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第八話「市議長別邸にて①」

「おーし、じゃあ、新入り。お前は最後、倉庫の掃除をして来い。それが終わりゃあ、今日はあがっていい。俺達ももうあがる」

「はい、わかりました」


 市議長宅別邸の庭師長ハンデルグさんに言われ、私は敷地の隅にある倉庫へと、私の背の半分くらいはある刈込鋏を抱えて向かった。

 ここはアステル中央市議長ヴァルナークが長期休暇を過ごす、郊外に建てられた邸宅だ。言ってしまえば民家の一つでしかない場所だが、しかしやたらと広い。鋏を運ぶだけで一苦労だ。先日ダルクと遊んだ公園とそう大差のない面積だろう。市議長になればこんな家に住めるのかと(しかも別邸だ)、最初ここに足を踏み入れた時はだいぶ面食らったものだった。

 日は暮れかかっている。

 早朝からこの邸宅の庭を隅から隅まで駆け回り、私もそれなりにくたびれていた。今日で四日目になるが、ようやく少しずつ慣れてきたくらいだ。ギルドの仕事で駆け回るのとはまた違った疲労感がある職務内容だった。

 しかし、正直に言えば、この仕事も悪くないと思っている。

 もともと植物鑑賞を趣味にしていた私だし、草木や花に囲まれて仕事をするのはこの上なく幸せなことだ。今日も東の方の花壇にマリーゴルドの種をまいたところだが、これが花開くところを見れたらどんなにか嬉しいだろうと思う。想像するだけで楽しくなる。実際に私がそれを見ることはないだろうことが、残念で仕方ない。

 私のこれは転職というわけではなく、ただの潜入だ。

 アンディに言われるまま、私は偽名を使い、身分を偽り、ここの人員募集に応募したのだ。そして運よく(実際どれくらいの応募があったのかはあずかり知らぬが)採用されたのだった。

 アンディも誤解していたが、私の趣味はあくまで『植物鑑賞』であり、ガーデニングについては雑誌でかじった知識がいくらかある程度。仕事としての庭園管理など初心者もいいところだ。ここでの仕事も一から教わるばかりで、予備知識などないに等しい。気苦労の絶えない四日間だった。

 さらにもう一つ不満を言えば、この仕事が週払いであることである。『決行日』が今日であるため、残念ながら、給料は受け取れない予定なのだ。潜入なんだからそれを期待する方が間違っているのはわかっているが、ギルド仕事を休んで来ている手前、どうしても「なんだかなあ」と思ってしまう。……まあ、『こっち』の報酬に期待するしかないか――と、私は内ポケットの封筒をくしゃりと握った。

 ようやく敷地隅の倉庫にたどり着いた。

 倉庫とはいっても、我が家と大差ない大きさの建物だった。南奥に見える邸宅に比べれば確かに倉庫でしかない大きさだが、一家族が暮らせそうなくらいのものだ。中は、基本的に庭師道具や屋外用の備品が並べられている物置になっている。しかし隅には数人が休憩できるテーブルスペースも備えられており、昼寝ができそうな大きめのソファまで完備されている。

 倉庫の明かりをつけ、私は運んできた鋏を棚にしまい込んだ。そして壁にかかっている時計を見上げる――六時十分。五時半くらいに「あと数十分でリンクがここに到着する」というアンディからの無線があったが、まだ着かないのだろうか?

 ――と思っていると、東門の方から、声が聞こえてきた。


「だから! そんな連絡は受けておりません!」

「いえ、確かにアポは取っていたはずです。ウチの試供品のご紹介をさせて頂く予定だったんです」

「担当者は?」

「秘書補佐のクーネ様です」

「はあ、クーネさん? クーネさんは今、休暇中ですよ」

「うそ! そんなばかな!」

「ほら、帰ってください」

「いえ、その……せっかくですので、別の担当者の方をご紹介いただけないですか? お時間は取らせませんので」

「別の日にしてください」

「そこを何とか! 本日は選りすぐりのものをご用意しているんです」

「あのね、ここはおいそれと部外者が立ち入れる場所じゃないんだよ。何と言われても無駄だ。さあ、帰って帰って」


 男性と女性の大声でのやり取り。男性の方は東門の保安員ヘノさんの声、そして女性の方は――少々声音を変えてはいるが――リンクの声だ。

 私は慌てて倉庫を飛び出し、東門の方へ向かった。

 門の前では門番とスーツ姿のリンクが押し問答を続けており、その語気は段々と険悪なものになっていた。

 私は割って入るようにヘノさんの肩を叩いた。


「す、すいません、ヘノさん!」

「ん? ああ、君は庭師チームんとこの新入り君。いや、聞いてくれ。やたら強引な押し売りが来ててね、困ってるんだ」


 ヘノさんは顔を真っ赤にしながら私に向き直った。

 その横で、私に気付いたリンクがあっと声をあげそうになっていたが、私は目くばせだけでそれを制する。そしてこほんと咳ばらいをしつつ、


「いや、実はですね、それ、うちのハンデルグさんが応対を引き継いでたんですよ。その連絡を保安員に入れるのを忘れてしまっていて……」

「ハンデルグさんが? いや、でもこの人、さっきはクーネさんが担当だと――」


 とヘノさんがいぶかしんだ顔になったところで、リンクの後ろからのっそりと上背の高い男が現れた。


「おいこら、半人前、先走るんじゃねええつったろうが」


 言いながら、男はごちんとリンクの頭頂部にげんこつを食らわせた。

 リンクは後頭部を押さえながら、心底驚いた表情で男を見る――それが見慣れぬスーツを着たアンディであることに再度驚愕、というか驚きすぎて放心しているような顔になった。

 スーツ男、アンディはリンクをぎろりと睨むと、


「ここはそんじょそこらの一般民家とは違えんだ。そんな半端な話で通るわけがねえだろうが」


 と一喝。そして今度はヘノさんと私に深々とお辞儀をして、


「どうも失礼しました。いや、その件の連絡は私が頂戴してます。クーネ様が不在とのことで、庭師長のハンデルグ様がご応対いただけるとのことで。うちは様々な刃物を扱っておりましてね。本日は剪定鋏をご紹介させていただこうと伺った次第でして」

「はあ、そうだったのかい。そういうことなら、まあ。……じゃあ、この入出記録書にサインして」

「へい」


 アンディはさらさらと用紙にサインする。

 ヘノさんはサイン済みの用紙を受け取るとそれを保安室のファイルに閉じながら、


「じゃあ、新入り君。悪いが、ハンデルグさんのところへ案内してくれるか?」

「わかりました」


 私は答え、そしてリンクとアンディに向かって「さあ、こちらです」と道案内を開始した。


「ほれ、さっさといくぞ」


 アンディは再度ぺしんとリンクの頭をはたいたが、リンクは依然声を発せないまま、混乱の極みにいるような表情で私の後をとぼとぼとついてきた。

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