第4話 安堵&暗度
第四話では、あとに訪れる「安堵」と、
同時に心の奥に沈んでいく「暗さ」を描いています。
分かった気がして、でも何も解決していない。
そんな曖昧な距離感の中で、
谷本と美織の関係は静かに揺れています。
小さな感情の動きを感じていただけたら嬉しいです。
美織と遭遇したときの感覚は、
事故に遭った瞬間の、微かな衝撃に似ていた。
よく知っているはずの記憶が、
目の前にいる。
それなのに、彼女は一定の距離を保っていた。
「呼び止めちゃって、ごめんね。家まで送るよ」
谷本がそう言うと、美織は軽く首を振った。
「いいよ、そんなの」
ただ、谷本はもう少し話したいだけだった。
美織は無言のまま歩き出す。
谷本は、その隣に並んだ。
沈黙を埋めるように、谷本が口を開く。
「中学の頃は俺とは、あんまり話したことなかったんだよね?」
美織は歩く速度を少し緩めて、答えた。
「そうだね……中学時代は、
あまり話した記憶がないかな」
その言い方に、一瞬だけ違和感を覚えたが、
谷本は深く考えなかった。
「俺さ、バレーボール部の仲間から聞いた
昔話しが、中学の情報全てで、
クラスメイトの記憶が全然ないんだ。
もしかして、俺……いじめられてたりした?」
美織は少し考えたあと、首を振った。
「それはないと思うよ。
クラス全体、仲は良かったし、そんな雰囲気なかった」
真面目に、はっきりと答えてくれた。
正直、谷本は
中学生の頃の自分がどうだったのか、
そこまで知りたいわけではなかった。
藤田鮎子や東堂美津子の記憶から、
もっと最低な自分が見えてきそうで
中学時代の話題そのものに、
恐怖すら感じていた。
話題を変えるように、谷本が聞いた。
「伊東さんは、どこの高校に通ってるの?」
美織はカバンのワッペンを軽く指して、
「朝比奈高校だよ」と答えた。
「ああ、そうなんだ。すごいね。
俺は戸陽高校」
「部活は?」
「吹奏楽部」
「へえ。楽器は?」
「クラリネット」
「中学からやってたんだっけ?」
美織は、首を横に振って微笑んだ。
「中学は部活、やってなかったよ」
その笑顔が、妙に自然で
谷本の胸の奥が軽くなった様に感じた。
しばらく歩いて、美織が立ち止まる。
「ありがとう。家、ここだから」
「あ、うん……」
一瞬、迷ってから、谷本は言った。
「待って。LINE交換しない?」
スマホを取り出す。
「そうか……ちょっと待って」
美織もカバンからスマホを探し取り出した。
2人は連絡先を交換
「じゃあね」
手を振って、家の中に消えていく。
谷本は、その背中を見送ったあと、
再び走り出した。
頭の中にかかっていた靄が、
少し晴れたような感覚だった。
さっきまでの会話が、
何度も何度も、頭の中で再生される。
…会えた、。
記憶に残っていた伊東美織と、
ちゃんと話せたことが、ただ嬉しかった。
『なんか……すごく、いい子だったな』
気づいたとき、
谷本は見覚えのない街を走っていた。
スマホを見ると、時刻は21時を回っていた。
翌日の朝、
勇気を出してLINEを送ってみた。
しかし――
既読がつくことはなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「安堵&暗度」という題名は、
安心できた瞬間と、同時に生まれる不安を並べて表したタイトルです。
言葉にしなくても伝わること。
逆に、言葉にしたからこそ濁ってしまうこと。
その境目を意識しながら書いています。
次話からは、少しずつ日常描写が増えていきます。
穏やかな中に潜む感情の変化も、楽しんでいただけたら幸いです。




