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僕は演じて涙を流す

作者: こし餡
掲載日:2025/10/18

2025年10月18日

僕が失った日、僕が変わった日


その日はちょうど、おじいちゃんの四十九日だった。

雨が降り、カメムシが大量にいたことを覚えている。

僕と父は夕張から高速道路で札幌に向かっていた。時速は100キロ前後。

たわいもない話に花を咲かせていると、突然、空が光った。

空を見上げようとした瞬間、何かが目の前に落ちてきた。

反応する間もなく強い衝撃が走り、身体が宙を舞う感覚の後、僕の意識は途切れた。

気がつくと、病院の集中治療室にいた。

僕は左目を失い、左足には麻痺が残ったという。

話を聞くと、脳にも損傷があり、“何かが変わっている”らしかった。

今の僕には、それが何なのか分からなかった。

けれど、幻覚や幻聴、そして才能が開花することもあると聞いた。

少しの期待を抱きながら、入院生活をそこそこ楽しんでいた。

数ヶ月のリハビリを終え、僕は日常に復帰した。

左目には眼帯をつけ、友達からは「厨二病になったか?」とからかわれたりもした。

音楽祭が近づき、合唱練習をしていると、なぜか全ての音色が頭に入ってきた。

「これが、才能の開花というやつなのだろうか」――そう思うと、少し…いや、かなり楽しくなった。

先生にお願いして、少しだけピアノを教えてもらうと、初めてのはずなのに手が自由自在に動いた。

クラスメイトは驚き、賞賛した。

だけど、僕には不安があった。

――何かを、失ったんじゃないか。

少なくとも、僕は“何か”が変わってしまった。

一体、何を失ったのか。僕は不安で仕方がなかった。

でも、その不安はすぐに消えた。

友達から見ても、親から見ても、何も変わっていないからだ。

それからの日々は、驚くほど穏やかだった。

学校にも慣れ、友達とも笑い合い、ピアノも順調に上達していった。

でも、どこか心が“空っぽ”な感覚が続いていた。

誰かが泣いていても、僕の胸は何も動かなかった。

映画を観ても、悲しいニュースを聞いても、心が波立たない。

「悲しい」という言葉の意味だけが、頭の中に響く。

――そうか、これが“悲しみ”なのか、と理解はできる。

でも、それを感じることができなかった。

そんなある日、音楽祭の練習中にトラブルがあった。

伴奏者の子が突然泣き出して、ピアノが弾けなくなったのだ。

教室の空気が重く沈む中、先生が僕を見て言った。

「代わりに弾ける?」

僕は頷いた。

鍵盤の前に座り、深呼吸をして、指を置く。

音が響く。綺麗に、正確に、完璧に。

でも――冷たい音だった。

そのとき、クラスの女子が小さく呟いた。

「なんか…感情がない音だね。」

僕は苦笑した。

その言葉が、心のどこかに深く刺さった。

家に帰って、鏡を見た。

左目には包帯。右目だけで映る世界。

そこには、笑っている“僕”がいた。

だけど、その笑顔には何の意味も感じなかった。

――僕は、本当に人間なのか?

――あの日、失ったのは「目」だけじゃなかったのか?

そう考えた瞬間、頭の奥で何かが弾けた。

気づけばピアノの前に座っていた。

鍵盤に指を置き、ただ衝動のままに弾き始めた。

旋律は、悲しみを知らない僕が“悲しみを演じようとする”音だった。

演じるように、泣くように、叫ぶように。

やがて音が止んだとき、僕の頬を何かが伝っていた。

――涙だった。

感情を失ったはずの僕が、涙を流していた。

胸の奥に、痛みとも安堵ともつかない熱が広がっていた。

あの日、僕は確かに“何か”を失った。

でも今、僕は“人としての何か”を取り戻し始めていた。

演じることで、僕はようやく涙を流せた。

悲しみを知らない僕が、悲しみを演じて、悲しみを知ったのだ。

涙が頬を伝った夜、僕は眠れなかった。

胸の奥に残る熱が、静かに心臓を叩いていた。

久しぶりに「生きている」と感じた。

けれど同時に、それがどれほど儚いものなのかも分かっていた。

翌朝、学校へ行くと、音楽の先生が僕を呼び止めた。

「昨日の君の演奏、すごかったよ。心が震えた。」

僕は何も言えずに俯いた。

――あの時の僕は、心なんて持っていなかったはずなのに。

その日の放課後、先生は僕に一枚の紙を渡した。

それは学校の「演劇部」のビラだった。

「ピアノの指先もいいけど、君は“表現する”才能がある。

 もし興味があるなら、舞台でも感情を探してみないか?」

最初は断るつもりだった。

演じるなんて、自分とは無縁だと思っていたから。

けれど――“感情を探す”という言葉が、頭から離れなかった。

その週の金曜日。

僕は放課後の音楽室ではなく、体育館の一角にある演劇部室の扉を開けた。

中では、数人の生徒が台本を読み上げていた。

怒り、笑い、泣き、叫び。

そこには、僕が失った“心”が溢れていた。

まるで、舞台の上ではみんなが本当の自分をさらけ出しているようだった。

部長の女子が僕を見つけて微笑んだ。

「見学? よかったら、セリフ読んでみる?」

渡された台本には、親友の死を受け入れられない少年の台詞があった。

声に出そうとした瞬間、胸が締め付けられた。

でも、なぜ苦しいのか分からない。

それでも、僕は言葉を紡いだ。

――「帰ってきてくれよ。お前がいないと、何も楽しくないんだ…!」

声が震えた。

喉の奥が熱くなり、視界がにじんだ。

泣く演技のはずが、本当に涙が流れていた。

部室が静まり返った。

部長が小さくつぶやいた。

「…すごい、本当に泣いてる。」

僕はその瞬間、気づいた。

“演じる”という行為は、誰かのふりをすることじゃない。

失った心を、一瞬だけでも取り戻すための手段なんだ。

それから僕は、演劇部に正式に入った。

放課後、舞台の上で何度も“他人の人生”を生きた。

怒りを演じ、悲しみを演じ、愛を演じた。

そのたびに、少しずつ心の奥に感情の形が戻っていった。

演じながら笑うことができるようになり、

人の涙を見て、胸が痛むようになった。

ある日、舞台練習の最中に気づいた。

僕はもう、“悲しみ”を理解できていた。

あの日の僕には無かった“心の痛み”が、今ここにある。

そして迎えた文化祭本番。

僕が演じるのは、事故で家族を失った少年の役。

まるで自分自身を演じているようだった。

照明の下、観客の前で叫ぶ。

――「僕はもう、泣かない。だって、あの日からずっと泣いてたんだ。」

その瞬間、涙があふれた。

観客の顔が見えないほど、光が滲んだ。

終演後、拍手の中で僕は確信した。

僕はもう、感情を失った人間じゃない。

舞台の上で、僕は“生きている”。

演じることは、僕が僕であるための証なんだ。


それ以来、僕は“演じる”という行為に救われている。

誰かを演じることで、ようやく“僕”を感じられる。

そして今も、舞台の上で涙を流す。

それは、悲しみの涙でも、喜びの涙でもない。

――「生きている」と確かめるための、涙だ。

それから数年が経った。

僕は高校を卒業し、演劇の専門学校に進んだ。

舞台の上に立つと、あの日の“鼓動”を思い出す。

あの時と同じように、涙を流し、感情を演じ、拍手を浴びた。

観客の涙を見るたびに、胸の奥が満たされていく。

――僕はちゃんと「感じて」いる。

そう思い込むことで、ようやく心が落ち着いた。

けれど、いつの間にかその“演じる自分”が本当の僕を飲み込み始めていた。

リハーサルが終わっても、役の台詞が頭から離れない。

日常の会話でさえ、どこか芝居がかった口調になっていく。

笑う時も、怒る時も、悲しむ時も――「本当に自分が感じているのか」分からなかった。

誰かが僕に「元気?」と尋ねても、

僕は反射的に笑顔を作る。

その笑顔が“本当の笑顔”かどうか、もう確かめる術はなかった。


ある日、舞台のオーディションで主役を掴んだ。

タイトルは《ガラスの少年》。

感情を失った青年が、愛する人を救うために“人間らしさ”を取り戻していく物語。

脚本を読んだ瞬間、心がざわついた。

それは、まるで僕自身の人生をなぞるような物語だった。

演じながら、僕は混乱した。

舞台上で泣くとき、本当に役として泣いているのか、

それとも、僕自身が泣いているのか――。

本番の幕が上がる。

ライトの眩しさの中で、観客の顔は見えない。

代わりに、あの日の記憶が蘇る。

雨の中、光る空。

宙を舞ったあの瞬間。

左目を失った感覚。

台詞が勝手に口から出る。

感情が、音楽のように溢れ出す。

涙が頬を伝う。

観客は息を呑み、静寂が支配した。

――でもその時、僕は気づいてしまった。

流れているこの涙も、感じているこの痛みも、

全て“演技”の一部なのではないかと。

心が冷たくなっていく。

舞台の上で、自分が誰なのか分からなくなった。

“役の僕”と“本当の僕”の境界が消えていく。

終演後、拍手の嵐の中、僕は笑っていた。

でもその笑顔も、演技の延長にしか感じられなかった。

楽屋の鏡に映る自分は、見知らぬ他人のようだった。


それから、舞台のたびに僕は少しずつ壊れていった。

セリフが現実に混じり、現実がセリフに侵食されていく。

友人が話しかけても、僕は台本のように答えてしまう。

ある日、共演者に言われた。

「ねぇ、舞台以外の君、どこにいるの?」

その言葉に、僕は返すことができなかった。

どこにいる?

本当の僕は、まだこの身体の中にいるのか?

気づけば、感情を“演じる”ことに酔っていた。

悲しみを演じ、怒りを演じ、愛を演じる。

けれどどれも“演じているだけ”だ。

そこに本物の心はない。

ある夜、鏡の前で台本を読み返していた。

ページの文字が滲み、意味を失っていく。

笑いながら泣いて、泣きながら笑った。

頭の中で、拍手と悲鳴が混ざり合う。

――僕は、いつから“人間”を演じていたんだろう。

もしかすると、感情を失ったあの日から、

僕の人生そのものが“舞台”だったのかもしれない。


最後に出演した舞台のラストシーンで、

僕は役として倒れる演技をした。

床に横たわる瞬間、ライトの熱と観客の息づかいが混じり合い、

世界が遠のいていく。

そのとき、不思議と穏やかだった。

“これも演技なのかもしれない”と思いながら、

僕はゆっくりと目を閉じた。

――拍手が聞こえた。

それが現実か幻聴かは、もう分からなかった。


舞台が終わり、幕が下りる。

スポットライトの下には、誰もいない。

でも、舞台の奥から小さな声が聞こえた。

「泣いてるの? それも演技?」

僕は答えられなかった。

ただ、笑って、泣いて、笑って――

やがて、そのすべてが静かに溶けていった。


――僕は演じて涙を流す。

けれどその涙が本物かどうか、もう僕には分からない。

最後の舞台の幕が上がった。

タイトルは《僕は演じて涙を流す》。

――自分の人生そのものを、芝居にしたような脚本だった。

観客席は満席。

ライトが落ち、静寂が降りる。

その瞬間、僕はゆっくりと呼吸を整えた。

この物語の“終わり”を、今日、演じる。

台詞を吐き出すたびに、過去の断片がよみがえる。

あの日の雨、光る空、失った左目。

ピアノの旋律、舞台の拍手、そして“僕”という名前。

それらがすべて、ひとつの幻のように混ざり合っていく。

セリフの途中で、自分の声が震えているのに気づいた。

これは演技じゃない。

けれど、もうどこまでが台本で、どこからが僕の言葉なのか分からなかった。

舞台のクライマックス。

僕はゆっくりと観客席を見渡す。

光の中で、顔は見えない。

でも、拍手を待っている“誰か”の気配がした。

――父さん、母さん、おじいちゃん。

僕は、その幻のような影に向かって微笑んだ。

「ありがとう。僕は、ちゃんと演じきれたかな。」

台詞なのか、独り言なのかも分からなかった。

次の瞬間、照明が強くなり、世界が白に染まる。

視界の端で、舞台の幕がゆっくりと閉じていく。

僕はその光の中で、深く息を吐いた。

胸の奥に、静かな温もりがあった。

悲しみでも、喜びでもない、ただ“終わり”を受け入れるような感覚。

――これが、僕の最後の“演技”。

足元の床が遠ざかっていく。

拍手の音が、波のように押し寄せては消えていく。

音も光も、やがて静かに溶けた。

気づけば、僕はもう舞台の上にいなかった。

でも、不思議と怖くなかった。

ずっと演じ続けてきた“僕”という存在が、

ようやく役目を終えたように感じたから。

ただ、最後に一つだけ、どうしても伝えたくて、

台本の余白に震える手で書き残した。

「僕は、演じながら、生きた。

 演じることでしか、生きられなかった。」

そして、その文字のインクが滲んでいくのを見届けながら、

僕の意識は、静かな暗闇の中に沈んでいった。

――幕は下りた。

観客の拍手だけが、永遠のように響いていた。


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