雨に取り残された二人
空は分厚い灰色の雲で覆われ、太陽の行方すら分からない。しとしとと降りしきる雨が、アスファルトを濡らしていく。ねっとりとした空気が、人をからめとって離さない。凝固材をたっぷり入れたような空気から逃れるために、行きつけのファミレスに入る。張りついた湿気を拭うように、クーラーの冷たい風が全身に降りそそいだ。二名様のご来店です、と店員の明るい声が響く。案内された席に着き、メニューを広げた。
「なにくう、蓮」
頬杖をついてそう言う男の髪の毛は、湿気でくるくるとはねている。ナルシズムの気がある彼は、そのことが気に入らないのだろう、今日一日少しばかり機嫌が悪い。
「あー……じゃあチーズハンバーグ。綾人は?」
「知ってるだろ」
「目玉焼きハンバーグな。好きだよな、それ」
「まぁな」
どうせライスの大盛りとドリンクバーも付けるのだろう。
ご注文をお伺いします、とにこやかに言う店員に注文をするのはいつだって俺だ。綾人は腕を組んで黙っているか、机に突っ伏せて足をぶらぶらと揺らしている。顔はいいのに、驚くほど愛想がない。それでも女子からの人気を集めているのは、彼の天性の魅力の問題だろうか。
店員が去ってから、同時に席を立つ。氷を入れたコップにジンジャーエールを流し込み席に戻る。綾人はいつも通りのメロンソーダだ。一気に半分ほどを飲み干し、ぼんやりと外を眺めている。窓の向こうでは、相変わらず雨が降り続いていた。今日はやけに静かな気がする。普段も喋るほうではないが、ここまで何も喋らないのもめずらしい。
「なぁ」
そんなことを考えていると、綾人が窓を見つめながら呟いた。
「どうした?」
「…………」
何やら言い淀んでいるようだ。急かさずに言葉が出てくるのを待ってやる。
「……蓮は、進路とか、どーすんの」
「進路? そうだな、特にまだ決めてねーけど。……どうした?」
いつも大胆不敵に構える男が、今日はどうしたものか。
店員が、ハンバーグの乗ったグリルを運んでくる。熱された鉄板の上で、蕩けたチーズがふつふつと跳ねた。
「……別に、そういうので悩んでるわけじゃねえんだ。けど、なんとなく、高校卒業したらどうなるんだろうなって考えたんだ。今はバスケがあるからいいけど、それがなくなったら、俺に何が残るんだろうって。もしかしたら、蓮と離れるかもしれねえし」
そういうの考えとかねえとなって、と綾人は未だ、滴る雨を見つめている。
要するに、知り合いがいないところに行くのが不安だ、ってことか。案外寂しがり屋なこの男は、人に甘えるのが下手くそだ。素直に寂しいと言えば済むことを、言えずに一人で暗闇に閉じこもる。
「……蓮?」
何も言わない俺を怪訝に思ったのか、綾人が顔を覗き込んでくる。あぁ、悪い悪い、と謝り、言葉を選ぶ。
「……別に、今生の別れじゃないんだから、離れても会えばいい話だろ。やりたいことだって、無理に決める必要ねーよ。……それとも綾人は、卒業したら今までの思い出も、友だちの顔も、全部忘れちまうのか?」
いいや、と綾人は首を振る。
「そっか。そうだよな」
さっきまでの暗い顔はどこへやら、綾人はいつもの不敵な笑みを浮かべている。行儀は悪いくせに、妙に整ったナイフさばきでハンバーグを切る。クーラーの冷たい風に冷やされて、指先は青白くなっている。メロンソーダの中に浮かんだ氷が、からん、と涼しい音を立てた。
「奢るよ」
帰ろうとしたとき、綾人の口からそんな言葉が飛び出した。驚いて動けなくなる。なんとか、いいのか? という言葉を発すると、今日は話聞いてもらったからな、とレジのほうへ歩いていった。
「……明日は雪が降りそうだ」
さっきとは一転して、からっと晴れた空を見て、綾人に聞こえないように呟いた。