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もう一度君に会いたくて【コズミックホラー】

貴女に会えなくなった~とある恋人同士の場合~

作者: さつ。
掲載日:2026/02/20

 夏の日差しが和らいだ、9月下旬の昼下がり。僕はとある人物への取材へ出かけた。


 その人物は酷い心神喪失状態に陥っているとのことで、与えられた時間は三十分。

 初めは短いと思っていたこの時間だが、終わってみればかなり濃密で、確かにこれ以上の時間を彼と過ごしていれば向こうに引きずり込まれていたのかも知れないと思えるほどだった。


 以下、身元特定防止のために適宜ブラフを入れつつ記載する。


 都内某所、殺風景なオフィスビルの一室。

 窓が閉めきられた部屋には、僕と目的の人物(以下対象)、それから監視官が一人いた。

 万が一、対象が暴れた場合に取り押さえる役目があるという。


 僕が部屋に入ったとき、対象はゆっくりとうつろな瞳をこちらに向けた。


「レ、ナ……」


 対象が口にしたのは、恋奈という女性の名前だ。

 それはどうやら対象にとって、とても大切な人間だったのだという。


 のちに聞いた話によれば、心神喪失状態の対象は常にその名を呟いているのだとか。

 ただ、その日の対象の行動は監察官にとっても予想外だったという。


「恋奈!」


 うつろな瞳が僕を捉え、足元から顔まで辿った。

 そして僕の目と対象の目があった途端、対象は僕に飛びかかってきたのだ。


 それには流石の僕も身構えた。

 監察官も、普段脱力してベッドに腰掛けている姿しか見せない対象がこんな行動に取った事に動揺し、椅子を蹴り倒す。


 しかし目を瞑った僕の体に訪れたのは鋭い痛みや強い衝撃ではなかった。


「恋奈、ああ恋奈。すまない、私が悪かったんだ。私が、君に気が付かなかったから」


 温かい抱擁と謝罪。そして優しい手のひらが僕の頭を撫でていた。

 恐怖と困惑で固まる僕に、対象は更に続ける。


「分かっていたのに。私の前に再び現われた君が、もうとっくに大切になっていたと自覚していたのに。それを無理矢理否定して、私は君に一途なフリをした。だからこれは報いなんだ」


 ぶつぶつとひたすらに許しを請う対象の涙で、僕の肩は濡れていく。

 意味が分からなくて、監察官に視線を向ければ、ようやく助けて貰えた。


 このときの出来事は、『どうやら僕が恋奈という人物に酷似していたらしい』とのことで話がついている。

 ただこの話は酷く疑念的な仮定だ。


 何しろ、その恋奈という人物に関する資料は一切存在しないのだというのだから。




 その後、少しの時間を置いてインタビューは再開された。

 残り時間は二十分と少なくなっていたが、正直僕としても混乱を鎮めるには必要な時間であったと理解している。


「改めまして、お時間いただきありがとうございます。お名前から伺ってもよろしいでしょうか?」


「恋奈? 何を……」


「あぁ……」


 けれど時間をおいても対象の混乱状態は改善されず。

 しかしこれ以上時間を無駄にするわけにはいかなかった僕は、ちょっとした小細工をした。


「すみま――ごめんね、アオイ。ちょっと記者の真似事がしたかったんだ」


「そうなのか? 口調もいつもと違うみたいだけど」


 ただ、僕には女性のまねごとは難しかったらしい。

 僕の小細工は一瞬で見破られてしまう。


「えっと……うん。じゃあこれから私は記者さんなので真面目に答えてね!」


 けれど割り切って、そういうロールプレイだと押し切ってみた。

 そうすれば存外、対象は納得をしてくれたみたいですんなりと事を話してくれた。


「アオイと私。二人のことについて改めて教えて」


「恋奈とのこと?」


 少しだけ思考して、対象は続ける。


「私と恋奈が出会ったのは高校の時だったな。ああ、今も鮮明に覚えているとも。初めて君が私に告げた言葉は、どきな、だ」


「……なるほど。それはあの、私ってば昔はやんちゃだったなぁ〜?」


 笑って、対象は続ける。


「今もそれほど変わらないだろう」


「そうだっけ、ね……?」


「そう。そうだ。君は何も変わらなかった。あの頃と同じように、少しだけ呆れたような笑みを浮かべて。それで」


 続けて、対象は頭を抱えてしまった。

 項垂れる対象に、僕は言葉を続ける。


「ありがとう。私のこと、そんなに思ってくれて。なら今度は、アオイが一緒に暮らしてたっていう女の子について教えてくれる?」


 その時、対象はしばし呆けた顔をした。

 それから、諦めたように笑みを浮かべる。


「そういう趣向か。いや、いい。あの子との日々は……そうだな」


 過去を夢想した対象の笑みは穏やかで、僕はほっと息をついた。


 出会ってから5分と少し。いくら錯乱状態と銘打たれて出会った相手とはいえ、同じ人間だ。


 こうして人らしい表情を浮かべてもらえるとこちらもやりやすい。


「なんてことない、日常だった。初対面こそ不思議で、私は始めからあの子を儀式の犠牲にしようとしていた」


「え?」


「ふふ、とぼけ無くても構わない。どうせ、最初から分かっていたんだろう? 私が君に気が付かないおろかさにも。それでも、側にいてくれた」


 自然に、対象の瞳から涙がこぼれ落ちる。釣られて僕の瞳からも何故か涙が溢れた。


「間違いなく、大切だったのに。いつまでも君が大切で。ただ気が付いた時にはあの子もその大切に含まれていて。それがまるで自身の心変わりのようで、怖くて恐ろしくて信じられなくて。私は目を瞑った」


 まるで懺悔するように頭を垂れ、絞り出すように囁く。


「そう気が付かなかったのは、愚かだったのは、いつだって私だけだったんだ」


「気が付かなかったとは?」


 瞬間、対象の纏う空気が変わった。

 ガタガタと身体を震わせて、歯を打ち鳴らす。


「ごめん。ごめん、恋奈。私が愚かだったから。目を塞ぎ、君のことに気が付かないふりをしたから」


「アオイ?」


「許してくれなどと、もう言わない。許されるはずもないのだから。だが、それでもただ。この身朽ち果てるまで。いいや、朽ち果ててもなお」


 対象は、まるで神の祝福を受け取るように顔を上げて。


「君だけを想うことを許してほしい」


 強く強く床に頭を打ちつけた。


 そこからの僕の記憶はひどく曖昧で。残ったのは鮮明な赤の記憶のみ。


 遠く伝え聞いた話によれば、その後対象――前原葵は、完全に心神を喪失してしまったという。


 以前にもましてぼんやりと空を見上げるようになった対象は、今も『レナ』を探しているとか。


 本当ならばジャーナリストとして、僕はもう一度彼と言葉を交わしてみたかったものだが、それは永遠に叶わない。

 なぜなら彼は今も、僕を『レナ』と呼び、迎えに来てくれる日を待っているのだから。


【あなたに会いたかった~とある老夫婦の場合~】

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