【2】断片2
「あなたが思っている程、単純じゃないのよ」
呆れた声で彼女はいった。
「ああ、知っているよ」
携帯電話の向こう側にいる彼女を想像しながら、殆ど独白の様に僕は呟やいた。
「いいえ、あなたは何も見えていないわ。きっと目の前にあるものすらみえていないじゃないかしら。
全てのものには意図があってあなたの前に存在しているの」
僕は彼女の容姿を知らない。そして意図も見えていない。なるほど彼女のの言う通りなのかもしれない。
少なくとも目の前にあるものくらいは見えているつもりだが、確かに意図までは汲み取れていないかもしれない。
目の前にはフレームが錆びついたガラステーブル。
その上には灰皿と昨日の夜のカップラーメンの容器がある。他には整髪料の缶、鏡、目覚まし時計、ティッシュ。いつもと何も変わらない。
「わかってる」
そう答えるしかなかった。
実際には彼女が何をいっているのか全く分からない。理由や意味なら想像もつくが彼女がいっているのは「意図」だ。
それ自体に意思があると言う事なのだろうか?
何よりも今読まなければならないのは彼女の「意図」だということはわかる。
「僕は何をすればいい?」
回りくどいのは苦手だ。はっきりと要件を伝えて欲しい。
「目を凝らす事。眼前の事象を全て記憶するの。不要なものはひとつも無いはずよ」
「言いたい事は分かるけれどそれは難しいと思う」
彼女が言っているのはそのままの意味だろう。
「あなたにはそれが出来るはずよ。全てはあなたの為に存在しているの。それを忘れてはいけない。私には時間が無い。でもあなたは違う。たっぷりとは言えないけれども必要な時間はあるはず」
時間が無い?何に対してだろう?
「あなたに話せる事は限られているの。今は見えない意図も時間が経てば見えてくるはずよ。だからわすれないでどんな些細な事も」
なんの前触れもなく電話は切れた。
目覚めたばかりなのに意識はクリアだった。
僕が待っていたのはこれだろうか?
いや違う。あくまでこれは予兆だ。あるいはチュートリアルの様なものなのだろう。
チュートリアルに従わなければ先に進めない。
取り急ぎ、コンビニに走りメモ帳を買った。
コンビニまでの道ですれ違った通行人とコンビニの店員の見た目と印象を書き留めた。
かなり前につけていた日記帳を押入れから取り出し、それまでのページを破り捨て今日の日付を最初のページにいれた。
そのあとこうつけ加えた。
『午前8時17分、女から電話。要点、全てには意図がある。全てを記憶しなければならない。意図はあとから見えて来る場合がある。彼女には時間が無い。自分にはある』