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第六話「山小屋にて③」

 小屋の扉を蹴り開け、一番最初に私の目に映ったのは、床に片膝をついているリンクの姿だった。胡乱な眼つきで、私とアンディを見上げていた。

 次いで、その傍らにうずくまっているものに視線が移動する――それは、覆面の男だった。床にうつ伏せになり、背中を丸め、がたがたと肩を震わせていた。

 そして、彼の右の掌が、床板と共に串刺しになっていた。天から射抜かれたように、綺麗に垂直に、青い刀が倒立している。その柄は、当然のように、その刀の持ち主であるリンクの手に握られていた。

 たった今、ここで一体何が起こったのか――あるいは、行われたのか――類推するまでもなくわかる状況だった。


「……おい、リンク。……何してんだ」


 この光景を見、成り行きをすべて理解した様子のアンディが、低い声で尋ねた。


「どうして、無防備の相手にわざわざ危害を加える必要がある」

「……あんたには関係ないわ」


 無表情のまま、抑揚のない声でリンクは答える。


「別に、こいつらを殺そうってわけじゃないんだから。特に、あんた達に迷惑がかかるわけでもないでしょ」

「そーゆー問題じゃねえ」


 アンディは一歩、リンクの方へ歩み寄った。


「完全に戦意を無くしてる人間を傷つけるのは、ただの犯罪じゃねえか」

「犯罪者はこいつらの方でしょ。盗品の密売なんて」

「お前も同列だって言ってんだ」

「…………」


 リンクは表情を変えず、ただアンディを直視する。まるで、「だからどうした」とでも言うように。


「…………チッ」


 数秒の沈黙の後、アンディは舌打ちをした。


「とにかく、まずはその刀を抜け」

「…………ふん」


 リンクは仕方なくといった表情で、勢いよく刀を引き抜いた。同時に、どろりと覆面の男の掌から血が零れる――私は慌ててかばんからタオルを取り出し、その傷口に当てがった。いくらか凍り付いているおかげで、傷の深さのわりに出血はあまり酷くないようだった。


「……大丈夫ですか?」


 私は覆面の男に問いかけた。大丈夫なわけないとはわかってはいたが。しかし覆面の男は私を見上げることもなく、歯を食いしばり、絞り出すようにうめくだけだった。


「…………くっ……知らねえ。俺はほんとに知らねえんだ……」


 依然肩を震わせ、額を床にひっつけ、聞こえるか聞こえないかの声で呟いている。

 その様を苦い表情で見ていたアンディは、再度リンクに向き直った。


「……で、こんなマネしてまで、お前は一体何を聞き出そうとしたんだ?」

「あんたには関係ないでしょ」

「ないわけあるか。こいつらを五体満足で依頼主に届けなけりゃ、俺達の仕事は完遂できねえんだ」

「だからって、『内容』にまで踏み込む権利はないでしょ」

「まあ、言わなくても察しはついてるがな」


 アンディの軽い口上――リンクはぴくっと顔を強張らせた。


「どうせ、この密売の黒幕を聞き出そうとしたんだろう。そこにアステルの市議会が関わってねえかと勘ぐってな」

「だ、だったら何よ。これは私個人の――」


「――やめとけ」


 アンディは静かに言った。リンクを真正面から見据え、睨み、諭すように語りかける。


「『あんなこと』があっちゃあ、そういう気持ちになるのも当然だろうし、悪を裁こうってんならそりゃ正しい行為なのかもしれねえ。……ただ、お前のそれはあんまりにも悪手過ぎる。手順が悪すぎる。どんなしっぺ返しが来るか予想できないほど、分別がないわけでもねえだろう」


 顔を俯けギリッと唇を噛むリンクに、アンディはさらに言葉を続けた。


「お前が一週間探し回っても『あいつら』の尻尾が掴めなかったのがいい証拠だろう。つまりは、それだけ『あいつら』は守られてるってことだ。手強いってことだ。そんな奴相手にお前が一人で突っ込んだって、結果は見えてるだろう。これはお前だけのリスクじゃねえ。お前の家族にも及びかねないリスクだ。傷心のお前の家族をさらに追い込んでどうすんだ」


 アンディは静かな口調で言い聞かせる。


「お前が思う以上に、この世界はうまくできてる。不合理な力でのし上がったって、そのうち破たんするのが世の常だ。いつかは報いが来る。俺が保証する。だから、やめとけ。それは何一つ救えない行動だ」


 ここまで言って、アンディは一つ息をついた。今まで聞いたことのない、アンディの長い説得。せめて少しでもリンクに響いてほしい。そう祈りながら、私はリンクの次の言葉を待った。しかし――


「――うるさい」


 リンクはわずかに顔を上げ、睨むようにアンディと私を見上げた。


「うるさいうるさいうるさい。何知ったような顔で、偉そうな戯言並べてんのよ。なんの悲劇も見てないやつの言葉に説得力があるわけないでしょ。許せない。私の動機はそれだけよ」


 吐き散らすようにリンクは言う。


「結果なんか知らない。先のことなんか知らない。周りのことなんか知らない。ひとのことなんか知らない。許せない許せない許せない。許せないから、私は――――くぁっ」


 リンクの体が吹っ飛んだ。そのまま小屋の壁に激突し、砂埃を巻き上げる。

 覆面の男、そして縛り上げられている他の三人の密売人も、ぎょっとした顔でそれを見た。

 リンクを殴り飛ばした張本人、アンディは、床に倒れこむリンクに一瞥をくれた後、くるりと背を向けた。


「……それでわからねえなら、今日はもう帰れ。おまえの分の報奨金は後で届けてやる」


 もうもうと小屋の中を砂煙が舞う。しばしの静寂に包まれ、誰一人動けなくなった。

 その中、リンクはよろりと立ち上がり、頬をぬぐった。そして無言で刀を鞘にしまうと――


 ――そのまま小屋を出て行った。

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