第12話 スケッチブック
スケッチブックには、
描いた人の時間と視線が残ります。
言葉にしなかった想いも、
伝えなかった記憶も、
線となって紙の上に積み重なっていく。
この話は、
一冊のスケッチブックを通して、
少しずつ近づく距離と、
無意識に交わされる気持ちのお話です。
小学校時代の谷本は、
絵が上手いことで知られていたが、
それ以外は、得意な科目があるわけでも無く、
野球部でも補欠、運動も勉強も平均くらいだったと思う。
美織との接点は記憶にないので、
美織の「小学校から…」と、言葉を聞いて反応してしまった。
美織は少し難しい顔をして、
「谷本くんが絵が上手い事は知ってた。」
「良く廊下に貼り出されてたでしょ、
まわりの同級生と比較するとレベルが違うねって、友人と話してた事を覚えてて…」
谷本は
「そうだよね、ごめん変なこと聞いて」
「うん、大丈夫。私しこそ谷本くんに記憶が無い事忘れて話ししてたかも。」
そう言って笑った。
横から愛が谷本のスケッチブックを覗き込んだ、
「わ〜お姉ちゃんだ、凄い上手いだね!」
愛が嬉しそうに割り込んできた。
「ありがとう愛ちゃん」
愛は谷本に、
「ねー今度は私を描いて!」と、
谷本の向かいの席に座った。
「あぁ、、もちろん」
美織は横目で2人を見ながら、
ペンギンのパフェを食べた。
愛は楽しそうに、
「次はラッコ描いて!」
「次はこの魚描いて!」
谷本の手を引っ張り水族館を周っていた。
美織は2人を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「そろそろ帰ろうか?」
美織が谷本に声を掛けた。
「あぁ、そうだね帰ろうか、」
3人は駅に向かって歩いた、
どのくらい水族館に居ただろう。
西の空が赤く染まっていた。
電車の中で3人は
来た時と同じように座っていたが、
愛が寝てしまったので、
美織と谷本の距離は近く感じたが、
会話は静かだった。
谷本にとって、帰りの電車で
美織との会話が、今日1番の思い出になった。
「次の駅だね、愛ちゃん起こす?」
「そうだね」
「愛!駅に着くよ!」美織が起こそうと声を掛けたが、眠りは深そうだ、
「いいよ、俺がおんぶしてくよ!」
そう言うと、谷本は上着を脱いで愛の腰に巻いた。
「愛ちゃんスカートだから」
そう言うと、ヒョイと愛を背負った。
美織は申し訳なさそうに
「ごめんね、、」
そう言って、谷本のスケッチブックが入ったバックを持った。
谷本が「あっごめん!」
「こちらこそだよ。」美織がそう言って笑った。
駅からの帰り道、
藤田鮎子と再会した時と同じ道だったが、
あの時と、違う景色に感じられた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回の「スケッチブック」は、
谷本にとっては“当たり前の道具”であり、
美織にとっては“知らなかった世界”でした。
絵は、
記憶が欠けていても残り続けるもの。
忘れてしまった過去の代わりに、
今の谷本を静かに証明しています。
そして、
愛という存在がいることで、
場の空気は柔らかくなり、
二人の距離も自然に縮まっていきました。
次話では、
一日が終わった後に残るもの、
言葉にしなかった想いが
どのように動き出すのかを描いていきます。
引き続き、
この物語をよろしくお願いします。




