合体
その声の数秒後、守衛と共にハリスが部屋に飛び込んできた。
「カレン様奇襲でございます!! 馬を用意しましたので、は、早くお逃げください!」
こんなに取り乱したハリスを、カレンは初めて見た。
龍は、涼しい顔でカレンを見つめている。
「ハリス落ち着け。状況を詳しく説明しろ」
「――シェ、シェン第一王子が、自国の軍を引き連れて攻めてきたのです!」
カレンは息を呑んだ。
「……町の被害は?」
「東門の周辺が焼き払われました。現時点での被害者は千人を超えたものと思われます」
「くそっ…………私は断じて逃げぬぞ。シェンの要求はなんだ」
「なりません。カレン様はお逃げください」
「私は逃げぬ。シェンの要求を教えろ」
「…………要求はまだありませぬ。ただの領地拡大かと思われますが……」
ハリスは歯切れが悪い。
「おかしいではないか。何もせぬとも2年後にシェンはここを治めることが出来るはずだ」
カレンがもっともな指摘をする。
「わかりませぬ。とにかく、カレン様はお逃げください」
「逃げぬ」
「お願いいたします」
「いやだ」
「カレン様に何かあっては……」
「構うな」
「ご自身の立場をわきまえてください!」
カレンは動揺した。ハリスがこんな大声を出すのを初めて見たし、こんなに怖い顔をするのも初めて見た。
ハリスは自分でも驚いたようで、すぐに顔を戻すと無礼を詫びた。
「すみませんでした……とにかく、今はお逃げください」
「………………」
「…………やるか……」
次の瞬間、部屋中が眩い光に包まれた。
しかしそれも一瞬のことで、カレンには何が起こったのか理解できない。
目が暗順応できずに瞬きを繰り返していると、ハリスが素っ頓狂な声を上げた。
「カ、カレン様、一体、何が……!?」
ハリスは部屋に駆け込んで来たときよりも動揺しているようだ。周りの守衛たちもカレンを見て口をパクパクさせている。
≪ハリス、何があった?≫
カレンが発した、いや、発したつもりだった台詞はカレンの頭の中で反響し、他の者の耳に届かない。それどころか、カレンの口から発せられたのは思いもしなかった台詞。
「るっせぇな。執事長ならこんなことで驚いてんじゃねぇよ。それにしてもちっせぇ胸だな……」
そういって、カレンは自身の胸を揉みだした。
≪ひゃっ、な、何を……≫
カレンの声は届かない。
そしてカレンは、自分が着ている服が変化していることに気付く。――彼女が着ているのは、守護霊を名乗る青年、龍が着ていた倭の国の衣装だった。
「えっと、ハリスだっけ? 俺、今から逃げるから。後はよろしく」
そういうと、カレンは窓に向かって駆け出した。龍の姿はもうそこにない。
「あっ、カレン様!!」
ハリスや守衛が止める間も無く、カレンは地上60mの窓から、ダイブした。
≪いやぁぁぁぁあああ≫
叫びさえ、カレンの頭で反響するのみ。
「ちょっと黙ってろ」
カレンの口から、彼女の意思ではない声が出される。
そして、またもや彼女の意識の外で身体が動く。彼女は、いつの間にか背中に背負っていた木刀を引き抜いて城の壁に刺した。
木刀は折れるか折れないかの微妙なバランスを保って、次第に落下速度を下げていく。
「……よっと」
地面まで後5mの地点でカレンは木刀を引き抜き、音も立てずに綺麗に着地した。
≪…………≫
カレンの目の前には、軍隊を引き連れた婚約者が立っていた。