した。依子が手に触れても異形は目を開けない。マーティンは恐る恐る異形に近づき背中を向けた。雷三がマーティンを引っ張り位置を調整する。異形の指が金の紐の端にちょっと触れただけで、紐はするすると解けた。マーティンが紐から遠く離れると、雷三は木の枝で紐を異形の首のそばに丸めた。一旦森から出て、マーティンが女性に事情を説明し、女性の紐も無事に解くことができた。マーティンと女性は赤ん坊を抱きしめ小さく震えていたけれど、その顔には笑みがあふれた。


 落ちついた女性はアリスと名乗った。マーティンとアリスとマリーは家族で、服装からピクニックか軽い登山をしていたものと思えた。マーティンがフランス語で、アリスが英語で何かを語りかけてきたが、依子も雷三もちんぷんかんぷんで首を横に振りつづけた。


「Let‘s go」とアリスが言ったのだけは依子に伝わった。依子と雷三はアリス達について歩いていく。

 アリスもマーティンもこの森に精通しているようで、ポケットから取り出した地図と方位磁石で、進むべき道を割り出したようだった。どうやったらそんな事ができるのかわからず依子はただぼうっとしたままマーティンたちのあとを付いて歩いた。雷三は森がめずらしいようできょろきょろと高い木々を見渡している。


「雷三、知ってる木はある?」


「ない。大きい木、初めて見た」


 雷三は三メートルを優に超す森の木の高さを背伸びして表現した。


「初めて? 雷三の故郷には木が無いの?」


「小さな木はあるよ。エサになるよ」


「なんのエサ?」


「echki」


「……ごめん、わからない」


 二人がおしゃべりしている間もマーティンとアリスは地図を見て方位磁石を見て進路を少しずつ決めていく。依子はマリーをあずかり胸に抱いて前へ進む。行進はいつまでも続くように思われたが、空が夕焼けに染まるころ、行く手に人間の街が見えてきた。

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