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第十話「市議長別邸にて③」

「……あ、ああ、ええと、すいません」


 思わず声を上げそうになったのを堪えながら、私はその男に話しかけた。


「休憩のお邪魔をしてしまいましたかね? ……いや、剪定鋏の営業の方がいらしてまして、こちらでお話を伺おうと思っているんですが。ここのスペース、使わせてもらっても問題ありませんか?」


 語りかけながら、私はその男を見る。

 ところどころ逆立っている(くせ毛だろうか)黒髪の青年。我々よりは大人びているが、しかし大人にしてはまだ幼さの残っている顔立ち。歳は二十代前半くらいだろうか。紺色の長袖シャツにスラックスという服装だった。

 そんな男がソファーに座り、薄ら笑いで私たちを見上げている――少なくとも、この四日間、一度も見かけたことのない顔だ。

 何食わぬ顔でこのような所にいるのだから、少なくともここの従業員の一人だろうか。私も邸宅の人全員と顔を合わせたわけではないし、知らない人がいてもおかしい話ではない。特に私は、庭師チームという所属上、邸内勤務の人とはほとんど面識がないのである。

 しかし、だ。

 私の視線は、自然、彼の腰元に注がれる――そこには、鞘に納められたサーベルが携えられていた。黒い鞘と黄金色の持ち手が灯篭にゆらゆらと照らされている。その物騒な装備と『このタイミング』から、緊張感が湧き上がってくる。

 出て行ってもらった方がいいだろうか?

 しかし、どんな物言いであれ、入って四日の新入りが(恐らくの)先輩相手に退席を促すのは不自然極まりないだろう。三人でこれからの動きをここで打ち合わせるのも、口上は商談をしている風を装って、筆談で意思伝達をすればいいだけの話だ。一応のところ問題はないはずだ。

 私は平静を装いながら、


「そのソファは使っていただいて構わないんですが、少しうるさくしてしまうかもしれません。それでよければ、少しの間――」


「――ああ、ああ、そんな小芝居は不要だ」


 男はふいに言った。

 その瞬間、私の背後でたたんと床をける音が聞こえる。そして私の横をアンディが駆け抜け、握っていた剪定ばさみをソファの男に突き刺した。

 男は瞬時にサーベルを抜くと、鋏の切っ先を剣先で弾く。アンディはなおも頭、胴、膝と連撃を見舞うが、男は座ったままですべて受け流した。

 四撃目、アンディは蹴りで男の頭を狙おうと振りかぶったが、その一瞬のロスに、男がサーベルを突き出してきた――アンディはぴたりと蹴りを止め、背後に飛びのきこれをかわす。すたんと私の横に着地し、片膝をついて臨戦体勢を継続する。


「むはははは、血の気の多いガキだ」


 男はソファに背を預けたままの姿勢で、快活に笑った。

 アンディは、すきを窺うように、なおもじっと男を睨んでいる。

 ――先走り過ぎだ。

 そう思い、私はアンディを止めようと思った――しかし、先ほどの一言で、十中八九こいつに『ばれている』ということがわかっているなら、先手必勝という考え方もありなのかもしれない。無駄に会話を引き延ばしても、こちらの情報を引き抜かれるだけだ。向こうが一人であるに対し、こちらは三人なのだから、なおのことだ。会話をすればするほど不利になる。あの一瞬でアンディはその結論に至り、一気に攻撃を見舞ったのだろう。

 だが、こいつの腕前がどうやら一筋縄ではいかないようであるなら、今後の動きを最適化する意味でも、最低限の情報はこちらも引き出さなければならない。

 私は男を見据え、


「失礼。あなたは?」

「ああ、貴様、我を知らぬのか? ……まあ、無理もないか。ずっと邸内の見張りをやらされていたからな。我の名はヒューミッド。先月からここの用心棒として雇われている。まあ、こんなけったいな仕事をしているのも今だけだ。そのうち世界に名をとどろかせる男だ。覚えておくがいい、庭師の新入り、ヘレナール君――おっと、もしかしてこれは偽名だったりするのか?」

「……その用心棒の方が、我々に一体何の用です?」

「むはは、そちらから斬りかかっておいて、しらじらしい奴だ――ふん、なんのことはない。我がおかしいと思ったから、職務を全うするためにここまで足を運んだだけのことだ」

「……おかしい?」


 私は聞き返す――確かに門のところでひと悶着はあったが、それ以上におかしなところはなかったはずだ。あからさまに変な行動をとった覚えはない。


「……何がおかしかったと言うんです?」

「我は、歩いているところを見れば、そいつが『できる』側か『できない』側か判別できる」


 ヒューミッドはソファからずいっと身を乗り出し、得意顔で自分の顔を指さした。


「で、その『できる』側と思われる奴が、一度に三人も、この夕暮れ時にいきなり邸内に入ってくるのがテラスから見えてな。これはおもしろそうだと、喜び勇んでここに馳せ参じたわけだ。むははは。この我に『できる』側と判定されたのは名誉なことだぞ。さあ、喜ぶがいい」

「……チッ」


 アンディは苦々しい顔で舌打ちをした。

 冷静に、と自分に言い聞かせながら私は言葉を続ける。


「……わかっているとは思いますが、ここは三対一です。こちらが完全に有利です。もしあなたが仲間を呼ぶ、ないし他者に連絡をしたら、その瞬間、我々は三人がかりであなたを殺します。逆に言えば、外部連絡さえしなければ、命までは取りません。それだけは肝に銘じてください」


 我ながら穏やかではない言い方になったが、不法侵入をしている以上、こちらに正義などないのだ。これが脅迫である以上、言葉は選んでいられない。


「むははは。若造のくせに、口先だけはいっちょまえだな。……ふむ、外部連絡とな」


 言いながら、ヒューミッドはすくっと立ち上がった。そして、ズボンのポケットからトランシーバーを取り出す。


「まあ、我も用心棒という業務上、我の手で貴様らを捕まえる前に救援を呼ぶのは恥辱の極みではあるのだが――実際、それは我の気分次第ではある。確実に止めたいなら、力尽くでこれを奪ってみるがいい」


 挑発的な笑みで我々を見てくるヒューミッド。あからさまに挑発しているのだろう。

 一呼吸置き、今度はリンクが前へ飛び出した。

 右手に握りしめるのは出刃包丁。これで立て続けに突きを見舞うが、ヒューミッドはサーベルで次々に弾き返していく。

 ……アンディもそうだが、どうしても動きがぎこちない。いつも使っている得物と違うからだろう。手荷物検査をされる可能性を考えてアンディの『ヒバシラ』の帯同は諦めたし、リンクも『雪崩』を持ち込んではいないのだろう。数の有利はあれど、個々の動きはどうしても不利だ。

 私の横、構えていたアンディが飛び出た。

 リンクと逆方からヒューミッドに鋏で斬りかかる。ヒューミッドはトランシーバーをポケットにしまい直し、アンディの攻撃を鞘で受けていく。

 二対一。

 だが、やはり武器が違うせいで、どうにも連携が取りづらいようだ。リンクが左側、アンディが右側という分担になる。ヒューミッドはこれらをそれぞれサーベルと鞘で捌いていく。

 ……認めなければならないのだろう。現時点、この男の腕は我々より上だと。

 武器の不利はあれど、二人の攻撃を同時に捌いているのだ。相当な状況把握能力だ。世界に名を馳せると言っていたが、それなりの自信があっての発言ではあったのだろう。

 しかし、時間がない。

 この瞬間、誰かがこの倉庫に入ってこないという確証はないし、私の職務時間も過ぎている。遅くなりすぎると、誰かが私を探しに来る可能性だってある。

 一発で決めなければ。

 私はふっと息を吐いた。そして三人の方をじっと見やる。腕、脇腹、膝、首、右目、ふくらはぎと、リンクとアンディは攻撃を繰り出し続けている。私はそれをじっと睨み、そして――二人が同時にヒューミッドに斬りかかる瞬間を計った。

 アンディの鋏の攻撃とリンクの出刃包丁の攻撃、それぞれをサーベルと鞘で受けようと構えるヒューミッド。私はその脳天にめがけ、アンディのカバンから取り出した鋏を投げつけた。

 金属音を響かせて二人の斬撃を受けきるヒューミッド、そして――がちりと、私が投げた鋏を口で銜えて捕らえた。

 してやったりという笑みでヒューミッドは私を見てくる。しかし、その一瞬をアンディは逃さなかった。

 右足を小さく振りかぶり、ヒューミッドの脚に蹴りを見舞った。咄嗟の反応でヒューミッドは足を上げ、太ももの筋肉でこれを受ける。しかし、

 ――がしゃん

 アンディの狙い通り、蹴りはそのポケットに入っていたトランシーバーに直撃した。


「……むん」


 ヒューミッドは呻き、次いで首を振って咥えていた鋏を床に投げた。

 アンディとリンクは後ろに飛びのく。二人とも息は少々上がっているが、その顔には幾分の安堵感が浮かんでいた。

 ヒューミッドは首をこきこきと鳴らすと、再度構え直した。


「ふん、まあ、三対一である以上、致し方ない部分もあるだろうが。しかしこれはこれでまあおもしろい。さあ、我もここからは本気で――」

「二人とも」


 ヒューミッドの言葉を遮り、私は二人に呼び掛けた。

 ヒューミッドはあからさまに気分を害された顔になったが、私は構わず続ける。


「トランシーバーさえなければ、当面の危険はないでしょう。こいつをここに留めておきさえすれば。……さあ、二人は早く邸内へ。ここは私に任せてください」

「……いいのか? 三人でこいつをふんじばってから行くっていう選択肢もあるが」


 アンディの提案に、私は首を横に振る。


「時間をかければ、それだけ見つかる危険性は高まります。リスクを考えれば、いち早く探索に向かうのが最善手でしょう」

「……まあ、そりゃそうだ」


 アンディは嘆息した。そしてリンクの方を見やり、声を掛ける。


「行くぞ」

「……わかった。できるだけ早く済ませましょう」


 リンクは頷きを返し、裏口へ駆けだした。

 ヒューミッドはそれを止めようと、床を蹴ろうとした――が、私はそれを遮るように鋏を投げつける。

 鋏は難なく掴まれたが、その一瞬でリンクとアンディは裏口に到達する。

 そして


「おい、Cだぞ」


 というアンディの一言共に、二人は倉庫を出ていった。

 それをいくらか恨めしそうな顔で見ていたヒューミッドは、


「ふん、なんだ、Cとは? 何かの小賢しい作戦か?」

「どうでもいいでしょう」


 私は何の気なしに答える――このCというのは、我々が元々取り決めていた集合場所の一つだ。Cはアステルからいくらか離れた場所にあるグランデル山にある小屋だ。我々がアステルに戻れなくなる可能性も考え、そこを選んだのだろう。


「しかし、どうするつもりだ?」


 ヒューミッドは低い声で言った。そして一歩二歩と私に近づいてくる。


「三対一ですら決めかねてた我に対し、お前一人で相手になると思っているのか? 一体何分もつと思っているのだ」

「まあ、普通にやったら、結果は見えていますが」


 私は静かに言う。言いながら、すたすたと、倉庫の壁際に並べられている棚へと歩を進めた。四段組みの木製の棚。その上から二段目、ノコギリなどが雑多に置かれている段にそっと手を伸ばす――そして、私はそこから取り出した。

 今朝、大きめのカバンに紛れ込ませ、そっと運び込んでおいたもの。万が一の時のため、アンディにも言わず用意しておいた保険。私の商売道具の一つ――


 ――黒い黒い刀である。

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