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生から死へ 死から生へ

作者: ユウスケ


 真っ白だ。

 どこまで行っても、どんなに先を見つめても、何もない。

 ただただ白く、天と地の境界すらもわからない世界。だが、ふと思う。ここは本当に俺が居た世界なのか、と。そう思うと、今いるこの場所に凄く違和感を覚えた。なぜ俺は此処にいるのか、なぜ俺に此処に来るまでの記憶がないのか。そしてなぜ、俺は俺を視る事が出来ないのか。

 どんなに自分の体を見下ろそうとしても、真っ白な世界が広がっているだけで、本当に下を見ているのかさえわからない。真っ白な世界の景色がどこを見ても同じだから。


 虚無


 この世に存在する全てのモノに価値や意味が無いこと。今まで俺が見て、感じて、経験してきた事は全ては嘘で、偽りで、本当はこんなにも何も無い空虚な世界なんだと。そう思い知らされているかのようで、怖い。ただ怖い。理由なんかない。全てが嘘なら、今こうして此処にいる自分は何なのか。わからない。だから怖い。それだけだ。


「此処に人の意思が訪れるなんて、珍しい」


 混乱しかけていた頭に、柔らかな女性の声が聞こえて来た。そしたら、自分でも不思議なぐらいに一瞬で冷静になった。

 俺は辺りつもりで首を左右に回して見渡してみる。だって景色が変わらないから見渡しているのかわからないから。


「探しても無駄。貴方が見ようとしない限り、私を認識する事はできないの」


 正直、この声の主が何を言っているのかよく分からなかった。姿を見たいから探しているというのに、それでは見えないという意味が。

 俺はそれなりに漫画やアニメ、神話やお伽話、魔法などの類の事情にはそれなりの知識を持っていると自負している。所謂オタクやマニアと呼ばれる類の人間だ。だが言い方を変えれば、そういった事柄を調べる専門家だ。因みに、神話を調べたりするのも考古学として職業でちゃんとあったりする。…………話が逸れたが、声の主が言った言葉の意味を考えてみる。

探して見ず、探さずして見える。うん。意味が分からない。なので少し整理してみる。

 まず聞こえてきた声から。さっきまで何も見えなかったのに、唐突に聞こえてきた柔らかくも凛とした女性の声。それはつまり声を掛けられる距離に声の主がいるという事だ。だが何も見えない。見えるのは眩しいぐらいに真っ白な世界のみ。この事から、声の主は目に見えないという事になる。これが神話の類だと、こういった現象は神や仏様の類のお告げという扱いを受ける。だがそんなものが現代の地球に存在するはずがない。以上の事を踏まえて、改めて考えてみる。

 声の主は言った。自分は探しても見えない。見ようと思わないと見えない、と。仮に声の主が透明人間だとしよう。そうなると確かにただ探しても見えないだろう。だが逆に、透明人間を見ようと思って視るのとは、文字通り見方が違う。つまるところ、声の主の言いたい事はこうだ。

 自分を見たかったら、見えない姿を探すんじゃなく。見える筈の姿を視ろ。俺は近くにいて絶対に見える筈の女性の姿を探す。すると、数メートル先でぼんやりとした影が薄らと現れ、それが人の――女性の像を結んでいく。


「ふふふ。上出来よ」


 現れた女性は、凹凸のハッキリした肉体、膝下まである白いワンピースと長い艶のある黒髪、整った顔で不敵に薄っすらと笑みを浮かべて言った。


「流石に四回目の輪廻転生を受けた魂。持っている情報が多大でこちらも意思を伝えやすい」


 女性はそう楽しそうに呟く。俺には正直言っている意味が半分しか理解できない。


「つまりお前は過去、既に四度の転生を遂げているという事だ。そしてさっき、お前はその四度目の生を終えた」


 終えた? それって……つまり……。


「お前の意思を入れる器は壊れている。つまり、お前は死んだ(・・・)という事だ」


 死ん……だ? でも、俺はこうして……此処にいる。


「お前はお前の器を視る事が出来ず、また声を出すという事も出来ない。それは此処に肉体という概念は存在しないからだ。此処にあるのはただ、意思だけだ」


 つまり、今の俺は幽霊。


「当たらずも遠からず。此処は意思のみが存在できる場所」


 でもアンタには……体が……。


「私に肉体など無い。あるのはただ意思のみだ。故に、お前が今見ている姿も意思にすぎない」


 ……意味がわからない。


「つまり――――という事だよ」


 今、なんて言った?


「……そうか、今の意思の情報を持っていないのか」


 女性は右手を軽く握って口元に持っていき、少し考える仕草をする。そして数秒後、口を開いた。


「少し情報の整理を促してみるか」


 そんな事を呟くと、女性は腕を下してこっちを向いた。


「お前は自分が死んだ時の事を思い出せるか?」


 俺は女性の言うとおり死んだと言われる時の事を思い出そうする。が、なかなか思い出せない。靄が掛かったかの様にぼやけてしまう。


「悪い事ではない。お前もう四度の転生を果たしている。魂は器を得る事で生を受け、生きている間に得た情報を書き込んでいく。魂は死を繰り返す事によって疲弊し、だんだんと死の前後の記録にロックを掛ける。だから思い出せなくなる。それが魂の理。器を得て生を受け、やがて死を迎え器を捨て、新たな器を得て生を受ける。それが輪廻転生」


 ……つまるところ、魂とはハード(H)ディスク(D)ドライブ(D)と同じようだ。生きている間にHDDに情報が書き込まれ、死んだ(エラー)回数が増えるとその分だけHDが傷ついて死んだ瞬間の記憶を覚えていられなくなってしまう。これが人の魂の真相、そして脳にあるはずのない前世の記憶を覚えている人がいる理由なんだろう。


「魂はとてもよく出来ている。転生時に、今までの人格を閉じ、新しい人格を形成する。だが、たまにお前が言ったように前世を、魂に強い後悔や執念が刻み付けられている人間限定だ。だがそこまで強い感情を抱く人間少ない。それに死んで直ぐ転生できる訳でもない」


 確かにテレビなどでも前世を覚えている人が居たが、そういった人間がいる事も、ましてやテレビに出る事すら低確率なんだろうな。だとすれば、此処は転生場所の様な所なのか。


「此処は始まり。そして終わりの空間」


 始まりと終わり?


「此処で世界は生まれ、そして広がっている。だから此処にはそれ以上のナニカは無い。だから此処で終わり。此処が世界の始まりであり、終わりである。なにせ、此処から先には何もなく、此処には何もかもがあるのだから」


 そうクスクスと笑う様に言う女性。彼女の言う事が本当なら此処は、俺が住んでいた世界の本当の意味での中心、という事なのだろうか。

勿論、地球の中心という訳ではないだろうけど。

 それならば、此処が始まりで終わりという意味も理解できる。此処から宇宙が始まり、此処から全てが始まった。だから此処にはそれ以上のモノは無いし、それ以外のモノは必要ない。だから此処は始まりであって終わり。そういう事なのだろう。

っていうか、さっきから不思議だったんだけど……なんで俺が思ってることがわかる訳?


「少し冷静になってきたか。しかし先ほど言った筈、此処には意思しか存在しない。だから思ったこと全てが私に伝わる。そして、お前が聞いているだろう声も、お前の魂に刻まれた情報から最も近い情報を使って、お前自身が理解しているに過ぎない。此処には意思しか存在しないのだから、言葉という概念も存在しない。いや、元々はある。だが適応されないだけだ」


 それはつまり、オレの魂の中で俺がアンタの意思を俺の知ってる言葉に変換してるってことか?


「ふふふ、正解。だから此処には全てがあり、此処には何もない」


 ようやく彼女の言う事が理解出来た。此処にあると思っているものは全てオレの魂に刻まれた情報なんだ。でも、此処には意思以外は存在していない。

 だから、此処には全てが生まれた場所、そして此処に来る時は意思と情報以外の全てを失っている。そういう事なんだ。


「だから貴方が見ている私も、お前の中の情報が最も近いものとして写しているに過ぎない」


 それってつまり……俺が違うと思えば違う姿になるって事か?


「そうだ。お前は私の言葉を、自分が捉えやすい形に、変換していたのだよ」


 どんどん声が低くなっていって姿がぼやけ、再び見えてきた姿は、オレンジ色のマントと真っ黒な全身タイツに金髪――って、ダ、○オス!?


「ふふふ。どうやら姿が変わったようだな。だが、それがこの場所。私にはお前の形が認識できるが、お前に私を正しく認識はできない」


 アレの姿で言われると凄い威圧感……。っていうか、この理論で行くと……。


「故に私は、形を持たず此処に解ける様に存在しているの。だからアタシは此処にいる。それが我の存在理由であるからだ」


 言葉が区切れる度に声のトーンと口調が変化する。姿形もダ○スの姿から普通の女性へ変化し、そして貫録ある初老の男性へ変化する。これを見ると、本当に俺って彼女――もとい相手の存在を曖昧に捉えてるんだなって思う。でも、教えられる前から少しずつ口調が変化してた事を思い出した。


「無理もない。我の存在は世界と同義。私は世界が生まれたと共に此処にあり、そして世界があるから俺は此処にいる」


 世界と共に生まれって……じゃあ、あんたは世界の意思みたいなもんか。


「当たらずも遠からず。我は世界と共にあり、世界が続く限り我は此処にいる。故に世界は存在し続け、我は世界を見守り続ける」


 つまりあんたは、おれ達の言う神様みたいなもんか。


「正確には違う。だが意味としては同義。我は世界。そして世界は私。世界があるから俺はいて、そして自分がいるから世界は生き続ける」


 ……神様っていうより運命共同体みたいなもんだな。まるでSF映画やアニメの様な話だ。


「人がそれを理解できるはずがないわ。脳よりも許容量のある魂でもっても、理解できぬのだからな。故に私の意思をお前はすべて理解できないし、聞いている意思も、お前が最もその意思に近い言葉で理解しているのだ」


 まぁ理解出来たら、どこぞの錬金術師的な意味で世界の真理を理解する事になりそうだし。だって目の前にいる人――もとい存在って世界と同じみたいだし。でも意識は別みたいだし、俺みたいに此処に来る魂の相手をする的な意味があって此処にいるのか?


「それも当たらずも遠からず。僕は此処にずっといる。此処から世界の行く末を見守り続ける。故に世界に干渉することはしない。世界の行方は世界と、その世界に生きる存在によって決められる」


 でも見守るだけって……暇じゃないか?


「此処には、時間という概念すら存在しない。此処はこの世界の中心であり、他の世界と唯一行き来できる場所でもあるからだ」


 なんか今、凄い事を聞いた気がする。


「世界が一つなはずがない。この世界とはまた違った世界が、この世界の宇宙に存在する星の数以上の世界が存在し、またその世界の中で別の世界が存在すれば更にその倍だ」


 要するに数え切れないほどあるって事ね。っていうか、この宇宙ですら数え切れないのに、それ以上あるとか……。


「ふふふ。それで、どうするの?」


 え?


「貴方は既に四度の転生を経て此処にいる。もう一度転生すれば、そろそろ魂の限界へと足を踏み入れる事になるだろう」


 げ、限界を迎えると?


「壊れる。そして新しい魂へと生まれ変わり、新たな輪廻を巡る」


 淡々と告げられる事実に俺は何も尋ねられなくなった。


「勿論、それまで溜め込んだ情報は全て失い、完全に真っ新な状態で始まる。そして、限界の近づいた魂は、それまでに得た情報を器へと転化するという現象を起こす」


 魂という名のHDDの要領が一杯になりこれ以上詰め込めない状態になってもなお、無理やり書き込もうとしてすれば壊れるのも当たり前。

 そしてその寸前の状態で魂が体――所謂メモリーカード――に情報を移す事で破損を回避しようとしているのだという事だろうか。


「情報を転化された器は超人的な能力を持ったり、類稀なる才能を持ったりする。だが、そういった器ほど脆くなる」


 超能力然り、超人的な運動能力然り、人の上に立つ才能然り、他者を圧倒する万能な才能然り。ある種の凄すぎる才能を持つ人は現代にも沢山いる。だが、そういった人物ほど長く生きなかったりする。それが魂の情報を肉体へ転化した代償なんだろう。


「さて、全てを理解した上で問おうか」


 凛とした黒髪の女性がこちらを見る。


「お目は次の生を何処に求める? 今ならば他の世界へ行く事もできるぞ? ただし、記憶は全て新しくなり、人格も変わるだろうがな」


 その世界って、指定できるのか?


「出来る訳があるまい。我はこの世界の意思そのもの。他の世界に干渉などできる筈がない」


 まぁそれもそうか。この人――存在はこの世界だけの意思で、それ以外の世界にもそれぞれの意思があるんだもんな。そもそも無限に近い数があるんだから指定なんて無意味か。ここから出たらそこが他の世界なんだし。


「それで、どうする? このまま此処で新しい輪廻を巡るか? 一度限界へ挑んでみるか? それとも、まったく別の理の世界で生きるか?」


 一つ目の選択肢は、いわゆる真っ新な状態、つまりリセットされてから人生。


「そうだ」


 二つ目の選択肢はこのまま次の肉体に宿って、短命になるが凄すぎる才能を手に入れるか。


「そうね」


 三つ目はもう二度とこの世界には戻れないが、まったく新しい人生を歩める。


「そういう事」


 どれも此処が出発点で、どちらにしろ俺は消えるのか。なら他二つの可能性を持つ三つ目を選択する。


「私を捨てて他の世界へ行くのか」


 なんか言い方がイヤらしいな、オイ。


「まぁ好きにすればいい。私はただここから世界を見守るだけ。そこで生きる者達の意思は尊重するだけさ」


 そう言うと、俺の意識がまた遠くなっていく。

 ああ、これで此処とはお別れなのか。そう思うとなんだかひどくさびしくなった。


「此処に来る人の魂は稀だ。此処に来たという事は、お前はもう何かしらの影響を受けているだろう。それがどんな影響かは、次の生で確かめろ」


 そんな送り言葉を聞きながら、俺は此処からいなくなった。


 行き着く先は一体どこか。どんなところにも行けるし、どんな世界にでも生きていける。それが全ての世界で共通する事。


 命は、生きる為にあるという事。


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