第三話「ギルドにて」
「ええっ? ……ちょっと! ワタシの分、これだけなの!」
ギルドの片隅の一席。自身の取り分が入った封筒を覗きこみ、札が何枚入っているか数え上げたポーラは、思い切り渋い顔をした。
私は心底思った――――勘弁してくれ、と。
この報奨金を三人分に分配した際、リンクが復帰するまでのサポートとしてこちらからお願いしている手前、気を遣って彼女の分にはそこそこ色を付けているのである。しかも、個人的な感謝の意を込めて、私の取り分からもさらにそちらへ移している。いわば二重の特別待遇。私の分と比較すれば、少なくとも二倍以上は入っているのだ。
それなのに思い切り不満を言われては、こちらの立つ瀬がない。
申し開きのしようがない。
すいません、としか言いようがない。
私としては切ない限りだ。
――まあ、彼女がそうぼやくのも、無理もない話かもしれないが。
なんせ、彼女――ポーラ=ライトニー――は、私達と同年代にも関わらず、ギルドの全国ランクで既に五十位に入っているいわばエリートだ。次々に難解な依頼をこなし続けていて、信頼も名声も凡な賞金稼ぎとは段違い。年間報酬も私達の数十倍。一度の仕事で貰う金額もそれ相応で、今回の手当てなど、彼女にとっては小遣い程度にしかならないのだろう。
……いや、もしかしたら、小遣いにすらならないレベルかもしれない。
普段もらう『小遣い』の方が、多いくらいかもしれない。
というのも、彼女の容姿はこの辺一帯でも美人で通っており、その美貌に魅せられ、魅入り、見惚れ、あちらこちらの男性諸氏(主に上流階級の方々)がプレゼントという名の貢物を背負って彼女の元に群がってくるのである。その量も質も相当だと聞く。もはやそれを売るだけで食べていけるのではないかとさえ言われている。おまけに言えば彼女は、『夕飯をごちそう』という体のみで、付近の高級料理店を制覇したとかいう噂まで流れているくらいなのだ。
……まったく、生活レベル自体が天と地の差だ。
下手をすれば、今回の収入なんぞ、今晩の夕飯で消えるかもしれない。
もしくは、一時間程度買い物するだけで飛んでいくのかもしれない。
私にとっては一週間分の食費だというのに。
同じ年でここまで生活格差が生まれるとは、ギルドというのは(まあ、それだけの問題ではないのかもしれないが)つくづく恐ろしいところだと思う。
私の取り分が入ったペラペラの封筒を上着のポケットにしまいながら、はあ、と深く重い溜息をこぼしていると、
「……まったく、同期のよしみで付き合ってあげたけど、ワタシを遣っといて、いくらなんでもこれじゃ割りに合わな過ぎるわ」
とぶつぶつ言いながら、ポーラはその煌めく金髪の下に渋面を浮かべたまま、封筒をハンドバックにしまい込んだ。そのバックもあちこちにラメ加工がしてあるもので、キラキラしていて、見るからに高価そうだった――――恐らくこれも、貢物の一つなのだろう。果たして、封筒の中身の何倍の値段なんだろうか……?
「……おいおい、別に今回の仕事、お前にとっちゃたいした難度じゃなかっただろう? 盗賊の雑魚を三人ふっ飛ばしただけだったんだから。これが見合った報酬ってもんだ。これ以上、俺達にどうしろってんだ」
と、ポーラの向かいに座っているアンディが苦い顔で反論を加えると、
「そうねえ…………まあ、あんた達がワタシに払える、追加報酬の一案としては――」
と、ポーラは考え込むように、ぽんぽんと人差し指で頬を叩いた。次いで、私の方に目配せをしてきて、何か企んだような表情になって、
「――その、例えばだけど…………ら、ラキが、ワタシに、体で払ってくれる、とか?」
「……………………は、はあ? …………わ、私が……ですかぁ?」
私は思わず、裏返った声を上げてしまった。
上げながら、私は再度思った。心底思った――――勘弁してくれ、と。
私は横髪を掻きながら、
「……あ、あのですね、見ての通り、私は体格に恵まれてるわけではないんですよ。体力もまったくないし、力仕事には到底向かないタチでしてね。荷物運びなんかさせられても、ものの数分でへばってしまうでしょう。足手まといにしかならないことは断言できます。恥ずかしながら、ね。……男手が必要というなら、こっちのアンディの方が断然いい仕事をするはずですよ。私にできることなんて、ガーデニングについて心ばかりのアドバイスを差し上げることができるくらいで――」
「――そ、そういうことじゃないわよっ」
ポーラは頬を膨らませ、怒ったように、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
じゃあどういうことなんだ? ――――という当然の疑問を頭に浮かべていると、ポーラは渋面のまま立ち上がり、バックを手にかけて、
「……ふんっ。しょうがないから、今回のこれは貸しにしといてあげるわ。あのアバズレが復帰してからちゃんと払ってもらうから、覚悟してなさい」
――まったく、リンクをアバズレ呼ばわりとは……。
毎度のことだが、この二人――ポーラとリンク――は本当に仲が悪い。殊更悪い。二人の罵り合い以外の会話というのを聞いたことが無い。喧嘩以外の接点を見たことがない。……まあ、二人ともなかなかに我が強い性格なので、お互い相いれないのも仕方のないことのかもしれないが。
「じゃ、今日はこれで解散ね。用があったら、また伝言板にでも載せといて。んじゃ、バイバイ」
そう言ってポーラはカバンを肩に掛け、手を振りながらスタスタと席を離れて行った――――が、五歩目で、何かを思い出したように急にぴたりと止まり、
「……そうだ。一つ言い忘れてたけど」
と、こちらを振り返ってきた。
私が「何です?」と聞くと、ポーラは顎を指で押さえながら、
「……あのアバズレ、最近一人でギルドに出入りしてるらしいわよ。しかも、深夜に」
「…………そうなんですか?」
――初耳だった。
葬式で「来週から復帰するから」と言われてから、今日でまだ四日目。まだ週末はまたいでいない。来週頭くらいに声をかけようかと思っていたところだったのだが……。
「それでもってねえ」
と、ポーラは再度私達の方に寄ってきて、声を幾らかひそめ、内緒話のように言ってきた。
「……あいつ、市議会の汚職について情報集めてるらしいわ」
――汚職? …………議会の?
「そう。賄賂だったり、横領だったり、談合だったり、その辺のことについて全般的に。ワタシもまた聞きの情報だから、詳しくはないけど。でも、だいぶ『リスキー』な行動であるのは間違いないからね。あんた達もチームメイトなら、注意しといた方がいいんじゃない?」
注意――――いや、確かに、そうだ。これはまったくいい予感がしない情報だ。市議会の暗部に切り込むような情報、諜報、詮索……。大して実力のない賞金稼ぎなら――身辺警護に不安があるのなら――まして年端もいかない私達みたいな駆け出しなら――全力で避けて然るべき類のものだ。あまりにも〈リスク〉が高すぎる。割りに合わな過ぎる。そこにあえて足を踏み入れるなんて、とてもじゃないが、正気の沙汰ではない……。
アンディの方を見ると、アンディも私に視線を返してきて、小さく頷いた。
私はポーラの方に向き直り、深く頭を下げ、
「……情報提供、どうもありがとうございます」
「べ、別に感謝されたくて教えたわけじゃないわよ! あのアバズレが厄介事をギルドに持ち込むのが迷惑ってだけ!」
と慌てたように言って、ポーラは再度ぷいっと顔を背けた。そして今度こそ、ヒールを鳴らしながら我々の席を離れて行く。ギルドの出口にたどり着くまでの間、休憩中の男とすれ違うたびに何かしら声をかけられ、その度に苦い顔でわーわー返答しながら、足早でギルドを出て行った。
その背中が扉で見えなくなったところで、
「……しかし、やれやれ…………彼女とリンクは本当に仲が悪いですねえ」
と、私は思わずぼやいてしまった。苦笑と共に。溜息付きで。――――リンクとポーラのやり取りは、聞いてるだけでこちらが気後れしてしまう。気疲れしてしまう。いつになっても慣れない。どうにかして欲しいと常々思っている。
「……まったく、何で二人は〈ああ〉なんでしょうか? 折角面識があるんですし、どうせなら日頃からポーラにサポートに入ってもらって、もっと高給の依頼に入れればいいんですが……。しかしいかんせん、そんな提案をしてみても、リンクはいい顔しませんし、ポーラも四人では絶対引き受けないと言うし……。実現不可能です。まったく、本当もったいない。女性同士、そんなにウマが合わないものなんでしょうか?」
「……おい、おいおい。…………もしかしてお前、わかってないのか?」
私の疑問に反応して、急にアンディが面くらったような顔で聞いてきた。
私が「何がですか?」と聞き返すと、
「い、いや、だから、ポーラが俺達にやたらとつっかかってくる理由だ。……お前、まったく気づいてねえのか?」
まるで「わかって当然」とでも言うような物言いのアンディ。
その小馬鹿にされたような言い方に腹立たしさを感じながらも、私はこれまでの二人のやり取りを思い返してみた。二人の掛け合いを。罵り合いを。私やアンディまで巻き込まれたケンカの数々を。二人に出会ってからの二年分――――しかし考えても考えても、思い返しても思い返しても、その明確な原因と呼べそうなものには思い至れず、
「……ええ、やっぱりわかりませんね。……アンディには、そんな岡目八目なものなんですか? …………どうも、その……私は、男二人の家族というのもあってか、女性心理というものに疎いものでして……」
「……ああ、確かに、疎いわなあ」
アンディは呆れたように言ってきた。
果たしてポーラに呆れているのか、それとも私に呆れているのかよくわからなかった。わからず、私はその苦々しい顔を見返すだけに留まった。留まる他なかった。
――と、アンディがふいに疲れたような溜息を吐き、
「……しかし、話を戻すが、『やっぱり』だったな」
と、声のトーンを落として言ってくる。
「あいつ、何か〈やらかす〉んじゃないかと思ってたが、よりにもよって不正探しとは……。知らねえところで茨の道を進み始めてやがった」
「リンクは一体何がしたいんでしょう?」
「……決まってるだろうが」
テーブルの上で手を組み、そこに顎を乗せ、アンディは低い声で言ってきた。
「――市長に復讐してぇんだよ」
「…………復讐、ですか」
「そもそも、子供が街中で警備員に撃ち殺されるなんて事態が起こったのも、市長がそう命じてたからだ。警備員共に。『不審な動きをする奴がいたら、迷わず撃て』とな。実際に撃った警備員は降格、減給にされはしたが、『その程度』でリンクが納得するはずもねえ。気が収まるわけもねえ。この悲劇の元凶――――つまりは市長本人をどうにかしねえことには、な」
ここで、アンディはぐいっとコップの麦茶を飲み干した。
「加えて、だ。市長がパレード一つでそんなナーバスになってるってことは、つまり市長本人にも心当たりがあるってことだ。『自分を殺しに来る奴がいるかもしれない』ってな。自分が過去犯した、あるいは現在犯している不正の被害者は、きっと自分を恨んでいる。自分を憎んでいる。自分を殺したい程に。そう『わかって』いたからこそ、市長はそんな物騒な命令を警備員に下してたわけだ――――逆に言えば、市長は何かしらよからぬことをしていると、自分で白状してるようなもんさ。だから、リンクもそこに目を付けた」
テーブルに片肘をつき、窓の外をみやるアンディ。その顔には、困ったような、思い悩むような表情が浮かんでいる。
「……その粗探しをしてる奴がいるなんて、市長やその周辺の連中にばれてみろ。相手はこの街の権力者。あの手この手を使ってリンクを追い込んできかねない。あいつが、あいつの家族が、さらに不幸なことになっちまう。それだけは止めねえと――――何としても、リンクの暴走は止めてやらねえと、なあ」
「……そうですね」
そう答えながら、私も窓の外を眺めた――――眺めながら、私はポケットに入った『黒い封筒』を握りしめた。
各人の年齢の方勘違いしておりまして、修正しました。すみません……(汗