第十二話「書斎にて①」
ヒューミッドはどこへ行ったのか?
一、敷地外へ逃亡したのか?
二、増援を呼びに行ったのか?
三、あるいは、アンディとリンクを追ったのか?
……今さっきの奴の捨て台詞からすれば、「一」が最も可能性が高いだろうか。「二」ならば、とりあえずこの場所を離れなければならない。「三」が一番厄介だが、だとしたら、早急に私もあの二人と合流する必要がある。
……どちらにしろ、アンディとリンクを追う他に選択肢はないか。
私は改めて周囲を見渡した――この邸宅を囲う、私の身長の倍くらいの高さの塀。それに沿って、雑木が雑多に植えられている。この四日間、私が居た庭師のチームも、これらの木々の手入れまではしていない。……憶測だが、この雑木林は、庭の景観のためというよりは、周囲からの防波堤とする目的で植えられているのかもしれない。
ふと、視界がいくらかぼやけているのに気付いた。
……恐らく、先ほど右頬に食らった銃弾のせいだろう。神経にダメージを被っているようだ。ひりひりと痛むは痛むが、我慢できないほどではない。
とにかく、と私は気持ちを切り替え、刀を背中にしまった。そして雑木林の中を走りだす。
日が沈んでいるのもあり、見つかる可能性は少なそうだ。そもそも従業員もほとんどが帰っていて、人はまばらだろう。
一分ほど走り、邸宅の裏手にたどり着いた。見上げれば、先ほどアンディにも言った通り、二階のテラスの扉は開いていた――ひとまず期待通りで一安心だ。アンディ達もここから中に入れただろう。
私はわりかし太めの木に当たりを着けると、その枝にぶら下がり、飛び上がり、その上に着地する。そして二回ほど枝を飛び移り、そこからテラスへと降り立った。
人の気配はない。
ここは市長の父親――邸内の人の言うところの『ご隠居』の部屋のはずだが、この時間は一階の広間で夕食でも食べている頃だろうか。面接の時以来、私が邸内に入るチャンスはまったくなかったため、邸宅内部のことや家人の生活は、すべて人から聞いた話をつなぎ合わせた推測でしかない。
私は足を忍ばせ、部屋の中に入る。そして人がいないことを確認し、廊下に出た。
赤いじゅうたんが敷かれた広い通路。壁に取り付けられた『赤石』の灯りで照らされている。右を見ても左を見ても同じようなドアが並んでいる。
果たして、アンディ達はどちらへ行ったのだろうか。
機密書類があるとすれば、市議長の書斎のような部屋が最も怪しい。そしてこの邸宅の主人の書斎ならば、採光のいい南側の部屋を割り当てているだろうか。
私はそんな予測の元、南方へと進んでいった。
時折、階下から人の声が聞こえてくる。やはり食事か何かで、邸内の人はそこに集まっているのだろう。時間的に見ても今がチャンスだ。
もし人の気配がしたらすぐさま近くの部屋に入れる心づもりをしつつ、私は廊下を進んでいった。そして南側通路の角部屋の前に差し掛かった時、中から話し声が聞こえてきた。
私は驚いた――その声が、リンクのものに聞こえたからだ。
……潜入中に、なぜ堂々と声を上げているのだ?
私はドアに耳をそばだてて、中の様子を窺った。
リンクだけではない、他に男の声も聞こえてきた。低いせいで判別が難しいが、これはアンディの声。……いや、あともう一つ、別の声がする。
アンディよりもさらに低い壮年の声。街頭演説などで聞き覚えがある、声音や話し方だけで言えばやけに説得力をもった声。我々が今現在最も聞いてはならないはずの声。
――市議長の声だ。
一瞬混乱する。困惑する。何が、どうして、なぜ。どういう状況だ。どうしてそんな状況になっている。……いや、結論は一つしかないだろう。
見つかったのだ。
見つけられたのだ。
アンディもリンクも。
どうする? ――私は自問する。だが、無駄な問いかけだ。どうにかして二人を助ける他ない。他の選択肢はない。まずは室内の状況を知るのが第一だ。
私は大きく息を吐いた。そして気配を殺し、音を立てずに部屋の中に入る。
それなりに広い一室。図書館にあるような頑丈そうな本棚が並んでいる。そしてその奥、やたらと立派な机の横、そこに三つの影があった。
アンディ、リンク、そして銃を構えたアステル中央市議長ヴァルナークだ。