ちょうどいい距離
掲載日:2026/04/02
男は、人との距離感が苦手だった。
近すぎても疲れるし、遠すぎても寂しい。
ある日、「最適な距離を保つ靴」という商品を見つけた。
それを履くと、相手との関係に応じて、自然に立ち位置が調整されるらしい。
半信半疑で履いてみると、確かに快適だった。
上司とは少し離れ、友人とはほどよく近く、苦手な相手からはさりげなく遠ざかる。
男はすっかり満足した。
そんなある日、男は生きてきた中で一番魅力的な女性に出会った。
一目で、どうしても近づきたいと思った。
しかし靴は、すっと後ろへ下がった。
男は前へ出る。
靴はまた後ろへ下がる。
男はさらに踏み出す。
靴は意地でも距離を取ろうとする。
(こんな距離、関係ない)
男は力いっぱい踏み込んだ。
靴はぐいっと抵抗したが、ついに押し切られた。
その瞬間、靴はぴたりと動きを止めた。
男は女性のすぐそばに立っていた。
胸が高鳴る。
男が話しかけようとした瞬間、
女性が、少し顔をしかめて言った。
「近いです」
男はしばらく黙っていたが、やがてつぶやいた。
「やっぱり、正しかったのか」
靴は、満足そうに動かなかった。




