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Present for You

作者: 播磨光海

 寒い、寒い、冬。

 小さな家々の屋根には真っ白な雪が積もり、まるで砂糖菓子のように見えます。

 辺りは薄暗く、村の家にはぽつり、ぽつりと灯がともり始めました。

 そんななか、ある一軒の家の陰で、一人の小さな天使が丸くなっていました。

 天使は翼の付け根に怪我を負っていました。

 一生懸命に翼を動かそうとするのですが、傷が痛み、動かせません。

 天使は泣きそうになりながら必死でそろそろと這いました。

 

 家の中から、一人の少女が出てきました。

 少女は薪を取りに家の裏手に回りました。

 そこで少女は、小さなかたまりを見つけました。

 赤子ほどの大きさをしたそれをよく見ると、翼らしきものが生えています。

 少女はそれを抱え上げ、月明かりに照らしてみました。

 その瞬間、少女は驚きの声を上げました。

 少女が抱えていたのは、小さな小さな天使でした。

 天使なんて、聖書の挿絵でしか見たことがありません。

 そんな天使が自分の腕の中に居るなんて、信じられません。

 よく見ると、天使は翼の付け根に傷を負っているようでした。

 少女はその天使を介抱してやることにしました。

 しかし、少女の家はとても貧しく、包帯すらありません。

 仕方なく、少女は薬草を煎じてできた薬を傷口にぬってやり、自分の服の裾を裂いてそれを包帯代わりに巻いてやりました。

 小さな天使は、眠っているのか、目を閉じたままです。

 少女は、天使が起きた時のためにスープを温め始めました。

 といっても、天使がスープを飲むのかどうかは分かりません。

 しかし、お腹が空いていてはいけないだろうと思いました。

 スープを温めているあいだ、少女は編み物をしていました。

 あたたかそうな靴下を、少女は上手に編み上げていきます。

 それは、恋人にあげるためのものでした。

 明日はクリスマスイヴですが、貧しい少女にはプレゼントを買うお金すらありません。

 仕方なく、手作りのものをあげることにしたのです。

 くつくつとスープが煮える音がする室内で、少女は一人、編み物を続けます。


 小さな天使は、ぱっちりとその小さな目を開けました。

 さっきまでと違い、自分がいるのは暖かいところです。

 ゆっくりと体をおこすと、そこはどうやら家の中のようでした。

 天使が今まで寝かされていたベッドの前の安楽椅子では、一人の少女が居眠りをしています。

 天使はわけがわからなくなり、とりあえず少女を起こしてみることにしました。

 膝をその小さな手でぺちぺちと叩くと、やがてゆっくりと少女が目を開けました。

 少女の目が、小さな天使の目と合いました。

 「あ、もう起きられましたか。」

 「ねえ、僕はどうしてここにいるの?」

 鈴のような声で、天使は問いかけます。

 「私の家の裏で倒れているのを、さっき見つけたのですよ。怪我をしておられるようなので、簡単に傷をふさいでおきました。」

 天使は首を回して、背中を見ました。

 翼の付け根に、布切れが巻きつけてあります。

 ありがとうと、天使は言いました。

 ふと、おいしそうな匂いが漂ってきました。

 くるくると、天使のお腹が鳴ります。

 「あの、もしよければ、スープでもいかがですか?」

 お腹が空きすぎてたまらなかった天使は、即座に首を縦に振りました。


 お腹が満たされ満足したのか、ベッドの上で天使がうとうとしています。

 少女は古くなったブランケットを天使にかけてやり、暖炉の中に新たに薪を押し込みました。

 ぼおっと、炎が大きくなります。

 少女は暖炉の上においてあった缶を持ってきて、机の上で逆さに向けました。

 数個の銅貨が転がり出てきました。

 少女はそれを数えると、また缶に戻しました。

 外では、雪が止んでいます。

 少女は小さなあくびを一つすると、ランプの灯を吹き消しました。

 暖炉の火だけが、狭い室内を照らしだします。

 少女は安楽椅子を暖炉のそばに持ってくると、その上で丸くなりました。

 真っ白な村は、銀色の月に照らされ、さらに白さをまして深い藍色の中に浮かび上がりました。


 次の日、少女は早く起きて、家の前の雪をどけていました。

 昨日降った雪が積り、歩くのに邪魔になっていました。

 少女は昨日の残りのスープを飲み、起きてきた天使にも分けてやると、天使に留守番を頼んで出かけました。

 少女の懐には、缶の中に入っていた銅貨を全て入れた麻の袋が入っていました。

 すりきれたショールを首に巻きつけ、少女は村の広場に向かいます。

 広場では、クリスマスマーケットが行われていました。

 広場の中心にはクリスマスタワーと呼ばれる大きなツリーが置かれ、子供たちがその下で走り回っています。

 少女はマーケットでキャンドルを一本と、ほんのわずかなパンを買いました。

 それだけで持ってきた銅貨はなくなってしまいました。

 少女が広場の出口に向かっていると、どこからか少女の名を呼ぶ声がします。

 少女が声のする方を向くと、身なりのいい一人の青年が立っていました。

 それを見た少女は笑顔になり、青年のもとに駆けていきました。

 「しばらく会ってなかったね。」

 青年が少女に話しかけます。

 「ええ。だって、私は貧しいただの村人。あなたは村の地主の息子でしょう。立場が違いすぎるし、人目を気にせず会えるところなんてないし。」

 「いつか、添い遂げられたらいいのに。」

 青年の呟きは、白い霧となって消えていきます。

 「ねえ、今夜教会であるミサには行くの?」

 「もちろん。父さんはそこで僕に似合いそうな女の子を探すつもりでいるようだけれど。ミサがなんだか分かっているんだろうかね。」

 「あら、じゃあ今夜は精いっぱいおめかしでもしていきましょうか。言葉づかいもそれなりにいいところのお嬢さんみたいにして。もちろん、あなたに私だと分からないくらいに。」

 「約束するよ、僕は絶対に君を見つけ出せるってね。」

 「それは、どういう意味かしら。私がどれだけ頑張っても、所詮貧しい村人には無理だということ?」

 「そんなんじゃあなくてね。僕には君が分かるってこと。」

 それを聞いて、少女はにっこりと微笑みました。

 「それじゃあ、また晩に。教会で会いましょう。」

 「楽しみにしてるよ。」

 そして少女は広場の外に向かいました。

 青年は、そんな少女の背中をいつまでも見つめていました。


 そのころ天使は、暖炉の前でくつろぎながら、ゆっくりと翼を動かしていました。

 少女が作った薬は効き目がよく、まだ飛べるまでには至りませんが、痛みはすっかりなくなっていました。

 天使は机の上に置かれている編みかけの靴下をじっと見つめています。

 そして、そっと目を閉じると、ぱさりと翼を広げました。

 ふわりふわりと、小さな羽が辺りを舞い、落ちていきます。

 天使は突然目を開くと、何かを悟ったような顔をしました。

 この小さな天使には、不思議なちからがありました。

 人が作ったものを見るだけで、そのものに込められているその人の想いを感じ取ることができるのです。

 天使は少女の想いを感じ取り、少し悲しくなりました。

 怪我を治してくれた上に、食事までもらい、何かお礼がしたいのですが、何も思いつきません。

 少女がお金を欲さず、また裕福な暮らしも望んでいないことは、小さな天使にも分かりました。

 しかし、少女が本当に欲しいものは何か、分からないのです。

 天使は頭を抱え、悩みました。

 おそらく、天上の天使の仲間たちなら分かるのでしょう。

 でも、自分は彼らと比べてちょっとばかしバカであることは、天使にも分かっていました。

 何せ、飛んでいて木にぶつかり、翼を怪我するくらいなのですから。

 うーん、と暖炉の前を行ったり来たりしながら考えているところに、ドアが開いて少女が帰ってきました。

 「ただいま戻りました。おや、もう翼が動かせるようになったんですか。」

 「まだ飛べやしないけどね。それでも痛みはなくなったよ。ありがとう。」

 「どういたしまして。」

 少女はにっこりと微笑みました。

 しかし、その笑顔にわずかに暗い影が含まれていることに天使は気付きました。

 もしかしたら、靴下に込められた想いと何か関係しているのかもしれません。

 天使はそっと少女の横顔をうかがいました。

 ですが、さっきの影はどこかに消えていました。

 「ねえ、天使さん、今日の晩に教会でミサがあるんだけど、一緒に行きませんか?」

 「もちろん、行く!」

 楽しそうな少女を見て、天使は少し安心しました。

 買ってきたパンをほんの少し食べると、少女は編み物を再開しました。

 天使はお腹が空いていなかったので、パンを断ると、暖炉の前でぱちぱちと薪が爆ぜるのを見つめていました。

 そして日が暮れるまで、二人はずっとそうしていました。

 夕食はありあわせのもので作ったスープです。

 天使はふうふうとスープに息を吹きかけながら、少女を見つめていました。

 少女はどこか楽しそうで、うきうきしているように見えました。

 夕食を終えると、少女は作り終えた靴下を大切に懐にしまい、外に出ました。

 天使は少女の肩の上に座りました。

 道では、人々が皆、同じ方向に向かって歩いてゆきます。

 誰一人として、天使に気付いていないようです。

 少女にしか、天使の姿は見えないのかもしれません。

 やがて、少女は村の教会に着きました。

 高い天井には宗教画が描かれ、祭壇には十字架が掛かっています。

 天使が翼を動かすと、舞った羽が天井へと昇ってゆきました。

 大分人が集まった頃、厳かにミサが始まりました。

 神父様に合わせ、皆が聖書を朗読したり、葡萄酒とパンを受け取ったりします。

 その間、天使が翼を動かすたびに舞う羽は全て天井へと昇ってゆきます。

 天使は不思議に思ってずっとそれを見つめていました。

 やがてミサが終わり、人々がぞろぞろと教会を出ていきます。

 少女と天使も教会を出ました。

 すると、どこからか少女を呼ぶ声がします。

 少女が声のする方を向くと、物陰から身なりのいい青年が手を振っていました。

 少女は青年のところに駆けていきました。

 「また会えたね。」

 「そりゃあ、約束していましたものね。」

 どうやら青年は、天使に気付いていないようです。

 「あのね、これ。気に入ってくれたらうれしいんだけど・・・。」

 少女は懐から手作りの靴下を出しました。

 渡した瞬間、少女はやめておけばよかったと思いました。 

 相手は村の地主の息子、上等な靴下などいくらでも買えるのです。

 こんな庶民の小娘が作った靴下とは比べ物にならないほどにいいものを。

 少女はうつむいてしまいました。

 そんな少女の頭に、ぽんと青年の手が乗せられました。

 「ありがとう。」

 「え。」

 「そんなに僻まないでよ。僕はそんなの気にしない人なのに。ただ君がくれて嬉しいだけなのに。」

 「でも・・・。」

 「身分の差なんて、僕の前で気にしないで?」

 そう言って、青年は少女の頭を撫でました。

 少女は気を取り直して、青年にききました。

 「お父様はどうしていらっしゃるの?」

 「僕を探しているのかもしれないね。あの中に僕のお眼鏡に叶う素敵な女の子はいないのに。」

 「あらどういう意味。」

 「ここにいるってことだよ。」

 そう言って青年は少女を抱きしめました。

 少女は恥ずかしさで首まで真っ赤になっています。

 「ねえ、いつか絶対・・・。」

 青年が少女の耳にささやきました。

 その瞬間、天使は少女が一番望んでいるものが何か、やっと分かりました。

 そしてそれが、青年の望みでもあることを。

 天使はそっと翼をはばたかせました。

 ふわりと、天使の体が宙に浮きます。

 小さな天使は一生懸命に祈りました。

 この二人が結ばれる日が、いつか必ず来ることを。

 

 しっかりと抱き合う二人の上に、まるで彼らを祝福するかのように幾枚もの純白の羽がふわりと舞い落ちました。

 

 

                                          《Fin.》 

 

 

 

 

こんにちは、播磨光海です。

楽しんでいただけましたか?

何度もデータが飛ぶという災難に見舞われながら、なんとかクリスマスに間に合いました。

それでは、また。

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