60話 最終話 未来
いつも読んでいただきありがとうございます。
5月5日こどもの日の早朝…
谷本は朝早くに目が覚めていた。
と、言うか…ほとんど眠れていなかった。
スケッチブックをトートバッグに入れて、
早くに家を出た。
まだ、図書館はオープンしていなかったが、
近くで絵を描いて待つ事にした。
この日が来る事をどれだけ待っただろう…
美織が来たらなんて言おうか…
来なかったらどうしようか…
期待と恐怖が交互に押し寄せていた。
〜 美織の家 〜
その頃、愛は買ってもらったスマホで、
LINEを返していた。
( おはよう!今日は美術館のオープンに合わせて10時に待ち合わせネ!!)
( 了解です )
「お姉ちゃん、私、今日は友達と約束あるから、
出かけるねー」
そう言って、早々に家を出た。
愛は電車に乗って、美術館に向かった。
昨年、美織と谷本と一緒に乗った電車に、
一人で乗っていた。
電車料金も大人料金になった。
〜 美術館の入り口 〜
「愛ちゃんさーん、お待たせ!」
荒木愛と待ち合わせしていた…
「愛ちゃん、お姉さんはまだ家にいた?」
「はい!家に居ました。」
2人は、恋敵同盟として
愛が中学生になって、スマホを持った時から
繋がっていた…
「愛ちゃん、5月5日って書いてあったんだよね?」
「はい、一緒に絵ハガキが入ってて
裏に、美織へ 5月5日 って書いてあった」
「お姉ちゃんが、サッと隠したけど、
短い文章だったから…間違いないです。」
「それでチケット入ってたなら、間違いないよね」
「とりあえず中に入って、谷本の描いた絵を見に行こう。」
2人はゲートに入って行った…
数分後…谷本の絵の前に来た2人
「これ谷本が描いたのか…凄いな…」
「愛ちゃんさんもデザイン科だから、絵描けるんですよね…」
「私は、なんちゃってだから…」
荒木は絵を見て、
本気度の違いに圧倒させられた。
「谷本もまだ来て無さそうだね…」
荒木は周囲を見渡して、
近くのソファーに腰を下ろした…
「あの絵、どこの部屋を描いたかわかる?」
「見た事ないな〜」
「もし、谷本と美織さんが来たらどうするの?」
「えっ…、考えてなかった…」
2人は顔を見合わせて、吹き出した。
「実は私、谷本と美織さんには、上手く行ってほしいと思っちゃって…」
「愛ちゃんさん…実は私も、お姉ちゃんと寸くんに元に戻ってほしいの。」
2人は笑って
「恋敵同盟じゃなくて、恋応援同盟だね…」
美術館は静かで、
観客もまばらだったが、
絶え間なく、
谷本の絵の前に足を止める人達がいた。
日が落ちはじめ、
美術館の入り口付近に、真っ赤な光が差し込んでいた。
…
〜 齋藤絵画教室 〜
「こんにちは…齋藤あかりさんかしら、
谷本寸くんの紹介で、尋ねてまいりました。
私は瑞浪中学校で美術を教えています、
池田 京子と言います。」
「谷本くんの…先生…ですか?…
…どのような、ご用件でしょうか?」
「私、絵画教室を開きたくて、
土曜日だけで良いので教室を貸していただけないでしょうか?」
「こども達に絵を教えたくて…」
齋藤あかりは、ステンドグラスの扉を開いた。
中に入ると、谷本が描いた教室が
変わらず…そこにあった。
池田があかりに言った。
「昨日、美術館で谷本くんの絵を見て
とても心を打たれたの…あの絵のモデルとなった場所を見られて光栄です。」
あかりは、流れ落ちてしまいそうな涙より
先に頭をさげた。
(ありがとう…谷本くん)
…
〜 約束の日から10年が経った図書館 〜
図書館に子供を連れて来ていた、
美織の姿…
こどもに絵本を読んで、
帰ろうとした時…
図書館の壁に掛かる
1枚の絵に目が止まった…
(この絵って…もしかして、)
美織は図書館の司書の方に声を掛けた。
「あの、すみません…
あの絵ってどうしたんですか?」
司書の方は、
自分が図書館に勤め出した頃には、
すでにあの場所にあったとの事で、
昔からいる司書がいるからと
呼びに行ってくれた。
しばらくすると
年配の女性司書が連れられて来た。
「佐々木さん、あの方です…」
「こんにちは、
あなたがあの絵に着いて聞きたい方かしら?」
「はい、私の知り合いの絵に似ていたのでつい、」
「あら、そうなの…それは残念ね…
あの絵はね、今から10年前のこどもの日に、
図書館の机に置き去りになっていたのを、
私が見つけてね…」
「誰が描いたかはわからないのよ…」
「だって、ほら…名前とか書いて無いでしょ…」
「あまりにも素敵だったから、
額に入れて飾ったのよ…」
「一応、館長にも了承もらってね、
持ち主が現れたら額縁ごとプレゼントする約束で飾らせてもらったの」
年配の司書さんは、壁の絵を外して
持って来てくれた。
その足で館内を誘導した。
その司書は、
美織を絵が置いてあった場所に
案内してくれた。
「ほらこの席…」
案内された席は、
昔し愛と3人で座った場所だった…
「多分ね…ここから描いたのよ、
ほら見て、絵と同じでしょ…」
司書さんは、とてもこの絵が好きなようで、
絵について楽しそうに説明をしてくれた。
この席からあの席を描いたんだろうね、
光の入り方が綺麗でしょ?
そう笑いかけた…
美織は、
「私の知り合いはいつもスケッチブックいっぱいに絵を描いてくれました。
その絵はいつも素敵な絵だったので…」
美織はこどもを抱えあげて、
「素敵な絵だねー」と話し掛けた。
「絵の裏は無地でしたか?」
司書さんは、思い出すように
「描きかけのラフな絵だったような…
開けてみるかい?」
「お願いできますか?」
司書は裏側を向けて、ピンを回し
裏蓋を持ち上げた…
美織の瞳に涙が込み上げた…
出て来た絵は、
美織と愛の後ろ姿のクロッキーだった。
薄い下書きのような線
明らかに未完成だが、
美織には、自分と愛の後ろ姿とわかった。
その時、美織が抱っこしていた子供が、
「ママ…」と、指をさした。
その瞬間、美織の脳裏にフラッシュバックのように、
谷本と過ごした時間が蘇った。
「…ありがとうございました。」
美織は、必死で平静を保っていたが、
溢れる涙は止められなかった。
司書さんが優しく慰めるように言った、
「あんたこの絵を持って行くかい?…」
美織は首を横に振って、
「いや、作者が来た時に返して上げてください。」
「あのー…1つお願いがあるのですが、
よろしいでしょうか?」
美織は鞄の中にそっと手を入れ、
1通の手紙を取り出して、
「額の中に手紙を入れさせていただいても、よろしいでしょうか?」
…
美織は、その席の前に立ち
あの日と同じ場所で、同じ景色を見つめた。
記憶を無くした少年と、
過去に戻りたくなかった少女。
二人が過ごした時間は、
確かにここに残っている。
額縁の絵に残る思い出は、消えない…
美織は小さく微笑んだ。
…
図書館に差し込む夕陽は、暖かく
10年前に見たであろう、景色を今の光が
オレンジ色に染ていた。
記喪転我意 -Lost Memory-
完
ここまで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
本編をもちまして、
『記喪転我意』は全話完結となります。
谷本や美織の物語を描いている時間は、
私にとってとても大切なものでした。
物語が終わった今は少し寂しさもありますが、
それ以上に書ききれたことへの
感謝の気持ちでいっぱいです。
いつかまた、
彼らのその後を描く機会があるかもしれません。
その時は、またどこかでお会いできたら嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、
心より感謝申し上げます。
ブックマーク 感想をいただけるととても励みになります。
約2ヶ月間、毎日投稿にお付き合いいただき本当にありがとうございました。
次回作でまたお会いできる事を楽しみにしております。




