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第3話  無理なお願い

記憶を失ったまま始まる、新しい日常。

第三話では、谷本が“自分でも分かっている無茶”なお願いをします。

忘れてしまったからこそ、どうしても知りたい。

それが、迷惑になる可能性があると分かっていても。

谷本の不器用さとして読んでいただけたら嬉しいです。

長い間、疑問と後悔の原因だった存在が、

いま、目の前にいる。


はじめて会う感覚なのに、

「久しぶり」と言うのが正解だと理解していた。


いろいろ確認する前に、

伊東美織は愛想笑いしながら言った。

「じゃあね」


踵を返し、歩き出す。


「え……」

一瞬で理解した。


これが、自分と彼女の距離感なのだ。


それでも、今を逃したら一生後悔する

そう直感し声にだした。

「伊東さん! 少し話せないかな?」


「え?!」

彼女は立ち止まった。


「俺、中学の卒業式の日に事故に遭って、記憶がないんだ」

勢いのまま、話し続ける。

「でも、伊東さんのことは少し覚えてて……

話を聞いてほしい」

深く頭を下げた。


伊東美織は驚いた表情を浮かべ、

「卒業式の日に……?」

と言いかけて、言葉を止めた。


谷本は正直に話した。

中学時代の同級生についての記憶が欠けていること。


三人だけ記憶が残っていること。


藤田鮎子ふじた あゆこ


東堂美津子。(とうどう みつこ)


そして――伊東美織。(いとう みおり)


それぞれに後悔が残っていること。


「伊東さんとの記憶だけ、断片的なんだ。

……俺のこと、覚えてないかな?」


伊東美織は、穏やかに答えた。

「特別な関係じゃなかったよ。

中三のクラスメイトだったけど、あまり話した記憶もないし。」

優しい口調なのに少し、残念だった。


「そうか……ありがとう。少し、すっきりした」


伊東美織は話しやすい人なんだな。

初対面に近いはずなのに、不思議と心が軽くなる。


「伊東さん、ひとつお願いがあるんだけど」

彼女は一歩下がり、警戒した。

「何?」

谷本は無理を承知で頼んでみた。


「藤田鮎子さんを知ってる?

……どうしても謝りたくて。手伝ってほしい」


「なんで私が。嫌だよ」


「そこを、お願いします」

谷本は深く頭を下げた。


「必ずお礼するから……」

そのとき、伊東美織の視線が、

谷本の、額の傷に留まった。


「その傷……」

「ああ、事故のときの。

もう痛くない。でも、記憶のほうが厄介でさ」

しばらく考えたあと、彼女は言った。


「……いいよ。手伝ってあげても」

谷本の表情が、はっきりと明るくなった。


「ありがとう、助かるよ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

「無理なお願い」というタイトルは、

谷本自身が一番それを分かっている、という意味を込めています。

記憶を失った側の苦しさと、記憶を持っている側の戸惑い。

次話から、少しずつ関係性が動き始めます。

引き続き、ゆっくりお付き合いいただけると嬉しいです。


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