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第七話「公園にて」

「らーき~~、へーい」


 数十メートル先、ダルクが両手を頭の上でぶんぶんと振っている。

 私は


「行きますよ~~」


 と言って、ゴムボールをぽーんと放った。

 緩い軌道を描くボールに合わせ、ダルクはちょこちょこと位置調整。そして落ちてきたボールを掴もうと腕を広げたが、

 ――ぼすん

 前に出過ぎたせいで、ボールはダルクの頭でワンバウンド。そのまま向こうへぽんぽんと跳ねていった。


「あはははは」


 ダルクは可笑しそうに笑いながら、跳ねてくボールを追いかけていく。私は腕を組みながらそれを眺める。いちいち可愛らしい仕草と表情に、笑みがこぼれてしまう。


 ここは、隣町のわりかし大きい公園である。


 サイクリングロードに簡単なアスレチック、小川、そして簡素な庭園が並び、その中央にだだっぴろい芝生の遊戯スペースが広がっている。殊更目を引くような何かがある場所でもないが、だからこそ、各々で楽しみたいことを楽しむためにうってつけの施設だ。週末ともなれば、周辺地域から多くの人が集まってくる。今日は平日だが、それでもそれなりの人数(主に小さい子供を連れた母親やご年配の方々)がここで時間を過ごしている。

 私としては、平日の昼間からこんな所で遊んでいられるほど余裕のある生活をしているわけでもない。しかしいかんせん、五日前の密売人捕縛以降、チームとして仕事ができていないので、私自身の時間潰しの意味も含めて、今日はここに遊びに来たのだった。

 あの事件以降、リンクとは音信不通になっている(まあまだ五日目だし、それくらいなら今までも度々あったので、まだ深刻な問題とは捉えてはいない)。アンディも思うところがあるようで、彼からも数日休むと言われている。仕方なく私はここ数日、一人でやりきれそうな仕事を見繕ってこなしていっているのだが、今日は目ぼしい依頼がなかったためオフにしたのだった。

 私一人の話なら開店休業したところで問題はないが、ダルクを食べさせなければならない身としては、この状態は思わしくない。なんにせよ、早めに何かしらの解決を見せてほしいと切に願うところである。


「らき~~」


 ダルクがボールを抱えて戻ってきた。そして大きく振りかぶり、腕を勢いよく振ってボールを投げ返してくる。

 私はそれをワンバンで取ると、再度、


「行きますよー」


 と言って投げる。

 今度は逆に下がりすぎたダルクは、バウンドしたボールを股下から後ろにやってしまう。今度は勢いをつけすぎたためか、奥の土手を超えて転がって行ってしまった。ダルクはとことこと土手を駆け上がり、楽しそうに、そのボールを取りに走っていった。


「ふむ」


 ダルクの駆けていく後姿を見やりながら、私はひとりごち頷いた――ダルクももう九歳、来月には十歳になるのか。外で遊ぶのも体を動かすのも好きなようだし、そろそろ『訓練』を始めてもいい頃だろうか?

 私の時は確か八歳くらいから両親の手ほどきが始まったはずだし(私自身はその頃のことはあまり覚えていないが)、早過ぎるということもないだろう。まずは基礎体力、柔軟性、そして素振りと、基本から少しずつ始めていくか。思い立ったが吉日ともいうし、来週あたりにも始めてもいいかもしれない。帰ったら、私が使っていた模造刀を物置から引っ張り出してこようか。

 そんなことをつらつら考えていると、突然、


「はは、楽しそうじゃねえか」


 と、背後から声がした。

 驚いて振り返ると、茶髪にTシャツ、ジーパンの男――アンディが、「よう」と右手を挙げていた。


「……え? あ、アンディ?」

「ははは、お前がそんなに気を抜いてるのは珍しいな。あの弟のこと、だいぶ可愛がってんだな」

「まあ、正確には従弟ですがね」


 私は少々早くなった動悸を落ちつけながら答える。


「一体こんなところに何しに?」

「いや、最初はお前ん家に行ったんだが、隣の家の人に、お前ら今日はこの公園に遊びに行ったって聞いてな」

「ああ」


 家を出る際、ちょうど隣家のおばさんとすれ違い、「どちらへ行かれるの?」と聞かれたので、この公園に行くと言っていたのだ。あのおばさんとナイスタイミングで出くわせたのだろう。

 しかし私の家からここまで三十分くらいはかかる。その距離をわざわざ来たということはつまり――


「私に、緊急の用事があったのですか?」

「いや、緊急ってほどでもねえよ。ここまで足を運んだのも、散歩がてらだ」

「じゃあ、緊急ではない用事が?」

「用事というか、相談なんだがな」


 アンディは幾分言いづらそうにしつつ、自嘲気味に笑った。


「せっかくのオフの日に仕事の話で申し訳ないんだがよ。リンクのこと、どうしようかと思ってな」

「ああ……あれから連絡ありませんからね」

「今日の午前中、たまたまポーラに会ったんで聞いてみたら、リンク(あいつ)、昨日も一昨日も、汚職の調査を続けてたらしい。やっぱり思い直しちゃくれなかったってわけだ」

「そうですか……」


 私はぽりぽりと頬を掻いた。小屋から出て行った時の彼女の表情を見た限り、期待は薄いとわかってはいたが……。


「……しかし、我々としては、彼女を止めなければならないのは変わらないでしょう。その方法をどうするか、ですが……。正直、また同じように言い聞かせたところで何も進展はしないでしょうね。考え直させるための何かしらの策を考えないと。……例えば時間的条件をのんでもらい、彼女が冷静になるまでの時間を稼ぐとか、マスターに言って直接止めてもらうとか」

「そうだな」


 アンディは、思い悩むように虚空を見つめた。


「とりあえず明日、あいつん家行って、もう一回説得してみようと思う。まずは、思わず殴っちまったことを土下座で謝ってからだが」


 アンディはため息交じりに言いながら、ポケットに手を突っ込んでごそごそと中でいじっている。無意識に煙草に手を伸ばしてしまったのだろうが、この公園が禁煙区域であることを思い出したようだ。

 煙草を諦めたアンディは、険しい顔で、まっすぐ私を見てきた。


「それで、なんだがよ。その説得でもあいつが聞く耳持たなかった場合、俺も腹を括ろうと思ってる」

「腹を括る? ええと、何にです?」


「――俺も、あいつを手伝おうと思う」


「…………へ?」


 話がよくわからなくなった。殴ってまで彼女を止めようとしたアンディが、彼女を手伝う? どういう話の流れだ? 何かの比喩的な話か?


「いや、そのまんまの意味だ」


 アンディは苦笑した。


「いや、ここに来るまでの道すがら、俺も色々と考えたんだがよ。あんな風に殴っても思い直さねえってことは、あいつの意思の硬さは、もうどうしようもねえってことだろ? よっぽど特別なことがない限り変わらねえってことだ。変えられねえってことだ。そしてあいつを見捨てるって選択肢がない以上、あとはもう、あいつができるだけ安全に目的を達成できるよう、手伝うしか方法はねえじゃねえか。……ただの不本意な消去法だ」


 ……ふうむ、いや、そう言われればそうだが。納得するしかない理屈だが。……しかし、当然のように「見捨てる選択肢はない」と言い切ったが、この部分は逆に、アンディの意思の硬さなのだろうと思った。


「だから、相談ていうのはだな、もしあいつを手伝うってなった場合、お前も協力してくれるかってことを聞きたかったわけだ」


 アンディは伏し目がちに尋ねてくる。

 私はしばし考え込む。そして数秒の沈黙の後、私自身の正直な気持ちを説明する。


「そりゃあ、私もチームメイトの一人ですし、二年間一緒にやってきた仲ですからね。命の一つや二つ賭けるのはやぶさかではありません。今更そこに抵抗はありません」


 言いながら、私は土手の向こうまでボールを取りに行ったダルクの方を見やる。


「しかし、我々がリンクを止めようとした最大の理由は、家族もろとも追いやられる危険性があったから。家族に危害が加えられる可能性もあったから。私のことはいいですが、あのダルクにまで被害が及ぶというなら話は変わってきます。私がギルドで仕事をしているのも、ダルクを健やかに育てるためです。そこが阻害されるというなら、残念ながら協力はできません」

「わかった」


 アンディは深く頷いた。


「あいつを手伝うにしても、俺達三人だけで責任が持てる範囲内でだけ。手を汚したり、じゃなくとも血なまぐさい話にまでは手を出さない。それだけは最低限あいつに飲ませる」

「……ええ」


 わたしも頷きを返した。と――


「らーきー」


 土手の方からダルクの声が聞こえてきた。何事かと顔を上げると、


「ぼーーるーー、川に落ちた~~」

「ええっ!」


 そうだ、土手の向こうには川があったのだ。そこまで転がって行ってしまったとは。

 アンディはからからと笑い、


「はは、さっさと行ってやれ」

「そうですね」


 私はやれやれと呟きながら土手の方へ駆けだそうとした。その際、


「あ、お前に一つ確認しておきたかったんだが」


 と、アンディが聞いてきた。

 私が「何です?」と振り返ると、



「――お前、ガーデニングが趣味だったよな?」

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