婚約破棄の断罪裁判を開いた王太子、証言で全て自分の首を絞める
「シャルロッテ侯爵令嬢! 貴様とは、婚約破棄をするっ!!」
エドゥアルト王太子の堂々たる声に、会場内は水を打ったように静まり返った。
今宵は、彼の誕生日パーティーが開かれていた。
王宮の最も華やかな黄金の間は、きらびやかな衣装を纏った多くの高位貴族とその子女たちで賑わっていた。
だが、祝の日に相応しい晴れやかなムードも、王太子の一言で一変する。
貴族令嬢たちとにこやかに談笑していたシャルロッテは、婚約者の険しい声に身体を強張らせた。
彼女の美しい横顔はみるみる曇っていって、ふらつく脚で彼のもとへ近寄る。
「っ……!?」
シャルロッテの顔が一層青くなった。
エドゥアルトはローゼ男爵令嬢の腰を抱き、婚約者を憎々しく睨め付けていたのだ。
「ど……どういう、こと……ですか……?」
シャルロッテは震える身体を抑えて、なんとか声を絞り出す。
今夜は、二人の婚礼式の日取りを公表する予定のはずだった。なのに、これは一体どういうことだろうか。
「!」
そのとき、シャルロッテとローゼの目が合った。困惑顔の侯爵令嬢とは対照的に、男爵令嬢は勝ち誇ったようにくすりと笑う。
ローゼは、王太子の恋人だと噂されている令嬢だった。
「ん? どうした、ローゼ?」
エドゥアルトは、上衣の裾をぎゅっと握られる感覚をおぼえ、隣の恋人を見やる。
彼の表情は、さっきまで婚約者に向けられていたものとは打って変わって、愛おしさが宿っていた。
ローゼは小動物みたいにぷるぷると震えながら、
「シャルロッテさんがぁ〜、怖い顔をしてきてぇ……」
甘えるように上目遣いで王太子の顔を見た。
「っ!」
エドゥアルトは、血走った目で弾かれるようにシャルロッテのほうへ首を動かす。
「お前は、まだ懲りずにローゼをいびっているのかっ!?」
「わ……わたくしは、そんな……」
彼のあまりの剣幕に、彼女は声を出すことができなかった。
王太子は鼻で笑って、
「まぁ、いい。今日でお前の悪行を全て白日の下に晒してやるからな!」
エドゥアルトは、己に視線を集めるように会場内をぐるりと見回した。
そしてもったいぶった様子でおもむろに息を吐き、ローゼ男爵令嬢の細い腰を力強く掴んで身体を密着させた。
それから、会場内の隅々まで声を届けようと、力強く叫ぶ。
「今この瞬間、私はシャルロッテ・ヨルク侯爵令嬢と婚約破棄をし、新たにこのローゼ・デアミーア男爵令嬢を婚約者とするっ!!」
再び、場内がしんと静まり返る。しかしすぐに貴族たちはざわざわと騒ぎはじめた。
彼らの動揺に、エドゥアルトとローゼはしてやったりとほくそ笑む。憎きシャルロッテの破滅する姿を見られるかと思うと、もう今から笑い転げそうだった。
「何を騒いでいる」
そのとき、重々しい声が響いた。
その威厳のある声音に、貴族たちのお喋りがぴたりと止まる。
「父上!」
にわかにエドゥアルトの顔がぱっと晴れた。彼の父――国王陛下のお出ましだ。
国王は数人の側近と護衛を引き連れて、険しい表情で息子とその婚約者に視線を向けている。
「丁度いいところにいらっしゃいました、父上。これから、シャルロッテを断罪するところなのです!」と、彼は自信満々に婚約者をびしっと指差す。
「断罪だと?」
「えぇ、そうです。シャルロッテはこのローゼ嬢に対して数々の嫌がらせをおこなっておりました。あの女の根性は性悪で、崇高なる王太子妃に相応しくない! ――これから、その証拠を父上にお見せしましょう」
王太子が合図をすると、彼らのもとへ向かってぞろぞろと数人の人々がやって来た。
「あ……あなたたち!?」
シャルロッテは目を見張る。そこに集った人々は、彼女と良好な関係を築いていた者ばかりだったのだ。
いや、もしかすると、それはシャルロッテだけがそう思い込んでいただけなのかもしれない。彼らは一様に険しい表情を浮かべて、侯爵令嬢を見つめていた。
信頼していた者たちの裏切りを知って、彼女は愕然と肩を落とす。
「……彼らも、ある意味でシャルロッテの被害者かもしれません」
エドゥアルトは悲しそうに目を伏せてから、すぐにきりりと顔を上げて凛とした様相で言った。
「彼らは恐ろしい侯爵令嬢に怯えて、唯々諾々と従うばかりでした。しかし、今日は勇気を持って証言をしてくれるようです。シャルロッテの、数々の悪事を!」
◆
一人目。
王宮の侍女が、おずおずと一歩前へ踏み出す。侯爵令嬢と目が合うとビクリと肩を震わせ縮こまった。
そんな彼女を、シャルロッテは複雑な表情で見つめている。
侍女は、シャルロッテが王宮へ足を運ぶたびに一番気遣ってくれた人物だ。
彼女は王太子との月例のお茶会は毎回と言っていいほどすっぽかされていた。
そんなとき、侍女が優しく声を掛けてくれて、待ちぼうけの侯爵令嬢とのとりとめのないお喋りに付き合ってくれた。
さすが王宮所属の侍女らしく、ドレスの流行や工芸品の最新技術などついて明るく、シャルロッテ好みのデザインの相談にもよく乗ってくれたのだった。
「シャルロッテは、ローゼを侮辱して泣かせたのだな?」
エドゥアルトが侍女に確認する。彼女は少しのあいだ躊躇する素振りを見せたが、やがて意を決したように口を開いた。
「はい……。たしかに侯爵令嬢は、男爵令嬢に『その浅ましい行為を直ちにお止めなさい』と厳しくおっしゃいました」
「具体的には?」と王太子。
「………『この盗人が! あなたは貧民街の乞食なのかしら?』と…………」
侯爵令嬢らしからぬ過激な発言に、貴族たちはざわついた。
シャルロッテは俯き、エドゥアルトは満足げに口の端を上げる。
「なぜ、令嬢はそのようなことを述べたのだ?」
一人冷静を保っている国王が静かに尋ねる。
「それは……男爵令嬢が王宮の備品を無断で持ち帰っていました」
侍女が答えると、会場は騒然となった。
彼女は話を続ける。
「男爵令嬢の盗癖には以前より悩まされておりました。我々が咎めても『どうせ補充されるでしょ?』と笑って、相手にしてくれませんでした。そこで、侯爵令嬢が強くおっしゃったのです」
無表情を保つ国王の眉が、ピクリと動いた。
「父上、これは侮辱です! 王宮の備品なんて使いたい放題なのに、なんて酷い言葉を投げかけるのでしょう!」
国王は数拍思考を巡らせたあと、
「次の証人を連れて来い」
続きを促した。
これを王太子は肯定をみなし、心の中でガッツポーズをした。
二人目。
教会の聖騎士が緊張した面持ちで王太子の側にやって来た。
彼は少々ばつが悪い様子で、侯爵令嬢への視線を逸らし続けていた。
シャルロッテの顔が再び曇る。
この聖騎士とも、顔見知りだったからだ。
彼女は教会の奉仕活動に熱心で、彼に護衛をしてもらったことが何度もあった。共に貧しい子供たちとの炊き出しをしたこともあった。
そんな彼が、王太子側に立っているなんて……。
「シャルロッテは、ローゼに暴力を振るったのだな?」と、エドゥアルトが得意げな顔で尋ねる。
聖騎士は深く頷いて、
「はい。侯爵令嬢は『レディが騎士に触れるのは慎むべきです』とおっしゃって、私から男爵令嬢を引き剥がしました」
聖騎士は大事な任務で大聖堂へ向かう前だった。そこへ男爵令嬢が抱きついて、行く手を阻んだのだ。
彼は王子様の如き甘いマスクで有名で、男爵令嬢も前々から狙っていた。その日も、腕を絡めてしつこく付き纏っていた。
彼が困っていると、彼女は「殿下のことは気にしないで♡」と言って、ベタベタとくっつきまくる。王太子の名を出されて、彼は身じろぎ一つできなかった。
聖騎士は教会に属しており、神聖な儀式の前は女人が触れてはいけないという戒律がある。
だから、男爵令嬢と触れれば身を清めなければならないが、もう予定の時間が迫っていた。
そのとき、他の聖騎士から助けを求められたシャルロッテがやって来た。
彼女はローゼを咎めたが、全く言う事を聞かない。なので強硬手段に出たのだ。
「痛い痛い痛い痛いーっ!」
シャルロッテはローゼの腕を強く掴んで、引っ張った。
その際にバランスを崩し、ローゼは転んで怪我をしてしまったのだ。
「――このように、シャルロッテはローゼに暴力を振るって怪我をさせたのです。高位貴族の身分を笠に着て、なんたる横暴でしょうか!」
「……次」
国王は息子に返事もせずに、次の証人を促す。
貴族たちのほうからヒソヒソと囁き声が漏れ出す。
三人目。
「ディアナさん……! あなたもなの……!?」
シャルロッテは目を見張って、一層大きな驚きの声を上げる。彼女の一番の親友――ディアナ子爵令嬢が出てきたのだ。
昨日までは楽しくお茶をしていたのにあっさりと裏切られて、ショックで口元にあてていた指先がカタカタと震えた。
ディアナは無表情で侯爵令嬢を一瞥すると、すぐに視線をまっすぐに国王へ向けてカーテシーをした。
「シャルロッテは、意図的にローゼを孤立させたのだな?」と、王太子がドヤ顔で言う。
子爵令嬢は悲しげに長い睫毛を伏せて、
「たしかに……周囲は男爵令嬢と距離を置くようになりました」
ローゼは王太子だけでは物足りないようで、他人の婚約者にも色目を使っていた。
さらに既婚の貴族男性にまで媚びて、それを非難した令嬢を「意地悪された」と王太子に言い付けていたのだ。
令嬢たちは困り果て、王太子の婚約者である侯爵令嬢に相談した。
しかしシャルロッテは残念そうに首を横に振って、
「殿下の名前を出すから、軽はずみに手を出せないわね……。申し訳ないけど、わたくしの身分でもどうしようも出来ないわ。だからもう、ローゼさんとは関わらない方がいい。力になれずにごめんなさい」
シャルロッテはこれ以上被害が広がらないように忠告しただけで、男爵令嬢を孤立させるよう指示していない。
国王の瞳が、怒りで真っ赤に燃えはじめる。
だが、王太子はそんな父の変化など気付かず、得意満面に侯爵令嬢を責め立て続ける。
「まさかシャルロッテがこのような卑劣な女だなんて。こんな女が国母として務まるはずがない!」
「お前は何を言っているのだ……」
国王の全身の皮膚の表層から憤怒のオーラが湧き出てくるが、やはり王太子は気付かなかった。
「あの、父上」
そのとき、近くにいたエドゥアルトの弟――ハインリヒ王子がすっと片手を挙げる。
「僕もシャルロッテ嬢の悪行を目撃しましたので、ここで証言をしても宜しいでしょうか?」
「おおっ! 弟よ!」
にわかに、エドゥアルトの顔が綻んだ。
弟からは、いつも「不貞をするな。婚約者を大切にしろ」と文句を言われていた。なのでうざったくて最近は没交渉だった。
だが、兄の危機に味方に付いてくれるとは、なんと素晴らしい弟だろうか。
「許可する」
国王が首肯すると、シャルロッテは涙目になってよろよろとゆらめいた。
「そんな……。ハインリヒ様まで……」
ハインリヒ王子は兄の不貞を激しく怒って、常に侯爵令嬢の味方をしてくれていた。
最近は、彼女がエドゥアルトから押し付けられている、王太子の公務や執務も積極的に手伝ってくれていた。
だが、所詮シャルロッテとは他人だ。
血縁関係のある兄のほうを取るのは、当然のことかもしれない。
「シャルロッテ嬢は……男爵令嬢に水をかけました」
「そうだ、ハインリヒ! ローゼはそのせいで風邪をこじらせて、一週間も寝込んだのだぞ!」
「で?」
国王は長男を無視して、次男に問いかける。
「侯爵令嬢が水をかけた理由を述べよ」
あんなに賑やかだった会場が、今では葬式のように静まり返っている。貴族たちは固唾を呑んでこの断罪劇を見守っていた。
「男爵令嬢が夏の大礼拝の前に兄上と性行為に及び、肉体を清めないまま礼拝堂に入ろうとしました。なのでシャルロッテ嬢が激怒して、バケツをひっくり返して大量の聖水を彼女にかけました」
次の瞬間、国王の血走った目がカッと見開かれた。彼の怒りのボルテージが最高潮に達しようとしていた。
この国は大陸中に広がっているイエザス教の発祥の地であり、王族は神官の役割も担っていた。
ゆえに王族は、厳格な戒律を死守しなければならないのだ。なのに王太子は、禁忌を犯したも同然だった。
だがエドゥアルトは、己の罪も理解できぬまま相も変わらぬ自信満々な様相で父に訴えた。
「父上、シャルロッテは王太子妃に相応しくありません。それどころか、誇り高き貴族としても素質が欠けているのではないでしょうか。
ですので、私はここに婚約破棄を宣言し、新たにこの素晴らしい令嬢――ローゼとの婚約を結ぶことを宣誓しますっ!!」
刹那、重い沈黙が場を支配する。
エドゥアルトは、己の声明に貴族たちが感激しているのだと悦に浸っていた。
しかし実際は、数多の軽蔑の視線が王太子に注がれていたのだった。
「この、馬鹿者があぁぁぁぁぁっ!!」
次の瞬間、国王の怒号と拳骨が頭上に落ちる鈍い音が鳴り響く。
「いってえぇぇぇぇっ!!」
それは国王の渾身の一撃が、勢いよく息子を襲ったからだった。
王太子はその場に蹲り、仁王立ちの国王が眉を吊り上げて怒鳴り付ける。
「素質に欠けているのは、お前のほうだエドゥアルト! 侯爵令嬢は貴族として当然のことを行っておる。むしろ、称賛されるべき立派な行為だ」
「で、ですが――」
「お前の望み通り、侯爵令嬢との婚約破棄は認めてやろう。
――だが、同時に本日を持って、お前は廃太子! 及び王位継承件も剥奪! 王族からも籍を取り上げる! そして平民となって、そこの元男爵令嬢とともに王都から追放だっ!!」
「ええええぇぇぇぇぇえええっっ!!」
刹那、割れんばかりの拍手が鳴り響く。貴族たちも、王太子の横暴さと頭の悪さに前々から辟易していたのだ。
「よって、今から王太子はハインリヒだ。立太子の儀式は後日執り行う。新たな婚約者の、シャルロッテ侯爵令嬢と共に臨むように」
そう言って、国王は踵を返す。彼はシャルロッテの前を通るとき、にやりと微かに口の端を上げた。
「そんな……」
エドゥアルト元王太子はがっくりと肩を落とした。周囲には王宮の近衛騎士たちが剣を向けて彼を囲んでいる。彼らは無礼な平民に対して、容赦はしなかった。
「エドゥアルト様」
そのとき、シャルロッテがおもむろに彼に近寄って、ぽんと軽く肩を叩いた。
「下の者を手懐けるのも、高位の者の務めでしてよ……?」
「は…………」
エドゥアルトは顔を上げ、元婚約者を見た。
次の瞬間、彼女の氷のようなぞっとする笑顔に、背筋が凍る。
「お前……まさか……!?」
彼はガクガクと震えだす。己がシャルロッテに嵌められたことを、やっと知ったのだ。
シャルロッテは今日の断罪の情報を得ていて、秘密裏に返り討ちの準備をしていたのだった。
証言者たちは最初から全員彼女の味方で、王太子の買収に敢えて乗らせていた。
全てが侯爵令嬢の指示だった。
「残念でしたね、兄上」
弟が兄の耳元で冷たく囁く。
「あぁ、でも良かったのか。兄弟ともに、心から愛する人と結ばれて」
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